outline
変化の速度と不確実性が高まり続ける現代。あらゆる企業やビジネスマンがサバイブしていくためには、いまの世の中に必要な「デザイン」を理解し、取り入れていくことが重要だ。
より良いデザインやその思考法をうまく企業に浸透させるべく、2022年2月4日に「デザインマネジメント」がテーマのトークイベントを三井化学の社内向けに開催した。題して『突き抜けるデザインマネジメント ~VUCA時代を生き抜く羅針盤~』。内容がとても良かったため、社内に留めておくのはもったいないと思い、今回はMOLpサイトにてイベントの様子をシェアする。
本イベントではデザインマネジメントの第一人者である田子學さんに、デザインにおける考え方、向き合い方、経営やイノベーションとの関係性などについて語っていただいた。また、後半では、みずほ証券アナリストの山田幹也さん、三井化学の橋本修社長も交えたトークセッションを実施。企業にデザインマインドを浸透させるために必要なこととは?
取材・執筆:榎並紀行(やじろべえ) 写真:有坂政晴 編集:吉田真也(CINRA)
「不確実な時代における羅針盤は、「デザイン」である
第一部は田子學さんによる特別講演。2015年からMOLpのクリエイティブパートナーを務める田子さんは、デザインマネジメントの第一人者として知られている。
デザインマネジメントとは、デザインを企業経営の根幹に据えたマネジメント手法のこと。田子さんは幅広い産業分野や自治体に「デザイン戦略」を展開し、コンセプトメイキングからプロダクトアウトまで、一気通貫したデザインマネジメントで新しい価値を創造し続けている。
田子:デザインを理解すると、「次の世の中」に対して耐性がつく。そして、新しいことに果敢にチャレンジできるんです。特に、VUCAの時代を生き抜くにあたってデザインを理解することは、羅針盤を得ることだといえます。
ここで出た「VUCAの時代」とは、いままで正解だったものが、数年単位あるいは数か月単位で不正解になってしまうほど変化の激しい先の見えない時代のことである。だからこそ、いかに自分たちの価値を掘り下げ、時代や社会と紐づけるかが大事で、そのためにはデザインが大きな力を発揮すると田子さんは語っていた。
そもそも「デザイン」とは?誤って捉えられてきた日本での定義
現代において重要な「デザイン」だが、そもそもいったいデザインの定義とはなんなのか? 日本では長らく「デザイン」というものが曖昧に、あるいは誤って捉えられてきたことを田子さんは指摘する。
田子:日本は教育課程で「美術」を学びます。ですが、「デザイン」を教える学校は本当に稀です。そのため、アートとデザインの区別がつかない人が多い。ゆえに、デザインについて語ろうにも「私にはセンスがないから……」となってしまう。
しかし、じつはデザインの本質は、単にセンスだけが必要と言い切れません。なぜなら、デザインの日本語訳は「設計」だからです。もちろん設計にもセンスは必要ですが、それは「アート的なセンス」という意味ではないのです。
日本では十数年前まで「デザイン=意匠」と訳されることが多かった。そのため、「感性寄り」にデザインを捉える向きが強かったという。しかし、近年では海外での考え方に近い「設計」という言葉に改められてきた。つまり、デザインとは色や形状をつくることではなく、「人間の行為をより良いかたちで叶えるための計画」であるというのだ。
田子:「デザインとは、橋の形状を考えることではなく、向こう岸への渡り方を考えることである」。これは世界的なプロダクトデザイナーであるディーター・ラムスの言葉です。
橋というものは、一度かかってしまえば数十年はもちます。そのことをふまえ、ただ橋をかけるのではなく、向こう岸へ渡るときの「体験性」も含めて計画を立てる。
そうすることで、資産価値は何倍にも膨れ上がります。こうしたビジョンを計画の初期段階から持っておくこと。これが、じつはデザインでは最も大事なことなのです。
これは企業にも置き換えられる。会社そのものや手がけるプロダクトの魅力を、いかに価値として社会に届けられるか。そのためには「計画」が欠かせない。
そして、計画を立てるためには創造力が必要だ。つまり、デザインとは「Creative planning(創造的計画)」であると理解することが、企業経営においては最も大事だと田子さんは説く。
デザインが生まれる過程にはイノベーションのヒントが転がっている
続いて田子さんの口から語られたのは「デザインとイノベーション」の関係について。デザインを生みだす過程には、さまざまなイノベーションの種が潜んでいるという。
田子:デザインには、つねに発明と革新が含まれています。デザインの過程では、とにかくいろんな人と対話をして、いろんな現場を見なければいけない。そのたびに、さまざまな選択肢や可能性が見えてくるんです。それらを組み合わせることによって、まったく新しい現象が起きる。
これこそが、いわゆるイノベーションと呼ばれるものです。そのため、デザインをきちんと理解していくと、イノベーションがとても近くなるわけです。
国レベルでも、イノベーションを起こすうえでのデザインの重要性は見直され始めている。2019年には特許庁が「知的財産立国を基盤とした価値デザイン社会の実現」を目指し、「夢×技術×デザイン=未来」という文言を用いている(※内閣府知的財産戦略本部「知的財産推進計画2019」参照)。より良い未来をつくるために不可欠な要素の一つとして、「デザイン」がしっかりと明記されているのだ。
また、世界では日本に先駆けて、デザインからイノベーションが生まれ、業界や社会を大きく変えた事例が数多く存在する。その一つがイギリス発の電気機器メーカー「ダイソン」だ。
田子:ダイソンは2008年に「羽根のない扇風機」を発表しました。それまで、扇風機の価格はせいぜい3,000円〜5000円程度でした。しかし、ダイソンの扇風機が発売されてからというもの、3万円、5万円という価格帯のものも当たり前になった。つまり、社会における扇風機の価値そのものを大きく変えてしまったわけです。
その背景には、創業者であるジェームズ・ダイソンならではの思考があると田子さんは語る。彼は起業家でありながらエンジニアでもあり、さらにはデザイナーでもある。そのため、「いかに多くの人に共感してもらえるか」をつねに考え、多方面に目を配りながら確たる戦略を持ってデザインに落とし込むという、デザイナー特有の性質を持っている。
その証拠に、羽根のない扇風機では、「子どもも怪我をせず、とてもクリーンに風を送ることができる」という明確なベネフィットを打ち出せている。つまり、ユーザーに共感される戦略を立て、それを見事にデザインしているのだ。
このように、「創造的計画」によってデザインの本質を捉えているかどうかで、会社の資産や未来は大きく変わる。デザインには、それほどのインパクトがある。
新しい価値を生み出すために。BtoB企業が持つべきこれからの視点は?
ダイソンに限らず、いま世界経済を牽引する多くの企業が、デザインを経営の中心に据えることで大きく躍進してきた。特にアメリカでは数十年前からデザインマネジメントの考え方が根づき、IPOの段階で「経営陣にデザインをわかる者がいるかどうか」で初値の時価総額に大きな差がつくといわれている。
だからこそ、トップがデザイン思考を持つのは当然だが、同時に「自社内に自立型のクリエイティブなシステムをつくっていくこと」も重要だと田子さんは指摘する。
じつは三井化学にも、そうした芽が育ちつつある。それが、2015年にグループ内の有志により活動をスタートした「MOLp」だ。三井化学が100年以上にわたって継承し、培ってきた「素材」や「技術」の価値・魅力を再発見し、そのアイデアやヒントをこれからの社会のためにシェアしていくオープン・ラボラトリー活動で、田子さんも立ち上げ当初からクリエイティブパートナーとしてサポートしている。
田子:MOLpでは、これまで「五感を用いた化学実験」を数多く実施し、そこからさまざまなプロダクトを生み出してきました。特に重視しているのは、効果的なプロトタイプを「早くつくる」「早く試す」「早く工夫する」こと。ただし、それらを「魅力的につくる」ことです。
MOLpは、社会・ヒトと素材の新しい関係性についてのコミュニケーション促進を目的としていますが、そのためにはつくるモノが魅力的でなければといけないと考えています。
実際、MOLpから生まれたプロダクトのいくつかは、対外的にも高い評価を受けている。たとえば「NAGORI」という海水から抽出したミネラル成分を原材料とするイノベーティブ・プラスチックは、素材単体として2018年グッドデザイン賞「グッドデザイン・ベスト100」に選出された。
NAGORIは、陶器のような質感を持つ素材。海水を真水に変える課程で廃棄される濃縮水を活用することで海の生き物を守りつつ、従来のプラスチックに比べて石油の使用を8割削減できるなど、環境性も高い。化学会社としてSDGsに向き合う姿勢を体現する「新しいプラスチック」をデザインしたことが評価され、三井化学として初のグッドデザイン賞の受賞につながった。
こうしたMOLpの活動をずっと近くで支え、その可能性を誰よりも信じる田子さん。最後は、こんな激励の言葉で第一部の幕を閉じた。
田子:私がMOLpという場所に期待しているのは、三井化学で働く一人ひとりの意識を変えることです。BtoBである三井化学のような会社が、素材を最終的に受け取る人や社会のことを考え、新しい価値を生み出していく視点を持てば、さらにより良い未来が開けるはずなのですから。