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「世界中の被災者を救いたい」。この壮大なビジョンのもとつくられた衛生タオルがある。2020年4月から販売開始された「FASTAID ウイルス・スウィーパータオル」だ。
製作したのは、災害支援のイノベーションを目的に結成された「More Impact」のメンバーたち。複数のプロフェッショナル企業のメンバーが集結したというが、「FASTAID ウイルス・スウィーパータオル」で実現したい災害支援のかたちとは?
三井化学のオープンラボ活動「MOLp®」が携わったプロジェクトにフォーカスし、その歩みを掘り下げる連載「PROJECT DIARY」の第1回。今回は、「More Impact」リーダーであり、認定NPO法人ジャパン・プラットフォーム 共同代表理事 / CWS Japan事務局長の小美野剛氏と、三井化学ESG推進室でMOLpメンバーでもある八木正にお話をうかがった。
取材・執筆:吉田真也(CINRA)
通常の除菌ウェットシートと何が違う? 被災地での使用を想定したパッケージ
—「FASTAID ウイルス・スウィーパータオル(以下、FASTAIDスウィーパータオル)」がどんな製品なのか教えてください。
八木:一言でいうならば、「長期保管ができて、すぐに使えるふきとり衛生タオル」です。アルコール消毒液よりも幅広い菌やウイルスに除菌・抗ウイルス効果を得られる「次亜塩素酸ナトリウム」の水溶液と「圧縮タオル」を、それぞれ別室で包装した2in1パッケージを採用しています。
また、一般的な次亜塩素酸ナトリウムは、肌荒れを起こすほど強力ですが、「FASTAID スウィーパータオル」で使用しているのはマイルドに調整した特殊な溶液で、安全な面も特徴です。
八木:パッケージに記載された手順に従って、「①押す」と書いてある部分を押すと次亜塩素酸ナトリウムが別室の圧縮タオルに浸透し、それを取り出せばすぐに衛生タオルとして使えます。
—なぜ2in1パッケージで分離させる必要があったのでしょうか?
八木:次亜塩素酸ナトリウムは、一般的なアルコール消毒液よりも細菌への除菌力が強く、抗菌スペクトルが広いものです。一方で、通常は希釈(※溶液に水を加えて薄めること)して使用しなければならないため、すぐに使用しにくい。さらには、希釈濃度の割合を間違えてしまう可能性があったり、高濃度なため取り扱いに注意が必要だったりと、非常に扱いづらい面があります。
また、空気、熱、光、有機物などに長時間触れると有効塩素が分解されてしまい、除菌力が低下してしまいます。使い切る分しか希釈しないため、長期保存に向いていません。溶液の特性や使用方法などあらゆる観点から、あらかじめタオルに染み込ませるのは適切ではないと判断し、別々に包装して使用時に染み込ますことができる2in1パッケージが最適だと思ったのです。
—「FASTAID スウィーパータオル」は、どんな目的でつくられたのでしょうか。
小美野:災害発生時の救済支援が、最大の目的です。いま世界では、自然災害などが急激に増えています。難民・避難民は7,000万人を超え、戦後最悪の人道危機といわれるほどです。
そして、災害の長期化とともに課題にあがるのが、被災地の衛生面。トイレに行くにしても、手を洗うにしても、その水がきれいだとは限りません。私自身も、国内外の被災地で支援活動を行うなかで、何もインフラが整っていない状況をたくさん見てきました。
小美野:衛生環境が守られていない場所で、被災者と支援者が長期間にわたり接する。必然的に菌やウイルスの感染などの二次災害のリスクが高まりますよね。そんなときに、手軽に持ち運べて、必要なときにしっかり除菌できるアイテムがあったら助かるなと、常々思っていたんです。
長期保存ができて持ち運びやすく、次亜塩素酸ナトリウムなので殺菌力も強く、そして肌にも優しい。「FASTAID スウィーパータオル」は、まさに被災地で求められる条件を満たした製品だと思います。
八木:さらに新型コロナウイルスが世界的に流行したことで、日常生活においての衛生管理もより重要視されています。被災地だけでなく、日常の衛生対策にも役立つと考えています。
現段階では生産数に限りがあるため、まずは国内の対策現場で役立ててもらいたいと思い、2020年4月から衛生資材が不足している公共施設や介護施設などに提供しています。
2in1パッケージを実現した新素材、「ロック&ピール®」とは?
—「FASTAID スウィーパータオル」をつくるうえで、もっともこだわった部分はどこでしょうか?
八木:2in1パッケージの肝となる、イージーピール層の部分ですね。イージーピールとは、シール強度をコントロールすることで、使用時に簡単に開けられる性能を持つ、特殊なシールのことです。わかりやすいところでいうと、ヨーグルトの蓋やハムの包装などに使われています。
今回、試行錯誤したのは、「ほど良い強度」です。たとえば、ほかの救援物資と「FASTAID スウィーパータオル」を一緒に運ぶとき、あらゆる圧迫を受けますよね。その際、強い力が加わると液が飛び出てしまう可能性もある。だから、使用しないときは圧迫を受けても剥がれない「完全シール」の強度、使用時は袋から押すと簡単に液を流すことができる「イージーピール」の強度を両立する必要がありました。
—難しそうですが、どうやって実現させたのでしょうか。
八木:三井化学グループである三井・ダウ ポリケミカルの「ロック&ピール®」という新素材を使用しました。
パッケージングする際、熱を加えて加工する「ヒートシール(熱シール)」という方法が一般的です。「ロック&ピール®樹脂」は、そのヒートシール温度を変えるだけで、完全シールとイージーピールの異なる機能を使い分けることが可能になる新素材です。パッケージの外側は強固な「完全シール」なので容易に破けず、仕切りの部分は「イージーピール」なので、袋の一定の箇所を押したり握ったりすると簡単に開きます。
「ロック&ピール® ~面々シール温度の調節によりイージーピールと完全シールを使い分け~」
—なるほど。この「ロック&ピール®」が、「FASTAID スウィーパータオル」の仕様を可能にしたのですね。
八木:じつは、「ロック&ピール®」を使用したFASTAIDのコンセプトは、MOLpですでに一度コンセプトモックをつくったことがありました。2016年3月に、水と栄養成分を2in1パッケージにしたサプリメントパッケージ「FASTAID」として発表しています。そのときも、清潔な水と、必要な栄養素が十分に摂取できない被災地の課題を解決するのが目的でした。
災害支援のイノベーティブ集団を発足。複数社との協業で社会課題に立ち向かう
—そこからどのような経緯で、今回の「FASTAID スウィーパータオル」をつくることになったのでしょうか。
八木:三井化学としては、初期の「FASTAID」で得たコンセプトやロック&ピール®の知見と技術を活かし、今後も社会課題解決に貢献できるプロダクトをつくりたいという想いがありました。ただ、世界の災害支援に取り組んでいるエキスパートと協業したほうが、より具体的な課題解決を実現できそうだよねと、MOLpメンバーの松永有理と話していたんです。まだコンセプトのモックアップの製作中だった2015年の秋頃のことです。
それで2016年3月に、小美野さんが共同代表理事を現在務めるジャパン・プラットフォーム主催の『Humanitarian Innovation Forum Japan 2016(以下、HIFJ 2016)』に参加させていただき、小美野さんに「FASTAID」を直接プレゼンしたのが始まりです。まだ第1弾の実物が完成していない時期だったので、MOLpの松永が手づくりした試作品を持っていき、それをもとに力説しました(笑)。
小美野:コンセプトも明確だったので、今後の展開もイマジネーションしやすかったです。何より八木さんと松永さんのプレゼンから伝わってくる熱い想いに、私も心動かされ、「ぜひ一緒にやりましょう」と乗り気になりました。
小美野:そもそも『HIFJ 2016』は、2か月後に開催される『世界人道サミット』に向けて開催したフォーラムでした。『世界人道サミット』は、国際的な人道問題を減らすために議論し合う場。その内容が、後日に行われた第42回先進国首脳会議『G7 伊勢志摩サミット』で反映されるほど、注目されていた会議です。イノベーションというキーワードをもとに、『世界人道サミット』で発表するアイデアを、NGOや企業と一緒に見つけるのが『HIFJ 2016』の目的でした。
その流れで、『世界人道サミット』にて私が登壇した際に、第1弾「FASTAID」も紹介したのです。会場の反応も上々でした。このアイデアを発展させれば、もっと多くの被災者を救えるかもしれないと手応えを感じましたね。
小美野:さらに、『HIFJ 2016』にご参加いただいた団体や企業の方々とお話するなかで、「複数社の強みを活かして協業すれば、よりイノベーティブなことができるのではないか」という意見が出た。それで、災害支援のイノベーションを目的に、共創イニシアチブ「More Impact」を立ち上げることになったんです。
—「共創イニシアチブ」とは?
小美野:ひとつの企業でもなければ、法人団体でもない。同じ目的で協業したい人たちが集まれるプラットフォームにしたくて、「共創イニシアチブ」というコンセプトにしました。
CWS Japanやジャパンプラットフォームを筆頭に、三井化学さんや食品メーカー、コンサルティング会社などさまざまな企業が参画してくれています。その取り組みのなかで完成した製品が「FASTAID スウィーパータオル」です。