素材の素材まで考える。それが私たち三井化学の目指す方向性です。これまで私たちは素材メーカーとして材料・物質の革新と創出を通じ、豊かで快適な暮らしを100年以上にわたり支えてきました。そしてこれからもその理念のもと、さまざまな社会や地球の課題に正面から対峙し、豊かで快適な暮らし、環境と調和した暮らしを支え続ける会社でありたいと考えています。
バイオマスナフサとは
私たちの身の回りにあるプラスチックの多くは、石油由来のナフサ(粗製ガソリン)に含まれる炭素原子(C)と水素原子(H)を利用して作られるさまざまな化学品から生まれます。
三井化学では2021年12月から、石油化学産業の心臓部であるナフサクラッカー(分解装置)に石油由来ナフサの代わりとしてバイオマスナフサの投入を進めています。 バイオマスナフサとは文字どおり、再生可能なバイオマス(植物など生物由来の有機性資源)から生成された石油由来ナフサ相当の炭化水素(炭素原子と水素原子からなる化合物)です。
化学産業の大本の原料であるナフサを、石油由来からバイオマス由来に代替することのメリットは大きく3つあります。
MERIT 01バイオマスのラインナップの大幅拡大
ナフサクラッカーから生み出されるさまざまな化学品を一斉にバイオマス化することができ、その誘導品(バイオマス化学品・バイオマスプラスチック)のラインナップを大幅に拡大できます。これまでさまざまな課題からバイオマス化が難しかった製品でもバイオマス化が可能になります。
MERIT 02品質は石油由来と同等
これまでの石油由来プラスチックや化学品と同品質でありながら、バイオマス化が可能になります。この手法であれば、品質は従来品と同等なので、素材自体の品質も大きく変わってしまう従来のバイオプラスチック(PLAなど代表的なセグリゲーション方式*のバイオマスプラスチック)と異なり、製品開発のプロセスを大幅に削減することができます。
※ セグリゲーション方式(分離方式):石油由来の原料と分離して保管・管理されたバイオマス原料を使用したバイオマス製品のサプライチェーン管理方式のこと。
※ セグリケーション方式でも、石油由来と同等物性のバイオマスプラスチックもあります。
MERIT 03社会インフラコストが掛からない
既存設備を活用しながらバイオマス化が可能になるため、セグリゲーション方式で必要となってくる専用ラインへの投資など、大きな社会的な追加コストが発生しません。プラスチック加工メーカーにおいても、加工条件の変更や製品品質評価なども必要ないため、追加コストは発生しません。
これにより、社会のバイオマス化をより一層進めやすくするとともに、カーボンニュートラル社会の実現に向けて、素材の面から貢献していきたいとの考えです。
バイオプラスチック転換への世界的な流れ
地球の地下に、ある意味、炭素を固定化した状態で存在する資源である石油は、その枯渇が危ぶまれるとともに、発電や輸送のエネルギーとして燃焼したり、プラスチックなどの製品となった後に焼却廃棄する際の二酸化炭素などのGHG排出による地球温暖化への影響も深刻な課題です。
このような側面から欧州ではカーボンニュートラルとサーキュラーエコノミーへの取り組みが積極的に進んでいます。
欧州委員会は2015年12月、2030年に向けた成長戦略の核として、循環経済パッケージ(CEP:サーキュラー・エコノミー・パッケージ)を発表しました。具体的にはパリ協定(2℃目標)の達成を目指し、気候変動政策と資源効率政策を両輪で進め、環境負荷を低減させるとともに、新たな雇用を生み出し経済の発展も目指すというもの。
例えばオランダは2016年に、国を挙げて2050年までに100%サーキュラーエコノミーを実現するという目標を発表しています。これまでのリニア(直線状)な経済スタイルからサーキュラー型に移行することで、2023年までに73億ユーロの市場価値とともに5.4万人の新規雇用が生まれると試算されています。
欧州各国では規制改革をきっかけに、世界標準ルールを構築し、これによって新たなビジネスを創出することを目指し、すでに動き始めています。
プラスチックに関していえば、2018年1月に欧州委員会がCEPの考えに基づき「欧州プラスチック戦略」を発表し、新たな投資・雇用の機会を創出すべく、①2030年までにEU市場の全てのプラ容器包装をリユース・リサイクル可能に、②ワンウェイプラスチック製品の削減、③海洋汚染対策としてのマイクロプラスチックの使用規制などが盛り込まれています。
一方、日本でも、2019年5月にプラスチック資源循環戦略が策定されています。そこでは、2030年までに「バイオマスプラスチックを約200万t導入」という大きなマイルストーンが示されました。また、その実現に向け2021年1月には「バイオプラスチック導入ロードマップ」が示されています。
200万tという数字は、日本のプラスチック生産量(約963万t@2020*)の約26%を占めることになります。現在の日本のバイオプラスチック(バイオマスプラ+生分解性プラ)出荷量は4.7万t程度(約0.5%)であることからも、非常に高い目標です。
この高い目標を達成するためには、より使いやすい、導入しやすいバイオマス化の手段が必要なのです。
* 世界のバイオプラスチック比率も0.6%程度なので、世界と大差はない状況ではあります。
こうした状況を前に、私たち三井化学は素材から社会を変えるべく行動することを決心しました。 2020年11月には「2050カーボンニュートラル宣言」を業界に先んじて宣言するとともに、2021年12月から、社会のカーボンニュートラル実現に向け化学品・プラスチックのバイオマス化を進めるべく、日本初のバイオマスナフサからのバイオマス誘導品(バイオマス化学品・プラスチック)の生産を開始しました。
全体の消費量から見ると、まだまだ小さな取り組みですし、自社のカーボンニュートラルには貢献しない取り組み(Scope3)ではあります。
ただ、カーボンニュートラルに向けた社会のバイオマス化を進めるためにはとても重要な一歩であると考えています。
今はまだ世界のバイオマスナフサの供給量も少なく、三井化学の一つの工場で使用している石油ナフサの量を賄うには全く足りないというのが現状ですが、いち早く市場に投入し、ステークホルダーのみなさまの理解を得ていくことで、供給量も確保していけると考えています。
みなさまとともに社会を素材から大きく変えていく可能性を秘めた取り組みになります。
マスバランスアプローチを採用する理由
このバイオマスナフサを原料とした誘導品(化学品・プラスチック)は、「マスバランス(物質収支)方式」によるトレーサビリティを管理したうえで提供していきます。
マスバランス方式によるトレーサビリティ管理は、すでに紙やパーム油、カカオ、似たような制度では電力(ブック&クレーム方式)など多様な業界で適用されている手法で、今回はバイオマス原料のインプットに合わせて、アウトプットのみなしバイオマス割合をバランス管理しています。
例えば、実際は石油ナフサとバイオマスナフサが製造工程で混ざって造られたプラスチックであっても、この収支バランス手法を活用すれば任意の製品の任意の数量を「100%バイオマス由来」と見なすことができます。
マスバランス方式は、実際に炭素同位体分析を行うと、そのプラスチックに含まれるバイオマス由来の炭素の比率は100%ではないですが、社会全体のバイオマス度はインプットとアウトプットが揃っていることになります。
三井化学では、この物質収支の算出・割当を正しく行っているかを第三者によって監査、認証を取得しています(ISCC PLUS認証)。
素材の品質は既存の製品と同一のため、プラスチック加工メーカーやブランドオーナーにとっては使用原料のバイオマス化を自身の意思でもってより簡便に選択することができます。
この方式は複雑な原料体系と誘導品、複雑なサプライチェーンを持つ化学産業が社会のカーボンニュートラル化に貢献するのに必須のアプローチであるため、マスバランス方式は今後、化学業界でも広がっていく見通しです。 また、バイオマスにとどまらず、リサイクル(特にケミカルリサイクル)による再資源化を推進するスキームとして、重要な役割を果たしていくものと思われます。
一人ひとりの消費行動が社会全体を変えていく
「エシカル(ethical)」とは、「倫理的」「道徳的」という意味の言葉です。倫理的な暮らし、それは人が人として守るべき行動や生き方を意味するのかもしれません。
エシカル消費とは人が人として守るべき行動や生き方にのっとった消費行動のこと。 人や社会、地球にとってよいものを積極的に選び、社会や地球の課題解決につなげていこうとする一人ひとりの消費活動は、SDGs (Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)のうち12番目の目標である「つくる責任、つかう責任(持続可能な生産消費形態を確保する)」という目標達成に大きく貢献します。
プラスチックはいまや生活のなかに深く溶け込み、なくてはならない存在になっています。プラスチックという素材があるからこそ、実現できた豊かな今があるのも事実です。
私たち三井化学が目指すのは「脱プラスチック」ではなく、「改プラスチック」。 日本の化学原料の出発点を担う三井化学だからこそ実現できること、素材の素材まで考えて、これからの新しい豊かさの扉を開いていきたいと考えます。