「医薬品包装」の面から環境貢献を意識
アステラス製薬様は、事業を通じて排出される温室効果ガス(GHG)を、2050年までに実質ゼロにすることを目指す方針を掲げられていますが、進捗状況はいかがでしょうか。
飯野さん 当社は2025年までの5ヵ年にわたる「経営計画2021」の中で、戦略目標として「サステナビリティ向上の取り組みを強化」を設定し、サステナビリティを意識した経営の推進を宣言しています。製薬企業が排出する温室効果ガスは、他製造業などに比べると多くはありませんが、私たちは企業活動と地球環境の調和は経営の必須条件であると考えており、革新的な医薬品を持続的に創出するという使命を達成するためにも、環境に対する取り組みは重要だと考えています。
そこで、2050年までにネットゼロを達成することを宣言し、そのために2030年までの短期的な目標をScope1・2・3※1に分けて設定しています。Scope1・2では、2015年比で63%削減する目標を掲げており、現状40%削減を達成済みです。一方、Scope3は、2015年比で37.5%削減を目指しており、現状19%削減を実現しています。
※1:Scope1:自社が直接排出する温室効果ガス、Scope2:自社が間接排出する温室効果ガス、
Scope3:原材料仕入れや販売後に排出される温室効果ガス
アステラス製薬株式会社 飯野さん
2030年までの目標を達成するために、Scope1・2については、海外ではすでに再生エネルギーの活用が進んでいることから、主に国内の生産拠点で使用している電力の再エネ化を一層推進して参ります。一方、Scope3はサプライヤーの協力無しには目標達成ができないため、サプライヤーとのエンゲージメント強化に注力しています。2024年度は、国内外の主要な取引先を招いてビジネスパートナーサミットを開催し、Scope3削減における理解の浸透や私たちの目標に対する協力要請を行っています。
PTPシートへのバイオマスプラスチックの採用に関してもその取り組みを教えていただけますか。
松永さん 2021年から、イリボー錠®5µgの一次包装であり、錠剤を包装するPTPシートに、植物由来の原料から作るバイオマスプラスチックを採用しています。バイオマスプラスチックは、サトウキビ由来のポリエチレンを原料の50%に使用しています。医薬品用PTPシートへのバイオマスプラスチックの採用は世界初で、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させる「カーボンニュートラル」の考え方に合致する、環境に優しい包装になります。現在は他の製品においても、従来の石油由来プラスチック製PTPシートから本PTPシートへの切り替えを検討しているところです。
なぜバイオマスプラスチックをPTPシートに採用しようと思ったのでしょうか。
松永さん 私と丸橋が所属している製剤研究所では、新薬製剤の処方設計や、製造プロセスの設計に留まらず、包装材料や包装プロセスの設計や研究も手掛けています。我々は「患者さんや薬剤師さんにとって使いやすい包装」を常に意識しており、箱の開けやすさや錠剤の取り出しやすさを研究し、包装設計に生かしております。また、これまでもPTPシートにおいては、アルミや容器フィルムなどの材料はなるべく薄いものを使うなど、省資源を意識した包装設計に取り組んできました。そして、医薬品包装の中で使用数量が多いPTPシートからさらに環境に貢献できないかと考え、このバイオマスプラスチックをPTPシートに適用することに挑戦しました。
丸橋さん 使用資材の減量化や箱の資材を再生紙に変えるといった取り組みは行ってきていたものの、PTPシートに関してはなかなか手を付けられていなかったのですが、バイオマスプラスチックが世に出てきたことで、これは活用できるのではないかと可能性を感じました。そして、まずは資材の特性を探るところからプロジェクトがスタートしました。
バイオマスプラスチックを使用するとなると、コストが上がるといった課題も生まれるかと思います。その辺りはどのように乗り越えましたか。
丸橋さん 確かにコスト面での議論はありましたが、さまざまな部門と密にコミュニケーションをし、取り組みへの理解を得ていきました。
松永さん 冒頭に話した通り、会社全体で環境に対する取り組みへの意識が高まっているタイミングだったため、そうした気運も追い風になって、前向きにサポートしていただけるようになりました。
同業他社と連携し、業界全体で医薬品包装の環境対応に挑む
世界初の取り組みということで、製品化に至るまでにはかなり苦労もあったのではないでしょうか。
松永さん PTPシートには、高い錠剤保護機能およびユーザビリティが求められます。例えば、衝撃に耐えうる強度と外気が入らない密封性を持ちつつ、容易に錠剤を取り出せる程度の柔らかさや、包装された錠剤の視認性、小分けする際に簡単に切り離せるかどうかなど、さまざまな要件を満たす必要があります。ただ、今回採用しているバイオマスプラスチックは高温にすると柔らかくなりすぎて形状を保持できない一方で、高温にしないとポケットの成形が綺麗にできないといった素材の特性もあり、苦戦しました。初めてバイオマスフィルムでテストを行ったときには、従来のフィルムと同じ製造条件では高温過ぎたのか、数十秒で機械が緊急停止したり前途多難でしたが、チームメンバーの前向きな気持ちと長年にわたり培ってきた包装技術を駆使することで、錠剤保護機能とユーザビリティの要件を満たしつつ、大量生産が可能なバイオマスPTPシートの製造を実現できました。
アステラス製薬株式会社 松永さん
バイオマスPTPシートを採用したことで、どのような成果やポジティブな影響が生まれましたか。
松永さん World Packaging Organisation(WPO:世界包装機構)をはじめとした、海外や国内の多くの団体から表彰していただくなど、想像以上の反響があったことで、社内の理解浸透がさらに進むきっかけになりました。また、幾つかの同業他社様が同じくバイオマスプラスチックを使用したPTPシートを出されたことも励みになっています。
丸橋さん われわれ1社の取り組みによる社会への影響には限界がありますが、医薬品業界全体でバイオマスPTPシートなど環境にやさしい資材の採用が進めば、社会への貢献の幅がさらに広がると感じています。そこで、複数企業とともに医薬品包装分野での環境負荷低減に取り組むため、コンソーシアムを立上げ、環境負荷を軽減する包装技術に関する知見を共有し、この連携の成果を社会に還元することを目指した活動を進めています。
飯野さん 環境問題に関心の高い医師から、弊社のMRを通じて「今回の取り組みについて詳しく教えてほしい」とサステナビリティ部門に問い合わせも寄せられています。
また、サステナビリティに対する具体的な取り組み事例が社員に共有されることで、社員のモチベーションや帰属意識の向上にも繋がると実感しています。実際、社内SNSを通じてグローバル全社員に今回の取り組みを発信したところ、「素晴らしい。アステラス製薬で働くことに誇りを感じる」といったコメントが国内外のメンバーから寄せられています。
自分たちの決断が、20~30年後の環境にも影響を与えるという責任を持って
バイオマスプラスチック採用のプロジェクトの現状についてはいかがでしょうか。
松永さん 現在は、既存品と新薬の両軸でバイオマスPTPシートの適用検討を進めています。医薬品は一般的には3年間もしくはそれ以上の品質保証が求められます。そのため「3年後も同じように形状を保っているか」や「その期間に錠剤に悪影響を与えないのか」といったことも慎重に検討が必要となります。また、それらを確実に担保したうえで安定的に供給することも重要ですし、さらには医薬品として求められる薬事的な対応などもあり、早く適用したいという気持ちはあるのですが、どうしてもそういった対応の時間が必要で、時間が掛かるというのが課題だと思っています。
飯野さん 医薬品からプラスチック包装を取り除くのは極めて難しいことですが、最近では創薬研究部門においても実験に使用するプラスチックを見直し、環境に優しい研究を行おうという取り組みが進んでいます。今回のバイオマスPTPシートの取り組みを社員に周知したことで、社員一人一人が「自分には何ができるだろう」と考える動きが広がっているのかもしれません。
社内での情報共有が活発だからこそ、そうした機運が生まれるのでしょうか。
飯野さん 先ほども申し上げましたが、弊社はメールに加えてチャットなどの社内SNSも活用しています。社内SNSはメールと比べてカジュアルなコミュニケーションが可能なため、多くの社員が同僚の様々な活動を知る機会が増えているのかもしれません。また、弊社は社長が自ら社内SNSで積極的に発信したり、社員の投稿にカジュアルにコメントをしており、そのようなトップマネジメントの姿勢が全社に良い影響を与えていると感じています。
最後に、将来のカーボンニュートラル社会に向けてメッセージをお願いします。
丸橋さん 今回のバイオマスPTPシートは日本オープンイノベーション大賞「環境大臣賞」を受賞していますが、これは資材メーカー様や設備メーカー様など、業種を越えた連携により製品化に至ったことが評価された結果と言えます。今後も異業種の企業様や同業他社様との連携を深めつつ、医薬品包装による環境負荷低減への貢献範囲を広げていきたいと考えています。
アステラス製薬株式会社 丸橋さん
松永さん 「3年間の品質保証が必要」と話しましたが、実際には新薬を出すということは、これから20年や30年後も製造し続けるということであり、新薬の包装形態がずっと引き継がれていくケースもあるわけです。私たちの今の決断や取り組みが20年後や30年後の環境にも影響を与えうるという責任感を持って、包装設計に取り組んでいきたいと思います。
飯野さん われわれアステラス製薬だけでカーボンニュートラル社会を実現することは困難です。社会全体でイノベーションを推進する機運が、何よりも重要だと考えています。こうした機運作りを支えるものとして、イノベーションを促進するための施策の推進やカーボンクレジット市場の整備など国内の制度面の充実にも期待したいと思います。