取材・執筆:榎並紀行(やじろべえ) 写真:タケシタトモヒロ 編集:吉田真也(CINRA)
紫外線で色が変わる新作アイテムも登場。『MOLpCafé2024』のテーマと見どころ
2024年10月28(火)から3年ぶりの展示会『MOLpCafé 2024』が東京の青山で開催されます。今回は、お祭りとマテリアルをかけ合わせた「MATSURIAL」という造語がテーマとのことですが、これはどのように決まったのでしょうか?
田子: 今回の『MOLpCafé』開催にあたって、もともと掲げていたテーマは「comfort(コンフォート)」でした。直訳すると「快適」という意味ですが、この言葉には「人を元気にさせる」といったニュアンスも含まれています。
田子: 今回、このcomfortというテーマから『MOLpCafé2024』のコンセプトや内容について考える合宿をメンバーと行なったのですが、とあるチームからcomfortを連想して「縁日」「お祭り」というキーワードが出てきたんです。日本古来の文化である「縁日」には、大がかりなフェスなどとはまた違う、独特の手触り感のようなものがあります。
日本を含め、いまの世界の国々って表向きは綺麗に整えられている部分が多いですが、どこも似たように見えてしまい、その民族独自の哲学やナショナリティのようなものを感じにくくなっている面もあるのではないかと、個人的には思っていました。
その意味でも、日本特有の楽しみである縁日やお祭りと「化学」を結びつけることで、面白い体験を提供できるのではないかと考えて「MATSURIAL」というテーマに行き着いたんです。
『MOLpCafé2024』のロゴとデザイン
では、今回のMOLpCaféで展示されるプロダクトの一部を紹介してもらえますか?
奈木: まず、私が担当したプロダクト「TAMADUSA」から紹介します。こちらは、太陽光(紫外線)が当たると色が変化する「メッセージカード」と本にはさむ「しおり」です。フォトクロミック色素を配合した樹脂が使用されています。メッセージカードを開くときや、しおりが挟まれた本を開くときに、太陽光が当たって鮮やかな模様が浮かび上がることで、心が動き、晴れやかな気持ちになったらいいなという想いを込めたプロダクトです。
「TAMADUSA」のメッセージカード。もともとは真っ白のカードだが、紫外線が当たると部分的にマーブル模様へと変化する
「TAMADUSA」のしおり。透明なしおりが、太陽光でグラデーション調に変化する
奈木: これまでにもMOLpでフォトクロミック技術を使ったプロダクト自体は「SHIRANUI®️ 」シリーズでもいくつかあって、それらを見て「私もこの技術を使って何か新たにつくりたい!」と思っていたんです。
従来、用いられてきたのは、熱硬化性樹脂(*1)のメガネレンズ材料MR™ で、今回用いたのは熱可塑性樹脂(*2)です。熱可塑性樹脂をベース樹脂にし、配合を検討して、さらに成形時にひと工夫することで、これまでの材料では実現が難しかったマーブル模様やグラデーションのような有機的で柔らかな表現ができました。
実現するまでには数多くの試作を繰り返して、メンバーや田子さんとも議論と試行錯誤を重ねて、最終的には目指していたイメージに近づけることができました。
*1 熱硬化性樹脂:熱で固まる樹脂 *2 熱可塑性樹脂:熱で柔らかくなる樹脂
異なる素材のかけ合わせや成形方法の工夫をすることで、新たな価値を生むという発想が面白いですね。
奈木: 私は普段、複合材料の開発をしています。単一素材では難しいことも、複数の素材を組み合わせたり、材料や形状に適した成形方法を用いたりすることで実現することがあって。今回のプロダクトにも、そうした日頃の業務で培った知識や考え方が活かされていると思います。
懐かしの「カーケシ」で、さまざまな素材の滑りやすさを体感
続いて、泉谷さんが携わったプロダクトについても教えてください。
泉谷: 素材の摺動(しゅうどう)性、つまり「滑りやすさ」に着目した「スーパーカー消しゴムレース」に携わりました。名前は「SEXY321」です。5種類の特徴的な樹脂を選び、4つのボディをデザインし、射出成型してプラモデルのようにしてみました。さらには、凍っていないアイススケート場に使われている非常に滑る素材のニューライト®️ を使ってレース場もつくりました。
1970年代後半に流行したスーパーカー消しゴム(通称:カーケシ)がモチーフになっている「SEXY321」
これは、いわゆる「カーケシ」ですね。
泉谷: はい。ノック式ボールペン(三菱鉛筆製BOXY)で、車体を飛ばして遊ぶというものです。カーケシが流行っていた頃の当時の子どもたちは、消しゴムに接着剤をつけたり、滑りやすくなるような工夫や改造をしていたみたいで。それと同様に、カーケシをモチーフに、異なる素材で車体を魔改造しました。
プラスチックってすべて同じように見えるかもしれませんが、実際は種類によってさまざまな特性を持っています。その摺動性の違いを数値ではなく、遊びながら体感できるようにしたのが、この「SEXY321」です。実際にペンで車を弾いてみてください。車によって、飛び方が違いますよね?
本当だ。勢いよく滑る車もあれば、まったく滑らない車もありますね。
泉谷: たとえば、赤い車には歯ブラシの持ち手やゴルフのグリップなどに使われる、グリップ性のある樹脂「ミラストマー®️ 」を使用しています。青い車は、海のミネラルから生まれた「NAGORI®️ 」。質感がよくてずっと触っていたいのですが、レースでは重量があるのでカーケシとしてはやや「燃費」が悪いかもしれません。
緑の車は森から生まれたバイオマス素材を原料に用いた「QUON®️ (クオン)」という複合材料が使われています。環境にやさしい素材でできているから、これは「エコカー」ともいえますね。こちらは奈木さんが普段の業務で取り扱っている素材です。こうやって、さまざまな樹脂の車で遊びながら、それぞれの物性を理屈なしで体感してもらうことができると思います。
レース場やボールペンまで、細部にこだわって制作した
ちなみに、泉谷さんは「カーケシ」を知る世代ではないですよね? もともと知っていたのでしょうか?
泉谷: いや、まったく知らなくて。合宿で議論していたときに同じチームからこの案が出たときは、「なんだそれは?」と私は思ったんですが、ベテランの研究者たちはすごく盛り上がっていて(笑)。どんどんアイデアがかたちになっていきました。
正直、ベテランが盛り上がっている裏で、私の内心としては「これ、大人がやって楽しいのかな?」とじつは思っていました。でも、実際にできあがったもので遊んでみたら、めちゃくちゃ楽しくて。いつの時代であれブームになった遊びって、世代を超えるんだなと感じましたね。
プラスチックなのにヴィンテージ⁉ 高級感のある樹脂のチェアが誕生
では、瀬田さんが手がけたプロダクトも教えてください。
瀬田: 私が担当したのは「THE ZEN™(ザゼン)」というチェアです。座面と背面に、新たな技術を用いた樹脂パッドを使用しています。どうですか? ぱっと見では樹脂らしくないですよね?
レザーのようなヴィンテージ感のある樹脂製品があしらわれ、高級感が漂う「THE ZEN™」のチェア
たしかに、まるで見た目は「革」ですね、そしてやわらかい質感ですね。
瀬田: ありがとうございます。日本ではプラスチックってどうしても「安っぽい」イメージが根づいていて、どんなに性能として優れたものでも「良いもの」「高級感」という文脈で語られにくいところがあります。
その印象を何とか変えられないかと、私が所属している株式会社プライムポリマー(*1)では、触感に着目し、通常では硬いプラスチックの触感を一工程で柔らかな触感に仕立てる新技術を開発しました。
この技術を研究していくうちに、椅子の製造過程で排出される木粉や、大量生産・大量消費が課題であるアパレル業界の廃棄衣類を混ぜたプラスチック開発ができることになって。しかも、長く愛されたヴィンテージ品のような風合いが出ることがわかったんです。このような表情であれば、人々に愛される樹脂のプロダクトになり、新たな価値を感じてもらえるはずだと直感しました。
プラスチックというとやはり硬いイメージなので、意外性がありますね。
瀬田: この技術を使えば、プラスチックの上に別途やわらかい表皮やクッションを貼りつける必要はありません。つまり、部品を簡略化することができ、役目を終えたらそのまま溶かしてリサイクルに回すことができます。
いまの時代、素材をいかに循環させていくかは非常に重要なファクターです。そうしたリサイクル性と、やわらかさや高級感といった、人にとっての「心地良さ」をトレードオフにせず、両立させることができる技術だと考えています。
樹脂パーツは交換可能で、ユーザーが気に入る色味や風合いのものを選んでいただけるように設計しています。リサイクル性は大前提ですが、環境に一番良いのはその製品が人々に愛されて長く使われることだと考えています。
*3 株式会社プライムポリマー:ポリプロピレン樹脂・ポリエチレン樹脂の製造・加工・販売を行なう化学メーカー。三井化学が出光興産とともに出資している合弁会社
チェアに加えて、オットマン(足置き)も同じ素材で制作した
体験型の『MOLpCafé』で、素材の面白さと可能性を感じてほしい
では、最後に今回の『MOLpCafé』に向けた抱負や期待を一言ずつお願いします。
瀬田: 前回の『MOLpCafé 2021』と比較すると、今回は「体験型」の展示が非常に増えています。私たちが言葉で説明をしなくても、遊び、ワクワクしながら素材の魅力を感じてもらえるプロダクトをたくさん用意しています。
『MOLpCafé』はいつもそうなのですが、今回はさらに化学メーカーの展示会らしからぬ内容になっていると思います。来場される方は、ぜひテーマの出発点でもあった「Comfort(コンフォート)」の意味が示すとおり、「元気になって」ほしいですね。
奈木: 今回もさまざまなプロダクトを展示していますが、あくまで素材のポテンシャルを知っていただくための一つの提案としてとらえています。
ですから、来場される方には「この素材だったら、こんなふうにも使えるんじゃないですか?」といったアイデアを、どんどんぶつけてもらえると嬉しいですね。そこから新たな発想の種やコラボレーションが生まれることを期待しています。
泉谷: 素材や化学ってどうしても難しく感じられて、とっつきにくい世界だと思うんです。私自身も、別の業種の友人には自分の仕事のことを説明しにくい部分があります。
でも、今回の『MOLpCafé』は誰でも楽しめる展示がたくさんあって、素材の世界に触れる入り口としてすごく入りやすいものになっています。そこからプラスチックの奥深さや、一歩進んだ先にこんな世界があるということを知ってもらう。そんなきっかけになれば嬉しいですね。
株式会社エムテドの代表取締役。アートディレクター、デザイナー。東芝にて家電や情報機器に携わり、家電ベンチャー・リアルフリート(アマダナ)で創業期からデザインマネジメント責任者を務めたあと、MTDO inc. を設立。広い産業分野において、イノベーションを目指す企業や組織に伴走しながら、コンセプトメイキングからプロダクトアウトまでをトータルにデザインする「デザインマネジメント」を得意としている。ブランディング、UX、プロダクトデザインなど、一気通貫した新しい価値創造を実践しているデザイナー。過去の受賞歴国内外受賞作品多数。
京都工芸繊維大学にて修士(工学)取得後、重工メーカーに入社。航空機やロケット部材向けの複合材料開発や生産技術に携わる。2021年に三井化学に入社し、高分子・複合材料研究所にてバイオコンポジット「QUON®」の開発に従事。MOLpの3期メンバーとして活動。
2021年に名古屋大学にて修士(工学)取得後、三井化学に入社。株式会社プライムポリマー 自動車材研究所にて、自動車部品向けの材料開発に従事。2021年よりMOLpメンバーとしても活動。
2023年に横浜国立大学にて修士(工学)を取得後、三井化学に入社。現在は研究開発本部 合成化学品研究所に所属し、ポリウレタン樹脂の研究開発を担当。弾性材料用途の材料設計および国内外の顧客サポートに従事している。入社と同時にMOLp活動にも参加し、現在に至る。