取材・執筆:石塚振 撮影:豊島望 編集:吉田真也、中川真(CINRA)
協業だからこそできたこと。性別・年齢の垣根を越えて愛される製品をつくる
―今回プロダクト開発したのは、新ブランド「&COR」の名刺入れとクラッチバッグ、マネークリップの3点。春日さんが運営する「hide k 1896」の商品にも同様のプロダクトがありますが、新たに発売する製品との違いはどこにあるのでしょうか。
近藤: まず、われわれの協業によって、カーボンのカラーバリエーションが増えたことが大きな変化だと思います。通常、炭化させた素材であるカーボンは黒色が基本ですが、三井化学の樹脂やカラフルに染色したアラミド繊維を組み合わせることで、豊富な色を表現できるようになりました。
また、触感やデザイン、サイズ感を少し変更し、より幅広い層のお客さまが使えるようにしています。たとえばクラッチバッグだと、持ち手の部分を小さめにして、長方形から台形に形状を変えることで女性でも使いやすいように微調整を加えています。
新ブランド「&COR」は豊富なカラー展開によって新たな客層の開拓も狙う(左:名刺入れ、右:クラッチバッグ)
春日: 弊社が運営するブランド「hide k 1896」はもともと、私自身を含めたビジネスマンを対象にした紳士ブランドとしてスタートしており、自分が実際に使ってみて、良いなと感じたものを提案しています。実際、伊勢丹などでも販売していますが、メインの購入者層は40〜50代の男性です。今回三井化学さんが設立した新ブランド「&COR」ではカラーバリエーションを増やすことができた。性別、年齢の垣根を超えた訴求ができるのではないかなと期待しています。
さらに、カラーバリエーションが豊富になることで、それらがキャッチカラーになり、黒色も売れる。話題性やイメージづくりとしても有効だと考えています。
リアルとオンラインを駆使したい。クラファンで製品販売を決めた理由
―今回はクラウドファンディングサイトのMakuakeを通じて資金調達を行うとのことですが、その狙いを教えてください。
近藤: そもそものきっかけとしては、コロナ禍で2020年3月に予定していたパリの展示会、同年7月に予定していた国内の展示会が中止になったことがあります。製品を発表する場と、お客さまと直接コミュニケーションが取れる機会を失ってしまったなかで、リアルとオンラインの双方で、何か発信できないかと検討してきました。
MakuakeのようなクラウドファンディングはD2Cで製品を発信できるので、素材のコミュニケーションをダイレクトに行うことができますし、今後、リアルで売っていくための試金石としても活用できると考えました。調達の達成額はまだ決めていないのですが、クラウドファンディングサイトに出品されている他の名刺入れよりは広く受け入れてもらえたらと考えています。
Makuakeで発売予定の名刺入れ
―リアルでの発信においては、どのような施策があるのでしょうか?
春日: 直近では、2020年10月31日まで開催した『コンポジット・テキスタイル展』で、今回のプロダクトを展示しました。場所はギャラリーかつ「hide k 1896」の旗艦店でもある「gallery de kasuga(ギャラリー・ドゥ・カスガ、渋谷区神宮前)」。今後も三井化学さんとの新たな取り組みがあれば、この場所で発表していきたいなと思っています。
そうすることで、三井化学さんが生み出す質の高い素材をより多くの方に知っていただくことができますし、「hide kasuga 1896」のモノづくりのこだわりも伝えることができる。お互いにとって、良いアピールの連鎖が起きるのではないかなと期待しています。
gallery de kasuga
素材を通じて世の中に新たな価値を。プロジェクトで実現したいビジョン
―最後に、今回世に出す製品や、プロジェクトを通じて実現したいビジョンを教えてください。
近藤: いくつかありますが、いちばん大きいのは、素材を通じて世の中にいろいろな価値を伝えたいということです。素材はいままで、機能面が着目されがちでしたが、「触ってみたら気持ちいい」「使ってみたら幸せな気持ちになった」といった、心の琴線に触れるような感性価値の提案をしていきたいです。
さらにいえば、社外だけでなく、社内への啓蒙もしていきたいです。三井化学の組織はまだ縦割りの側面が強いということもあり、自社の製品をたくさん知る機会が少ない。春日さんたちとの協業を通じて、社内の人たちが「三井化学はこんな素材をつくっていて、その素材でこんな製品ができるんだ」と誇りに思ってもらえたり、日々の仕事の活力を得たりできればと考えています。三井化学の社員が、自分の子どもに「うちの素材でつくったんだぞ」と自慢するようなことが起きたら、非常に嬉しいです。
春日: 「hide k 1896」のビジョンとしては、機能と感性価値のバランスが取れた、日本発の世界的なブランドにしていきたいと考えています。そのためにも、いろいろな素材メーカーに参画してもらうことが重要です。ブランドを設立した当時は周りからも理解されず、孤独に奮闘してきましたが、いまは三井化学さんをはじめ、仲間が増えてきている。今後も困難はあると思いますが、人の心を魅了するブランドをつくれるのではと、大きな可能性を感じています。
もうひとつが、日本の素材産業を復活させたいということ。ただこれは、私たちだけではできない。特に大企業が多い素材産業のなかでは、大企業と組んで一緒に開発していくことが絶対に必要だと考えています。その代表例となるのが、われわれと三井化学さんとの取り組みです。今後はこうした取り組みが、業界全体に広がっていけば良いなと思っています。
関連リンク:
株式会社hide kasuga 1896
素材を軸にライフスタイル全般に価値を提供するコングロマリット「hide kasugaグループ」代表。
シンクタンク「hide kasuga 1896」の創業者であり、最先端の工業素材を発想の転換で富裕層コンシューマー向けに創出した、PTFEの「BLANC BIJOU PARIS」とコンポジット・テキスタイルの「hide k 1896」、2つのマテリアルブランドを運営。
2019年に設立した研究所「hide kasuga LABO」と旗艦店「gallery de kasuga」では川上と川下、そして創造と再生を融合させて、感性素材のプロデュースとリサイクルスキーム構築の研究に従事。ヨーロッパの老舗メゾンや日本の素材メーカーに対しコンサルティングや講演活動も行っている。
2005年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。
同年、信越化学工業株式会社に入社し、本社経理部にて連結会計業務、国際事業本部にて海外営業に従事。
2008年ソニー株式会社に転じ、オーディオ・ビデオ、新事業、携帯電話などの事業分野において、事業企画・経営管理業務を担当し、ビジネスプラニングやグローバル製造・販売管理、海外マネジャー業務などに携わる。
2017年に三井化学に入社し、現在は、新モビリティ事業開発室にて、主にモビリティ向けの新事業開発を推進している。
MOLp® |そざいの魅力ラボメンバー。