そざいんたびゅー

人と寄り添う建築とは?
ホスピスや公共施設の定説を覆す山﨑健太郎の素材論

  • Social

取材・執筆:宇治田エリ 写真:佐藤翔 編集:吉田真也(CINRA)

「価値がない」とされていた素材を、あえて活用。沖縄の食堂ならではの資源とは

MOLp:山﨑さんが手がけられた建築のなかには、石が積まれた「糸満漁民食堂」など、素材そのものが強調されている建物も印象的です。どのように素材選びをしていくのでしょうか?

山﨑:糸満漁民食堂は、クライアントが「沖縄にかっこいいレストランがほしい」「受け継いできた郷土料理の文化を伝えていきたい」という明確なビジョンを持っていて。それに対して僕たちは、与えられた敷地を土台に、その地域が持っている風土や取れる素材、そしてそれらを活用できる人がいないかと探しながら、建築を考えていきました。

沖縄の糸満市にある「糸満漁民食堂」(©山﨑健太郎デザインワークショップ / 撮影:小出 直穂子)
琉球石灰岩が積まれてできている壁が「沖縄らしさ」を演出している(©山﨑健太郎デザインワークショップ / 撮影:小出 直穂子)

山﨑:「その場所にしかない素材」を探すのには、沖縄の土地はとても恵まれていました。すぐに沖縄の城(ぐすく)にも使われる琉球石灰岩という、積むだけで台風にも負けない強い耐久性のある素材を見つけることができました。

ただ、琉球石灰岩というのは、首里城や空港にも使われていて、真っ白で綺麗な積み方も相まって上品な雰囲気が出ています。庶民的な郷土料理を出す店には、少しミスマッチでした。そこで、沖縄の人からすれば「価値が低い」とされていたベージュの琉球石灰岩をあえて使うことにしたんです。

MOLp:私も実際に「糸満漁民食堂」へ行ったことがあるのですが、ベージュの琉球石灰岩の壁があったことで、洗練された空間でありながら、沖縄らしい温かみのある情緒を感じました。

山﨑:じつはあの壁は、石を積む職人さんが少なくて。「外構は自分たちで積んでみますか?」とクライアントであるお店の方に提案して、周囲にお住まいの方々とも協力しながらみんなでつくったんです。東京だったら、普通は考えられないことですよね。

だけど、クライアントと接して、沖縄の風土に触れていたら、そういう可能性もあるなと気づいて。そういう人のつながりみたいなものもまた資源なんですよね。さらにそれが、あの食堂の持つ文脈と素材を結びつけるものとなっていく。すごく面白いことだなと思いましたね。

段差が多くて手すりもない、視覚障がい者の支援施設。意識した「人とのつながり」

MOLp:公共の建築においては「人のつながり」も大事な資源になり得るし、それが居心地の良い場づくりへとつながっていくのですね。

山﨑:そうだと思います。たとえば、視覚障がい者の支援施設「ビジョンパーク」も、あえて段差が多くて手すりもない、バリアフリーとは真逆の空間にしています。それによって、「ちょっと手伝ってください」「助けましょうか」と声をかけあえるコミュニケーションにもつながると思って。

神戸にある「ビジョンパーク」。床には、硬さや柔らかさの違うマテリアルを選び、足裏で変化を感じ取ってもらえるよう設計に落とし込んでいる(©山﨑健太郎デザインワークショップ / 撮影:千葉 正人)

山﨑:街に出ると、バリアフリーのために点字ブロックやスロープ、手すりが設置されているのが当たり前ですが、それって、障がい者にとっては「頑張って一人で行け」、健常者にとっては「一人で行かせるために、その箇所は避けたほうがいいんだ」というメッセージになってしまっていると思うんですよね。

自分が困ったら人に助けを求めたり、困った人がいたら声をかけたりしあえるほうがよっぽど早いし安全だと思ったからこそ、まずは「ビジョンパーク」でそのための実践ができればと考えて設計しました。実際に「ビジョンパーク」の方に話を聞くと、視覚障がいを持つ人は注意深く歩くし、困ったときには人の手を借りるから転倒はほとんどなくて、むしろ健常者の人のほうが段差によくつまづくみたいです。

「良い加減」さのある素材が、愛される場所になっていくひとつの要素になる

MOLp:『2023年度 グッドデザイン大賞』を受賞した、千葉県八千代市の老人デイサービスセンター「52間の縁側」も、地域の人とのつながりが垣間見える施設ですよね。

山﨑:そうですね。「52間の縁側」は7年もかけて、協力者や地域の人たちと一緒につくっていきました。いつも現場に行くと、小さいお子さんからお年寄りの方までいろんな人がいて、そこにいる人たちはみんな、誰に対しても分け隔てなく接してくれるんです。地域で助け合う共生型のデイサービスを目指していて、社会に馴染みづらい人に対しても「いてもいい場所」として機能している施設です。

千葉県八千代市にある老人デイサービスセンター「52間の縁側」。街の人が利用できる「カフェ・工房」「高齢者が過ごすリビング」「はなれのような座敷と浴室」の3つの機能を配置している(©山﨑健太郎デザインワークショップ / 撮影:黒住 直臣)
「52間の縁側」の渡り廊下(©山﨑健太郎デザインワークショップ / 撮影:黒住 直臣)

山﨑:クライアントも設計者である僕も、地域の方々へ向けて建築の具体的な背景や目的などほとんど話したこともないんですが、みんなが自ら喜んで「場づくり」に参加してくれて。シャベルを持って、一緒に穴を掘ってくれたりするんです。なぜそんなに主体的に関わってくれるのか、僕には不思議でならなくて。

実際に話を聞いてみると、「家族のなかだけで介護の苦しみを完結させることは無理だし、そういう場所が地域にあるとすごく助かるし嬉しい。自分もこれからお世話になる可能性もある。だから関わりたいんだ」という思いが原動力になっているみたいでした。それがこういう行動につながるのかと驚きましたね。

MOLp:竣工までの7年という期間も、一人ひとりの願いや思いが地域の希望としてじっくり浸透していくような時間になったのではないでしょうか。

山﨑:そう思います。言葉を交わさなくても、みんながわかっている状態っていうのは、ある意味「いい誤解」が生まれている状態だとも思うんです。だって、関係者や利用者が多い場合、具体的な言葉や厳密な数値をもとに合意を取ろうとすると、全員一致で合意するなんてほぼ不可能ですから。

それぞれが自分なりに都合よく解釈をして、納得するから合意形成されていく。だからこそ、「ここに自分たちの幸せを反映できるんだ」といった思考も生まれ、一人ひとりが自然と協力してくれたのかなと。そうすると、建築に使う材料も機能ばかり追求したものではなく、その土地や施設の特性に合った「良い加減」さが感じられるような素材のほうがフィットするんだと思います。

実際、むき出しの木材だから、勝手にブランコとかつけられていますし(笑)。そういった、建築の役割や特性に合う「良い加減」の素材でつくられた建物のほうが、自分たちで手間をかけられるから、愛される場所になるんですよね。

アトリエにあった「52間の縁側」の模型

MOLp:時間と手間をかけられるような「良い加減」さがある素材を建築やプロダクトに組み込むという考え方は、品質の保証を求められる私たちのような素材メーカーからしても、すごくユニークな視点だと感じます。

山﨑:せわしない現代だからこそ、もうちょっと自分の時間、ひいては人生をうまくコントロールできるようになって、手間をかけて自分の体と物が一体になるような豊かさを楽しめるといいですよね。

それこそ、かつて産業革命が起こった反動で、取りこぼされた職人たちのものづくりの素晴らしさをウィリアム・モリスがアーツ・アンド・クラフト運動(*2)で主張したり、日本でも柳宗悦らが民藝運動(*3)を起こしたり、素材の価値が見直されて進化してきたはず。それと同じく、いまこそ人間の持っている衝動みたいなものや、手間が生み出す愛着の豊かさが大切な気がします。

(*2) アーツ・アンド・クラフト運動:イギリスのデザイナーであるウィリアム・モリスが1880年代に主導したデザイン運動。産業革命により、大量生産による安価かつ粗悪な商品があふれていた状況を批判し、生活と芸術を統一すべきではないと主張した。

(*3) 民藝運動:手仕事によって生み出された、日常使いする雑器に美を見出そうとする運動。1926年に柳宗悦、富本憲吉、河井寛次郎、濱田庄司が連名で『日本民藝美術館設立趣意書』を発表したことが、運動の始まりとされる。

PROFILE

山﨑 健太郎Kentaro Yamazaki

1976年生まれ。山﨑健太郎デザインワークショップ代表取締役 / 工学院大学教授。沖縄の地域住民と一緒に琉球石灰岩を積んで建設した「糸満漁民食堂」(2013年)をはじめ、斜面を活かした階段状の「はくすい保育園」(2015年)や、視覚障害者の支援施設「ビジョンパーク」(2018年)日常を感じるコモン型の「新富士のホスピス」(2020年)などで国内外多数のアワードを受賞。2023年には、老人デイサービスセンター「52間の縁側」で『2023年度 グッドデザイン大賞』などを受賞。刺激的な建築であることよりも、子どもから高齢者までさまざまな人々に受け入れられ、人生の一部となっていくような建築を目指している。