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人の手が「贅沢」になっている?デザイナー鈴木啓太が素材選びにこだわるわけ

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執筆:宇治田エリ 撮影:豊島望 編集:服部桃子、吉田真也(CINRA)

三井化学と「家具」を開発。そこから見えた、素材の新たな可能性

MOLp:最近は三井化学の新素材「&COR(アンドコル)カーボンハイブリッドシート」を使って、鈴木さんとカッシーナ・イクスシーに協力いただき、家具をつくりました。

鈴木:数人で座れるプーフとサイドテーブル、オットマンの三タイプの家具をつくりましたね。

最初、NHKの『デザイントークス+』という番組に出演した際、MOLpのみなさんが海水からつくった「NAGORI」というタンブラーを紹介していて、面白いものをつくっているな、と。それをきっかけに「ぜひ一緒に何かやりたい」とお話ししていたんです。やっとかたちになったのが、この家具プロジェクトでした。

カッシーナ・イクスシーと三井化学、鈴木さんが開発した家具

MOLp:カーボンハイブリッドシートは、硬質なイメージが強いカーボン(炭素繊維)でソフトな質感を実現させようと生まれました。この素材の可能性や魅力を、鈴木さんならきっと引き出してくれるのではないかと考えたんです。

鈴木:これを見たとき、単純に「新しい」と感じました。カーボンは、飛行機の外板などになくてはならない優秀な素材ですが、まだまだ機械部品っぽいというか、ギラっとした質感のイメージが強く、利用先が限られていました。

しかし、見せてもらったサンプルはマットな感じでしっとりしている。そして表面が柔らかいのに伸びないという、これまでのカーボンとはまったく異なったもの。さまざまな用途が考えられそうで、ワクワクしましたね。

MOLp:私たちは、「最終的には自動車の内装にも使用してもらいたい」という目標もお伝えして。

鈴木:それなら、まずは何か身近なものをつくれないかと考え、家具に用いてみようと。それで、私がもともと親交のあったCassina ixc. <カッシーナ・イクスシー>(カッシーナの日本総代理店で国内オリジナル製品の開発も行う)にカーボンハイブリッドシートを持ち込んだんです。

初めて使う素材なので、工場の職人さんも苦労していました。特に、柔らかくも強度のあるシートをどのように縫い合わせていくかは、かなり試行錯誤を重ねましたね。いろいろサンプルをつくりながら検証していきました。

MOLp:デザインのポイントとしてはどこになりますか?

鈴木:まず、カーボンを使用したプロダクトはこれまで黒一色でカラー展開が難しかったのですが、今回とてもきれいに色が出ているので、それを活かしたかった。そこで、シートの色に合わせてレザーの色も選び、軽やかで楽しい印象にしています。

粗悪な素材と高級なものを組み合わせると、質の悪いほうのチープさが際立って見えてしまうんですね。しかし、カーボンハイブリッドシートは、カッシーナ・イクスシーが普段使っている高級レザーと組み合わせても、きっと引けをとらないだろうと。同じくらい格のあるものに見せられると証明したかったんです。

MOLp:構造も面白いですよね。カーボンハイブリッドシート両面のあいだに1枚違う素材を入れて三層構造でつくり上げ、シワが出ないようにしている。トランポリンみたいな見た目もユニークです。

鈴木:カーボンハイブリッドシートは触り心地がソフトですが、布と違って伸びないんです。その代わり、強くて形がしっかりと出せるのが強み。だからあえてフレームと離してぶら下げることで、座面自体が強いんだということをアピールしています。伸びる素材だったら、絶対にできないことですね。

MOLp:コロナの影響で、なかなか世にお披露目できていませんが、機会があればぜひいろんな人に実物を触ってみてほしいですね。

鈴木:ぜひそういう機会があるといいですよね。ぼくとしては、一つのマテリアルだけが使われ、その印象だけ残すプロダクトは少し変だな、と思うんです。別の素材を合わせても自然に調和していて、構造的にも成立して初めて「いいデザイン」と言える。それが実現できたいい例なので、ぜひ多くの人に見ていただきたいです。

プロダクトデザイナーが挑む次のミッションは「空間づくり」

MOLp:今年はコロナが猛威をふるい、これからは働き方もそうですし、人々のライフスタイルも大きく変化しています。プロダクトデザインの視点にも影響があるのでしょうか。

鈴木:そうですね。個人的な変化としては、空間の仕事が増えつつあります。

MOLp:空間、ですか?

鈴木:これまでのインテリアは、床・壁・天井が固定されていましたが、感染対策や働き方の変化に対応できるよう、必要に合わせてどんどんレイアウトを変えていけるような、新しい空間のつくり方が求められるようになりました。そうなってくると極端な話、床も壁も天井も個々のプロダクトになってくるんですよね。そのため、ぼくに相談がきているというわけです。

MOLp:「制約のない部屋」がつくれるということですね。そこにどう素材を絡めていくのか、興味深いです。

鈴木:空間づくりが建築の世界からプロダクトの世界に移ると、素材の制約からも解放される。いままで使えなかった素材に挑戦できるようになるでしょうね。

ほかにも、現在はコンペなどでも感染症対策を前提としたスペックがあることが当たり前になっています。特に公共のものはそう。素材だって、ウイルスが付着しても死滅する素材が生まれれば、消毒の手間が大幅に解決される。三井化学さんや、さまざまな研究機関と協力し、新たな素材をつくって課題解決に臨む必要があると考えています。

MOLp:新たな素材を生み出すことが、消費者の暮らしをより豊かにすることにつながる。

鈴木:そうですね。新しい暮らし方、生き方になっているなかで、もののあり方も変わってくるはず。日常で使うものをよりよくしていきたいという要望は一層増えていくだろうし、それに対応できるものづくりができるといいと思います。

MOLp:最後に、今後の展望を教えてください。

鈴木:プロダクトデザインは、じつはもう成熟しきっていて、形や色を変えるだけではイノベーションが起こりません。だから「素材」を変えることが、唯一の手。つまり、新しい素材がないと、新しいデザインはつくれないということ。紙・木・セラミック・プラスチックなどのなかにも、まだ広く知られていないユニークな素材がたくさんあります。プロダクトデザインの発展のためにも、世界に向けて紹介していきたいです。

そして素材を扱うには、高度な専門性が必要。専門家とタッグを組みながら、インスピレーションを得て、素材を通してこれからの世界を創造するためのコンセプトを提示し続けていきたいですね。

「こんなにマニアックな話していいのかな……」と呟く鈴木さん。いえいえ、こんな話でいいんです! 興味深いお話をありがとうございました!

PROFILE

鈴木啓太KEITA SUZUKI

プロダクトデザイナー。1982年愛知県生まれ。2006年多摩美術大学卒業。古美術収集家の祖父の影響で、幼少時からものづくりを始める。2012年PRODUCT DESIGN CENTER設立。デイリーアイテムや公共のプロダクトを中心に、国内外でプランニングからエンジニアリングまでを手がける。近年では工芸を取り入れたプロダクトも多く発表。アジアのものづくりへの理解に加え、欧米企業との仕事を通して、美意識と機能性を融合させたデザインを生み出している。2018年、柳宗理記念デザイン研究所にて、同デザイナー以外では初となる個展を開催。2019年は車両デザインを手がけた「相模鉄道20000系」が「ローレル賞2019」を受賞。
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