そざいんたびゅー

「脱プラ」への違和感を問う。
TAKT PROJECT吉泉聡が語る素材とマテリアルの違い

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取材・執筆:宇治田エリ 写真:佐藤翔 編集:生駒奨(CINRA)

「脱プラスチック」って実際どうなの?吉泉×MOLpは、人間と地球の関係をどう問い直したか

MOLp:じつは吉泉さんとMOLpは2016年ごろに『deposition』という作品でご一緒してから、長いおつき合いがあります。この作品をつくったときは、どのような思考があったのでしょうか?

吉泉:『deposition』は、金属とプラスチックという異素材同士を、接着剤やネジなどを使わずに、強固に一体化するという三井化学の金属樹脂一体化技術「ポリメタック®」を活用した作品です。

吉泉とMOLpが共同開発した『deposition』。撮影:林雅之

吉泉:余計な素材や部品を減らすことができるので、軽量化もできる。この技術はドローンにも使われているそうです。でも、僕はそういったプロダクト的なものではなく、この技術を使ってプラスチックと金属をぐちゃっと混ぜたような一枚の板材をつくったんです。

なぜそうしたのかというと、MOLpから「プラスチックをクリエイターさんに使ってもらいたい」という思いを聞いたから。そこで僕は「プラスチックを『マテリアル』から『素材』としてとらえられる形にするべきだ」と思ったんです。

絵を描くときも、白いキャンパスの前では固まってしまうことがあるように、クリエイターにとってプラスチックは白いキャンパスであり、じつは原料レベルの「マテリアル」としての見え方になっているんですよね。

『deposition』は真っ白なキャンパスとは違って、見た目的にも物性的にも一様でもなく均質でもありません。するとプラスチックがマテリアルから「素材」になるのではないか? と考えました。「金属部分に導電性があることを活かしたら面白そう」「異素材を組み合わせることで生まれる重心の変化を利用できるかも」などといった想像が働きます。それがクリエイターの感性を刺激する「素材」なんじゃないかと考えたんです。

MOLp:原料としての「マテリアル」から、人が使うための「素材」にするというコンセプトは、吉泉さんがディレクションを担当していた21_21 DESIGN SIGHTの企画展『Material, or 』のコンセプトに通じるものがあると感じます。この展覧会にはMOLpも参加していましたが、企画はどのようにスタートしていったのでしょうか?

吉泉:まさに企画展『Material, or 』は、『deposition』のプロジェクトで考えたことが起点となっています。最初は、21_21 DESIGN SIGHTさんから「マテリアルをテーマにした展覧会をしたい」という話をいただいたことからスタートしました。

東京ミッドタウン内のデザイン施設「21_21 DESIGN SIGHT」で2023年7月14日から11月5日まで開催された企画展『Material, or 』。人間が営んできた自然との多様な関わり方をアートやデザイン、人類学の観点から紐解くと同時に、最先端のマテリアルサイエンスが私たちの感覚をどのようにアップデートしてくれるのかも紹介した。

吉泉:いまの時代として、環境を含めて考えることが求められていて、なおかつマテリアルはデザインの根源にあるものだからこそ、やる意味があると思いました。そこで展示の内容を考え始めたときに、ずっとマテリアルとデザインにおける最近のトレンドに違和感があったことを思い出しました。

というのも、国際的なデザインの展示会を見ていても、ソリューションを全面に出したものがすごく多いんです。「これだけCO₂を減らしてつくることができるマテリアルです」とか「アップサイクルやリサイクルの精度はこれくらいです」とか。それに対して「たしかに大切な事だけど、これは、テクノロジーとしてエンジニアが得意とするアプローチであって、デザインにはもっと違ったアプローチができるのではないか?」と疑問に感じていたんです。

ソリューションベースのアプローチには、「技術的なところを進歩させていったら、きっと環境問題も乗り越えられるだろう」という人間のこれまでと同様の態度が見え隠れしている。そもそも、なぜ問題が生まれてきたのかというところに立ち返らないと、きっとなにも変わらない。だからこそ、マテリアルを生み出す地球への向き合い方や態度そのものを、僕らは見直して変えなきゃいけない。人間とマテリアル、ひいては人間と地球の関係性を根本的に考え直せる展示にしようと思ったんです。

そのなかでMOLpに声をかけ、『絡まるプラスチック』という作品を一緒に考えていきました。現代ではプラスチックなしには暮らしもままならないのに、「プラスチックは悪だ」とものすごい拒絶反応を起こしてしまう人が一定数います。そうではなくて、これまでの人類はどうプラスチックを扱ってきて、今後どのようにプラスチックと関わっていけるのか、建設的な方法を考えたい。

撮影:木奥恵三
MOLp『絡まるプラスチック』より。コンタクトレンズやガムといった身近なものにはプラスチックや樹脂が使われている。撮影:木奥恵三

吉泉:その結果、チューイングガムやコンタクトレンズなどで事実を示しながら、「脱プラスチックってどうなの?」ということを、言葉だけではなく現状に目を向けることで地に足をつけて問い直す展示になったと思います。

服をつくるだけじゃない、「生地」のポテンシャル。吉泉が目指す「感性が変わるものづくり」と、MOLpへの期待

MOLp:最近は、どのような素材に興味がありますか?

吉泉:シンプルに、触ってみたいと思える素材でしょうか。とくにいま扱っていて面白いと思えるのは「生地」ですね。生地は人間がつくるので、自然界にそのままあるプリミティブなマテリアルでもないですが、プロダクトとして仕上げられたものでもない。まず原料という点から、糸という線を取り出し、それを織って生地という面の素材にして、服などの立体に変えていくことができる。

そういう意味で、生地をつくるということは、新しい素材をつくるのと似たような感覚があるというか。それに、一連のプロセスのなかで、どこからデザインは関わったらいいのだろう? と考えていくことができる。まさに『deposition』の考え方に近い状態なんですよね。

たとえばこの『Equilibrium Flower』という作品は、熱をかけると収縮する熱融着糸を編み上げてニット生地をつくるところからはじめ、出来上がった布の特性を活かして部分的に熱することで、収縮された硬さと、布の動きをもって広がる柔らかさを両立させました。

熱によって硬化する特殊な生地でつくられた作品『Equilibrium Flower』。しなやかなニット生地が、ぎりぎりのバランスで自立する。

吉泉:このように、プラスチックの世界には特殊な機能を持った素材がいろいろあるんですよね。それを繊維状にしたものを使って生地をつくれば、いままでにない新しい素材をつくることができる。それってものすごく、可能性があるなと思うんです。

MOLp:そう考えると、生地をつくるための素材探しもおもしろそうですね。

吉泉:そうですね。服のためだけに生地をつくったら、簡単にはなかなか新しい素材には出合えないかもしれないし、新しいものは生まれにくいかもしれない。けれど、一度目的を取り払って、たとえば「生地からプロダクトをつくる」というマインドセットで考えたら、また違う次元があるような気がしています。

もちろん、プラスチックだけじゃなく、紙でもつくれるでしょうし。繊維を生地化するということは、人間がやってきた素材づくり、ものづくりのなかでも非常に原初的なものなんですよね。

MOLp:最後に、今後の展望やMOLpに期待していることがあれば教えてください。

吉泉:最近は、建築レベル、ランドスケープレベルで、全身で体感できるような場をつくっていきたいと思っています。ものというのは、しばしば考えを想起させてくれる、トリガーやインターフェースのような役割を果たすことがある。そういう役割を引き出すためにも、身体性から考えることが重要で、ということはある程度の規模の場をつくる必要があると思っているんですよね。

そしてMOLpにはこれまでの姿勢を貫き続けることを期待したいですね。素材メーカーというのは、基本的に大きなビジネスのなかで動いているものだと思うのですが、MOLpはそれだけではなく、よくわからないけれど面白そうなこと、感性が変わるようなアイデアにも積極的に、柔軟に向き合ってきてくれました。そしてMOLp自身も、どういうものづくりのあり方があるか、プロトタイプをつくりながら別の入り口を探っている。そういう意味で、非常に貴重な存在だと思っています。

PROFILE

吉泉 聡Satoshi Yoshiizumi

1981年、山形県生まれ。TAKT PROJECT株式会社代表。デザインオフィスnendo、ヤマハ株式会社デザイン研究所を経て2013年にTAKT PROJECTを共同設立。ロジカルな思考だけでは到達できない仮説を構想する「新しい知性」としてのデザインを志向し、実践している。2023年には21_21 DESIGN SIGHT企画展『Material, or 』展覧会のディレクターを務めた。