そざいんたびゅー

人の手が「贅沢」になっている?デザイナー鈴木啓太が素材選びにこだわるわけ

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日々の生活や仕事のなかで「素材」と向き合う人たちの考え方に触れる、連載「そざいんたびゅー」。第2回目となる今回は、日用品から鉄道まで、幅広いプロダクトを手がけるプロダクトデザイナーの鈴木啓太さんに、MOLpメンバーがお話をうかがいます。
素材を探求し、プロダクトの新しい価値を見出す鈴木さん。週末になれば、まだ見ぬ素材を求めて旅に出ているそうです。急速に変わりゆく現代を踏まえて、彼がいま注目している素材やプロダクト、そして素材の未来について語っていただきました。

※本取材はスタッフのマスク着用やソーシャルディスタンスを徹底するなど、コロナウイルス感染拡大防止策を施したうえで実施しています。

執筆:宇治田エリ 撮影:豊島望 編集:服部桃子、吉田真也(CINRA)

「機能」と「情緒」を合わせ持った素材から、いいプロダクトが生まれる

MOLpチーム(以下、MOLp):鈴木さんは日本を代表するプロダクトデザイナーです。これまで手がけてきたプロダクトを見ると、本当に多様な素材を使いこなしていますよね。

鈴木啓太(以下、鈴木):おそらく世界を見ても、こんなにたくさんの素材を扱うプロダクトデザイナーはごくわずかだと思います。日常的に素材を探していますし、勉強していますね。

鈴木啓太さん
鈴木さんの事務所。これまで手掛がけた、数々のプロジェクトに関するビジュアルやアイデアが壁に貼られている

MOLp:デザインをするとき、どのタイミングで素材を決めるのですか?

鈴木:ほとんどのプロダクトを素材から決めています。それは、デザインをするときに、「アウトプットに合わせた、最適な素材を選ぶべき」という適材適所的な考えがぼくのなかにあるからです。

まず素材が持つ機能にはメリット・デメリットがあります。たとえばガラスの場合、透けているけれど自由な形になりにくいとか、熱に強いけれど割れやすい、とか。

さらには、情緒という側面も重要です。器をつくるとなったら、白いツヤっとした磁器にするのか、それとも土っぽいざらざらした陶器にするのか。狙った佇まいにするためにはどのような素材をつかえばいいか、といった考え方が必要になります。そういった「機能」と「情緒」の観点から、素材の個性を見極め、デザインを完成させていきます。

MOLp:鈴木さんが特に面白いと感じる素材はありますか?

鈴木:やはりプラスチックですね。特に面白いのが、成型するときに色や形、硬さ、機能も付加できる、素材の自由度が高いところ。以前、相模鉄道株式会社の新型車両のデザイン設計をしたときにつくった「つり革」を例にあげると、ほとんどのパーツを種類の異なるプラスチックでつくっています。

具体的には、ハンドルと鞘には加工性と強度の高さ、光沢に優れたポリカーボネート、ベルトには柔らかいけれど強い力で引っ張っても壊れない塩ビ(ポリ塩化ビニル)を使用しています。情緒の面でいうと、「ハイライトをどこに入れるか」に気を使い、ベルトにはエンボス加工を施し、ハンドル部にはRのバランスでハイライトをデザインしています。

鈴木さんがプロダクトデザインを担当した「相模鉄道20000系」(Sotetsu 20000 Series / Sotetsu Brand Up Project / Creative Director : Manabu Mizuno, Tsuneo Ko / Photo: Nacasa & Partners Inc. ©PRODUCT DESIGN CENTER)
吊り革。持ち手を楕円形に設計することで、乗客がストレスなく握ることができる

MOLp:ここでも適材適所の考えを反映しているんですね。ちなみに、なぜエンボス加工を?

鈴木:つり革はたくさんの人が使う物ですから、清潔感が大切です。しかし塩ビをそのまま使うと、蛍光灯に照らされたときにハイライトがヌメっと光るんです。それが生っぽく見えて、清潔感を感じづらい。そこでエンボス加工をし、無数のハイライトを入れることで、サラッとした清潔な印象に変えたのです。

MOLp:そういうことなんですね。たしかにプラスチックなら、エンボスも簡単に入れられます。

鈴木:ええ。それに、強度や安全性もありますし、廉価で安定的に製造できる。歴史を振り返ると、19世紀後半から20世紀前半のつり革は、ほとんどが金属でつくられていました。しかし金属は温度に影響されやすく、熱くなりすぎたり、冷たくなりすぎたりして握りづらいことも多い。

ハンドル部分が木でつくられていた時代もありましたが、木というのは非常に脆いし、汗が染み込みやすい。毎日多くの人がつかうのですぐボロボロになるし、衛生的にも問題があります。そういうこともあり、現代ではプラスチックという素材でしか、つり革が成立しないんです。

MOLp:なぜここまでつり革にこだわったのでしょうか?

鈴木:一言で鉄道車両をデザインすると言っても、考えるべきことは山ほどあります。そこで、まず注力するポイントを決めて、そこから全体像をつくりあげていこうと考えました。それで、最初に注目したのが乗客の多くの人と接点があるつり革だったんです。

このプロジェクトは、機能的なプロダクトをつくるだけではなく、ブランディングとしての意味合いも強かった。いままでブランディングというと、視覚的な情報に頼ったものが多かったけれど、いまは「手触り」が企業の目指すクオリティーを伝えています。だから、乗客の多くが触れるつり革を、最初につくる必要があったんです。

MOLp:なぜそのような時代になっているのでしょうか。

鈴木:ぼくは、iPhoneがきっかけだと思っています。Apple社がアルミの金属の塊を削り出して、クオリティーの高いスマートフォンをつくった。それをいまは普通に使うようになった結果、消費者の触感がリッチになったんですよね。適当な素材を使ったものは、すぐに品質の悪さがバレてしまうんです。

技術×ローカリティーでつくられた新素材の意義とは

MOLp:プラスチックに注目しているとのことでしたが、ほかにも気になっている素材はありますか?

鈴木:ひとつは「紙」ですね。パルプモールドというパルプを成形する技術でつくられた再生可能な紙で、卵のパッケージなどによく使われていました。いまは、紙に樹脂が混ぜ込まれ、紙のような手触りでありながら、プラスチックのように複雑な成型が可能になり、強度を併せ持った素材に進化している。そういった素材の掛け合わせも面白いなと思っています。

いま、世間ではプラスチックが悪いもののように扱われがちですが、サスティナビリティーという観点でも素材には適材適所があって、うまく使えばすばらしい素材になる。「プラスチック=悪」とは、一概に言えないんです。リサイクルの仕組みがもっと整理されていくと、そのような考え方も変わっていくのかなと思います。

リサイクルといえば、ほかにも面白いものがあるんですよ。

MOLp:ぜひ教えてください!

鈴木:ストランドボードという建材です。しかしよくある木だけでつくられたものではなく、葉っぱや花など、いろんなものを混ぜて再プレスしたものになります。

現代の建築は、建材のモジュールでできているといわれます。決められた素材を決められた規格のなかで使って効率的に建物をつくっていく。ストランドボードも、壁や床など、建築に欠かせない建材の一つでした。

本来ゴミになるような木をチップ状に砕いて再圧縮したもので、リサイクルの側面でもすごくいいものなのですが、一方で情緒がなく安っぽいため、建築家からはあまり人気がなかった。でも、そこに別のものを組み合わせたら、新しいものが生まれるかもしれない、と。そこで、いま岐阜県の会社と一緒に、草木や花をストランドボードにプレスしたものの研究開発を進めています。

ストランドボード。左は初期のサンプルで、右が現在のもの

MOLp:花の色がとてもきれいに出ていますね。

鈴木:初期は色がくすんでいたんです。熱の入れ方や、花の乾燥の仕方をコントロールして、ようやくきれいに発色してくれました。

草木や花で製法が確立されれば、それ以外のものも使えるようになります。たとえば海苔とか、イネとか。ストランドボード開発の裏テーマとして、「素材から地域創生をする」というのがあります。地域ならではの素材と技術とを混ぜていくと、新しく、面白いものが生まれる。つくり方を広く共有して、最終的に各地域の工務店さんなどがローカリティーある個性的な建材をつくり、実用化されることを目標にしています。

漆と樹脂をかけ合わせ、独特の模様を生み出したプロダクト。昔からの技術といまの素材を掛け合わせることで、これまでになかったデザインも可能となる
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