取材・執筆:堀川晃菜 写真:吉沢やまと 編集:吉田真也(CINRA)
量産できないからこそ、クラファンを活用。得られた反響と自信
—普通のマスクに比べて、「θ」は顔との接地面が少ないのも特徴ですよね。
蟹江:そうですね。接地面が少ない分、女性の化粧崩れなども抑えられると思います。ただ、接地面が少ないぶん、「痛くないようにすること」をかなり意識しました。
「θ」で顔に直接触れる部分は、プラスチック製なので、密着させると痛いのではないかという懸念がありました。そこで老若男女、10人以上の人に試してもらい、頬骨などをうまく避けながら、顔のやわらかい部分にフィットして密閉性が保てる位置のバランスを模索しました。
また、今回は70℃〜80℃の熱を与えると柔らかくなる生分解性ポリマーのPLA(ポリ乳酸)という素材を採用しました。これによって、微修正を加えること可能になり、より個人の顔にフィットしやすい仕様にできました。
「θ」を横から見ると、本体の輪郭はウェーブ状になっているのですが、この形状の検討にかなりの時間を割きましたね。1か月近く集中的に取り組んで、最適解としてたどり着いたのがこの形状です。
—市場の反応が気になりますね。すでにお客さまに届いているのでしょうか。
蟹江:はい。今回のプロジェクトではクラウドファンディングのMakuakeを利用したので、応募してくださったサポーターの方に9月中旬から11月にかけて順次、発送を始めています。これから実際に使用した感想やご意見が寄せられてくると思いますので、そのフィードバックをさらなる改良につなげていきたいと考えています。
—クラウドファンディングを利用した狙いを教えて下さい。
蟹江:「θ」の性能には絶対の自信がありましたが、斬新な見た目が受け入れられるかという心配もありました。そこで、マーケットの反応が見たかったというのが、クラウドファンディングを利用した大きな理由です。新しいもの好きな人が集まる場ですし、サポーターから直接コメントをもらうことができるので、開発にも活かせます。
また、売上(支援額)も反応の目安になるので、非常に良いリサーチツールになるだろうと考えたのです。結果的には、NHKで取り上げてもらった効果もあり、目標金額に対して1,184%で着地。さまざまな方から大きな期待をかけられていることもわかり、さらなる自信につながりました。
もう一つ、ちょうど良かったのは、数量限定で販売できる点です。このマスクは現在、3Dプリンターで製造しているため、一度に量産することができません。とはいえ、少しでも早く確実にお客さまに届けたいという想いがあったので、クラウドファンディングというツールは最適でした。
「行動しなければ、何もわからない」。印象的だった堀先生の研究姿勢
—今回の共同開発を通じて、得られた収穫としては何が大きいですか。
蟹江:不織布のエキスパートである三井化学さんから知見をいただけたことは大きかったですね。不織布の素材に関する知識はもちろん、マスクの構造の重要性まで熟知されていましたから。不織布が最も機能を発揮できる状態にできたのも、三井化学さんのおかげです。
才本:われわれ三井化学にとっても、微生物の専門家である堀先生たちの視点と知見は貴重でした。すでに持っている自社素材の新たな活路を見出すうえで、多くのヒントをもらっていて、現在もやりとりのなかから次のアイデアが生まれてきています。
今回のプロジェクトで印象的だったのが、堀先生の研究姿勢です。市販のさまざまなマスクを独自で比較検討されていたのですが、その追求姿勢、行動力には感銘を受けました。マーケットをつぶさに見つめ、把握したうえで分析するからこそ、自分たちがやろうとしていることの立ち位置がわかる。これはわれわれメーカーの研究者も見習うべき点です。
—具体的には、どのようにマスクを調べたのですか?
堀:さまざまなマスクを取り寄せて、フィルター部分の細菌やウイルスなどの粒子除去効果を調べました。市販のマスクを評価する基準は、統一されていないし、表記もしっかりしていないものが多かったので、実際に確かめることがいちばん確実だと思っています。
世の「マスク評価軸」をつくる。大学発ベンチャーとのタッグで社会を変える
—最後に、今後の展望を教えてください。
堀:「θ」の普及は、もちろん今後も力を入れていきたいと思っています。ただ、それ以上に、研究機関としては、ひとつのプロダクトをつくって終わりではなく、マスクの防御効果を上げるきっかけを提供していきたいと考えています。
最初のほうで述べたように、一般的にマスク着用時での防御効果の評価軸は定まっていません。フィルターの平面上での結果だけではなく、人の顔にフィットしたときに、どのくらい防御効果があるのかということが大事。その評価する手法や基準をつくっていきたいです。
蟹江:それを実現するには、学術的な論点からエビデンスを示していく必要がありますが、われわれのような大学発ベンチャーだからこそできるはず。引き続き、三井化学さんをはじめとする各方面のエキスパート企業に協力いただきながら、研究結果や得られた知見を社会に展開していきたいですね。
才本:実際、そうした研究結果などが私たちのようなものづくり企業に役立ちます。ぜひ今後も協力し合って、より良い社会にするためのプロダクトを生み出したいです。
また「θ」についても、弊社の袖ケ浦センター(現:VISION HUB™ SODEGAURA)にて機能性の向上に必要なデータ分析などを行っています。そのデータを堀先生と蟹江さんにシェアしながら、「θ」の改良版に反映していければと思います。
—これからも新規3次元マスク「θ」はバージョンアップを続けるのですね。
蟹江:今後はまず、量産化の体制の確立を進めていくと同時に、クラウドファンディングのお客さまからのフィードバックに耳を傾けて改良を重ねていきたいですね。
堀:今回の開発をとおして、マスクの性能を最大限にするにはどうすれば良いか掴めたので、アレンジの幅が広がりました。ニュータイプの形状は、「θ」よりも斬新かもしれませんよ(笑)!
1995年に東工大にて博士(工学)を取得。1994年より化学会社、環境分析会社で研究開発を手掛けた後、1998年に東工大に当時の助手(現在の職階は助教)に着任。2004年に名古屋工業大学の准教授(当時は助教授)に就任。2011年より現職の名古屋大学教授。さらに、2017年に大学発ベンチャー株式会社フレンドマイクローブを起業し、CSOを兼任。現在に至る。専門は、生物工学、環境生物工学、応用微生物学、生体分子化学など。
2013年から2019年までの6年間、名古屋大学大学院工学研究科堀克敏教授のもとで学生として分子生物学・界面微生物工学に関して研究を行った。その後、名古屋大学発ベンチャー株式会社フレンドマイクローブに入社。技術研究部門の主任研究員に就任。新型マスクの開発担当として3次元マスク「θ(シータ)」の開発を行った。
1998年に東北大学にて博士(工学)取得後、三井化学株式会社に入社。半導体製造プロセス材料の研究開発に従事し、新材料開発を推進。2010年、住友スリーエム(現スリーエムジャパン)に転じ、コーポレート技術部長、統轄技術部長。2015年、Samsung電子にてメモリパッケージの開発業務のPrincipal Engineer。2018年に三井化学へ復職し、ヘルスケア事業本部不織布事業部の副事業部長と産材開発室長を兼務。不織布商材を用いた新規アプリケーション開発を推進している。