人材戦略トークセッション
写真左から
グローバル人材部長
小野 真吾
取締役 専務執行役員CHRO
安藤 嘉規
アストナリング・アドバイザーLLC 代表
一橋大学CFO 教育研究センター客員研究員・
投資家フォーラム 共同設立メンバー・運営委員
三瓶 裕喜 氏 経歴詳細
多様性に富む人材ポートフォリオの実現
安藤マテリアリティの一つである「事業継続に不可欠な能力」に「人的資本」を掲げている通り、VISION 2030の実現を目指す当社グループにとって、「人材戦略」は重要な役割を担っています。特に経営戦略との連動を重視しており、「2030年のありたい姿」に基づき、それらを実現するための優先課題と方策、そして各課題に対するモニタリング指標としての非財務KPIを定めています。
まず一つ目に重要な課題が、「人材の獲得・育成・リテンション」のためのキータレントマネジメントの進化です。2016年度に開始したキータレントマネジメントの活動においては、グループグローバルベースで100前後の「戦略重要ポジション」を定めており、ポジション数に対する後継者候補者数の比率を「後継者候補準備率」として、当社独自のKPIに設定しています。
三瓶氏(以下、敬称略)このように詳細なKPIを設定し、それを達成していこうという姿勢は素晴らしいと思います。その際、開示した目標について、どういった根拠に基づいた数値なのか、単に現在の延長線上で達成可能な数値を挙げているだけではない、ということを外部に向けても説明することが必要です。しっかりと根拠のある目標値を策定する段階において、自社の現状分析にもつながっていくことが期待できます。
小野おっしゃる通りですね。現状、1ポジションに対し、2~3名の後継者候補者が選抜されており、2021年度の準備率は233%となっていますが、今後、事業が成長していくことで、ポジション数が増加することも想定した場合、現状の目標値が適正と考えています。KPIについては、環境変化に応じて、適宜ブラッシュアップしていく必要があると考えています。
三瓶2030年の目標値を250%としていますが、人材の質的な評価はどのように行っているのでしょうか。危機的局面での対応に長けている人材や、トップダウン型人材、バランス型人材等、その時折の事業環境やポジションによって、求められる必要なスキルセット等は、変化してくるのではないでしょうか。
安藤重要な論点ですね。当社グループにおいては、後継者候補のパイプラインについては、時間軸を意識しながら、次期、次々期まで作成しています。また、外部のアセスメント等を活用しながら、各候補者の資質やコンピテンシー、経験等を把握しつつ、一人ひとりの志向性や熱意を大切にしています。当社グループの「経営者候補」人材は、2021年度のキータレントマネジメントにおいて、グループ全社員約2万人のうち、100人弱が挙がっていますが、CHROとしての私自身が、グローバルベースで一人ひとりとの対話を重要視しています。また、サクセッションプランを作成する際は、ポジション要件を定義しています。事業本部長として、事業価値の最大化をミッションとして課されるポジションと、コーポレート部門のポジションとでは、違った資質、性格特性が求められます。キャリアにおける必要な経験値も違ってきますし。
小野同じスキルを持っていたとしても、修羅場に強い人や、未知の分野にチャレンジしたい人等、人材は様々ですね。当社グループでは、社員自身がどのようなキャリアを描きたいとか、今後、キャリアにおいて何を経験したいかなど、常日頃、上司・部下間において、発信し合う風土を大切にしています。双方向の、対話プロセスを通し、会社側が、個々人の想いみたいなものを、どれだけ引き出せるか、それが一つの肝だと考えています。
三瓶組織を自らぐいぐい引っ張る人もいれば、上手く組織の総意を得て、メンバーをまとめる能力に長けている方もいる。事業の場面場面で、求められるものが変化していきますよね。おっしゃる通り自分自身が何をやりたいのか、そのアスピレーションに自ら気付くような仕組みづくりは、とても大事な視点ですね。
安藤人材の十分な確保と同時に、その多様性も非常に重要な要素と考えており、VISION 2030では、「執行役員多様化人数」や「女性管理職比率」もKPIとして設定しています。
三瓶執行役員多様化人数の定義として、女性、外国籍のほかに中途採用者数も含められているということですが、いわゆる即戦力人材の採用率、また即戦力人材の定着率が非常に高いという点に感銘を受けました。特に定着率は日本企業の中でも圧倒的と言えるのではないでしょうか。
安藤当社グループは、1912年の操業開始以来、様々な企業が合併して設立されたという歴史がありますので、その過程において、多様な事業・文化・人材を受け入れ、社員一人ひとりの力を活かす土壌が整っていると言えます。モノカルチャーではなくて、元々、多様な文化の集合体という土壌があって、個のユニークネスに対し、寛容な文化なのだと思います。一方、女性管理職比率については現在5%に届いておらず、他社と比較しても、まだまだ道のりの半ばであり、今後一層注力していくべき課題と認識しています。
三瓶女性社員の登用については、今般、政府が企業に対して男女間の賃金格差の公表を義務づけたことに注目しています。これによって今後、各企業において自社の多様性に関する分析が進むのではないでしょうか。一口に格差があるといっても、原因が社員の性別の偏りなのか、あるいは勤続年数の違い、職種の違いなど、様々な原因が考えられます。ある現象を生み出す原因を分析することが、改善につながる第一歩と言えるでしょう。
「自主・自律・協働」を実現するためのエンゲージメント向上
安藤こうした人材の多様化を進めるためにも重要なのが、優先課題の二つ目に掲げている「エンゲージメント向上」です。2030年のKPIとして従業員エンゲージメントスコア50%を設定し、「自主・自律・協働の体現」をコンセプトに掲げて様々な施策を進めています。
三瓶「Best Mixを実現する新しい働き方」の支援ということで、働き方改革を掲げていますね。これは昨今言われているワークライフバランスとは少し違った概念と言えるのでしょうか。
安藤「各国・地域の状況に応じたBest Mix」と掲げている通り、個人レベルでの最適な働き方もさることながら、組織単位で見たときに、各地域のグループ会社も含め、それぞれに応じた最適な働き方を積み上げていくことで、グループ全体でのベストを追求するという意味を込めています。一つの例として、三井化学本体では、「働き方改革PhaseⅡ」として服装の自由化や副業規定の策定等を進めてきました。こういった施策は2018年度のエンゲージメントサーベイにおいて人事部の改善項目に挙がった「生産的な業務環境の実現」という要因に対し、部門内で組織の壁を越えたプロジェクトチームを作り、実現したものです。
三瓶副業規定の策定には、どういった狙いがあるのでしょうか。
小野副業を通じて社外で多様な経験を積み、社員の視野拡大や能力開発につながることで、それを本業にも還元してもらうことを期待しています。すでに30名超の実績が挙がっています。
安藤エンゲージメントサーベイについては、2021年度に2回目の調査を実施しました。前回同様11か国語を使用した調査で、グループ・グローバル規模で約9割の社員が回答し、結果としては、2018年の31%から34%へと3ポイントの向上となりました。エンゲージメント要因の上位スコアとして、「安全」、「雇用主としてのブランド」に次いで「権限移譲・自律性」が挙がったことは当社のユニークネスを特定したという意味でも収穫でした。
小野一方で、20代の若手社員のモチベーションが停滞しているといった課題も見えてきました。特に、製造業である当社にとって価値創造の源泉とも言える工場で働く若手社員が、心身とも充実した状態で活躍することは、極めて重要なことです。こうした分析結果をきちんと経営層に対しても報告し、経営層自らも課題意識を持ち、具体的なリテンション施策などのいわゆるポストサーベイアクションについても積極的に推進していきます。
三瓶積極的にチャレンジする文化を育む評価制度への改革も進められているとのことですが、今後こうした施策によってどのようなチャレンジが生まれたのか、あるいは仮に失敗したとしても、それがどうプラスの評価につながったのか等の事例が共有されることで、社内の雰囲気もチャレンジすることに対してますますポジティブなものに変わっていくと思います。
グループ統合型人材プラットフォームの構築により、 変革を
推進する
安藤三つ目の優先課題として進めているのが「グループ経営強化」で、具体的には米国ワークデイ社が提供するWorkdayヒューマンキャピタルマネジメントの導入による、グループ統合型人材プラットフォームの構築です。これはグループ内のおよそ2万にも及ぶ職務ポジションと、グループ社員一人ひとりの能力や志向性といった人的資本の情報をデータベース化し、可視化するものです。これにより、グループ・グローバル経営の強化が進むと同時に、エンゲージメントサーベイで浮かび上がったもう一つの課題である、社員の自律的なキャリア機会探索の支援にもつながると期待しています。
三瓶素晴らしい取り組みですね。従来の日本企業におけるトップダウン型の人事異動は、家庭を持つ社員が単身赴任せざるを得ないなど、社員に大きな負担を強いるものでした。このような人事インフラがあれば、空きポジションに対してグループ・グローバル全体で必要なスキル要件を満たす人材に手を挙げてもらうなど、適切なマッチングが期待できます。また、会社が従業員を育てるだけでなく、育つ環境を用意するという観点でも、御社が大事にされている「自主・自律・協働」というコンセプトと合致するものですね。
小野前述したキータレントマネジメントなどを実行する上でも、このように人的資本の情報を一元管理することで、より透明性・実効性の高いグローバル人材戦略が実現できるという点で大きく期待しています。特に、その中の戦略重要ポジションなどは、事業戦略に連動してその中身が変わってくるものであり、その変化に対し迅速な対応が求められますが、例えば新たにM&Aでグループ入りした会社の人的資本などもこうしたプラットフォームを活かして把握していくことが可能になります。
三瓶ソリューション型ビジネスモデルへの変革をはじめとして、事業のやり方が大きく変化する時期にきている三井化学グループにとっては、従来のBtoBのビジネスの考え方から脱却して新しい発想をする人材や、そうしたアイデアをまとめる人材など、様々な資質を持った人材が必要になってきますね。
小野先ほど話をした、「経営者候補」として挙がっている人材については、一人ひとりの資質・志向性を踏まえることに加え、マクロ的なネットワーク分析等に基づいた議論を経営層も含め進めているところです。
三瓶化学会社らしい、非常に緻密な分析をされているという印象を受けました。何よりも目指すビジョンに向けてKPIを積み上げていく上で、相当な議論をされたことが伝わってきます。
安藤ありがとうございます。私たち人事部門としても、VISION 2030の実現を目指し、人材戦略という側面から変革をドライブしていきたいと思います。
三瓶 裕喜
早稲田大学理工学部卒業後、日本生命保険相互会社入社。英国にて合弁運用会社のCEOを経験後、ニッセイアセットマネジメント、フィデリティ投信にてスチュワードシップ活動の責任者等を経て、2021年4 月、上場企業の企業価値向上への助言、機関投資家のスチュワードシップ活動支援を行うアストナリング社を設立。経済産業省の各種検討会・研究会委員、金融審議会専門委員、金融庁の2つのコードのフォローアップ会議メンバー、法制審議会会社法制部会委員などを務める。機関投資家が問題意識を発信する「投資家フォーラム」の共同設立メンバー・運営委員。