洗練されたデザインモデルに奮起した設計者たち
開発にあたり、最も苦労した点を教えてください。
村木:理想的な「石目調」の模様を出すのに苦労しました。「NAGORI™」自体はもともと真っ白な素材なのですが、デザインからは「大理石のようにしたい」という要望があり、色のついた複数のペレット(※)を混ぜ込んで表現しようと試みたのですが……。
なかなかうまくいかなかったと。
村木:はい。ペレットの色の濃さや量、溶かす温度などを少しずつ変えて、何度も試しました。別所たちデザイナーにも彦根工場に来てもらい、成形しては見てもらって。
それでも、なかなか理想の模様にたどり着かなかったですね。納期の限界ギリギリまで半年以上にわたり粘って、最終的には究極の配合を見つけ出すことができましたが、正解や基準がないなかで、皆が納得するものをつくりあげるというのは本当に途方もない作業でした。
北村:最終的にできあがったものを初めて見たとき、デザインモデルとほとんど差がないクオリティだったことに驚きました。デザイン先行の開発でありがちなのは、デザインモックと量産を考慮した設計モデルが、まるでかけ離れたものになってしまうこと。
今回のシェーバーでいうと、デザインモデルは大理石からつくりましたが、大量生産するとなると石から一つひとつ削り出すわけにはいきません。実現するための落としどころを探るなかで、デザイナーがイメージしたものとギャップが生じてしまう可能性も大いに考えられました。しかし、村木たち設計担当の頑張りによって、今回はメンバー全員が納得いくものに到達できたと思います。
※ プラスチックの成形で使われる原料のこと
通常の商品開発の場合でも、そこまで粘るものなのでしょうか?
村木:いえ、ここまで徹底的にやるケースは稀です。ただ、今回はデザイン側の熱い思いも感じていましたし、私自身もデザインモデルを見たときに非常に良いものだと思っていました。石目調の模様こそがこの商品の肝でもありましたし、なんとか成し遂げたかったですね。
ちなみに、三井化学側としては「NAGORI™」にこうした複雑な模様をつけることは想定していましたか?
近藤:もちろん想定はしていて、加飾用マスターバッチの大手であるオーケー化成社と連携し、マーブルに加色したものをお客さんに提案してきました。ただ、実際に商品に落とし込む際には、デザイナーさんや設計のご担当者それぞれに理想の模様があります。そこはお客さまがつくりこんでいただくことになりますね。
村木さんがつくったパームインの模様はどうですか?
近藤:もう、素晴らしいの一言ですね。素材って手触りや温冷感も大事なのですが、それらと見た目がマッチしているかどうかもすごく重要なポイントで。たとえば、ブリキの玩具のように金属調の塗装を施したプラスチックがありますよね。あれって外観は金属ですが、触ったときに見た目とのギャップがあって、どこか安っぽく感じられてしまいます。
素材メーカーとしてはいかに見た目と質感、手触りのギャップをなくすかが重要な視点の一つなのですが、今回のパームインに関しては製品レベルでそれを実現している。大理石を思わせる見た目と触ったときの重さ、冷たさなどすべてがマッチしていて、圧倒的な本物感があります。本当にすごいプロダクトだなと。
デザイナーが次世代の素材に求める価値とは?
今後もパナソニック製品と「NAGORI™」のコラボレーションは続くのでしょうか?
別所:十分に考えられると思います。今回のシェーバーもそうですが、手にとって使う道具との親和性は非常に高く、いろいろな展開が考えられるのではないでしょうか。
村木:ただ、通常の樹脂よりは重量感があるので、用途は限定されるかもしれません。たとえばドライヤーなど、軽量化が求められる製品に使うのは難しいのかなと。
近藤:それこそパームインのように「持ち手のないドライヤー」だったら、持ち手の重量をカットできるぶん「NAGORI™」を使えませんか?
別所:たしかに。僕らデザイナー側の腕次第ですけど、実現できたら面白いですね。
佐原:素材自体を軽くすることは難しいのですが、薄くすることはできます。じつは使いたい部分にだけ限定して適用できるような成形方法や、それにマッチした材料も開発しているところですので、完成したらぜひお試しいただければと思います。
ちなみに、パナソニック側から三井化学「こんな素材をつくってほしい」というリクエストはありますか?
別所:「NAGORI™」も自然由来の素材ですが、やはり環境に十分な配慮がなされたものを使っていきたいと考えています。とはいえ、単に自然素材を混ぜたマテリアルというだけでは、ユーザーに魅力を感じてもらうことは難しい。
もちろん、その素材が生まれた背景やストーリーを知れば良いものだとわかるのですが、何も知らない状態で見ても魅力的かどうかが重要だと思います。そういう意味で「NAGORI™」は、自然素材を使っているというだけでなく、普通の樹脂にはない質感や手触り感があり、素材そのものの体験価値が高い。こういう素材がほかにもあればいいなと。
佐原:体験価値でいうと、三井化学は「五感」をテーマにした素材の開発しているチームがあります。触感だけでなく、音や匂いといった角度からもアプローチして、新しい体験価値が生まれるような素材を模索しているんです。
たとえば、どんな素材が検討されていますか?
佐原:音でいえば、音響の跳ね返りのうち一部の周波数だけをカットする素材ですね。匂いだと、素材に吸着剤を塗ることでそのものの匂いを取り除く研究などを行なっています。
村木:素材でノイズキャンセリングができるということですか? それは面白い。それこそシェーバーって音がかなりうるさいので、素材で音を吸収できたらいいですね。
別所:匂いを消すというアプローチも興味深いです。パナソニックの調理家電を担当しているメンバーから聞いた話なのですが、新品の炊飯器や調理機器ってプラスチックや機械的な匂いが強くて、食欲を阻害するという声があるらしくて。
また、調理を重ねていくにつれて材料の匂いが残ってしまうなど、消臭というのは大きな課題の一つなんです。素材で匂いを消すことができたら、一気に課題を解決できそうですね。
近藤:たしかに、そうした課題を起点に素材を考えるのは一つの手かもしれません。今日だけでもいろいろなヒントをいただいたので、さっそくMOLpのメンバーにも共有したいと思います。そのうえで、また素材観点から新しい提案をさせてください。
別所:はい、楽しみにしています。先ほど近藤さんが「プラスチックで食べる食事は味気ない。食事が楽しく、美味しくなるような、質感の良い樹脂をつくりたい」という思いが「NAGORI™」の開発の起点になったとおっしゃっていましたよね。
そうした「人の悩みを解決したい」という発想で素材を開発されている三井化学さんのマインドに、とても共感しました。それはパナソニックの「暮らしを豊かにしていきたい」という理念にも通じますし、ぜひこれからもおつき合いいただけたらと思います。