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前編:生分解性プラスチック開発者インタビュー「生分解性からバイオマスへ」

本稿では前・後編にてLACEA®の開発者であり、現在ESG推進室のアドバイザーを務める川島信之氏に、三井化学におけるLACEA®の事業開発と生分解性からバイオマスへのコンセプト転換について語っていただいた内容をまとめている。

三井化学には生分解性プラスチックの開発・事業化に取り組んだ歴史がある。使用後には微生物の力で分解することができる生分解性を有し、かつ原料を石油に頼らないバイオマス由来のプラスチック「ポリ乳酸(PLA)」だ。三井化学はその高い市場性に着目していた。1994年に直接重合という新技術の開発に成功し、「LACEA®」の商品名で市場開拓に取り組み、2001年には世界的大手穀物会社のカーギル社とダウケミカル社の合弁会社であるカーギル・ダウ社(現在のNatureWorks社)との提携で世界市場への事業展開を目指していた。2005年には「愛・地球博」の日本政府館に採用され、パリのファッションショーに製品を出展するなど普及が加速した。

状況は一転する。2007年、三井化学はLACEA®事業開発の縮小、さらには撤退を決める。その背景には、バイオプラスチック*という夢の新素材の普及に取り組む中で直面した、様々な困難と教訓がある。

*バイオプラスチックとは、バイオマスプラスチックと生分解性プラスチックの総称です。

本稿では前・後編にてLACEA®の開発者であり、現在ESG推進室のアドバイザーを務める川島信之氏に、三井化学におけるLACEA®の事業開発と生分解性からバイオマスへのコンセプト転換について語っていただいた内容をまとめている。

開発当時、漁網に絡まったオットセイの写真が話題に

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(当時LACEA®が採用となったラップのカッター刃。プロダクトの廃棄までを考慮した提案が受け入れられた。)

 

今から40年ほど前、1980年代の後半から1990年代初めにかけて、各種メディアで「ごみに埋まる日本列島」「廃棄漁具による海洋汚染」といった見出しが増えました。19892月の日本経済新聞にはオットセイの首に漁網が絡まった写真が掲載され、大きな話題になりました。最近、ウミガメの鼻にストローが詰まった映像が注目を集めましたが、当時も同じような状況でしたね。水産庁は自然環境中で生分解する材料を3年以内に開発したいと言っていました。

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1994年には地球環境白書という書籍が刊行されましたが、その記事の背景写真には夢の島のごみ山の写真が使われていましたね。

夢の島:現東京都江東区夢の島。19571967年にごみの埋め立て処分場として使用、その後環境整備が進められ1978年に都立夢の島公園として開園

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1980年代には塩ビなど塩素を含む物質の焼却時に出るダイオキシン汚染の問題が国内でも社会現象化していました。塩化ビニール樹脂などのプラスチックが混入したごみは焼却処分せずに、すべて埋め立てていました。1994年頃には、高温で燃焼させるとダイオキシンは発生しないという事が分かってきました。容器包装リサイクル法(1995年公布、9597年施行)もでき、一般廃棄物はダイオキシンが出ないように高温で燃やしてエネルギー回収をしていこうという流れになり、埋立地問題は1990年代の終わりには落ち着いていきました。その後、循環型社会形成推進基本法(2000年公布・施行)ができて、「リサイクル」という概念が社会に定着しました。ですが、プラスチックに関しては、分かりやすい飲料用のPETボトルはマテリアルリサイクルし、その他は燃やしてエネルギー回収すればいいという流れになったのです。当時の新聞記事で「プラスチック廃棄物」などのキーワードを検索すると、記事数は2000年前後をピークに、数年で激減していきます。
2018年頃から海洋プラスチック問題が話題となり、関連する記事数も再び増えました。ただその後の新型コロナウイルスの流行などもあって、最近は減ってきているのが気がかりです。我々がLACEA®の開発を始めたころの社会的関心の高まりもそれほど長くは続かなかったのです。歴史は繰り返す、ということは覚えておかなければいけません。プラスチックを巡る社会問題の本質は40年前と変わっていません。この意識を強く持ち続け、課題解決への粘り強い開発が重要と考えます。

自由討議でアミノ酸を“作る”から“使う”に転換

1990年代の初め、私がニューヨーク駐在から日本に帰ってきたころには、医薬・農薬の開発を進めるライフサイエンス開発部という部門があり、その中にあった「その他グループ」という、これが正式名称だったのですが、そこに配属されました。当時の総合研究所に、のちに三井化学の副社長になる山口彰宏さんと開発部の同僚たちいう顔ぶれで、月に2回非公式に大船の総合研究所に集まる機会がもたれました。その会議は、「それは駄目だ」と言わず「こうやったらいいじゃないか」とポジティブに意見交換する「ポジティブ会議」という自由討議の意見交換で、周囲には「大船に飲みに行っているだけじゃないか」と言われましたけれども、昼間はきちんと会議をやっていたわけです。

私は入社時にアミノ酸の研究をやっていたので、そのポジティブ会議で「何か新しいアミノ酸合成をやってはどうでしょう」と提案しました。山口さんから「それは面白いが、アミノ酸は値段も入手しやすい価格になってきているし、作るのではなく使う時代ではないか」とサジェッションを頂き、結局それが生分解性プラスチック「ポリ乳酸」を開発するきっかけになりました。

「不可能」が定説の「直接重合法」開発に挑戦

ポジティブ会議で議論したことを自分の職場に戻って復習していくと、私が入社した1979年頃にはアミノ酸の価格はまだ高かったので、それを作って売るというビジネスが成立したのですが、1990年代にはリジン(必須アミノ酸、動物用飼料やサプリメント等に利用される)やグルタミン酸ソーダ(うま味調味料等に利用される)がすでに100万トンくらい作られていました。さらに発酵の分野について調べていくと、欧米では食品添加物や殺菌剤として乳酸の生産が活発に行われていることを知りました。デュポンやカーギルがポリ乳酸の開発を進めており、国際的に生分解性プラスチックへの関心も高まっていることが分かったのです。当時、三井東圧化学(三井化学の前身)ではポリグリコール酸で生体吸収性の縫合糸を製造しており、合成の方法も似ていました。我々がポリ乳酸の開発・事業化に取り組んだのは、環境問題だけが理由ではなく、市場性がある事とまだ実現されていない新しい合成法へのチャレンジも主な動機でした。


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ポリ乳酸の合成方法は、デュポンもカーギルもラクタイド法という、いったん乳酸の環状二量体をつくり、それを開環重合するという2ステップでポリ乳酸にする合成法を使っていました。我々は、同じ方法では同じことしかできないので、違う合成法にしようと、ワンステップで合成する直接重合法に取り組みました。実はポリ乳酸の直接重合法は、デュポンでナイロンの発明に貢献したウォーレス・カロザース博士や東京工業大学の土肥義治教授など、名だたる科学者がすでに研究しており、乳酸の直接重合では高分子量化は困難であると公表されていて、通説となっていました。直接重合では反応途中で水が副生し、できかけた高分子が加水分解して元に戻ってしまうため、分子量を大きくできないというのが、当時の常識だったのです。

 

米国の学会でスタンディング・オベーション 株価はストップ高

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我々も簡単ではないことが分かっていたので、半年チャレンジして駄目だったらやめよう、という姿勢で研究所の味岡正伸さんを中心に研究開発が開始されました。どうしたら副生水を効率的に取り除くことができるのか検討を繰り返し、最適な触媒や溶媒を見出しプロセス開発も進めた結果、世界初のポリ乳酸の直接重合に成功し、論文発表にこぎつけました。19943月には、味岡さんが米国化学会(American Chemistry Society)の春季年会でポリ乳酸の直接重合法を発表しました。私も同行していましたが、「そんなことができるのか」と直接重合法技術への驚きの声が上がり、会場の皆からスタンディング・オベーションを浴びました。帰国して日本経済新聞の朝刊にその記事が掲載されると、株価がストップ高になり、私は当時、霞が関(東京都千代田区)の本社オフィスにいましたが、数日間、問い合わせの電話が鳴りやまない状態でした。あの電話の凄まじさは今でも鮮明に記憶しています。会社の対応も早く、1年後には年産500トンの設備を大牟田に作ることになり、私は事業開発全般を担当し、市場開発や事業戦略を立案・実行する仕事を始めました。

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現在の研究者にも伝えたいのは、製品化できるかどうかは別として、誰もやっていない新しい方法にチャレンジしたことが成果に繋がったという点です。当社が開発した新規の重合法は、世界にインパクトを与えました。これにより共重合など様々な特性や機能を有するポリマー合成を生みだす可能性を示すことができました。ポリマーの重合法に留まらず、知財マップを描き、幅広い加工法、コンパウンド技術、さまざまな用途に関する特許も多数出願しました。これにより、ポリ乳酸の分野で当社の存在は世界に知れ渡り、加工メーカーや商社に加えてブランドオーナーなど、消費者に近い顧客ともコミュニケーションが広がりました。新製品開発には2つのきっかけがあります。それは、社会のペインからネタ探しをすることと、自分たちの好奇心に基づくものです。そしてそれを成功に結び付けるには、ただやりたいという気持ちだけでなく自分が得意とするもので完全装備していくこと、そしていつ何に出会えるか分からないので、社内外とのコミュニケーションやネットワークを大事に準備しておくことです。我々は、この両方を活かしていったということは大事なことだと思っております。また、米国化学会での体験もそうですが、どんどん海外へ出てアピールしていってほしいですね。

 

後編:生分解性プラスチック開発者インタビュー「生分解性からバイオマスへ」

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