インフラを支える企業だからこそ抱く、脱炭素化の責任
工場や商業施設の地下、あるいは鉄道の沿線。普段私たちの目には直接触れない場所に、東芝産業機器システムが手掛ける製品が多く設置されている。同社は産業用モータや変圧器など、社会インフラに不可欠かつ高効率な産業機器を製造・提供してきた。
桑原氏「当社は産業用モータや変圧器を中心に、社会や産業を支える高効率な製品を提供しています。私たちの使命は機器を供給することにとどまらず、製品の高効率化を通じてお客さまの省エネルギー化や脱炭素化に貢献することです。同時に、私たち自身も環境負荷低減に率先して取り組む必要があります。社会インフラを支える企業だからこそ、脱炭素社会への変革を先導する責任があると考えています」
同社はこれまでも、素材の調達から開発、設計、製造、販売、廃棄に至るライフサイクル全体での環境配慮を推進してきた。工場で使われる電力やガス、水などエネルギーの使用状況を「見える化」し、製造現場における省エネルギー化や脱炭素化にも取り組んでいる。
生分解性プラスチックの検討から、バイオマス由来素材へ
そうした中で浮上したのが、製品に使用されているプラスチック素材の見直し。
変圧器などの重電機製品において、使用されるプラスチックの割合は全体から見ればごくわずか。大部分は鉄や銅、アルミニウムといった金属で占められている。しかし、同社で技術・品質を統括する池田氏は、ある社会課題を知ったことから、例えわずかでも改善の余地を模索し始めていた。
池田氏「サーキュラーエコノミーやカーボンニュートラルが世間でも声高に言われるようになる中、私が直接『これは何とかしなくてはならない』と思ったのは海洋プラスチックの問題でした。2050年には海洋に生息する魚類と海洋プラスチックの量が等しくなるという記事を目にし、大阪・関西万博のパビリオン『ブルーオーシャン・ドーム』でも同じ問題提起がされていて、やはり深刻な問題なのだと感じたのです。
我々の製品のプラスチック使用量はとても少ないのですが、それでも何かできることがあるのではないかと考えて、社内メンバーとともに講演会や展示会に出向いて研鑽を続けていました」
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海洋プラスチック問題の解決に向け、池田氏は当初「生分解性プラスチック」の活用を検討していたという。しかし変圧器においては、素材の耐熱性や耐久性の不足が大きな障壁となった。
池田氏「海洋プラスチック問題をダイレクトに解決できるかと思い、生分解性プラスチックの利用を模索しましたが、調べていくうちに、現在の素材では耐熱性も耐久性も足りないことがわかりました。高温に耐えられないとなると、変圧器には使えません。現時点では生分解性プラスチックは採用できないと考えてバイオマス由来の素材へ舵を切りました」
転機となったのが、2024年11月に開催された名古屋プラスチック工業展だった。そこで行われていた三井化学のセミナーを聴講した池田氏は、講演終了後に直接声をかけ、現状を相談。三井化学との議論を重ねる中で、変圧器の素材転換で今やるべきことはバイオマス化だと考えた。
モデルチェンジを「追い風」に。特性そのままの素材が叶えた短期導入
同社のバイオマス樹脂の採用に向けた検討は、ある大きな節目に向けて加速した。それが、2026年度から施行される「トップランナー変圧器第三次判断基準」への規格改定に伴うモデルチェンジだ。
省エネ基準の改定に伴うモデルチェンジはメーカーにとって製品設計から製造工程までを見直す大がかりな作業となる。池田氏らはこれを単なる「義務」としてこなすのではなく、自発的な価値を付加する機会と捉えた。
池田氏「JISの規格が大幅に変わるため、各メーカーは製品設計の切り替えが求められます。これはエネルギー消費効率を上げる製品を製造するための変更ですが、工場現場にとっては、規格変更なのでどこか受け身に陥ってしまう感覚もありました。
この「変わる機会」を何か「変える機会」に活用できないかと考えていたタイミングで三井化学の方々と出会い、この2026年のモデルチェンジからバイオマスプラスチックへの切り替えを導入しようと話をすすめました。モデルチェンジは大変な作業ですが、それに合わせた素材の変更には社内メンバーもすぐに賛同し『やりましょう』となりましたね」
こうして、規格変更を追い風として、新たな素材への切り替えが決定。具体的な採用パーツとして、配電用である「2026 トップランナー変圧器」の一次端子カバーとタップ端子保護カバーといった部品類、そして電力会社などが使用する「特別高圧モールド変圧器」のモールド樹脂(エポキシ樹脂)の3か所から始めることで決定した。
※ トップランナー方式とは、エネルギー消費効率の目標を現在商品化されている製品のうち最も優れているものの性能以上とする制度。変圧器においてもJIS規格改定に伴い各メーカーが一斉に省エネ性能を高めた新機種へ切り替える。

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信頼を守り、素材を変える
変圧器は、10年以上におよぶ長期間にわたり生活のインフラとなる。だからこそ、特に重視されるのは品質への信頼性だ。通常、絶縁や保護の役割を担う樹脂を変更する場合、長期にわたる検証が必要になる。しかし今回は、従来の石油由来樹脂と同等の物性や性能を確保できるマスバランス方式によるバイオマス素材の提案を受けたことが、短期間での導入を後押しした。
池田氏「市場に出荷してからの使用期間が極めて長く、インフラを下支えしている機器ですので、バイオマス由来の素材に対する信頼性をどう検証し担保するかは重要な観点でした。
ただ、C(炭素)とH(水素)の由来が石油からバイオマスに変わるだけで、特性は全く変わらない。このことが大きな後押しになりましたね。特別高圧モールド変圧器に使う樹脂は、変圧器の心臓部であるコイルに直接接触しているため、本来は変更するとなれば年単位での検証期間がかかります。そんな中で素材の切り替えが短期間で済んだのは、物性が変わらないというマスバランス方式の特徴があってこそでした」
桑原氏「社内からも『品質は大丈夫なのか』という質問は受けましたが、炭素や水素の由来が変わるだけで化学結合や物性が変わるわけではない旨を説明すると納得していただけました。またお客さまからの問い合わせに備え、全く品質は変わらないのですがバックデータとして材料特性の評価データも取得し、準備を整えていました」
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削減量が小さくても、「変えられる」という実績をつくる
今回のバイオマス化による直接的なCO₂削減量は、企業全体の排出量から見れば「極めて小さい寄与率だ」と、池田氏は語る。しかしそれ以上に大きな価値があるのは、重電機業界においてまずは「変圧器に使用するプラスチックのバイオマス化は可能である」という実績をつくったことだろう。
桑原氏「東芝グループとしては、2019年度比で2030年度までにスコープ1・2の温室効果ガス実質ゼロを目指しています。自社工場でできる削減はきっちり進めていくとともに、スコープ3の削減も重要です。高効率化した機器の開発・販売とともに、機器に使用される素材の見直しも重要です。今回の変圧器へのバイオマス素材採用の取り組みはそれを後押しする取り組みだと感じています。
現在、多くのお客さまやサプライヤー企業においても、カーボンニュートラルの実現や温室効果ガス(GHG)排出量削減に向けた目標・計画の策定が進められています。当社の環境配慮型製品をご採用いただくことで、お客さまの脱炭素化に貢献するとともに、当社自身の企業価値向上や競争力強化にもつながるものと考えています。
このような小さな積み重ねがあり、さまざまな会社の取り組みがさらに積み重なることによって、社会に大きな成果として還元されていくのだと思います。東芝グループの企業理念である『人と、地球の、明日のために。』のもとお客さまはもちろん、将来の子どもたちのためにも社会全体のカーボンニュートラル実現に、ギアを上げて貢献してまいります」
池田氏「CO₂削減量に対する寄与率は小さいですが、こういった重電機業界では稀有な取り組みだと思っています。私どもの取り組みがきっかけとなり、他社にも広まっていけば、業界全体としてカーボンニュートラルに向けて機運が高まっていくのではないかと思っています」
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同社は今後、変圧器にとどまらず、モータの制御盤に使用される透明アクリル板など、他の製品へもバイオマス由来樹脂の採用を広げていく構想を描いている。
池田氏「サーキュラーエコノミーや脱炭素の取り組みに対して、『儲かっていないとできない』とおっしゃる方もおられます。ビジネスである以上、その側面もあるかもしれませんが『決してそれだけではないはずだ』という思いがあります。
我々の取り組みで削減できる量は、全体から見れば微々たるものかもしれません。しかし、こうした活動が業界に広まっていき、他社も巻き込んで、まずは考えるきっかけになればと思っています。『あ、こういう手があったのか』と気づき、具体的な行動につながっていってほしいですね」
変化を追い求める姿勢は、社会の「見えやすいところ」には現れてこないこともある。ともすると、日の目をみることはないかもしれないモノにおいて環境負荷を下げる挑戦に踏み出すのは、容易なことではない──それでも、気づきにくいところでも着実な変化が芽生えている。この変化と、裏にある現場の尽力は、私たちが享受する「変わらぬ日常」を持続可能な形へ変え始めているのだ。
【参照サイト】モールド変圧器にバイオマスプラスチックを採用|東芝産業機器システム株式会社
【参照サイト】トップランナー変圧器第三次判断基準 2026年度スタート|一般社団法人日本電機工業会
Photo by 鈴木健児(株式会社こまちクリエイト)
取材時のダイジェスト版動画も提供しています。ぜひ、こちらからご視聴ください。
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