GHGプロトコル改定の全体スケジュールと今後の見通し
現在、GHGプロトコルでは、これまで別々に見直しが進められてきたコーポレートスタンダード、Scope2ガイダンス、Scope3スタンダードおよびAMI(Actions and Market Instruments)ワークストリームで個別に検討されてきた、排出量算定、電力使用、サプライチェーン排出量、削減貢献や証書・クレジットの扱いに関する議論成果を統合し、複数のパートから構成される「Corporate Standard Version 3.0」として再編する方向で検討が進められています。
また、改定計画は企業や組織の排出量算定に関する国際規格であるISO 14064-1とも足並みをそろえた共同開発に変更され、完成後はGHG ProtocolとISOの共同名義・共同ブランド化が予定されています。今後の予定では、関係者から意見を募集する統合ドラフトの公開コンサルテーションが2027年第2四半期、最終版のGHG Protocol・ISO共同規格の最終公表が2028年第4四半期に予定されています。
Scope3の議論ポイント
Scope3の改定は、排出量の算定精度および比較可能性の向上を目的に検討されています。投資家が企業の気候変動リスクを横並びでスムーズに比較・評価できるよう、排出量を漏れなく正確に算定することが求められています。全体として算定要件が緻密化・拡張する方向で、大きく3つの柱で検討されています。
①データタイプ(算定方法)に応じた報告様式の細分化
改定案では、データの精度(算定方法)に応じて排出量を分解して報告する案が検討されています。具体的には、サプライヤーからの「一次データ」、重量ベースの「二次データ」、あるいは支出(金額)ベースといった区分です。
この変更によりデータの透明性が向上し、算定精度が高まる一方、実務では活動量や排出源ごとにデータが複数に分かれ、算出やデータ管理が複雑化します。そのため、「本当に実務で運用できるのか」という、GHGプロトコル改定の原則でもある「実現可能性」も考慮しながら、最終化に向け引き続き検討される見通しです。
②必須算定範囲(ミニマムバウンダリー)の拡張
これまで「任意(オプション)」とされていた範囲を「必須」へ格上げし、各カテゴリの算定範囲を広げる提案がなされています。
■ カテゴリ15(投資):非金融機関への適用拡大とアロケーション変更
これまで金融機関に限定されていた投資に関する排出(カテゴリ15)について、今後は事業会社などの非金融機関にも算定を求める方向で議論が進んでいます。
また、国際的な金融業界のイニシアチブであるPCAF(炭素会計金融パートナーシップ)の動きと連動し、投資の排出量割り当て(アロケーション)に「出資比率」と「デット(融資)」の双方を考慮することが検討されています。
■ ライフサイクル全体での排出量をより広範に捕捉
全カテゴリ共通の論点として、ライフサイクル全体での排出量算定の厳格化が検討されています。例えばカテゴリ4(輸送・配送)では、委託先物流事業者の燃料使用(Scope1, 2)にとどまらず、その事業者がトラックなどの資本財を購入した際の製造排出(物流側のScope3・カテゴリ2)までサプライチェーンを遡り、ライフサイクル全体で捕捉する案が浮上しています。
さらに、カテゴリ個別でも以下の通り必須算定範囲の拡張が議論されています。
・カテゴリ5(事業から出る廃棄物):廃棄物輸送に伴う排出の必須化
・カテゴリ7(雇用者の通勤):リモートワーク時におけるScope1, 2排出計上の必須化
・カテゴリ14(フランチャイズ):従来の「燃料と電気」中心の範囲から、知財(IP)やライセンスにまで対象を拡大(例:キャラクタービジネスなど)
③算定の緻密化
カテゴリ11(販売した製品の使用段階)では、生涯排出量を一括計上するのではなく、「毎年計上する案」の導入が検討されています。
算定範囲が広がりデータの粒度が細かくなることで、企業の算定工数やシステム投資などの負担は大幅に増加します。ここで重要となるのが「ルールメイキングの理想と、現場の費用対効果のバランス」です。
このバランスをいかに取るかが、今後の大きな争点となるでしょう。
AMI(Actions and Market Instruments)のポイント
マルチステートメントアプローチの導入
今回の改定で画期的な変化と言えるのが、「AMI」に関する議論が活発化したことです。AMIに関する専門作業部会である「AMI TWG(Technical Working Group)」は、従来のGHG算定インベントリ以外の算定と報告の枠組み提供のため、基準案を検討しています。3月に公開されたホワイトペーパーでは、情報を用途や性質ごとに整理するため、以下の4つの報告区分(ステートメント)を提示しています。
① 物理的GHGインベントリ
物理的GHGインベントリでは、排出量は物理的な関係や物品・サービスの物理的な流れに基づいて最終利用者に割り当てられる旨、ホワイトペーパーで規定されています。従来の考え方ではScope2のロケーションベース算定が該当します。
② マーケットベースGHGインベントリ
マーケットベースGHGインベントリは、サプライヤーとの契約上の排出係数や属性証書(環境価値)などの取り決めに基づいて排出量を算定するアプローチです。現在、Scope2で導入されているこの手法を、Scope1およびScope3へと拡張することが検討されています。
排出量の算定アプローチには、大きく「ロケーションベース」と「マーケットベース」の2つが存在します。例えば電力の場合、さまざまな発電所からの電気が送電網で混ざり合うため、物理的な由来の特定は困難です。そこで、全体の平均値を用いるのが「ロケーションベース」の考え方です。これに対し、「マーケットベース」は「特定の水力発電所から購入した」といった、サプライヤーとバイヤー間の「契約上の取り決め」を根拠に算定を行います。すなわち、実態としての「物理的関係」を基準にするか、「契約上の関係」を基準にするかという違いと言えます。
企業の脱炭素への投資行動などを評価するためには、この「マーケットベース」の考え方を取り入れることが有効とされています。先行するScope2では、環境価値証書の利用条件(品質基準)の厳格化に向けた議論が進行しています。
一方、Scope3におけるマーケットベース算定は、未だ本格的な議論には至っておらず、まずは算定の適用枠組みを拡張すること、そして従来のスタンダードでは不明瞭であったScope3におけるマーケットベース算定のあり方を明文化する段階にあります。
そのため今後は、企業、投資家、専門家などの関係者の意見を踏まえながら、どこまで細かいルールに進むのか、企業が実務で対応できる内容にするにはどうすればよいのかが検討されていく予定です。関連するこの内容は、2027年第2四半期に予定される統合ドラフトの意見募集に関するパブリックコンサルテーションにおいて、他のScopeと一緒に実施される予定です。
③ GHGインパクトステートメント
GHGインパクトステートメントは、カーボンクレジットの活用や、販売した製品に由来したGHG排出量への影響(例:avoided emissions)など、企業のアクションによる大気中のGHGの増減を報告するためのアプローチです。これまでのスタンダードにおいては、こうしたアクションの成果を具体的にどのように報告すべきかについて、細かな規定が設けられていませんでした。
AMIでは、これら「インベントリ」と「インパクト」を混ぜないためのルール整備が進められています。具体的に検討されているのは、各アクションを4つの枠のどれに位置付けるかという「適格性基準」と、各報告枠での報告要件を定める「品質基準」です。今まで決まっていなかった枠が追加されただけでなく、報告要件が従前よりクリアに位置付けられることで、投資家などは企業が出す削減貢献量などの数字をフェアに評価することができるようになるでしょう。
④ 非GHG指標
脱炭素プロジェクトへの資金拠出額や、低炭素素材の調達比率など、CO₂換算量以外の指標を報告します。
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マスバランス方式の適用とビジネスへのインパクト
AMIの議論、および関連するISO規格の改定において重要になるのが、「マスバランス方式」の扱いです。
マスバランスとは、認証された環境価値(例:バイオマス由来など)を持つ原料と、そうでない原料が製造工程で混合された場合に、投入量に応じて製品にその環境価値を割り当てるChain of Custody(CoC)モデルの1つです。
AMIの議論やISO14067(製品カーボンフットプリント)の改定作業において、物理的な追跡が困難なサプライチェーンであっても、このマスバランス方式を適用することで、上記の「マーケットベースGHGインベントリ」や「インパクトステートメント」において環境価値を算定・報告できる可能性が検討されています。
【ホワイトペーパーにおける事例:Scope1 バイオメタン】
パイプラインの中でバイオメタンと天然ガスが混ざって供給された場合、例えばバイオメタンが全体の10%しか注入されていなければ、物理的には単なる「10%のバイオメタン混合ガス」となります。しかし、マスバランスの概念を適用すれば、物理的には混ざっていても、全体から特定の分量だけを取り出して、10%分は「バイオメタン100%」とみなし、残りの90%を通常のガスとして扱う算定・報告が可能になります。
2030年を見据えた企業対応とルール形成への参画
今後の展望と企業の備え
削減貢献量などのインパクト指標は、すでに銀行のファイナンスKPIなどで活用され始めています。しかし、新しい基準が発効されても、それが社会全体のスタンダードとして広く浸透するまでには一定の時間を要します。
なお、過去のScope3基準の普及プロセスを振り返っても、企業への広い普及には約10年を要したと言えます。今回は、ISSBなどの法定開示化によって普及スピードが加速する可能性はあるものの、実務全体に定着するのは2030年代と予測されます。
今回のルール改定は影響の大きい事項もあるため、企業としてはルールが完全に固まるのを待つのではなく、段階的にでも対応することが望ましいでしょう。
パブコメで日本の声を届ける「攻めと守り」のルールメイキング
GHGプロトコルの改定におけるプロセスでは、ルール形成の透明性と公平性を担保するため、公式に設けられたパブリックコンサルテーションやRFI(情報提供要請)の手続きを通じて意見を受け付けています。
しかし、概して国際イニシアチブなどでのパブリックコンサルテーションやRFIなどの場面において、日本企業からの発言数は少ない傾向にあり、このままでは日本企業にとって不利なルールに決定されるリスクがあります。英語での提出というハードルはありますが、各企業がルールに対して賛成の点も反対の点も双方の視点から意見を表明することは、非常に重要です。
一方、今回のScope2パブリックコンサルテーションでは、日本からの意見はおよそ1000件中80件で、アメリカ・イギリスに次ぐ3位と上位に位置しました。日本からの意見が多く表明されたことで、この先の議論にどのような影響があるか、私たちも注視してまいります。
AMIの導入やマスバランス方式の明確化は、これまで評価されにくかった日本の技術力やグリーン製品の価値が、国際的なルール上で評価される大きなチャンスでもあります。本ルールが最終化された場合、自社の成長戦略にどう落とし込んでいくかは、先行して検討しておくことが重要になるでしょう。
(原典を参考に素素 -soso- 編集部にて仮訳
本稿はインタビュー内容を要約・再構成したものであり、記事化に伴う表現については記者が責任を負います。)