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前編:パリ協定締結までの潮流と気候変動対策に対する各国のスタンスの違い

気候変動に関する国際協調_亀山先生_前編
気候変動対策の国際的な枠組みである「パリ協定」が2015年12月に採択されてから、10年の月日が流れ、現在はその対策に“実効性”が求められるフェーズに突入しています。世界気象機関(WMO)の発表によると、2025年の世界平均気温は、工業化以前(1850年~1900年)と比較し1.44℃上昇。また、最近3年間(2023年〜2025年)の世界平均気温が観測史上でトップ3を占めており、現時点で地球温暖化に歯止めをかけなければ、気候変動問題がより深刻化するリスクが高まる状況にあります。

こうした中で、世界各国の企業や団体は、温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gas)排出量の算定や削減策を着実に進めているものの、国家レベルで見ると、気候変動対策に関するスタンスが多少異なっているのも事実です。ただ、気候変動という世界共通の社会課題を解決するには、すべての国が足並みを揃えて対策を講じることが重要であり、今後、どのように国際協調を図っていけるかが、課題解決に向けたひとつのテーマでもあります。

パリ協定の採択から10年の節目を迎えた現在、いま一度、気候変動に関する国際協調の変遷を辿りながら、欧州・米国・日本の各国がどのようなスタンスでいるのか、東京大学の亀山康子教授(東京大学 大学院 新領域創成科学研究科 サステイナブル社会デザインセンター センター長)に解説していただきました。

プロフィール
亀山 康子(かめやま やすこ)
東京大学 大学院新領域創成科学研究科
サステイナブル社会デザインセンター センター長/教授

東京大学教養学部卒業後、民間損害保険会社を経て国立環境研究所に入所。国際関係論を専門とする。国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)に政府代表団の一員として参加し交渉にあたるほか、国際機関主催の専門家会合に従事するなど、気候変動問題の最前線で活動。2022年より東京大学大学院新領域創成科学研究科に所属し、サステイナビリティ学大学院プログラム(GPSS)を担当。実務経験を活かし、次世代の育成と研究に注力している。

【サステイナブル・ファイナンス・スクール】
東京大学大学院新領域創成科学研究科では、日本経済全体をサステイナブルな社会へと先導しながら、新しいビジネスの開花につなげていくことができる人材の育成に貢献したいと考え、サステイナブル・ファイナンス・スクールを開設しています。本スクールにご関心のある方は、下記「詳細」をご参照ください。
・詳細:https://susfinance-school.k.u-tokyo.ac.jp/

 

気候変動問題の黎明期における国家間の温度差

私が気候変動の国際協調というテーマに関心を抱いたのは、大学で国際関係論を専攻していた1990年ごろのことです。当時は、ソビエト連邦の崩壊、ロシア連邦の成立や、東西ドイツの統一など、国際情勢が激しく変動した時期でした。学生の多くはこれらの歴史的な政情変化を卒業論文のテーマに選ぶなか、私は「環境」という切り口から国際関係を考察したいと考えました。

亀山教授                      亀山教授

その背景には、1988年の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」(※1)設立と、1990年の「第1次評価報告書(FAR:First Assessment Report)」(※2)の公表があります。これにより、それまで一部の専門家による自然現象の予測に留まっていた「地球温暖化」が、国際的な社会問題として認識されるようになりました。そこで各国の動向を調査すると、当時はまだ不透明な部分が多かった「地球温暖化」という課題に対し、国家間で驚くほど明確な「スタンスの違い」があることが浮き彫りになりました。

※1 気候変動に関する政府間パネル(IPCC):
世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)によって設立された政府間組織で、2025年6月時点で195の国や地域が参加している。
※2 第1次評価報告書(FAR:First Assessment Report):
世界中の科学者が協力して、科学誌などに掲載された論文などの文献に基づいた定期的な報告書で、最新の第7次評価報告書(AR7)は2028年公開に向けて作業が進められている。

欧州の国々は「科学的な解明が完全ではないとしても、このまま放置すると取り返しがつかなくなる恐れがあるならば、今できる最大限の対策を講じるべきである」という立場をとっていました。

一方、当時の米国や日本は対照的なスタンスをとっており、特に米国は「まだよく分からないのであれば、急いで対策をするのではなく、科学的知見の蓄積を待ってから行動した方がよいのではないか」と考えていました。科学的知見が十分に蓄積される頃には素晴らしい技術ができていて、この問題を解決できるようになっているかもしれないから、慌てなくていい、という主張でした。

そして途上国は「大気中の温室効果ガスの濃度を高めたのは、過去に産業革命を経て発展を遂げた先進国なのだから、先進国が自ら解決すべきだ」というスタンスでした。

気候変動に関する国際協調の変遷

国際的な気候変動対策の枠組みは、1980年代後半から30年を超える歴史の中で段階的に構築され、1990年代から国際社会による具体的なルール形成の動きが本格的に進んできました。

<気候変動に関する国際協調の30年の歩み>
気候変動に関する国際協調の30年の歩み

1990年:努力義務としての枠組条約

1988年にIPCCが設立し、その後1992年に「国連気候変動枠組条約(UNFCCC)」が採択されました。この国際条約は、大気中の温室効果ガスの濃度の安定化を究極的な目的とし、地球温暖化がもたらすさまざまな悪影響を防止するための国際的な枠組みを定めたものです。「気候変動に関してまだ分からないことはあるものの、今やれることから着手していこう」というスタンスにより、気候変動対策に関して国際協調を図るための最初の一歩を踏み出した条約とも言えます。ここでは、先進国に対して「1990年代末までに、温室効果ガス排出量を1990年のレベルに戻す」という努力目標が掲げられました。現在でも1990年が基準年とされることが多いのは、この条約に由来しています。

より多くの国が参画しやすい努力目標として採択されたこともあり、米国や日本を含む主要国が早期に批准し、各国が足並みを揃えて気候変動対策に乗り出すための土台を築くことができた一方で、努力目標という非拘束的な枠組みは、実効性の面で課題を残しました。

その後、欧州は1990年を基準に温室効果ガスの排出量を削減し始めましたが、日本、米国、カナダなどの国々では、条約締約国でありながら、2000年にかけて排出量が増加しました。

このように先進諸国の排出量削減が停滞したことを受け、途上国側からは、非拘束的な努力目標の限界を指摘する声が強まり、新たな枠組みとして1997年に採択されたのが「京都議定書」です。

1997年:京都議定書の課題と実効性の変化

京都議定書は、前述の「国連気候変動枠組条約」を補完するものであり、先進国に対して温室効果ガスの排出量削減目標を“法的拘束力のある義務”として課したものです。第一約束期間(2008年〜2012年)において、日本は6%、米国は7%、欧州は8%の温室効果ガス削減(1990年比)を達成することが国際公約として定められました。

しかし、2001年に大きな転換点を迎えます。米国の政権交代に伴い、民主党のクリントン政権から共和党のブッシュ政権へ移り、米国は「共通だが差異ある責任(CBDR:Common But Differentiated Responsibilities)」(※3)や途上国に対して削減義務(数値目標)が課されていないことを理由に、京都議定書からの離脱を表明したのです。当時の米国は、世界の温室効果ガス排出量の約25%を占めており、最大の温室効果ガス排出国が離脱したことで、欧州や日本が削減を推進しても、地球全体における総量抑制は限定的な状況になりました。

※3 共通だが差異ある責任(CBDR:Common But Differentiated Responsibilities):
地球温暖化への責任は世界各国に共通するが、今日の大気中の温室効果ガスの大部分は先進国が過去に排出したものであることから、先進国と開発途上国の責任に差異をつけることを謳った概念。

さらに、1990年代まで途上国として削減目標を課されない立場であった中国が、2000年代に入り急速な経済発展を遂げ、2007年には米国の温室効果ガス排出量を上回り、世界最大の温室効果ガス排出国となりました。

このような状況を受け、すべての国が参加する新しい国際的なルールを作ろうという議論が2011年から本格的にスタートし、2015年に「パリ協定」が採択されました。

パリ協定を成立させた3つの要因

2011年に新たな枠組み交渉が始まってから4年、京都議定書の採択(1997年)からは18年の月日を経て、ようやく2015年に「パリ協定」が締結されました。この「パリ協定」締結が実現した背景としては、以下の3つの要因が挙げられます。

1. 科学的知見の蓄積

1つ目は、「科学的知見が蓄積したこと」です。かつては、大洪水や猛烈な台風などの異常気象と、長期的な気温上昇の因果関係を疑う声もありました。しかし、CO₂をはじめとする温室効果ガスの大気中の濃度上昇が、地球温暖化の要因になることが、科学的に証明できるようになりました。なお、IPCCの第6次評価報告書(2023年)でも「人間活動が主に温室効果ガスの排出を通して地球温暖化を引き起こしてきたことには疑う余地がない」との見解が示されています。

2. 気候変動の実感

2つ目は、「気候変動を肌で感じるようになったこと」です。世代を問わず多くの人が、実際に異常気象を経験し、明らかな気象の変化を体感することになりました。これにより、地球温暖化問題に関心を持っていなかった層にも、気候変動に対する危機感が共有されるようになりました。

3. 新たなビジネスチャンスの創出

そして3つ目が「新たなビジネスチャンスの創出」です。特に、長年先駆的に取り組んできた欧州は再生可能エネルギーを中心とした技術開発を戦略的に進め、特許を取得していました。そのため、欧州や米国の一部の企業は、ビジネスチャンスという側面でも、1.5℃ / 2℃目標やネットゼロを掲げることに賛成したのです。

これらの「科学的知見の蓄積」、「気候変動の実感」、「新たなビジネスチャンスの創出」という3つの要因があってこそ、パリ協定が採択できたと私は考えています。

なぜ国ごとに気候変動に対するスタンスが違うのか

それでは、なぜ各国で気候変動対策に向けたスタンスの差が生じるのでしょうか。特に欧州が先行し、米国や日本が追随する形となった背景には、単なる経済的判断だけでなく、各地域が辿ってきた歴史的背景が深く関与しています。

亀山先生_取材時の様子

欧州:酸性雨対策で学んだ国際協調の重要性

欧州は、気候変動問題が国際的な社会課題となる以前の1970年代から、酸性雨による森林被害などの環境問題に直面していました。その主な要因は、工場や火力発電所で石油や石炭などの化石燃料を燃やす際に排出される二酸化硫黄、窒素酸化物などの排ガスです。これらのガスは大気中で化学反応を起こし、硫酸や硝酸となって降水に溶け込み酸性雨となり、土壌を酸性化して生態系に悪影響を与えたり、森林の枯死を引き起こしたりしました。

当初は森林被害の直接的な原因が特定されていませんでしたが、研究が進み、風により大気汚染物質が長距離(500~1,000km以上)に影響を及ぼしていることが科学的に示され、近郊に排ガスの発生源がない地域でも、酸性雨による森林被害が発生していることが分かりました。
このように、原因物質の排出国と被害を受ける国が必ずしも一致しない越境汚染の実態が浮き彫りになり、欧州では大きく3つの意識が形成されました。

1.自分たちの環境が損なわれることへの強い危機感
2.問題解決には「科学的知見」が不可欠であること
3.1国では解決できず「国際的な条約」が必要であること

1980年代から90年代にかけて、地球環境問題は複雑化し、砂漠化、オゾン層の破壊、生物多様性の喪失といった課題が次々と表面化しましたが、欧州は、過去の環境対策で培った成功モデルを気候変動問題にも適用できると考えたと推察されます。

米国:豊富な資源を保有し、コストとリスクの両天秤

米国は、たとえ環境政策に比較的積極的な民主党政権であっても、議会や国民への説明責任という側面から、「エビデンス」を重視する姿勢が明確でした。つまり、温室効果ガス排出量の削減にかかる「コスト」と、削減しなかった時の「リスク」を天秤にかけて判断するのです。当時はまだ具体的なリスクを想定しづらかったため、どうしても目先のコストに目が向き、国として積極的に対策を講じる動きは見られませんでした。

さらに、米国は石炭、石油、天然ガスといった資源を豊富に有しているため、これらの利用を控えるという決断には強い政治的反対勢力が立ちふさがります。

ただ、米国は各州が独自の環境基準やエネルギー政策を策定する権限を持っているため、現在は国家による化石燃料産業保護を歓迎する保守的な州と、独自の目標達成に向けて環境規制を継続・強化する先進的な州に二極化していることも特徴のひとつです。

日本:行政主導によるトップダウン思考

日本においては、社会課題に対して市民が直接声を上げる(ボトムアップ)よりも、行政による主導や解決を前提とした統治構造(トップダウン)を求める意識が強い傾向にあります。

また、温室効果ガスの排出量の削減は、1990年代までは気候変動問題というよりもエネルギー問題対策の一環として捉えられがちでした。そのため、過去の公害やオイルショックを乗り越えてきた成功体験から「日本の省エネ技術の高さ」が強調され、既存の取り組みの延長線上に議論が留まる傾向もありました。

ただ、日本政府による2020年10月のカーボンニュートラル宣言以降、さまざまな気候変動対策が進められる中で、企業側も気候変動対策として温室効果ガス排出量の削減をより積極的に推進する動きが見られています。

国家間の合意形成を図り、いかに実効性を高めるか

国際法には、国内法のような強制執行力がないという構造的な制約があります。なぜなら、国家の主権が優先されるため、自国の利益に合致しない条約への参加を強制できないからです。パリ協定においても、全ての締約国が温室効果ガスの排出削減目標を「国が決定する貢献(NDC)」として5年毎に提出・更新する義務はありますが、その目標を達成しなくても罰則はありません。また、パリ協定締結国においても、現時点で温室効果ガスの排出量が多い国、少ない国、経済成長に伴いこれから大幅に排出量が増える国、技術革新で着実な削減が見込める国など、各国の状況や国内事情は様々です。

こうした各国の状況や考え方を持ち寄って国際交渉する場が、国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)です。そして私が今、お伝えしたいのは、「気候変動対策のすべてを、COPの結果だけで判断しないでほしい」ということです。約200カ国の全会一致を原則とする国際的なルールメイキングには、合意形成のスピードと実効性の両面において構造的な限界があります。そこで、ルール作りと並行して企業や市民、都市レベルでも推進できる施策が重要となります。特に近年は、対策の遅延に対する危機感が共有されており、COP以外の枠組みによる取り組みの重要性が増しています。

では、ルールの強制力に頼るのではなく、日本企業自らが世界的なイニシアチブを握りながら、カーボンニュートラル社会の実現に向け、気候変動対策の実効性を高めていくためには、どのようなアプローチが必要なのか。

後編では、パリ協定が目指す「1.5℃目標」への潮流に触れながら、日本企業がとるべき具体的な対応や、カーボンニュートラル実現への今後の展望を解説します。

後編:気候変動対策と日本企業のマインドチェンジ

三井化学では、「世界を素(もと)から変えていく」というスローガンのもと、バイオマスでカーボンニュートラルを目指す「BePLAYER®」、リサイクルでサーキュラーエコノミーを目指す「RePLAYER®」という取り組みを推進し、リジェネラティブ(再生的)な社会の実現を目指しています。カーボンニュートラルや循環型社会への対応を検討している企業の担当者様は、ぜひお気軽にご相談ください。

参考資料
*1:全国地球温暖化防止活動センター(JCCCA)「共通だが差異ある責任(きょうつうだがさいあるせきにん)」:
https://www.jccca.org/dictionary/10418

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