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プラスチックを悪者にしない。アッシュコンセプトの名児耶秀美が語る素材愛
日々の生活や仕事のなかで「素材」と向き合う人たちの考え方に触れる、MOLpサイトで連載中の「そざいんたびゅー」。今回ご登場いただくのは、さまざまなデザイナーや企業、産地の方々とものづくりを行なっているh concept(以下、アッシュコンセプト)代表取締役の名児耶秀美さん。
近年は、環境問題への意識の高まりから脱プラスチック路線を取るブランドも増えていますが、名児耶さんはそうしたトレンドに対して警鐘を鳴らします。
これまで取り組まれてきたh concept の「h」(※hello, happy, ha ha haの頭文字が由来)が溢れる温かな未来を目指したものづくりの背景には、いったいどのような哲学があるのでしょうか。
「物が溢れている時代」に求められるモノは? 素材・技術・ユーザー視点のバランスが大事
MOLpチーム(以下、MOLp):名児耶さんは、これまでさまざまな素材を駆使してアイデアを製品化してきました。普段どのようなことを考えてものづくりに取り組まれているんですか?
名児耶秀美(以下、名児耶):ものづくりには、素材、技術、意匠性、そしてユーザーの視点が欠かせません。そのバランスを考えて組み合わせることが、デザイナーに求められるセンスだと考えています。
アッシュコンセプト 代表取締役の名児耶秀美さん。両手に取っているのは、石英ガラス(水晶)でできた商品「Sekiei Kampai Glass(カンパイグラス)」。乾杯すると澄み切った音色を長く奏でる
MOLp:技術だけに偏っていてもいけないし、素材だけに偏ってもいけないし、外観だけに偏ってもいけないし、ユーザー視点に偏ってもいけない。そのバランスが大切だと。
名児耶:だから、つねにいろんなところにアンテナを張っておく必要があります。ある素材とある技術とを掛け合わせてまだ世にない素敵なものができるかもしれないし、それですごく喜ぶ人がいるかもしれない。そういう結びつきって、ひょんなことがきっかけだったりしますからね。
しかも、いまは物が溢れているし、特定の物に振り回される時代でもないですよね。だからこそ、いかに「愛着」を持ってもらえるかが大事。心のスイートスポットに入ってくるような物をつくらないといけません。
「お客さまは神様」ではない。ものづくりをするうえで大切にしたい考え
MOLp:これだけは守っているというルールや信条のようなものはありますか?
名児耶:アッシュコンセプトが掲げる「デザインで社会を元気にする。」というミッションを健全に実現したいので、搾取構造を生み出さないように心がけています。
かつては「良いものを安く」という風潮がいまよりもっと強く、大量生産・大量消費が「当たり前」という社会でした。たしかに良いものが安く手に入れば、ユーザーは喜ぶかもしれない。でも、価格勝負になったら、そのしわ寄せがどこかにきますし、本当の意味で元気な社会にできたとは言い切れない気がするんです。
求められているからといって「安さ」を最優先したものづくりではなく、みんなが本当にほしいと思う物を適正な価値のもとで追求すべきだと考えています。だから、ぼくは「お客さまは神様」という言葉が昔から大嫌いで(笑)。つくり手よりもお金を出している人が偉いのかと言われたら、違うじゃないですか。
MOLp:そもそも技術を持っている人がいなければ、ものづくりは成立しないですしね。お客さまに迎合するのではなく、あくまで対等な立場のうえで、自分たちのデザインの力で社会を元気にしたいと。
名児耶:はい。ぼくたちのようにデザインする人だけでなく、実際にかたちにしてくれる人、つくったものを流通してくれる人、販売してくれる人、そういう一人ひとりがチームの一員だとぼくは思っているので、どこかで無理が生じるようなシーンはつくりたくないんです。
そういった意味でも、お客さまを含めて、いろんな立場の人と対等な目線で話したいと思っています。言わなきゃいけないことはお互いに言い合う、でもリスペクトは忘れずに。これはものづくりをするうえで、とても重要な考えです。
素材で解決できることがたくさんある。プロダクトデザインにおける素材の重要性
MOLp:デザインにおける素材の役割についても、詳しくうかがいたいです。プラスチックを使うのか、ガラスを使うのか、鉄を使うのか……といった素材の選定はどのように行っているのでしょうか?
名児耶:すべてがうまく噛み合う瞬間があるんですよ。なかでも、自社ブランド「+d(プラスディー)」の初商品となった「Animal Rubber Band(アニマルラバーバンド)」という動物の形をした輪ゴムがいい例です。
「Animal Rubber Band」 ©アッシュコンセプト
名児耶:「キリンはやっぱり黄色かな?」なんてやりとりをデザインユニットの「パスキーデザイン」のお二人としながらつくったのですが、当初デザイナーは天然ゴムで素材を想定していました。でも、すごく切れやすかった。通常の円形のゴムなら引っ張ったときに力が均等に逃げるのですが、動物のかたちをしていると部分的に負荷がかかって切れやすいのです。
そこで目をつけたのが、当時、世界でも数社しか製造していなかった「シリコーン」という素材でした。耐熱性も耐寒性も十分。万が一、飲み込んでしまってもそのまま排出されるので人体に影響はありません。この素材を使用して、商品化へ漕ぎ着けることができました。
その後、日本のシリコーンメーカーが開発した、一般的なシリコーンゴムの3倍以上も強度と伸長度がある「高伸長シリコーン」を特別に使わせていただき、より切れにくい現在の「Animal Rubber Band」へと進化しています。
MOLp:たしかにすごく伸びますし、切れにくい素材ですね。デザインもかわいいから、お子さんも喜びそうです。
名児耶:あと、これは私たちが立ち上げからお手伝いしている「soil(ソイル)」というブランドから発売している珪藻土のバスマット。これまでのバスマットは洗濯が必要ですし、経年劣化も著しい。それと、誰かが使ったあとの湿った感じはなんとも言えませんよね。
でも、珪藻土のバスマットは目に見えない無数の小さな孔(あな)が空いていて、水分をぐんぐん吸収してゆっくり蒸発していく。だから、従来のような不便がありません。発売から10年以上経つものもありますが、おかげさまでものすごくヒットしています。
soilのバスマットシリーズ。海や湖などに生息している植物性プランクトン類の死骸を素材にしているが、江戸時代から続く左官屋の技術が合わさることで、革新的な商品へと生まれ変わった ©アッシュコンセプト
MOLp:吸水性や速乾性に優れる「珪藻土」の特性が活かされていますが、当時は思いもよらなかったプロダクトの提案でしたね。
名児耶:ほかにもたくさんの商品を手がけてきましたが、素材ってすごく面白いし、デザインや技術と組み合わさることで解決できることがたくさんあります。
それに、「デザインしたら終わり」じゃないとぼくは思っているんですよ。最近は、過去に発売した商品を復活させる取り組みも行なっています。
楽しみながらペットボトルを再利用。ハート型ボトルキャップの開発経緯
MOLp:その例でいうと、+dから2009年に発売された「Heart(ハート)」というペットボトルキャップを、MOLpで開発した素材「NAGORI®」を利用して2022年12月に再発売しましたね。
名児耶:「はい。もともと初期につくった「Heart」は、日産のデザイナーだったSugiX(杉江 理)さんという方が持ってきた「お年寄りや子どももにぎりやすく、開けやすいペットボトルキャップをつくりたい」というアイデアを具体化したものでした。かわいいハート型のキャップであれば、にぎりやすく楽しみながらペットボトルを再利用できるかもと思って商品化したんです。
初期につくった「Heart」。素材はハイミラン®(三井・ダウ ポリケミカル)で、材質は少し柔らかく、肌馴染みの良い加工に仕上げている ©アッシュコンセプト
その後、初期の「Heart」から10年以上が経ち、そろそろ進化させたいなと考えていたときに、とある展示会でMOLpの海のミネラルから生まれた新素材「NAGORI®」と巡り合いました。ただ、第一印象では扱いにくそうな素材だなと思ったんです。
MOLp:あ、扱いにくいと思ったんですね(笑)。
名児耶:当時は、風合いに均一性がないところが気になったんですよね。あとコストも決して安くはないですし……(笑)。でも同時に、この素材を使ったら素敵な商品がつくれそうだという直感も働きました。
それに時代的にマッチしている気もしたんです。かつて日本人は「世界でいちばん品質にうるさい」と言われ、風合いが異なるとB級品のように見られるケースも多かった。しかし、いまは価値観も多様化し、ひとつずつ異なる物に魅力を感じる方も増えていますからね。イノベーティブな素材であるNAGORI®特有の風合いも、受け入れられる時代が来たと思って採用したんです。
NAGORI®でつくられた最新の「Heart」。NAGORI®は、海水淡水化設備から廃棄されることでサンゴの死滅などの課題となっている「濃縮水」を利用しようというコンセプトから生まれた新素材。プラスチック同等の成形性を持つので、さまざまな用途での展開が可能 ©アッシュコンセプト
名児耶:結果として「Heart」はいままでにない質感で、新たな表情を見せてくれるペットボトルキャップになりました。わざわざペットボトルのキャップを買うと考えると高いものかもしれませんが、ペットボトルを何度も使おうと考えたら、キャップは自分らしいものが嬉しいはず。ずっと使いたくなるような商品になったと思うので、その価値や魅力を感じていただける方に、大事に使ってもらえたらいいですね。
MOLp:+dとMOLpのコラボとしては、カーボンニュートラルに貢献する廃食用油からつくられたバイオマスのポリプロピレンを用いて、平和を願うゴム鉄砲 「Peace Gun(ピースガン)」も同時期に再発売しましたね。
名児耶:そうですね。鉄砲の形状だけど、「PEACE」という文字がかたどられているとおり、これで遊んでいさかいのない平和な世の中になってほしいというデザイナーの浅野泰弘さんの思いがこもったピースフルなアイテムです。だからこそ、人にも地球環境にも優しいプロダクトにしたかったんです。温暖化問題の解決を目的につくられたバイオマスのポリプロピレンで製品開発できたからこそ、より意義のあるリニューアルになりました。
平和を願うゴム鉄砲「Peace Gun」。素材として採用されたバイオマスのポリプロピレンは、本来だと石油由来であるプラスチックの原料を、植物油などの廃食用油に置き換え、カーボンニュートラルの実現を目指している。詳しくは、BePLAYER®のWEBサイトにて ©アッシュコンセプト
100年後の世界はどうなってる?プラスチックは本当に悪者なのか考える
MOLp:先ほど価値観が多様化していることに言及されていましたが、時代を経るなかで「素材」に対する人々の価値観も大きく変わってきていると感じますか?
名児耶:そうですね。最近はSDGsが盛んに言われるようになっていますし。でも、いまになって騒ぎ出すのはおかしなことじゃないですか。環境のことを考えないままものづくりをしてはいけないっていうのは、昔から前提条件だと思うんですよね。
なかでもプラスチックが悪者扱いされることは許せないんです。プラスチックは素晴らしい素材で、これまでさまざまな課題を解決してきました。でも、私たちの捨て方も含めて使い方が悪いから問題になってしまった。つまり、原因は人間にある。
これは極端な話だけれど、地球にとって最もエコなのは、人間がいなくなることですよ。だって、人間の日々の生活によって地球環境が破壊されているんだから。でも、人間が地球で暮らしていく以上、それを言っても仕方ありませんよね。だから、少しでも地球環境が良くなることを私たちは考えなければいけません。
MOLp:たしかにそうですね。そういう意味でも「プラスチックを悪者にしない」は、デザインが解決できる課題のひとつのような気がします。
名児耶:ぼくね、学生にデザインを教える機会があるんですけど、そこでは「100年後、200年後の世界はどうなっているんだろう?」と投げかけています。
そのときに確実に言えることは「自分は生きていない」ということ。だとしたら、自分だけが得をすればいいというわけにはいきませんよね。次の世代のことを考えて、知恵を絞ってより良い方向に導くためのいろんなことをやっていかないといけないと思うんです。
北欧デザインの源流にもあるジャポニズム。日本人としての誇りを持ってものづくりしたい
MOLp:それこそ、デザインが良くて長く使えるものは、100年後も200年後も残っている可能性がありますよね。
名児耶:そう思います。たとえば、祖父母から譲り受けたものを大事に大事に使うのってすごく素敵じゃないですか。良いものを長く大切に使うって、シンプルだけどすごく大事なことですよ。
他人と過去は変えられないといわれますが、逆をいえば自分と未来は変えることができるわけです。一人ひとりが良い行ないをしていけば、悪い方向に進むことはないんじゃないかなと思います。
MOLp:時代の流れや人々の価値観が変化してきているなかで、今後のビジョンを教えてください。
名児耶:やはり日本のものづくり企業として、引き続きデザイン性にこだわったものづくりをしていきたいですね。日本は資源が乏しいからこそ、工夫しながらものづくりをしてきた歴史があります。そんな国は世界でも稀ですよ。
日本では北欧デザインが人気ですが、じつは北欧デザインの源流を辿るとジャポニズムの影響があるんです。つまり、北欧のシンプルで余白のあるデザインは、もともと日本的な価値感だったわけです。
私はデンマーク人の師匠からデザインを学びましたが、そのことを知ってから、ますます日本人としての誇りを持ってものづくりに取り組みたいと思いましたし、その気持ちはいまも変わりません。
もちろん、なかには「安さ重視」で物をつくる人や企業もいますが、それを反面教師に私たちはきちんとものづくりに励まないといけないと思うんです。当たり前のことを当たり前にやっていい時代が来ているわけですから。
名児耶 秀美(Hideyoshi Nagoya)
アッシュコンセプトの代表取締役、デザインプロデューサー。武蔵野美術大造形学部在学中にデンマーク人デザイナーのペア・シュメルシュア氏に師事。高島屋、マーナを経て2002年にアッシュコンセプトを設立。デザイナーとのコラボレートブランド「+d」をはじめ、さまざまな企業や産地とのものづくりにも取り組む。2012年には地元・蔵前に直営店のプロダクトショップ「KONCENT(コンセント)」1号店をオープン。国内外に店舗を構える。
三井化学では、「世界を素(もと)から変えていく」というスローガンのもと、バイオマスでカーボンニュートラルと目指す「BePLAYER®」、リサイクルでサーキュラーエコノミーを目指す「RePLAYER®」という取り組みを推進し、リジェネラティブ(再生的)な社会の実現を目指しています。カーボンニュートラルや循環型社会への対応を検討している企業の担当者様は、ぜひお気軽にご相談ください。 <「BePLAYER®」「RePLAYER®」>https://jp.mitsuichemicals.com/jp/sustainability/beplayer-replayer/index.htm |