- カーボンニュートラル
カーボンニュートラルのおかしい点・矛盾・問題点をわかりやすく解説
気候変動という世界共通の社会課題を解決するため、主要国の多くが2050年カーボンニュートラルを宣言し、さまざまな領域で温室効果ガス削減の取り組みを推進しています。しかし、同時にカーボンニュートラルは一見すると分かりにくく、おかしい・矛盾していると指摘する声もあります。今回の記事では、カーボンニュートラル実現に向けた取り組みの問題点や課題について考察し、温室効果ガス削減の現状を探ってみました。
カーボンニュートラルのおかしいと感じることとは
カーボンニュートラルの基本概念
地球規模の気候変動が世界共通の課題となっているいま、早急に求められているのがカーボンニュートラル実現に向けた取り組みです。
カーボンニュートラルとは、二酸化炭素(CO₂)を中心とした温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすることです。しかし、温室効果ガス排出量を完全にゼロにすることは現実的に困難です。そのため、工業や生活など人為的な発生源による温室効果ガスの排出量と、主に植物の成長過程での吸収(除去)量を均衡(ニュートラル)させることで、温室効果ガス排出量を実質ゼロにする、というのがカーボンニュートラルの考え方です。
では、なぜカーボンニュートラルが必要なのでしょうか。世界の平均気温は、工業化以前と比べて2024年時点で1.55℃上昇しています。この平均気温の上昇に影響を与えているのが、温室効果ガス排出量の増加です。今後、何も対策をしなければ平均気温はさらに上昇し続け、自然や生態系に大きな影響を与える恐れがあります。この問題を解決するため、2015年のパリ協定では「世界的な平均気温の上昇を、工業化以前と比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃以内に抑える努力をする」という目標に世界各国が合意しました。
パリ協定に合意した195の国と地域が温室効果ガスの削減目標を設定しており、日本をはじめとした世界各国が2050年カーボンニュートラル実現を宣言しています。
※カーボンニュートラルについては、「カーボンニュートラルとは?意味や目標をわかりやすく解説」にて詳しく解説しています。
地球温暖化の進行を食い止め、未来の地球環境を守るために必要不可欠となるカーボンニュートラルの実現。しかし、「カーボンニュートラルには矛盾がある」と指摘する声や、「地球温暖化は嘘だ」とする意見も存在します。このような意見を持つ人々が感じている違和感について、詳しく見ていきましょう。
本当に実現可能なのか
日本政府は、2030年には温室効果ガス排出量を2013年比で46%削減、2050年にカーボンニュートラルを実現することを目標に掲げています。カーボンニュートラルの実現可能性については、多くの研究者や専門家が議論しています。その理由として、再生可能エネルギーの導入政策やカーボンキャプチャー技術の進展により、実現の可能性は大きく変化するからです。
出典:環境省「2022年度の温室効果ガス排出・吸収量(概要)」p.1
実際に、2022年度の日本の温室効果ガス排出・吸収量は約10億8,500万トン(CO₂換算)となり、前年度比2.3%減少(▲約2,510万トン)、2013年度比22.9%(▲約3億2,210万トン)減少しています。前年度からの排出量減少の要因として、産業部門、業務その他部門、家庭部門における省エネや節電努力などの効果が寄与しました。
カーボンニュートラルの実現には、技術的および経済的な課題が存在しますが、日本では温室効果ガスの排出量削減が着実に進んでおり、カーボンニュートラルに向けた取り組みが加速しています。政府、企業、そして社会全体が協力し、さらに温室効果ガス排出量の削減を加速させることができれば、2050年のカーボンニュートラル実現は視野に入ってくることが予想されます。
コストがかかりすぎるのではないか
カーボンニュートラルをはじめ、環境保全対策を講じる上では外部不経済を解消する必要があるため、国や地域、企業や消費者のコスト負担が増えることは避けられません。実際にカーボンニュートラルを実現するためには、世界全体でGDPの約3%に相当する費用がかかるとの見方もあります。
しかし、カーボンニュートラルの取り組みは、エネルギー効率の向上や廃棄物の削減など、長期的な視点で見れば社会全体のコストを削減できるケースもあります。また、CO₂排出量削減につながるバイオマス由来の原料への転換にかかるコストは、最終製品の加工コストと比べるとそれほど大きな負担にはなりません。実際に、環境配慮型の再生可能原料への転換が製品段階での売価に与える影響は数パーセント程度となることが多く、こうしたコスト増を環境価値として許容できる社会をいかに創造していくかも大きな焦点になります。
こうした中で、国や企業は環境負荷を低減するための取り組みを継続し、消費者側も日常生活の中で環境配慮型製品を選択する機会を増やしながら、温室効果ガス排出量の削減に向けた好循環を創出していくことが重要になります。こうした意識と行動の変化が広がれば、カーボンニュートラルへの移行はさらに加速し、持続可能な社会の実現に一歩近づくことができます。
特定の業界だけが有利になるのではないか
CO₂排出量削減が難しい業種は不公平な状況に置かれ、比較的削減が容易な企業が有利になるのではないかという意見もあります。
例えば、サービス業界は別の業界と比較して物理的な製品の生産が少なく、もともとの温室効果ガス排出量が少ない傾向にあります。そのため、オフィスで使用している電力を再生可能エネルギー由来に切り替えるなどの施策により、比較的容易にカーボンニュートラルに向けた取り組みを進めることができる側面もあります。
一方、石油やガスなど化石資源を使用しているエネルギー産業や製造業は、製品の生産過程で多くの温室効果ガスを排出します。これらの産業で温室効果ガス排出量を削減するためには、大規模な設備投資や技術革新が必要となり、相当の時間とコストがかかるため、カーボンニュートラル達成に向けた負担が大きくなります。例えば、石油業界では、石油やガスの精製・抽出・輸送過程での排出量を減らすためには、新技術の開発や設備の大規模な改修が必要です。また、製造業では、生産ラインの効率化やエネルギー源の見直しを進めるために投資しなければならず、その負担は産業ごとに大きな差が生じます。
このような背景のもと、日本では経済産業省が「排出削減が困難な産業におけるエネルギー・製造プロセス転換支援事業」を通じて補助金や支援制度を展開しており、温室効果ガス排出量削減に向けた国の支援も強化されています。これらの支援措置により、特に削減が難しい業界への負担を軽減しながら、カーボンニュートラル達成に向けた環境づくりが進められています。
今後、排出量削減が難しい部門の取り組みを着実に進展させるためには、特化型の支援策の強化が重要です。特に、カーボンニュートラル関連技術の研究開発や設備導入に対する投資支援が求められます。また、産業間はもちろん、産官学が一体となって取り組む必要があります。
カーボンニュートラルの矛盾点
カーボンニュートラルの推進は、気候変動対策として非常に重要な役割を果たしますが、その方策に関しては、環境負荷低減効果を科学的かつ総合的に見極めながら、最適なものを選択していく必要があります。導入する環境や状況によって、これらの要素は大きく変動するため、その効果の見極めを誤ると、ジレンマやトレードオフが発生してしまいます。
再生可能エネルギー問題
再生可能エネルギーの活用は、カーボンニュートラルを達成するために欠かせない要素ですが、導入する状況によっては環境負荷を伴い、時には環境破壊を引き起こすこともあります。
再生可能エネルギーの代表例である太陽光ですが、大量の電力を生み出すためには、広い敷地を必要とするメガソーラーシステムが欠かせません。このようなシステムを導入するために、森林が伐採されることがあります。その結果、森林による二酸化炭素の吸収量の低下に加え、森林の生態系が破壊され、森林に住む動物たちの生息地が失われる恐れがあります。
そのため、再生可能エネルギーの導入に際しては、環境影響を最小限に抑えるための事前検討が重要です。これを実現するための手段として「ゾーニング」があります。ゾーニングとは、地域ごとの特性や環境条件を考慮し、再生可能エネルギー発電設備の適切な設置場所を特定するプロセスです。2021年に成立した改正地球温暖化対策推進法(改正温対法)では、このゾーニングを自治体の努力義務として課すことが定められています。この法律では、ゾーニングに加えてさまざまな具体策も示されており、今後は自治体を中心に地域関係者の参画が期待されています。
出典:WWFジャパン「太陽光や風力発電は環境破壊?自然保護と自然エネルギー開発の両立」
技術革新への依存
カーボンニュートラルの実現には、再生可能エネルギーの普及や効率的なエネルギー利用、カーボンキャプチャー技術など、多くの革新的技術が必要です。技術革新はカーボンニュートラルを推進する上で重要な役割を果たすことは間違いありませんが、過度に依存することにはいくつかのリスクや課題が伴います。
まず、技術革新には時間と資金が必要です。新しい技術が商業化され、広く普及するまでには、開発段階から実用化、そして普及に至るまでの時間がかかります。その過程で技術的な課題や予想外のコスト増加、問題が発生することがあり、過度に依存してしまうと目標達成が遅れる可能性があります。
技術革新が実現するまで着手しない「0(ゼロ)」の状態でとどまっているのではなく、将来に向けた技術革新に取り組みながら、既存技術で対応可能な「1(イチ)」の取り組みを着実に“いま”進めておくことが重要になります。
カーボンニュートラルの問題点
先進国と発展途上国の格差
「先進国と途上国の間の格差」も、カーボンニュートラルの問題点としてよく指摘される課題のひとつです。1990年以降、中国やインドのCO₂排出量の増加が顕著になっていますが、東南アジアなど多くの途上国でも工業化の進展や経済成長に伴い、CO₂排出量が増加しています。パリ協定の締約国は、先進国・途上国の区別なく削減目標を設定することになっており、こうした国々でもCO₂排出量削減は大きな課題になっています。
<主な国別一人当たりエネルギー起源CO₂排出量(2020年)>
出典:環境省「世界のエネルギー起源CO₂排出量(2020年)」
ただ、国別のCO₂排出量は〝CO₂排出が実際に起こった国〟でカウントする「生産ベースCO₂排出量」で推計されています。そのため、ある生産活動が他国の需要を満たすためのものであっても、この生産に伴って発生したCO₂排出量は、その生産場所に基づいて計上されます。
近年、グローバルバリューチェーン(国際分業)が急速に広がる中で、各企業はよりコストを削減できる途上国に製造拠点を移転したり、資材の調達先を変更したりしています。そのため、生産ベースCO₂排出量では、例えば工場が撤退した国(多くは先進国)の排出量が減少する一方で、移転先の国(多くは途上国)では排出量が増加するという現象が生じます。
こうした側面を踏まえ、生産ベースCO₂排出量の推計方法は、各国の消費実態に伴う排出量を正確に捉えておらず、グローバルな排出量を管理していく上で適切ではないとの意見もあります。また、国際分業による製造拠点の移転などは、途上国の経済成長につながっていますが、比例して生産ベースCO₂排出量も増加するため、その削減対策を講じる必要があります。
京都大学、立命館大学、国立環境研究所が共同で2023年に発表した論文「気候変動対策が引き起こす新たな問題:貧困増加の可能性」では、パリ協定に基づく将来の気候変動緩和シナリオを分析し、それらが貧困にどのように影響するかを調査しました。その結果、2030年と2050年で、気候緩和策をとらないベースラインケースと比べて気候変動緩和策を行ったケースではそれぞれ6,500万人、1,800万人の貧困人口(ここでは1日1.95$以下の消費水準で暮らす人の総数)を増加させる可能性があることが示されました。
この論文では、気候変動対策が貧困人口の増加につながる要因として、「所得効果」と「価格効果」の2つを挙げています。所得効果とは、気候変動対策によるマクロ経済的な損失が所得を減少させる効果を指し、マクロ経済的な損失は脱炭素化のために高効率の機器の導入や化石燃料以外のエネルギー源の生産のためにエネルギー投資が追加的に必要なことにより生じます。また、価格効果とは、炭素税などによる価格変化が家計に影響を及ぼす効果を指し、温室効果ガスの排出に直接関係するエネルギーや食料を中心に価格が上昇し、それが貧困層の負担増加につながるとしています。
生産ベースCO₂排出量でパリ協定の削減目標を設定した場合、途上国では自国の消費実態を超えるCO₂排出量の削減対策を講じる必要があります。そのため、気候変動と貧困問題といった2つの社会課題の解決策がトレードオフの関係にならないような仕組みを構築していくことが重要になります。
経済成長とのバランス
出典:経済産業省「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」
温室効果ガス排出量の削減を進めるためには設備投資や技術革新が必要な場合があり、短期的には生産コストの増加や競争力の低下が懸念されます。こうした負担が企業活動を縮小させる恐れがあり、結果として雇用の減少や経済の停滞を招くリスクがあります。
さらに、カーボンニュートラルに向けた規制や政策が特定の産業や地域に過度な影響を与える場合もあります。特に化石資源に依存している地域経済や産業は、温室効果ガス排出量削減に向けた対策や規制の影響を受けやすく、経済的格差や社会的不平等が拡大する恐れがあります。
カーボンニュートラルと向き合うために
カーボンニュートラルの実現には、環境、経済、社会のバランスを考慮することが重要です。温室効果ガス削減だけでなく、社会全体への影響を考慮し、科学的かつ総合的に情報を見極めることが不可欠です。また、カーボンニュートラルを自分事として捉え、これらの情報に基づいた判断を行い、実際に行動していくことが、私たち一人ひとりに求められています。
https://www.youtube.com/watch?v=nq8G6Cg9TOg
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- 参考資料
- *1:脱炭素ポータル「カーボンニュートラルとは」:
https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/ - *2:経済産業省 資源エネルギー庁「2050年カーボンニュートラルに向けた我が国の課題と取組」:
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2021/html/1-2-3.html - *3:経済産業省 資源エネルギー庁「2040年、太陽光パネルのゴミが大量に出てくる?再エネの廃棄物問題」:
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/taiyoukouhaiki.html - *4:WWFジャパン「太陽光や風力発電は環境破壊?自然保護と自然エネルギー開発の両立」:
https://www.wwf.or.jp/activities/opinion/4644.html - *5:経済産業省「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」:
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ggs/index.html?utm_source=chatgpt.com - *6:経済産業省「カーボンニュートラルと国際的な政策の動向及び企業への影響」:
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/green_shakai/pdf/004_06_02.pdf?utm_source=chatgpt.com - *7:国立環境研究所「社会経済・技術の変革による脱炭素化費用の低減」:
https://www.nies.go.jp/whatsnew/2023/20230519/20230519.html - *8:国立環境研究所「気候変動対策が引き起こす新たな問題:貧困増加の可能性」:
https://www.nies.go.jp/whatsnew/2023/20230714/20230714-3.html