講演会レポート
株式会社エムテド代表・田子學氏による講演会「デザインマネジメントとは?」レポート

三井化学のオープン・ラボラトリー活動である「そざいの魅力ラボ“MOLp®”」。2015年の設立以来、「感性からカガクを考える」というコンセプトのもと、三井化学が培ってきた様々な「素材」の機能や発展の可能性について考える取り組みを行っています。

7/26にはMOLp®のクリエイティブパートナーである田子學氏(MTDO Inc.代表取締役)を講師に迎え、MOLp®での3年間の取り組みを通して感じたこと、また近年国内でも関心が高まっている「デザインマネジメント」をテーマとした講演会を開催しました。
6/28に開催されたプレイベントのレポートはこちら

株式会社エムテド 代表取締役 田子學氏

東芝にて多くの家電、情報機器デザイン開発にたずさわる。現在のAmadanaの立上げに携わり、デザインマネジメント責任者として従事。その後新たな領域の開拓を試みるべく、2008年(株)エムテドを立ち上げ、現在にいたる。幅広い産業分野において、コンセプトメイキングからプロダクトアウトまでをトータルでデザイン、ディレクション、マネジメントしている。大学での教鞭、まちづくりから経産省でのメンターなど幅広く活躍している。

Think Design─デザインとは、未来への道筋をえがくこと

「僕の経営している(株)エムテドは、デザイン事務所です。が、事業内容を人に話すと『それってデザイン事務所なの?』と首を傾げられることも多い。ですが、それは日本で認識されているデザインという言葉の意味が少しズレているから。日本ではデザインといえば形のあるもの、意匠、アート的なものを思い浮かべますが、前回のプレイベントでもお話したようにデザインは『計画』です。例えば僕が今担当している『ジャパンタイムズアルファ』という週刊の英字新聞(7/6号よりリニューアル新創刊)があるのですが、これは英字新聞という体裁をとりながらも英語学習のための教材でもある。また、これまでは学生向けだったものを社会人でも手にしやすい紙面デザインに変更しました。重要なのは、ここでの『デザイン』は紙面デザインのことではなく、『どうやったら学びの間口を広げられるか』を考え、道筋を計画すること。これが本来の意味でのデザインなのです」

15,000円のリモコンが売れる─消費者も気づいていない「Wants」で考える

田子氏は東芝を退社後、「Amadana(アマダナ)」の立ち上げに携わりました。最初につくったのは、1台で全ての機器を管理できる「マルチ・リモコン」だったといいます。

「自宅のリビングを思い出すだけでも、テレビにエアコン、AV機器など、さまざまな家電のリモコンがあふれていますよね。これを『1つにまとめられたら便利なのでは?』と感じて、リモコン製造のノウハウをもったメーカーと連携して開発を始めました。完成したのは通常のリモコンよりもはるかに高価なもの。価格はおよそ15,000円です。売れるわけない! と思われるかもしれませんが、鋳物で作られた重厚で独特なデザインや手にしたときのおさまりのよさが魅力となり、インテリアにこだわる人から好評を得ることができました」

この経験から、既に表出しているユーザーの「ニーズ」だけでなく、ユーザーの目線になることで、ユーザー自身も気づいていない「ウォンツ」からプロダクトをつくる視点を得たといいます。

「第四の波」が来た

1982年に発売されたA.トフラー著『第三の波』。農業を開始したことによる第一の波、産業革命による第二の波、そして情報革命による脱産業社会が訪れることを予測した本ですが、現在はまさに「第四の波が来ている」と田子氏は語ります。

「第四の波は『イノベーションが進む』ということ。新しい考え方が価値をつくり出し、それらが社会を動かす原動力になります。ではこのイノベーションはどのようにして生まれるのでしょうか? それは、『デザイン』からだと確信しています。面白いデータですが、シリコンバレーのスタートアップへの出資を検討する際にその可否を決めるのが『役員にデザイナーがいるかどうか』だという統計があるそうです。企業のどこに価値を見出すか、という指標が少しずつ変わってきているんです」

また、従来の日本の教育でスタンダードであった深掘り・特化型の教育(リテラシー教育)から、経験によって得た知見で関係を構築する力・コンピテンシーを育てる教育へのシフトも必要になってくると予測。
「現在の日本企業では、部署内での繋がりは強固でも、他の部署が何をしているかを知らないということは多い。こうした“縦割り”の関係を縦横無尽に動きまわりながら、シナジーを生み出せる人材=デザイナーが求められるようになるでしょう」

横のつながりが生むもの。「こうしたらどうなる?」「もっとこうならない?」

縦割りの組織体系では、自分の所属するチームや部署以外のメンバーが何をしているのかを知る機会がなく、もしも協力したらどんなことができるのかを考える機会もありません。そうした環境では、シナジーやアイディアは生まれにくいといえるでしょう。

「MOLp®での活動はまさに、組織を横断した取り組みなんですね。つまり、さまざまな部署から人が集い、自然に横のつながりが生まれる環境なんです。あるとき、MOLp®に参加していた一人の研究者の方が言いました。『プラスチックで食べる食事は味気ない』。普段プラスチックの研究をされている方がそんなことを言うなんて、掟破りととられるかもしれません。ですがそんな思いが語られ、受け入れられるのもMOLp®のよさですね。僕は陶器業界の案件を担当していた経験もあり、この声にとても共感しました。その声をもとに開発されたのが『NAGORI®』。プラスチック業界では悪と見なされる“重さ”に逆張りし、陶器のような重量感を追求したことで、生まれた新しいプラスチックです。」

▲海水のミネラル成分から生まれた素材「NAGORI®」のビアタンブラー。
陶器の質感と熱伝導性を備えながらも、プラスチックのように加工しやすいのが特徴。

「前回お話しした『不知火』の例もですが、研究の外側にいる人が『こうしたらどうなる?』『これってもっとこうならないかな?』と声を投げかけることが新たなアイデアの種になることが多い。例えば『不知火』という素材がファッション業界の人の目に触れれば、色が変わるんだ、この素材面白い! と刺激になりますし、そこからさらなるイノベーションが生まれる可能性も高まりますね」

▲眼鏡レンズに用いられる素材「SunSensors™」で作った「不知火(しらぬい)」を
アクセサリーのバングルとして加工したもの。

「物議を醸す」アイディアこそ、イノベーションのカギになる

これからの企業の成長に欠かせない「イノベーション」。では、このイノベーションとは何なのか。田子氏は3つの要素に分解して解説します。

イノベーションの3要素
・見たことも聞いたこともないもの
・物議を醸すもの
・実現可能なもの

「デザインというのは計画であるとお話ししましたが、計画は『未来に向けての道筋』であって、着地点を予想して決めてしまってはいけない。見たことも聞いたこともないというものをいかに出せるか。そしてそれは時として、物議を醸します。例えばスリットのないエアコン、生産コストが非常にかかるリモコン。前代未聞だ、本当に売れるのか……とブレーキをかける人もいるかもしれません。ですが、みんなが『いいね』と言うものは、既にどこかにあって、『いい』という判断材料ができてしまっているもの。そこからイノベーションを生み出すことはできません。そして最後に、実現可能であること。絵に描いた餅では意味がありません」

日常をつぶさに眺めていると、こうしたイノベーションの源泉は数多く存在している、と田子氏は強調します。MOLp®での取り組みを通して、新たなイノベーションが生まれることへの期待を語りました。