- サステナブルな未来
- 海洋ごみ
- プラスチック
“国際プラスチック条約”とは?最新のINC-5.2やこれまでの経緯も解説
適切に処理されなかったプラスチックごみが自然環境へ流出することで生じるプラスチック汚染。この地球規模の課題を解決するため、プラスチックの生産から廃棄までの全ライフサイクルでの対処を目指す「プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)」の策定交渉が2022年11月以降、継続的に行われています。当初の予定では、2024年11月のINC(政府間交渉委員会)の第5回会合(INC-5)で条約の最終合意を目指していましたが、各国の意見の隔たりは埋まらず、その後、2025年8月にINC-5の再開会合として開催された「INC-5.2」でも条約の合意には至りませんでした。
今回の記事では、“国際プラスチック条約”とINCの概要から、これまでの政府間交渉の動向、そして2025年8月の「INC-5.2」で何が話し合われ、なぜ交渉が合意に至らなかったのか、最新情報を踏まえて解説します。
監修 辰野 美和(たつの みわ) プログラムコーディネーター 米国大学院にて修士号(国際環境政策)を取得後、外資系ビジネスコンサルティングファームや第三者認証試験機関において、欧州をはじめとした各国の環境規制の遵守や、製品中に含有される有害物質の管理、環境に配慮した製品製造を支援する業務等に従事。現在はIGESにおいて、国連機関等と共に、途上国のプラスチック廃棄物管理や環境教育の他、国内の循環経済推進に関する業務等に携わる。 |
“国際プラスチック条約”とは?その目的とINCの役割
“国際プラスチック条約”の目指すもの
一般に“国際プラスチック条約(※)”と呼ばれるものは、現在交渉中の「海洋プラスチック汚染を始めとするプラスチック汚染対策に関する法的拘束力のある国際文書」を指します。
※この呼称はまだ便宜的なものであり、最終的に条約、または枠組み条約や別の形式をとるかは未定です。
プラスチック汚染が国境を越える深刻な問題であり、その対策には国際的な協力と法的拘束力のある国際文書が必要であるとされています。この認識から、2022年3月に採択された国連環境総会(UNEA5.2)決議5/14「プラスチック汚染を終わらせる:法的拘束力のある国際約束に向けて」に基づき、“国際プラスチック条約”の策定が決定されました。この国際文書では、主に以下の2点を目指しています。
①ライフサイクル全体に対するアプローチ
UNEA決議5/14では、「プラスチックのライフサイクル全体に対処する包括的なアプローチ」を基本とすることが掲げられています。ただし、この「ライフサイクル」という言葉が示す範囲や解釈は、条約の目的や適用範囲にも影響を与えるため、論点のひとつとなっています。
②法的拘束力を持つ国際的なルール
これまで国や地域ごとに行われてきた対策を、世界共通の枠組みの下で強力に推進することを目指しています。
この包括的かつ強制力のあるアプローチにより、各国はプラスチック汚染対策に対する具体的な義務を負い、その達成に向けた国内法整備や政策実施が求められることになります。これにより、深刻化する環境汚染や健康被害といった問題の根本的な解決を図ろうとしています。
INC(政府間交渉委員会)のこれまでの歩み
“国際プラスチック条約”は、国連環境総会(UNEA)決議5/14に基づき、2022年3月に設立された「INC(Intergovernmental Negotiating Committee:政府間交渉委員会)」によって策定が進められています。INCは、プラスチック汚染問題に対する包括的なアプローチを多国間で議論するために設立されました。
INCは、2022年11月から2024年末までに5回交渉会合を開催し、国際文書(条約)の策定に係る作業の完了を目指していました。しかし、予定の会合で作業を終えることができず、2025年8月にスイスのジュネーブでINC-5の再開会合として、INC-5.2が開催されました。
INC-1からINC-5.1までの主要な進捗
INC-5.2に至るまでのINC-1~INC-5.1は、以下のように開催されました。
<INC-1からINC-5.1までの主要な進捗>
INC-1:交渉の出発点と手続きの確立
INC-1は、2022年11月28日から12月2日まで、ウルグアイのプンタ・デル・エステで開催されました。
本会合では、深刻化するプラスチック汚染への対策について、各国・地域から見解・決意が述べられ、人の健康・生物多様性・環境を保護することの必要性や、プラスチック汚染が国境を越える地球規模の課題であるという共通認識が改めて確認されました。
INCの議長が選出されたものの、INCにおける交渉の具体的な進め方など手続きに関するルールについての議論は、次回に持ち越しとなりました。また、INC-2に向けて、条約に含むべき要素(目的、範囲、義務、実施手段など)の案を示す文書を、INC事務局が作成することも決定されました。
INC-2:ゼロドラフト作成指示と条約要素の議論
INC-2は、2023年5月29日から6月2日までフランスのパリで開催されました。
本会合では、交渉の進め方などの手続きに関する議論のほか、条約に含めるべき要素案をもとに、主に以下の2点について議論が進められました。
① 条約の目的及び中心的義務
条約の目的については、プラスチックの環境への流出防止や人間の健康への悪影響防止を定め、目標年限を設定すべきといった意見が出されました。また、各国が負うべき主な義務については、一次プラスチックポリマー(※)の生産量規制、問題があり回避可能なプラスチック製品、懸念化学物質に対する規制などライフサイクルの上流に関する意見が出ました。
それに加え、下流での対策としては、再利用及びリサイクルの促進などの対策の重要性などについても意見が出されました。さらに、これらの義務の履行について、世界共通の基準を設定すべきか、あるいは各国の状況に合わせて独自裁量に委ねる方法が望ましいか、という点も議論されました。
※一次プラスチックポリマー:
石油などの原料から直接作られる、製品になる前のプラスチック素材(バージンプラスチック)
② 条約義務の実施手段
条約の実施に必要な資金メカニズムや技術支援の構築などについて、意見が交わされました。資金調達・配分のあり方については、この条約のために新たな基金を設立するか、既存の基金を活用するかといった点が論点となりました。この問題では、資金を拠出する側の先進国と、支援を求める側の途上国・新興国との間で主張の違いが見られました。
INC-2での議論を踏まえ、議長に対しINC-3までに条約の叩き台となる草案「ゼロドラフト(Zero Draft)」を作成する任務が与えられました。
INC-3:ゼロドラフトを巡る本格交渉の開始
INC-3は、2023年11月13日から19日までケニアのナイロビで開催されました。
本会合では、ゼロドラフトを基にした本格的なテキストベースでの交渉が開始。
各国の意見を可能な限りドラフトに集約することを目指し、条約の目的・中心的義務・義務の実施手段などについて複数のコンタクトグループ(作業部会)を設けて議論が行われました。特に、以下の3点が主な論点となりました。
① 条約の目的及び年限目標
② (中心的義務)一次プラスチックポリマーの生産、懸念のある化学物質・ポリマー、問題があり回避可能なプラスチック製品に対する規制
③ (実施手段)国別行動計画の内容、資金
ゼロドラフトでは、義務や対応策に関して複数のオプションが示されており、各条項でバリエーションは異なるものの、大きく分けると「世界一律で目標を設定し、それが等しく各国に適用されるもの」と「各国の状況に合わせて目標や対応方法を個別に定め、自国の国家計画に盛り込むもの」、そしてこれらの中間をとったハイブリッド型の選択肢が挙げられ、どのオプションが好ましいか各国の意見が示されました。
条約の各条項が具体的な文言として提示されたため、各国が自国の立場や国益をより勘案して主張を述べるようになり、同時に意見の対立がより鮮明になりました。
INC-4に向け、各国の提案が盛り込まれた改定版ドラフトの作成について合意に至ったものの、INC-4 までの会期間作業(次回会合の検討材料になるような情報収集や審議)は確定することができませんでした。
INC-4:改訂ゼロドラフトの議論と交渉の深化
INC-4は、2024年4月23日から29日までカナダのオタワで開催されました。
本会合では、INC-3を受けて作成された改訂版ドラフトをもとに、コンタクトグループを設けて議論が行われました。
ここでも、一次プラスチックポリマーの生産、懸念のある化学物質・ポリマー、問題があり回避可能なプラスチック製品に対する規制に関しては、各国の主張に大きな隔たりが見られました。こうした上流に関する規制については、主に循環経済の先進的な取り組みを進める国や、プラスチック汚染が特に深刻な国から支持が寄せられる一方で、石油・天然ガス、および一次ポリマーの生産やそれらに関連する産業が国の歳入やGDPにおいて大きな割合を占めている国からは、強い懸念や抵抗の声も上がりました。
また、各条項のオプションに関しても、世界共通の基準を設けるべきとする立場と、各国の事情を反映できる国別あるいはハイブリッド型のアプローチを求める立場に分かれています。前者は、プラスチック汚染対応で先行している国や、プラスチック生産の拠点が比較的少なく対応能力に限界のある国から支持される傾向があります。後者は、持続可能な生産・消費や廃棄物管理を重視する国、または資源関連産業への依存度が高い国から支持される傾向が見られました。
一方、上流の中でも製品設計や、廃棄物管理など下流における対応などの重要性については、概ね共通の理解と収束がみられました。
最終的に、本会合での結果を統合したテキスト(統合条文案)を作成し、それをINC-5での交渉テキストとすることが合意されました。また、次回の会期間作業として、①懸念のある化学物質・製品設計などの基準など主要義務規定に係る技術的事項、②資金・技術支援などの実施手段に関して専門家会合を開催することも決定しました。
INC-5.1:最終会合に向けた準備と交渉の加速
INC-5.1は、2024年11月25日から12月1日まで、韓国の釜山で開催されました。
INC-4を受けて各国の意見を集約したテキスト(統合条文案)およびINC議長から妥協点を見出すために提示された非公式テキスト(ノンペーパー)をもとに、前文から最終規定に至るまで条約全体の条文案について、交渉が行われました。
条約の最終合意を目指した本会合では、条約の骨子は固まりつつありました。条約の骨子ができあがりつつあり、多くの条項(目的、製品設計、放出・流出、廃棄物管理、既存のプラスチック汚染、公正な移行、履行・遵守、国別行動計画など)において議論の進展と収束がみられました。
しかし、これまで意見の対立が目立っていた点(プラスチック製品、供給、資金など)について譲歩はみられず、各国からそれぞれの主張が再度述べられるにとどまり、合意には至りませんでした。
会期最終日に、本会合の議論を踏まえた議長条文案(Chair’s Text)が提示されました。そして、INC-5.1の再開会合(INC-5.2)を開催し、議長条文案をもとに交渉を再開すること、また条文案全体が引き続き交渉対象であることが確認されました。
<INC-5.1終了後 議長条文案>
出典:水・大気環境局 海洋環境課 プラスチック汚染国際交渉チーム「プラスチック条約INC5結果」p.14
そして2025年8月5日~15日に、スイスのジュネーブでINC-5.1の再開会合として、INC-5.2が開催されました。
INC-5.2の交渉結果とその背景
INC-5.2の交渉結果
183か国から2600人以上が参加し、INC-5.1で作成された議長条文案をたたき台として、議論が開始されました。前回のINC-5.1に至る交渉会合で特に対立が先鋭化し、議論の行方が注目されていた点については、引き続き意見の隔たりが大きく合意に向けた進展が見られませんでした。
その他の条項については、方向性に一定の収斂がみられつつも、具体的な条文案について合意に至ったものは、条約の手続きのような内容を定めた最終規定の一部(脱退、寄託者、正文)を除いてありませんでした。
本会合では、「1)議長条文案」をもとに議論が開始された後、会期中盤で議論の内容をまとめた「2)統合条文案(Assembled Text)」が発表され、終盤において議長から合意への妥協点を探る試みとして、「3)議長条文草案(Chair’s Draft Text Proposal)」が示されましたが、多くの国から支持が得られず、閉会直前に3)の改定版である「4)議長条文草案改定版(Chair’s revised text proposal)」が発表されました。
最終的に、後日交渉を再開することが述べられて閉会しましたが、再交渉を行う日程、および、どのテキスト(条文案)をもとに交渉を再開するのかは、明確にされませんでした。
合意に至らなかった背景と今後の展望
合意に至らなかった大きな理由として、①主な争点について意見の隔たりが埋まらなかった実質的な相違のほか、②対立を解消するには非効率だったとされる会合の交渉方法、という2点が指摘されています。
① 主な争点に対する意見の乖離
循環型経済に資する産業を成長戦略に組込み、国際ルール形成においても規制強化を進めたい推進派の国々と、石油・天然ガス由来のポリマー輸出などを基幹産業とし、代替産業へのシフトが見えにくい国々の対立構図は変わりませんでした。
また、先進国・途上国の間でも、資金などをめぐり、規制賛同と引き換えに支援を求める駆け引きなども見受けられます。
② 会合の実施方法
INCでの交渉は、参加国の代表が複数のコンタクトグループに分かれ、割り当てられた条項を議論し、結果を全体会合で報告するという形式で進められます。以前からこの実施方法の透明性・効率性を疑問視する意見があったものの、INC-5.2の会期中もコンタクトグループに分かれて議論が進められました。本会合では終盤に議長条文草案が提示されましたが、それまでの議論が十分に反映された内容ではなく、参加国の間で批判と混乱が生じました。
また、INCは本来、全会一致が原則ですが、これが事実上の拒否権となり、議論の停滞を招いていることも指摘されています。全会一致が実現できない場合は投票というオプションも用意されています。こうした点も含め、交渉会合の実施手段の改善を求める声が多く上がりました。
※記事の内容は監修者の見解に基づくものであり、IGESの見解を述べたものではありません。
三井化学では、「世界を素(もと)から変えていく」というスローガンのもと、 <「BePLAYER®」「RePLAYER®」> |
- 参考資料
- *1:環境省「海洋プラスチック汚染を始めとするプラスチック汚染対策に関する条約」:
https://www.env.go.jp/water/inc.html - *2:環境省「『プラスチック汚染対策に関する条約策定に向けた政府間交渉委員会第1回会合』の結果について」:
https://www.env.go.jp/press/press_00917.html - *3:環境省「プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)の策定に向けた第2回政府間交渉委員会の結果概要」:
https://www.env.go.jp/press/press_01717.html - *4:環境省「プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)の策定に向けた第3回政府間交渉委員会の結果概要」:
https://www.env.go.jp/press/press_02425.html - *5:環境省「プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)の策定に向けた第4回政府間交渉委員会の結果概要」:
https://www.env.go.jp/press/press_03107.html - *6:経済産業省, 環境省「プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)の策定に向けた第4回政府間交渉委員会の結果概要」:
https://www.meti.go.jp/press/2024/04/20240430005/20240430005.html - *7:環境省「プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)の策定に向けた第5回政府間交渉委員会の結果概要」:
https://www.env.go.jp/press/press_04058.html - *8:農林水産省, 外務省, 経済産業省, 環境省「プラスチック汚染に関する法的拘束力のある国際文書(条約)の策定に向けた第5回政府間交渉委員会の結果概要」:
https://www.maff.go.jp/j/press/shokuhin/recycle/241202.html - *9:United Nations Environment Programme「Intergovernmental Negotiating Committee on Plastic Pollution」:
https://www.unep.org/inc-plastic-pollution - *10:The International Institute for Sustainable Development (IISD) 「2nd Part of the 5th Session of the Intergovernmental Negotiating Committee to Develop an International Legally Binding Instrument on Plastic Pollution, Including in the Marine Environment (INC-5.2)」:
https://enb.iisd.org/plastic-pollution-marine-environment-negotiating-committee-inc5.2 - *11:IGES「プラスチック汚染に関する政府間交渉委員会(INC) - これまでの議論と今後の展望-」:
https://www.iges.or.jp/jp/publication_documents/pub/briefing/jp/13791/20240718_INC_briefingnote_JP_uploaded.pdf - *12:IGES「段階的な強化を可能とするプラスチック条約に向けて -プラスチック汚染に関する第5回政府間交渉委員会(INC5.1)の議論を基に-」:
https://www.iges.or.jp/jp/publication_documents/pub/briefing/jp/14161/202504_briefing+note_INC5.1_rev.pdf