三井化学を支え続けてきた
素材・ミラストマー®
「成長の止まった素材」を、世界一の事業に。
三井化学を代表する製品の一つであるミラストマー®は、主に歯ブラシや自動車の部品として使用されるゴムのような柔らかさを持つ複合素材。1970年代に市場に投入されると同時に、30年以上にわたり三井化学を支え続けてきた製品である。しかし2000年代に入ると、その成長に翳りが見える。アジアのメーカーによる安価な類似製品の登場、そしてリーマンショックにより成長は完全にストップしてしまう。その後も浮上するきっかけがないまま、先の見えない状態に陥っていた。そんな向かい風の中、ミラストマー®グループに異動してきた寺田豪は、2011年3月末、ミラストマー®事業の復活、そしてエアバックカバー分野に向けた新製品提案の方針を発表し、「世界一」を目指すと宣言した。だが当時、ミラストマー®の成功を信じていたのは寺田ただ一人。逆境からミラストマー®事業変革プロジェクトは生まれた。
ミラストマー®の可能性を信じるのは、自分ただ一人。
寺田はこの時のことを振り返る。「2011年の3月に、ホテルの会議室に関係者を集め、新製品開発を含めた事業戦略を提案する場を設けました。震災直後ということもあり、非常に暗いムードだったことをよく覚えています。私は異動したばかりでしたので、やりたいことがたくさんあり、その想いを伝えたかったのです。」しかし、メンバーの反応は芳しいものではなかった。「提案に賛成してくれた人は一人もいませんでした。新製品をつくろうとしていたエアバックカバー材は何十年もの間、競合が圧倒的なシェアで独占していた製品。『勝てるわけがない』と猛反発されてしまいました。『来たばかりの人間に、我々の苦労がわかるのか』という声も多かったですね。」寺田は、まさに四面楚歌の状態だった。
流れを一変させた事業部長の言葉。
しかし、寺田には確信があった。「入社以来、営業として数々の商社や顧客のニーズに触れてきました。そして当社の研究者の能力の高さも十分知っています。だからこそ、勝利を確信していたのです。」絶対的な自信を持っていた寺田は、粘り強くメンバーの説得を続けた。そして、いつしか寺田の話に耳を傾ける者も現れるようになった。その人物こそが機能性コンパウンド事業部の事業部長(当時)だった。「『寺田がここまで言うのだから、半年だけ協力してほしい』と言ってくれたのです。この一言で流れが変わりました。」事業部長の後押しを受け、ミラストマー®事業変革プロジェクトはスタートした。
世界中どこへでも
ミラストマー®を供給できる。
粘り強く、顧客ニーズを探る。
プロジェクト発足後、まず行ったことは顧客ニーズを探ることだった。「エアバッグを製造している顧客と会うため、世界中をまわりました。ヨーロッパ、アメリカ、南米、アジア各国を約半年かけて訪問し、顧客ニーズをヒアリングしていったのです。しかし、そのニーズも簡単には教えてはもらえません。そのため本社ではなく、顧客の海外拠点や下請け業者に課題やニーズを聞いてまわりました。」諦めず、粘り強くコミュニケーションを取ることで、課題やニーズ等、顧客の情報を寺田は手に入れた。あとはどうアプローチするか、だった。
高い評価を得た、徹底したスピードへのこだわり。
アプローチの際、ある一つのことを心掛けたという。「とにかくスピードにこだわりました。競合は当社よりも大規模の企業。機動力で負けるわけにはいきません。多くの顧客のニーズであった素材の現地調達を実現するため、現地化のタスクチームを即編成し、現地の税法や商流(取引を行う際の流れ)を学びました。並行して日本から現地へ原料を送り、試作も行います。そして試作サンプルを顧客に届け、当社の供給スキームをアピールしたのです。販売実績がなかった当社は、世界中どこでへでも競合と同様の質と量の製品を競合以上のスピードで供給できる、ということを証明する必要があったのです。事実、当社のスピーディな対応は非常に高い評価を得ました。」顧客ニーズに応えた結果、寺田が配属する以前は30年間で2拠点のみだった海外拠点は、寺田が担当してからはわずか5年で7拠点に増加し、世界中の顧客ニーズに応えられる環境が整いつつあった。しかし、その現地化の全てが順調だったわけではなかった。
プロジェクトを阻む、法律という高い壁。
中でも大変だったのがメキシコとインドだった。
「我々のスキームと現地の法律がマッチしておらず、当初の計画とは異なるスキームで生産する必要に迫られたのです。協力会社の工場に委託生産して利益を得るというスキームは、メキシコとインドの法律では非現実的であると発覚したのです。」法律という高く、強固な壁。寺田はこの時のことを振り返る。
「事前に専門家にも確認していたのですが、いざ蓋を開けると、そのスキームは他の国では問題なくても、メキシコとインドでは過度に課税されてしまい、競争力を失うことが分かったのです。結果としては、関係者の支援を得て、協力会社にライセンス供与することで、メキシコとインドでも生産できるようになりましたが、もう少しでチャンスを潰すところでした。」法という高い壁を乗り越え、世界に向けてミラストマー®を発信する準備は整った。
理想のミラストマー®を生み出し、
三井化学にとって欠かすことのできない事業に。
ミラストマー®が持つ圧倒的な優位性。
寺田の懸命な努力により、新製品開発プロジェクトの基盤は整った。しかし、製品自体に優位性がなければ意味はない。ミラストマー®の魅力とはどのようなものなのだろうか。「ミラストマー®を使用したエアバッグカバー材の特長として、塗装が挙げられます。エアバッグは人の目に触れるものですから、塗装は欠かすことができません。塗装しなければムラができてしまい、自動車自体の価値が下がってしまいます。しかし、ミラストマー®を使用すれば、塗装と同じような質感・高級感を再現することが可能になります。また、塗装がもととなる揮発性のガスを発することもなく、環境面でも有用な存在となりえます。このような機能を独自の配合によってカバーしたという点がミラストマー®の強みの一つです。」
シンプルな配合で、コストダウンを実現する。
しかし、ミラストマー®の強みはそれだけではない。「配合によるコストダウンという点も魅力の一つ。もともとミラストマー®は、高価な材料を複数組み合わせて製造していたのですが、新製品はシンプルな配合を考えていました。各素材の機能が格段に向上しており、ポリプロピレンとタフマー®、この2つの素材を組み合わせるだけで十分にエアバッグカバー材の機能をカバーできると考えたのです。当社には、ミラストマー®の原料の製造技術もコンパウンド(素材を組み合わせる)技術もあります。競合が様々な素材を使用しているのに対して、当社は2つの素材でシンプルにつくる、というコンセプトを打ち出したのです。」しかし、コストダウンの実現は容易ではなかった。
機能性と収益性を兼ね備えた素材。
「何度もトライアンドエラーを繰り返しました。低コストと高機能を両立させるため、高分子材料研究所の佐々木をはじめとする研究担当はとにかく大変だったと思います。約1年間、配合の比率を変える等の試行錯誤を重ね、ようやく理想とするミラストマー®の開発に成功したのです。」問題をひとつひとつクリアすることで、機能性と収益性を兼ね備えた新しいミラストマー®は誕生した。そして2013年、エアバッグカバー材として初採用されたことをきっかけに、次々に採用が決まっていった。生産拠点の現地化、新配合によるコストダウン、新製品の投入、既存製品の改善、これら様々な革新的変革により、ミラストマー®事業は世界中への拡販、そして大幅な収益改善を実現することとなる。
無限に広がる、ミラストマー®の可能性。
ミラストマー®事業の成功は、一人の力では成し遂げられなかったと寺田は振り返る。「ともに働いたメンバーは、プロジェクト発足当時から『売れるイメージ』を持ち、世界一になるためにはどうすればよいか、果敢に挑戦してくれたと思います。特に、佐々木や事業部の國松といった若いメンバーは、海外でも気後れすることなく仕事に取り組んでくれていました。」
ミラストマー®は、これまで未進出だった事業に参入し、大きな結果を残した。今後、ミラストマー®事業はどのような歩みを見せるのだろうか。寺田は最後に語ってくれた。
「これまでは『これがミラストマー®だ』といった固定観念がありました。だからこそ変わること、新しいことに対して壁があったのです。今回、多くのチャレンジをすることで、壁を壊すことができたと思っています。今は『やわらかい素材は全てミラストマー®』くらいの柔軟な考えで、従来のカテゴリーを外して、様々な素材の組み合わせに挑戦しています。だからこそ、今後のミラストマー®の可能性は無限なのです。スポーツ、自動車、インフラ、ありとあらゆるフィールドで活躍する素材になると信じています。」