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前編:GX-ETS「排出量取引制度の仕組みと第2フェーズの重要ポイント」

GX-ETS_明日香先生_前編
近年、日本政府は「GX(グリーン・トランスフォーメーション)」を国家戦略の柱の1つに据え、カーボンニュートラル社会への移行を加速させています。その中核を担う「GX-ETS(排出量取引制度)」は、政府が一定の基準の下、対象事業者に温室効果ガス(GHG)の排出枠(総排出量の上限:キャップ)を割り当て、その過不足に応じて事業者間で排出枠を取引(トレード)できる制度で、2026年度から本格始動します。この制度は、二酸化炭素(CO₂)の直接排出量(Scope1)が前年度までの3年度平均で10万tを超える事業者を対象としているため、多くの企業が動向を注視しています。

ただ、GX-ETSの仕組みが複雑なこともあり、炭素税との違いや自社への具体的な影響を正確に把握することは容易ではありません。そこで、本制度の背景にある環境経済学の考え方や、2026年度から本格始動する「第2フェーズ」のポイントについて、東北大学の明日香 壽川教授(東北大学大学院 環境科学研究科 特任教授 名誉教授)に解説していただきました。

プロフィール

明日香 壽川(あすか じゅせん)
東北大学大学院 環境科学研究科 特任教授 名誉教授 

1985年、東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻修了(学術博士)。インシアード経営学修士。専門は環境経済学、環境政策論。地球環境戦略研究機関(IGES)気候変動グループ・ディレクターも兼任(2010-2012年)。著書に『グリーン・ニューディール:世界を動かすガバニング・アジェンダ』(岩波新書)など多数。

 

GX-ETS(排出量取引制度)の概要と経緯

二酸化炭素排出量をいかに効率的に減らすか

環境経済学では、社会や個人に好影響を与えるモノやコトを「Goods(グッズ)」、悪影響を及ぼすモノやコトを「Bads(バッズ)」と呼びます。CO₂など温室効果ガスの排出はまさに「Bads」の代表例であり、社会全体でこれらをいかに減らすかが課題となっています。

Badsを減らす代表的な手法は、「規制的手法」と「経済的手法」の2つが挙げられます。

  • 規制的手法:特定物質の使用禁止や排出基準の設定など、ルールによって直接制限する

  • 経済的手法:価格や流通量をコントロールするなどの市場原理で抑制する

GX-ETSなどの排出量取引制度は、後者の経済的手法のうち、温室効果ガスの排出の「量」をコントロールする手法です。一方、炭素税は「価格」をコントロールする手法です。手法は異なりますが、目標削減量が同じであれば、その達成に必要となる社会全体でのコストは、理論上、同じ金額になります。なお、この「量」をコントロールする手法は、CO₂だけでなく、鉛や硫黄酸化物の排出規制、漁獲枠、水利権など、これまでさまざまな対象物で運用されてきた実績がある手法です。

明日香 壽川教授

日本のGXと歴史的経緯

現在の日本政府が進めるGX-ETSの背景には、過去約20年にわたる日本でのETS導入に関する議論のプロセスが存在します。2005年の欧州でのEU-ETS導入を受け、日本国内でも2005年から2010年頃にかけて導入に向けた機運が高まりました。環境省の委員会などにおいて法案作成に向けた具体的な議論が重ねられましたが、その時は諸情勢により導入は見送られました。

その後、2020年の「2050年カーボンニュートラル宣言」を機に、政策の方向性は大きく転換しました。現在は経済産業省が主導し、「GX」の枠組みのもとで、ETSの導入が進められています。

第2フェーズの概要

GX-ETSは、2025年度まで「第1フェーズ」の試行段階にあり、2026年度からは「第2フェーズ」として、より強制力を持った本格的な運用が開始されます。
具体的な制度の柱は以下の通りです。

  • 参加対象:排出量が年間10万t以上の企業(※1)

  • 算定・割当:事業所別を基礎としつつ、企業単位で履行

  • 市場稼働:排出量取引市場は2027年秋頃の開設見込み(※2)

  • 検証体制:排出量の正確性を担保するため、第三者による「検証機関」が重要な役割を担う

参加対象を広げすぎると、いわゆる制度を運営するための取引コストが大きくなり、狭めすぎると必要な削減量が確保されないというジレンマがあります。そのため、当面は大規模排出事業者を対象とし、その運用実績を踏まえながら段階的な拡大を図るアプローチが取られています。

※1 排出量が年間10万t以上の企業:
二酸化炭素の直接排出量(Scope1)が前年度までの3年度平均で10万tを超える事業者
※2 排出枠取引市場は2027年秋頃の開設見込み:
2026年度は「算定・割当申請・準備期間」で、排出枠取引市場は2027年秋頃の開設見込み

排出量取引制度(ETS)の本質と歴史的背景

排出量取引制度(ETS)の本質は、「社会全体で最も効率的に目標値まで減らす」を追求する点にあります。少ない投資で大幅に排出量を減らすことが可能な排出主体はできるだけ多く削減し、自分だけで減らすと多額のコストを要する排出主体が、他の主体が削減した余剰分の排出枠を調達することで、社会全体のコストを最小限に抑えるという仕組みです。

なお、排出量取引制度と炭素税の優劣については、現在も継続して議論されています。欧州では2005年に排出量取引制度「EU-ETS」を導入しましたが、当時は、英国など一部の国はすでに炭素税を施行していました。しかし、その後、議論を経て最終的にはETSが採用されました。

ETSが採用された背景には、税制度に対する複雑さや否定的な印象を避ける意図に加え、国際的な枠組みとの整合性があります。すなわち、気候変動枠組条約や京都議定書、パリ協定は、排出削減の総量を規定する仕組みを基本としています。そのため、これらの国際合意と親和性が高いETSがEU全域で導入され、それが他国にも広がりました。

すでに韓国(K-ETS)や中国(China ETS)、アメリカの一部地域など、世界中でETSは活用されており、日本でも、これらの国際的な潮流も踏まえながら、GX-ETSの導入が進められています。

明日香 壽川教授_取材の様子

排出量取引制度の国際的な動向

世界各国で導入が進む排出量取引制度ですが、共通課題としては、「企業にとっての公平な競争条件」をいかに維持するかという問題があります。排出量取引制度は、炭素排出量が大きい企業に対して新たなコスト要因となるのは確かです。貿易量が多い製品で、輸出先の炭素制約が低い場合は、価格競争に負けて輸出量が減る可能性があります。その結果、他の国で同じ製品がより大きな排出を伴って生産される可能性があります(カーボンリーケージ)。したがって、どの国も最初は緩い排出枠のもと、グランドファザーリングと呼ばれる無償で割り当てる方法を採用しています。その後に、徐々に有償割り当て(オークション)に移行するという流れが一般的です。

2005年に始動したEU-ETSにおいても、地域内の産業保護の観点から第1・2フェーズでは無償割当が中心でした。第3フェーズ(2013~2020年)から発電部門は原則オークションとなり、現在の第4フェーズでは、国際競争力喪失の可能性の高い産業部門でも無償割当とオークションが併用され、有償配分が拡大しています。

EUの先行事例とCBAMの衝撃

ここで注目すべきは、新たに導入されるCBAM(炭素国境調整措置)です。これは、EU域内で生産される対象製品に課される炭素価格(カーボンプライス)に対応した価格を、域外から輸入される対象製品に課す制度です。気候変動対策のコスト負担を巡っては、前述のように、各国が自国企業の国際競争力を維持しようとするため、「公平性」が常に争点となります。EUは、域内企業が負担する炭素コストを輸入品にも課すことで、この公平性を担保し、EU域外の企業との競争条件を同じにしようとしています。

これに対し、インド、中国などは、1)自由貿易の原理と相反する、2)途上国企業と先進国企業は公平性の観点から同列には議論するべきではない、などの理由で反対を表明しています。日本はCBAMの目的自体は理解しつつも、WTO協定との整合性や日本企業への過度な負担を懸念し、制度設計の見直しや簡素化を求めています。また、米国も独自の調整枠組みを検討するなど、現在、国際的なルール形成は極めて複雑な状況にあります。

CO₂などの温室効果ガスの排出削減は、当初の単なる努力目標から、現在はすべての国、企業、個人が何らかの形で排出削減コストの負担が求められる段階に移行しました。この変化により、各国は排出量取引制度などを導入するようになりました。炭素価格を明示することによって経済効率的に削減することが、グローバル市場における新たなスタンダードになっています。

後編では、GX-ETSの価格設定やカーボンリーケージ、排出量の可視化やCCS(炭素回収貯留)の現状を踏まえ、日本企業が取るべき経営戦略と対応のポイントを解説します。
後編:GX-ETS「排出量取引の論点とクレジットへの向き合い方」

三井化学では、「世界を素(もと)から変えていく」というスローガンのもと、バイオマスでカーボンニュートラルを目指す「BePLAYER®」、リサイクルでサーキュラーエコノミーを目指す「RePLAYER®」という取り組みを推進し、リジェネラティブ(再生的)な社会の実現を目指しています。カーボンニュートラルや循環型社会への対応を検討している企業の担当者様は、ぜひお気軽にご相談ください。

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