言葉の資産
街の記憶
じいちゃんは
こん炭鉱電車に乗って
石炭ば掘りに行きよったと
そして
あんたんお母さんば
育ててくれたとよ
じいちゃんのお見舞いの帰り
ばあちゃんは
しわくちゃの手で私の手を握り
そう教えてくれました
原万田駅から平井駅まで
ゆっくりすすむ炭鉱電車
はじめて泊まりにいく
ばあちゃんの家は
バスのほうが近いのに
時の流れにきえてゆく
それでも ずっとおぼえとってね
なぜその日 炭鉱電車に乗ったのか
私は意味を知りました
私の心の中には
まだ炭鉱電車が走っています
グリーンランドに行くときに乗る炭鉱電車!
三池海水浴場に行くとき見える炭鉱電車!
「あっ 炭鉱電車!」
みんな手を振る
大きな汽笛 運転手さんも振り返す
みんなニコニコ
うれしかった
炭住に住むいとこの家に行くときは炭鉱電車
「おっちゃんが炭鉱で働きよる!」
ただで載せてもらった
ドアをガラガラって手であける
夜は真っ暗 走り出すとボヤァ〜と灯る
駅につくたび真っ暗になった
お化け屋敷のトロッコみたいに
勝立から炭鉱電車で宮浦駅まで
母といっしょに父を迎えに行った日
上官にあった映画館に
父に連れて行ってもらった日
扉はいつもあいていて
大人はスッとホームに飛び降りる
マネをする私は転んで大泣き
眠れず歩いて
たどり着いた夜明けの駅
「乗っていかんね」
運転士さんが声をかけて
乗せてくれた
それは一生の宝物
街のスナックへの配達の帰り道
旭町のど真ん中で車ば止まらせ
堂々と渡りゆく赤き機関車の
怪獣のごとき巨大さと勇姿
父といっしょに見ていた日
あたりまえの光景だと思っていた
いつまでもつづく日常だと信じていられた
運転士さんの口には
ときに歌があった
そんな心の明るさが
みんなの心をあけはなっていた
人がふれあい
新たな発想が生まれた
100年もがんばった炭鉱電車
ずっと私たちのそばにいた
そして 暮らしをささえてくれた
〜私の心の中には
まだ炭鉱電車が走っています〜
涸れ川の水の記憶
それを毎日再生する街
月の引力を痛いほど受ける街
波はかたき巌を
やさしくまろき石にする
時は夢と苦悩を
てのひらのあたたかな砂にする
浅き浜掘りて構える
世界に冠たる閘門式築港に
黒きダイヤを運びし
炭鉱電車
丘を削りて
がたごと
人も黒ダイヤも
のせて運んだ
あの日の貨車よ人車よ
ああ
宮原(みやのはら)のやぐらの脇を
万田を 宮内(くない)を
諏訪川橋梁を 四ツ山駅を
三池浜駅を 宮浦駅を
そして旭町の踏切を
さえざえと青き
月の光に照らされて
未来を見据えて走りし炭鉱電車
石炭と人の暮らしと港
ヤマと街と海を結んだ
赤き炭鉱電車
それは
過去と今と未来という駅をつないで
始発も終発もなく
ずっとずっと
やさしく
三池の浜の波音のように
リズムを刻んで走りつづける
ぼくたちの風景
〜私の心の中には
今も
炭鉱電車が走っています〜
私の心の中には
今もそしてこれからもずっと ずーっと
そして 次の世代の人たちのこころの中にも
ずっと ずーっと
炭鉱電車が走りつづけるのでしょう
道山れいん
詩人。
東京大学文学部国文学科卒業。
詩集「水あそび」(ブルーシープ)、「水の記憶」(水たまり社)。
「ポエトリースラムジャパン」2017秋、東京代表。
大牟田市動物園で朗読「どうぶつのきもちポエトリー」主宰、 映画「いのちスケッチ」タイトル、アニメーション企画・総監修。
2019年ラハティポエトリーマラソン(フィンランド)で、日本人初の映像詩部門優秀賞。
声に出す言葉の可能性を日々さぐる。