2024年4月に「袖ケ浦センター」は「VISION HUB™ SODEGAURA」に改称されました
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1987年の設立以来、三井化学グループ最大の研究開発拠点として新技術や新素材をつくり出してきた「三井化学 袖ケ浦センター」が、2021年から改装して大きく生まれ変わった。リノベーションの主体となったのは、社内の有志のメンバーで構成された「超石化:Go Beyond Petrochemicals プロジェクト」(以下、超石化プロジェクト)だ。
「理想の研究所」を追い求め、開放的な空間への変貌を実現した今回の大規模リノベーション。しかし、そもそもなぜ自分たちで研究所の改装をすることにしたのだろうか。
今回は、MOLpのクリエイティブパートナーでもあり、超石化プロジェクトを主導した田子學さんと、超石化プロジェクトメンバーの鈴木比捺と内藤彩乃にインタビュー。生まれ変わった袖ケ浦センター内のスポットをめぐりながら、改装の理由やコンセプトをはじめ、社内の一部で「袖ケ浦ファミリア(SODEGAURA Família)」と呼ばれる長期的かつ壮大なビジョンについて語ってもらった。
取材・執筆:宇治田エリ 写真:佐藤翔 編集:吉田真也(CINRA)
研究者の約300名をフィギュア化。「人」を重視した袖ケ浦センターのコンセプトとは
清新な風薫る5月下旬、豊かな自然に囲まれた袖ケ浦センターの広大な敷地には、低層の建物が弧を描くように構えられていた。
まず、この研究所の設立の歴史をたどると、1970年代に起こったオイルショックの混乱を背景に、三井石油化学工業が新たな社会を見据えていた時代までさかのぼる。
混沌とした時代を打破すべく、従来の事業軸であった“石油化学を超える”という意味合いから「超石化」というコンセプトが生まれ、イノベーションを模索していた。その転換拠点として1987年に千葉県袖ケ浦市に誕生したのが「新技術研究開発センター」である。その10年後、三井石油化学工業と三井東圧化学が合併し、三井化学が誕生。同時に新技術研究開発センターは、現在の「三井化学 袖ケ浦センター」に名前が変わった。
そして 時は流れて2021年、ふたたび混沌とした社会状況のなか、袖ケ浦センターから新たな未来を切り開くべく、あらためて発足されたのが「超石化プロジェクト」だ。この取材当日に迎え入れてくれたのも、超石化プロジェクトに携わる3人。早速、改装後の袖ケ浦センターを案内してもらった。
— 今回の研究所のリノベーションを主体的に進めた「超石化プロジェクト」とは、どんなプロジェクトでしょうか?
田子學(以下、田子):袖ケ浦センターの前身である「新技術研究開発センター」の頃から根づいていた「超石化」というイノベーティブな精神を引き継ぎ、2021年に始動しました。有志の研究者たちが集い、「これからの三井化学としてありたい姿」を組織横断的に考えてカタチにする活動です。
このプロジェクトで最初にスタートしたのが、経年変化の進んでいた袖ケ浦センターを主体的に改装していく取り組みでした。まずは自分たちの研究拠点から魅力的な場所をつくりあげることで、「この拠点から三井化学が世の中全体をより良い未来へと引っ張っていく存在になろう」という強い意思を醸成する狙いがあります。
ようやく改装が完了したスペースも増えてきたので、今日は実際に周りながらお見せしたいと思います。まず見ていただきたいのが、このウォールオブジェクトです。
— 「0→1」の数字の周りにドットがサークル状に散りばめられていますが、ドット一つひとつをよく見ると立体で、しかも人の形をしているんですね。
鈴木比捺(以下、鈴木):袖ケ浦センターの「今」を象徴し、かつ更新性があるものをと考えた結果生まれたのが、研究所の宝である「人」をモチーフにしたウォールオブジェクトでした。
業務の合間を縫って袖ケ浦センターにいる研究者一人ひとりをスキャンし、プロジェクトのなかで出会った株式会社日南さんの3Dプリンタで制作したのがこのフィギュアです。現時点では約300人分ですが、今後も増やしていく予定です。自分たちが制作に参加するプロセスを経ることで、今後も語り継がれるものになったら良いなと考えています。
— それぞれのポーズに個性があって、ユニークな人たちが集まっていることが伝わってきます。ちなみに、ウォールオブジェクトの左下に「Be a Fun-trepreneur」という文字が記載されていますが、これはどういった意味でしょうか?
内藤彩乃(以下、内藤):この言葉は新たに掲げた袖ケ浦センターのコンセプトであり、超石化プロジェクトとしても大切にしたいキャッチコピーです。「Fun(楽しむ)」と「Entrepreneur(ゼロから事業を生み出す人)」を掛け合わせた造語で、「ワクワクする気持ちを原動力に、より良い未来に向けた創造的計画を立て、新たなことに挑戦し続ける人や組織」という意味が込められています。ちなみに、この言葉も超石化プロジェクトのメンバーが考案しました。
開放的なエントランスはショールーム? 自社開発の素材によるソファとテーブル
続いて案内されたのは、袖ケ浦センターのエントランス。今回の改装前は青やグレーを基調とした空間で、内外の人が交わる最も重要な場所でありながら、どこか閉鎖的な印象があった。ちなみに、以下が改装前のエントランス。
しかし、改装後のエントランスに案内されると、そこには以前に比べて明るく開放的な空間が広がっていた。床や壁には無垢材がふんだんに使われ、壁や柱のそばには河川で磨かれた丸い石のような形状をしたソファ、中央には脚部が木の形をしたクリアなテーブルが置かれ、窓から見える青葉の景色とつながることで自然との調和も感じられる。
— エントランス内は直線的な要素が少なく、オープンな雰囲気になっていますね。
田子:もともとこの研究所の建造物が円弧を基調に設計されていたんです。というのも、この建物が設計された1987年の当初から、「本研究所での実りある研究開発を、波紋のように社会全体へと広げていこう」というビジョンがあり、その構想を設計デザインにも取り入れたそうで。
その初心を忘れないためにも、四角四面で区切るのではなく、建物の造形のエッセンスを活かし、打ち合わせスペースのパーテーションも弧を描くように立てています。さらにルーバー状にすることで、その隙間から人の気配を感じられるようになり、風通しよく透明性のある場となっています。
— エントランスの中央にあるテーブルやソファも素敵です。テーブルは、脚の部分が木の幹と枝のようになっていて、いくつかの枝の部分は天板を突き抜けていて面白いですね。
内藤:テーブルは、「超石化の木:Go Beyond Petrochemicals Tree」という作品です。石炭の木という1本の原木から大きく成長し、革新的な技術や仕組みの枝を伸ばしながら100年を超える歴史をつくってきた三井化学グループ。その原点と歴史、そして研究開発の目指す姿を具現化しました。
田子:石の形をした「Dialogue Stone」というソファも、超石化プロジェクトで制作したものです。ここには、より良い未来を創造するために、世界中の人々と対話しようとする私たちの意志が込められています。
鈴木:テーブルもソファも、三井化学グループの素材から開発した製品ですし、いわばこのエントランスはショールームのような役割も果たしていると思います。このソファは、大きさによって硬さが異なるクッションになっているので、ぜひ座り心地を実感してみてほしいです。
改装はこの場所から始まった。研究者が最初にDIYした2階ラウンジ
次に案内されたのは2階のラウンジ。じつは、この改装の取り組みはこの場所から始まったという。
田子:2階のこのスペースは、超石化がプロジェクト化する前の2020年に、実験的に改装した場所です。最初に下りた予算は60万円。自分たちで安価な家具を調達し、DIYしなければいけない金額だったので、有志を募って改装作業を行ないました。
鈴木:最初のDIYはMOLpメンバーが「自分たちでやれることをやってみよう!」と企画し、実行してくれました。2020年はたった2面の壁を塗り替えるだけでも、自ら手を動かし、少し工夫することで空間をガラリと変えることができると実感しました。
— 一人でも、誰かと一緒でもくつろぎやすそうな空間ですね。
田子:このスペースが社内から好評を得たことで活動が認められ、さらに大規模改装の機会を得ることができたのは大きかったですね。それで次は2階ラウンジの直下にある1階倉庫を改装することにしました。本格的に改装を進行すべく、これまでの袖ケ浦センターの建物の遍歴を調べてみたところ、この1階倉庫はもともとマグネットスペースとしてつくられていたことがわかったんです。