そざいんたびゅー

盗撮からアスリートを守る新素材。
ミズノのユニホームがパリ五輪で日本代表を支える

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取材・執筆:宇治田エリ 写真:原祥子 編集:川谷恭平(CINRA)

赤外線の防透けと機能面の両立を図るための試行錯誤

MOLp:近赤外線領域の吸収に優れた鉱物を糸として使用するアイデアは、どのようにして行き着いたのですか?

田島:開発当初は「汗処理」をキーワードに「ドライ エアロフロー」を進化させることを検討していました。人間にとって汗は欠かせないもので、体温が上がると汗が出て、皮膚上で乾くことによって体温の上昇を抑制する。こうした身体のメカニズムを最大限に活かすために、汗を乾かすという点にフォーカスしていたのです。

ウエアは糸を編むことで形成した生地から成り立っており、私たちはその編み方を工夫することで機能性を改良してきました。しかし、さらなる汗処理の向上を目指そうとしたとき、編み方の工夫だけでは解決できないことが多くありました。そこで検討したのが糸の改良。赤外線を吸収する鉱物を練り込み、糸そのものの開発に着目したのです。

上が「ドライ エアロフロー ラピッド」、下が「ドライ エアロフロー」を使ったユニホーム

MOLp:「ドライ エアロフロー」では、空隙や快適性を高める素材の独自配列といった生地の編みにフォーカスをあてていますが、「ドライ エアロフロー ラピッド」は糸から開発を進めていったと。

田島:そのとおりです。新しい生地の開発は、染色加工の段階から行なうこともあれば、生地の編み方、さらには今回のように編む糸自体を開発することもあります。どのフェーズからアプローチするかによって、開発プロセスの複雑さは変わります。

「ドライ エアロフロー ラピッド」は糸から素材開発を行なっているため、糸としてどういう水準であるべきかといった基礎評価を固めながら、その糸をどのように配置するかという編み方についても試行錯誤する必要があり、非常に難易度の高いものでした。

MOLp:糸そのものの開発となると、試作品の検証も大変だったのではないでしょうか。

田島:そうですね。「ドライ エアロフロー」自体、軽量で通気性を保つ空隙があり、その周囲に汗を吸収・拡散させる「吸水素材」を配置し、さらに水の保水量を抑える「疎水・撥水素材」を組み合わせて配置することで、空気の通り道に水分を残さない構造となっています。

その緻密に設計された機能を担保しつつ、汗処理と赤外線防透けの両立も目指す必要がある。つまり、製品として満たすべきポイントが非常に多いのです。スキームを定めること自体も大変でしたし、1つの機能の基準を満たそうとすると、別の機能が基準に満たないということも多々あり、すべてにおいて基準を満たすのは至難の業でした。

どのような設計が最適なのか、生地を試作して、着用試験をしながら評価をして……といったかたちで、何十回と検証を重ねていく必要がありました。

MIZUNOと書かれたスポーツブラの上にウエアを着せ、撮影赤外線カメラで性能テスト。通常のウエアでは文字が透けてしまうが、「ドライ エアロフロー ラピッド(写真3枚目)」は透けを防止できている(赤外線カメラの写真はミズノ提供)

ユニホーム開発後に世界中で巻き起こった反響

MOLp:赤外線防透け生地「ドライ エアロフロー ラピッド」は、パリ五輪のユニホームや練習技として、女子卓球や女子バレーボール、体操・トランポリンなど14競技に採用されています。実際にどのような反響がありましたか?

田島:ユニホームの発表後、日本国内のみならず、海外メディアからも取り上げられ、世界共通の課題であることを感じましたね。

実際に着用した選手からも「自分の身の回りでも、赤外線盗撮の被害に遭ったことがある選手がいます。スポーツをするうえで快適に動くことができながら、赤外線防透け機能があることで、より安心して、集中してプレーできるのがうれしい」とコメントをいただけたことが印象的でした。

MOLp:運動パフォーマンスの向上だけではなく、メンタル面も素材を通してサポートする。その姿勢がアスリートにとっても心強いですよね。

田島:今回のパリ五輪のような大きな大会に参加される選手は、強い思いと覚悟を持ち、プレッシャーと闘いながら競技に臨んでいます。そして、ファンのなかには選手の活躍を見ることで人生が変わるほど心が揺さぶられる人もいるでしょう。

そういった最高の舞台で、悔いなく最高の結果を出そうとする際に、私たちが開発した素材がプラスの方向に働いてくれるのであれば、とても幸せなことだと思います。

盗撮、気候変動……。アスリート同様に開発者も社会課題と向き合う

MOLp:「ドライ エアロフロー ラピッド」は、代表選手だけではなく、一般の子どもから大人まで多くの人に求められそうな可能性を感じます。新しい素材を開発するうえで、どのような観点を大切にされているのでしょうか?

田島:スポーツに参加する人は、職業として関わっているアスリートの方もいれば、一般のユーザーの方もいますが、どちらにしても「楽しむこと」や「成果を出す」という本質的な価値は変わらないと考えていて。だからこそ、「もっと速く走りたい」「快適に運動したい」といったニーズはあり続ける。

一方、社会課題では、今回のテーマでもある盗撮もそうですが、気候変動といった問題もあります。時代によって求められるニーズにも向き合いながら物事を考え、アスリートや一般の方々が幸せになるにはどうしたらいいのかを意識し、ものづくりを続けていくことが大切だと考えています。

また、素材の観点からいうと、アパレル分野以外の素材メーカーからヒントやアイデアをいただけることが多いので、そういった異業種の方々との出会いや共創も大切にしていきたいですね。

新規事業の創造に向けて共創を加速させるイノベーションセンター「MIZUNO ENGINE(ミズノエンジン)」

MOLp:最後に、今後の目標やチャレンジしたいことがあれば、教えてください。

田島:スポーツに関しては、今後も盗撮対策と動的パフォーマンスのサポートをより高いレベルで両立させていくとともに、いろんな種目にも対応できるようにしていきたいです。さらに一つの種目のなかでも、Tシャツ、タイツ、スポーツブラ、ジャケットなど、いろいろなバリエーションがありますから、それらに対応できるように準備を進めている段階です。

また、この素材を一般の方にも着用していただけるように、手に届きやすいかたちで製品開発をしていきたいです。タイツみたいな生地があってもいいですし、裏地として使うのもいいですよね。

ミズノには生地のベースとなる糸の開発からできるという強みがあり、コンセプトを立てるところから、素材をどうつくり、設計するかを、一から考えていくことができます。このような環境を活かしながら、僕自身も材料開発の担当者として、今後もさまざまな機能を持った生地を開発し、ユーザーに届けていきたいですね。

PROFILE

田島 和弥Kazuya Tajima

1990年生まれ。2016年ミズノ株式会社に入社、グローバルアパレルプロダクト本部コンペティションスポーツ企画・ソーシング統括部材料開発課所属。スポーツアパレルの研究開発業務に従事し、主に温熱コントロールに関わる素材開発・研究を担当。2021年には「大量発汗時を想定した湿潤時の通気性に優れたスポーツウエア」で日本繊維機械学会賞「技術賞」を受賞。