「2050年、コーヒーは半分に」事業の“真ん中”に据えるサステナビリティ
はじめに、ネスレの企業概要とパーパスについて教えてください。
ネスレはスイスに本社を置く食品飲料企業で、2026年現在、創業160年を迎えています。ネスレの原点は、創業者で薬剤師のアンリ・ネスレが、1867年当時、ヨーロッパで深刻な社会問題となっていた乳児の栄養不足や高い死亡率を改善するため、母乳の代替となる乳児用乳製品を開発したことにあります。この乳児用乳製品は乳児の死亡率低下に貢献し、発売後すぐにヨーロッパ各地へと広まりました。利益の追求ではなく、社会課題の解決を出発点として創業されたことが、ネスレの大きな特徴です。
この「社会課題を解決することが事業の原点」という考え方は、今も社員のDNAとして受け継がれています。その理念を言語化したものが、ネスレのパーパスである「食と飲料の持つ力で、現在そしてこれからの世代のすべての人々の生活の質を高めていきます」です。
また、ネスレを語る上で欠かせない考え方が、「Creating Shared Value(CSV:共通価値の創造)」です。CSVとは、社会課題の解決と経済価値の創出を両立させる考え方で、ネスレのパーパスを実現するための重要な経営戦略の1つです。社会に貢献しながら企業としても成長していく。その両方を追求するCSVの考え方を、ネスレでは事業の軸としています。
サステナビリティをどのような位置付けで考えているのでしょうか。
ネスレでは、サステナビリティは事業に付随する取り組みではなく、「事業の真ん中」にあるものと位置付けています。私たち食品飲料企業にとって、気候変動への対応は、将来にわたって安定的に事業を継続していくための重要な課題です。
その象徴が、ネスレのコア事業であるコーヒーです。近年では「コーヒー2050年問題」と呼ばれていますが、気候変動の影響により、2050年にはコーヒーの栽培適地が大幅に減少する可能性が指摘されています。気温上昇だけでなく、干ばつや病害虫の増加なども収穫量に大きな影響を及ぼすとされ、実際にコーヒー価格の高騰も続いています。
食品や飲料は自然の恵みがあってこそ得られるものなので、地球環境や生産者を守ることは、私たちがこれからも事業を続けていくための前提条件です。
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ネスレの共通価値の創造
https://www.nestle.co.jp/csv/whatiscsv
こうした考えのもと、ネスレは「家族とペットのために」、「コミュニティのために」、「人と地球のために」といった3つの分野で事業を通じた課題解決に取り組んでいます。栄養価が高く手頃な食品の提供、生産者が持続的に営農できる環境づくり、そして地球環境の保全に取り組むことで、サステナビリティを経営の中核に位置付け、さまざまな施策を実践しています。
目標の前倒し達成も。ネット・ゼロへの取り組み
「人と地球のために」で掲げる2050年ネット・ゼロの実現に向けて、どのような取り組みを進めていますか。
ネスレは、グローバル全体で2050年までに温室効果ガス排出量の実質ゼロを目指しています。マイルストーンとして、2025年までに20%削減(2018年比)、2030年までに50%削減(同)という目標を掲げています。そのうち、2025年までに20%削減という最初の目標は前倒しで達成することができています。
現在は2030年の目標達成に向けて、Scope1・2・3の各領域で具体的な施策を進めており、ネスレ日本においても、国内の事業活動における排出量削減に取り組んでいます。
まず、自社工場での取り組み(Scope1・2)として、コーヒーやチョコレートなどを製造している国内3カ所の工場すべてにおいて、購入電力を100%再生可能エネルギーに切り替えました。さらに、物流(Scope3)においては、長距離輸送に加え、中距離輸送でもトラック輸送から環境負荷の低い貨物鉄道輸送への切り替えを進めるなど、「モーダルシフト」を推進しています。
また、複数の食品メーカーと連携した「ラウンド輸送(往復便)」や「共同輸送(混載便)」の仕組みも拡大しています。企業間で荷物を積み合わせることで、輸送効率の向上とCO₂排出量の削減につなげています。
貴社はグローバルなサプライチェーンを構築しておられますが、そのサプライチェーン全体(Scope3)での排出量削減にはどのように取り組んでいますか。
ネスレの温室効果ガス排出量の約95%はScope3にあたり、なかでも大きな割合を占めるのが「原材料の調達」です。そのため、原材料の生産段階から排出量を削減する取り組みが重要になります。
その代表的な取り組みが、コーヒー事業における「ネスカフェ プラン2030」です。コーヒー栽培をさらに持続可能なものとする包括的な計画として、2022年から再生農業(リジェネラティブ農業)を推進しています。
これは、天然資源を生かしながら、土壌の健全性、水の管理、生物多様性を守っていく栽培方法です。例えば、コーヒーの木の周りにカバークロップ(被覆作物)や日陰を作るシェードツリーを一緒に植えることで、CO₂を土に吸収させるとともに、自然の力で害虫からコーヒーの木を守り、土地の肥沃度(生産能力)を高めています。
ネスレでは、再生農法によるコーヒー豆の調達割合を2030年までに50%へ引き上げることを、主要原材料に関する長期目標の1つに掲げています。2026年6月時点で、再生農法によるコーヒー豆の調達割合はすでに50%に達し、実際の1次データでも、2018年比で1ヘクタールあたり約18%のCO₂排出量削減を確認しています。
取材に応じたネスレ日本株式会社 山口さん
これだけスピーディに施策を進められる原動力は何でしょうか。
ネスレでは、サステナビリティを推進していくという意思が、経営トップを含めて組織全体で共有されていることが大きな原動力になっています。
具体的には、2025年までのマイルストーン達成に向けて、社長やCFOを含む役員と、調達、製造、物流、パッケージ、広報など各部門の担当者が毎月集まり、取り組みの進捗や課題を確認してきました。つまり、その場で必要な対応や投資判断まで迅速に進めることができ、各部門が一体となって取り組みを推進できる体制が構築されていたのです。
2025年を1つの節目として取り組みが軌道に乗ったことから、2026年以降は四半期に1回の開催へと変更していますが、継続的に進捗を確認する仕組みは維持しています。また、ネスレグローバル全体で、サステナビリティに関する目標達成状況を経営層の評価指標(KPI)に組み込んでおり、経営レベルで継続的に取り組む仕組みが整っています。
品質と環境を両立させる。持続可能なパッケージへの挑戦
パッケージのサステナブル化について、どのような視点で取り組まれていますか。
ネスレでは、パッケージのサステナブル化に向けて大きく2つの目標を掲げています。1つは2018年比で石油由来のバージンプラスチック使用量を1/3削減すること、2つ目は、プラスチックパッケージの95%以上をリサイクル可能な設計にすることです。
これらの目標を実現するため、ネスレでは5つの柱からなるパッケージ戦略を推進しています。

このパッケージ戦略において、最も重視しているのが「削減」の考え方です。過剰包装を避けたり、パッケージを小型化したりすることで、使用する資源そのものを減らすことを最優先としています。そのうえで、石油由来プラスチックを再生プラスチックや紙などの代替素材への切り替え、リサイクルしやすい構造への再設計、リサイクルインフラの整備、さらに啓発や情報発信を通じた生活者の皆さまの行動変容の促進などを継続的に進め、循環型社会の実現を目指しています。
パッケージのサステナブル化に向けた、素材の切り替え(代替素材・再設計)について、具体的な進捗を教えてください。
ネスレでは、2019年に「キットカット」の外袋のプラスチックから紙への切り替えを開始したほか、2026年からは「ネスカフェ ボトルコーヒー」と「ネスカフェ エスプレッソベース」のボトルの100%リサイクルPET素材への切り替えを開始しました。
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ネスカフェ ゴールドブレンド エコ&システムパック(つめかえパック)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000403.000004158.html
また、2008年から展開している「ネスカフェ」のつめかえパックにおいては、詰め替え方式によってプラスチック使用量の削減を進めるとともに、アルミ箔使用量をゼロにするなど、素材構成に関しても段階的に進化させています。また、詰め替えやすさなどの利便性についても継続的に改良しており、Quality(品質)、Ecology(環境への配慮)、Usability(利便性)のすべてを向上させることに注力しています。さらに、スティック製品では複合素材から単一素材への変更も進めるなど、リサイクルしやすい設計への見直しも進行中です。
素材を転換するうえで、どのようなハードルがあったかお聞かせください。
パッケージ素材の切り替えを行う際は、食品企業として品質を維持することが大前提になります。
例えば、2019年に実施した「キットカット」の外袋の紙化では、製造工程でさまざまな課題がありました。従来のプラスチック素材は、強度や耐久性に優れ、製品を保護する機能も高く、加工もしやすかったのですが、それが紙素材に変わると、製造ライン上でわずかなずれが生じた際に包装がうまく処理できないなど、新たな調整が必要になりました。こうした課題に対応するため、製造現場では検証と改善を重ね、安定した生産体制の構築につなげました。
また、素材変更では品質だけでなく、商品の魅力を維持することも重要です。プラスチック素材は光沢感があり、店頭で商品の魅力を伝える役割も担っています。紙素材への変更後も、お客さまに商品の価値を感じていただけるよう、パートナー企業と連携しながら質感やデザインの改善を進めました。
素材選びも、単純にプラスチックを紙に置き換えればよいという考え方ではありません。製品ごとの特性や用途を踏まえながら、環境負荷と品質の両立を目指し、最適な素材や設計を検討しています。
ネスレはスイスにあるパッケージ専門の研究開発拠点で新たな素材や技術の研究を進めています。そこで生まれた素材や技術が各国で展開されていますが、こうした取り組みに加え、ネスレ日本でもパッケージ企業などのパートナーと協力しながら、より環境負荷の低いパッケージへの転換を進めています。
「伝わる」サステナビリティへ。生活者との接点づくり
こうした取り組みを、生活者へどのように伝えているのでしょうか。
サステナビリティの取り組みを生活者の皆さまに伝えるうえで、大切にしているのは「わかりやすく伝える」ことです。

「キットカット」の外袋を紙パッケージに切り替え
https://www.nestle.co.jp/media/pressreleases/allpressreleases/20190801_nestle
「キットカット」の外袋を紙化した際には、単に「素材を変えました」と伝えるのではなく、今までは廃棄されていたパッケージを使い、日本伝統の想いや願いを伝える象徴の「折り鶴」などをつくって大切な人に想いを伝える、という新しいコミュニケーションを取り入れました。これは楽しみながら環境への取り組みに触れていただくための工夫です。
当時、お客さま相談室には多くの反響が寄せられ、実際にパッケージで折り鶴を折って送ってくださるお客さまもいらっしゃいました。こうしたコミュニケーションは、素材変更の背景や、環境への思いを理解していただくきっかけになったと感じています。
例えば「素材を変えました」と一方的に伝えるだけでは、なかなかお客さまには伝わりません。企業のサステナビリティ関連の取り組みは多岐にわたるため、お客さまがその全体像を把握することは容易ではありません。だからこそ、「面白い」や「知ってみたい」と感じていただけるコミュニケーションの入口をつくることを大切にしています。
こうした考え方のもと、ネスレの各ブランドでの情報発信に加え、「ネスレという企業がサステナビリティに対してどのように向き合っているのか」を伝える取り組みにも力を入れています。

「アルプスの少女ハイジ」を起用したキャンペーン
https://www.nestle.co.jp/media/pressreleases/20260625_nestle
その一環として、2026年6月から新たにスタートしたのが「ハシレ ネスレ」というキャンペーンです。スイス生まれの企業という背景を活かし、自然と人を愛する「アルプスの少女ハイジ」をキャンペーンキャラクターに起用しました。「未来が拍手することを、今。」というメッセージとともに、親しみやすいキャラクターを通じて、まずは関心を持っていただき、そこからネスレ全体の考え方や取り組みへの理解を深めていただくことを目指しています。
サステナビリティは、持続可能な未来への投資
最後に、サステナビリティを推進する企業担当者や、環境対応に関心のある生活者など、読者の皆さまへのメッセージをお願いします。
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サステナビリティへの取り組みは、短期的にはコストとして捉えられることがあります。しかし、長期的な視点で考えると、私たちの暮らしやビジネスを持続可能なものにするための「未来への投資」だと捉えています。
食品飲料企業が将来にわたって事業を継続するには、環境負荷を低減しながら、原材料を安定調達できる環境を整備していくことが必要不可欠になります。つまり、サステナビリティと事業成長は相反するものではなく、長期的な企業価値の向上につながるものだと考えています。
また、サステナビリティの実現には「共創」が欠かせません。原材料の調達から製造、物流、資源循環まで、業界の垣根を越え、さまざまなパートナーと協力しながら、サプライチェーン全体で取り組んでいくことが重要になります。
私は、企業がサステナビリティの取り組みを推進していくうえで、「3つのフェーズ」があると考えています。第1フェーズは、目標を設定し、その達成に向けてガバナンスを利かせながら、着実に実行していくことです。第2フェーズは、その取り組みの成果が数字や実績として表れているかを確認する段階です。そして最後の第3フェーズが、取り組みそのものの価値を生活者の皆さまに理解していただき、ファンになっていただくことで、ビジネスの成果にもしっかりとつなげていくことです。
私たちネスレ日本は、まさに今、この第3フェーズの入り口に立っていると実感しています。ここで重要なのは、さまざまなパートナーの皆さまとの「共創」です。1社だけでできることには限界があるからこそ、私たちは生活者の皆さまやパートナーの皆さまと“共創”し、ともに“共走”しながら、“未来が拍手する”ような取り組みを進めていきたいと考えています。
取材時のダイジェスト版動画も提供しています。ぜひ、こちらからご視聴ください。
https://youtu.be/wb9p6AlTG5c