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「2023年度グッドデザイン賞」で金賞を受賞したパナソニックの電動シェーバー「ラムダッシュ パームイン」。シェーバーの当たり前とされていた持ち手をなくした斬新な形状をはじめ、大理石を思わせるひんやりとした質感と手触りが特徴で、単にヒゲを剃るという用途に止まらず、インテリアとして空間を彩ってくれます。
便利なだけでなく、生活を豊かにしてくれるシェーバー。その素材として使われているのが、三井化学のMOLpを通じて開発された「NAGORI™」です。海水から抽出したミネラル成分から生まれたイノベーティブ・プラスチックと、パナソニックが誇るデザインチームのコラボレーション。その背景や開発ヒストリーに迫ります。
取材・執筆:榎並紀行 写真:原祥子 編集:川谷恭平(CINRA)
MOLpの素材「NAGORI™」を使った、パナソニックのシェーバー「ラムダッシュ パームイン」/Panasonic Japan(パナソニック公式)のYouTubeより
シェーバーの「当たり前」をやめてみる
2023年9月に発売された電気シェーバー「ラムダッシュ パームイン(以下、パームイン)」。持ち手をなくした独特の形状に加え、まるで「自然物」のような美しい質感が印象的です。これまでにないアイコニックなデザインの電気シェーバーは、どのようなきっかけで誕生したのでしょうか?
別所潮(以下、別所):パームインは通常の商品開発の流れとは異なり、完全に「デザイン起点」で生まれました。デザインチームでは日々、さまざまな商品の先行デザインを検討しているのですが、年に一度、それらを事業部や経営幹部に見てもらい、具体的な事業化に向けた議論を行なう機会があるんです。そこでパームインの企画を提案しました。
北村友資(以下、北村):これまでのシェーバーはヒゲを剃る性能面ばかりが強調されていました。しかし、ユーザーのライフスタイルが多様化しているなかで、商品の世界観やデザイン性をはじめ、自分のライフスタイルにマッチするかどうかで家電を選択する人も増えています。
シェーバーも、ただヒゲを剃るためのものではなく、「日々の暮らしを豊かにする道具」であるべきなのではないかと考え、もう一度そのあり方を見直そうと。そこで、より空間になじみ、生活に寄り添うシェーバーを追い求めることになったんです。
別所:具体的には、従来のシェーバーでは当たり前だった「持ち手」をなくすこと。そして、家のなかのどの空間に置いても違和感がない「自然物」のような佇まいを目指しました。これを実現できる素材を検討するなかで出合ったのが、三井化学さんの「NAGORI™」でした。
「NAGORI™」のどのような部分に惹かれましたか?
別所:実現したかったのは、「石」のような、ひんやりとした質感です。そこで、当初は人工大理石を削り出してモックアップをつくりましたが、量産するとなると、加工方法やコストにおける制約があって難しい。
そんなときに、三井化学の近藤さんから「NAGORI™」をご提案いただいて。まさに石のような、ひんやりとした質感がありつつ、樹脂なので通常の家電と同じように射出成形で加工ができるということで、大きな可能性を感じました。
村木健一(以下、村木):自然物のような質感や光沢、あるいは「本物感」を出したい場合は、金属系の材料を使うことがほとんどです。ただ、金属系の材料は加工の手法が限定され、形状やデザインの自由度がなくなってしまうのがネックでした。その点、「NAGORI™」は本物感を出しつつ、普通の樹脂と同様に加工性も抜群。設計の視点から見ても、魅力的な素材でしたね。
別所:「NAGORI™」と出合って、まさに「これだ!」と。ぜひ使いたいと、すぐにMOLpの近藤さんに連絡しました。
近藤淳(以下、近藤):三井化学グループのアーク社を通じて「NAGORI™」をご紹介し、連絡をいただいたのが2021年の年末。その2週間後にはパナソニックの彦根工場にお招きいただきました。すごいスピード感でしたよね。
パナソニック側から素材を使いたいと連絡を受けたとき、MOLpのメンバーの反応はいかがでしたか?
近藤:皆、ただただうれしいと。じつは、以前からパナソニックのメンバーの方々にはMOLpの展示会にも足を運んでいただいていて、「NAGORI™」に関心を寄せてくださっていました。
近藤:でも、これまでは「面白い素材ですね」というところで終わってしまって、具体的な商品化の話までには至らなかったんです。それが今回は具体的に、かなり踏み込んだご相談をいただいて、個人的にもかなり興奮しました(笑)。
思わず触りたくなる。パームインの魅力を引き出す「NAGORI™」 の3つの特徴
「NAGORI™」はもともと、どのような用途を想定して開発されたのでしょうか? たとえば今回のように、家電の素材として使うことは想定していましたか?
近藤:もともとは食器がスタートでした。プラスチックは概して、落としても割れづらく、熱も伝えづらい。器に適した素材ですが、その軽さやチープなイメージから、食事がどこか味気ないものになってしまうという難点があります。そこで食事が楽しく、美味しく感じてもらえるような、質感の良い樹脂をつくろうと。それが「NAGORI™」の開発の起点でした。
佐原賢一(以下、佐原):NAGORI™の開発のポイントは、プラスチックでありながらずっしりとした質量を感じさせる「重さ」と、陶器のような「質感」、さらには「熱伝導率」を上げること。もともとは食器を想定していましたが、この3つの要素がマッチする製品であれば、幅広く活用できると考えていました。
もちろん家電もその一つ。熱伝導率が高いので、たとえば冷却部品などにも活用できるのではないかと。
村木:「NAGORI™」は熱伝導率が高いため、手で触ったときにひんやりと冷たく感じます。ほかにもさまざまな樹脂素材を検討しましたが、われわれが求める「ひんやり感」に最も近いのが「NAGORI™」だったんです。
たしかに、触るとひんやりとした陶器のような質感ですね。ただ冷たいというだけでなく、手になじむというか。
近藤:思わず触りたくなりますよね。ちなみに開発の過程では、海洋由来のミネラル成分を高充填することで、抗菌性・抗ウイルス性を有することもわかってきました。このことからも「手で触れる商品」とは、かなり相性が良い素材だと思います。まさに今回のシェーバーなどにはぴったりですよね。
別所:従来の持ち手がついたシェーバーだと握り方はほぼ固定されますが、パームインは自由に握り変えられる形状で、より「触る」という感覚が強くなる。つまり、より素材の心地良さを感じることができるんです。フォルムとの相性という点でも、「NAGORI™」を選んでよかったと思います。
持ち手がないことで、一見すると滑りやすそうにも思えますが、その点はどのように解決しましたか?
別所:たしかに、商品企画のほうからも「持ちやすいように、リブ(突起)をつけたほうがいいんじゃないか」という意見がありました。ただ、リブをつけるとデザイン的にはノイズになってしまいます。それにより「手のひらで転がすように直観的に剃る」「空間になじむ」といった、パームインならではの価値を阻害することは避けたかった。
そこで、形状ではなく表面のテクスチャーで解決することにしました。表面に「シボ」という細かい凹凸(おうとつ)をつけることで、石鹸のついた手で使っても滑りにくくなるようにしています。
村木:そもそも、「NAGORI™」自体も少し引っかかり感のある素材でしたので、その特性とシボ加工によって、滑りやすさがかなり改善されていると思います。