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プラスチックは人の心に響くか?
作家・青田真也が企画展『Material, or 』で語る

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取材・執筆:宇治田エリ 写真:小坂奎介 編集:川谷恭平(CINRA)

過去にはグランドピアノも削った。素材を通じて気づいた人間の感覚

MOLp:情報を削ぎ落としていくことで、どのような発見があったのでしょうか?

青田:先ほどお話ししたように、どの素材を用いるかによって意味合いがそれぞれ変わってくるのですが、とくにプラスチック製品の場合は、削っていくと素材感や見た目が大きく変化すると感じています。

作品では、主に国内外のさまざまなプラスチックボトルを使っていますが、ボトルのビビッドな色も削ることでパステルカラーのようなやわらかな印象になりますし、それぞれの用途に合わせてデザインされているボトルの形のユニークさにもあらためて気付かされます。

質感にしても、普段触れている硬くてツルツルしていた無機質なものが、ザラザラ、ゴワゴワとして手触りのある有機的なものになる。その結果、どこか親しみを覚えるけれど、同時に違和感も生まれる。一つの作品をきっかけに、いろいろな側面から思考を膨らませることができる。その豊かさこそが面白いと考えています。

MOLp:作品をとおして印象的な出来事はありましたか?

青田:以前、盲学校でワークショップを行なったときのことです。プラスチックボトルの作品を持参して、最初に作品について何も伝えずに生徒さんたちに作品に触れてもらったのですが、プラスチックだということを簡単に認識できなかったり、「タオルを巻いた何かですか?」と質問してきたり、日常的に馴染みのあるものにも関わらず、生徒さんたちが手触りから別のものとして認識していたということがありました。

MOLp:これまで触覚によってプラスチックボトルを知覚してきたからこそ、手がかりがなくなることでまったく馴染みのないものになったのですね。

青田:そうですね。日常のなかで、自分たちが無意識やあたり前に積み重ねていることがあり、それが少しズレることで、そのものや世界に対する新しい見方や関係が生まれるということでしょうか。

以前、グランドピアノをモチーフに、その表面を全部削ったことがあるのですが、「表面を削ってもすぐに劇的な音の変化はないだろう」と人づてに聞いていました。しかし実際に作品としてできあがって展示するタイミングで調律をしてもらった際に、調律師の方から「弾いた感触が普段と全然違うから、変わらないはずの音も変わっている気がする」という感想をいただいたこともあります。

表面が削られたグランドピアノ。撮影:杉山豪介(Gottingham Inc.)、写真提供:神奈川県民ホール

「プラスチックは悪」という風潮のなかで、MOLpが『Material, or 』で投げかけたこと

MOLp:ちなみに企画展『Material, or 』にはわれわれMOLpも『絡まるプラスチック』という作品を展示しています。青田さんはどのようにご覧になられましたか?

青田:「プラスチックが環境にとって良くない」とされる風潮があるなかで、プラスチックが生活の至るところで使われていて、自分たちの暮らしと切っても切れないものになっているのだとあらためて気づかされました。

展示されていた「プラスチックをプラスチックできれいにする」では、プラスチックによって環境汚染が軽減されている例もあるというお話もお聞きして、これからどのようにプラスチックと付き合っていくのか、自分たちの生活や地球環境も含めて、考え直す必要があるのではないか、そんな投げかけのある展示になっていて、大変興味深かったです。

たとえば、自分の制作で考えていることですが、大量生産・消費されるプラスチックにも、そのものが持つ個性みたいなものを見出せば、それぞれの向き合い方や価値も変わってくるのではないかと思っています。そしてそれはプラスチックだけでなく、ものごとすべてに共通して言えるのではないでしょうか。そういう意識や姿勢を持って、何かに向き合うことがとても大切だと考えています。

MOLp『絡まるプラスチック』より、「プラスチックをプラスチックできれいにする」。洗濯排水に大量に含まれているマイクロプラスチックは、ポリアクリルアマイドを主成分とする排水処理剤で凝集沈殿させ分離されている
MOLp『絡まるプラスチック』より、コンタクトレンズ。私たちは普段からプラスチックをとおしてものを見ていることに気づかされる。隣にはとスマートフォンのカメラレンズを展示
MOLp『絡まるプラスチック』より、ガム。人類は西暦300年ごろからチクルという天然樹脂を噛んできたが、現在は人体に悪影響がない酢酸ビニル樹脂や合成樹脂などがガムの基材に使われている
MOLp『絡まるプラスチック』より、人工関節。強度と滑りやすさがある超高分子量ポリエチレンを取り入れることで、関節の曲げ伸ばしがスムーズに行なえる。摩耗しにくい素材のため、長期間使用することも可能に

MOLp:同じ形のものを大量生産できるプラスチックの誕生は人の暮らしを良くしてきました。その反面、プラスチックの誕生の前に職人さんが一つひとつ手づくりしていた良さがなくなり、均一的な表情のプロダクトが世の中にあふれかえっています。

今回、感性をフルに働かせながらこの展示を観ていたなかで、青田さんの当たり前すぎて見逃されていた「心に引っかかるもの」をとらえようとする視点は、われわれにとってもヒントになると感じました。

青田:どうもありがとうございます。今回MOLpの皆さんと交流できたことで、MOLpの活動自体にも興味が湧きました。会社という組織のなかで、利益だけに左右されず創造的な活動をするというのは、僕としては大変興味深く感じます。そしてみなさんの活動一つひとつがしっかりと社会と結びついている。その姿勢がすごいなと感じました。

MOLp:じつはMOLpメンバーの中には青田さんの大ファンがいて、今回ご一緒できることをとてもうれしく思っていました。展示とは別で、これまでMOLpが開発した素材やプロダクトから気になったものはありますか?

青田:「マテリウム™」が気になりますね。プラスチックと一言で言ってもいろいろな素材があり、たとえばプラスチックボトルは削りやすいのに比べて、ペットボトルはひっかかりがなくて、手作業で削るのはなかなか難しいんですよね。そんなこともあって、「マテリウム™」のそれぞれの素材がどんなものなのか、ヤスリをかけたり、形を変えたり、個々の変化を見てみたいです。

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MOLp:青田さんに素材を削ってもらうことで、私たちも新しい発見がありそうです。何かご一緒できたらうれしいですね。最後に、青田さんの今後の展望を教えてください。

青田:今後もこれまでの作品制作を継続しつつ、『よりそうかたち』のように、西成だけでなく、別の地域やものづくりの現場なども訪ねてみたいです。新しい素材に出会えるのももちろんですが、そこから新しい関係性や活動もつくっていけるのではないかと思っています。

21_21 DESIGN SIGHTで11月5日まで開催中の企画展『Material, or 』

PROFILE

青田 真也Shinya Aota

アーティスト。身近な既製品や大量生産品、空間の表面やカタチをヤスリで削り落とし、見慣れた表層や情報を奪い去ることで、それらの本質や価値を問い直す作品を制作している。主な展示に、2014年『日常/オフレコ』(神奈川芸術劇場)、『MOTアニュアル2014』(東京都現代美術館))『個展』(青山|目黒)、2018 年『青田真也|よりそうかたち』(Breaker Project)、2019年『アイチアートクロニクル1919-2019』(愛知県美術館)、 などがある。また名古屋港エリアのアートプログラムの共同ディレクターも務める。