「機能」と「情緒」を合わせ持った素材から、いいプロダクトが生まれる
MOLpチーム(以下、MOLp):鈴木さんは日本を代表するプロダクトデザイナーです。これまで手がけてきたプロダクトを見ると、本当に多様な素材を使いこなしていますよね。
鈴木啓太(以下、鈴木):おそらく世界を見ても、こんなにたくさんの素材を扱うプロダクトデザイナーはごくわずかだと思います。日常的に素材を探していますし、勉強していますね。
MOLp:デザインをするとき、どのタイミングで素材を決めるのですか?
鈴木:ほとんどのプロダクトを素材から決めています。それは、デザインをするときに、「アウトプットに合わせた、最適な素材を選ぶべき」という適材適所的な考えがぼくのなかにあるからです。
まず素材が持つ機能にはメリット・デメリットがあります。たとえばガラスの場合、透けているけれど自由な形になりにくいとか、熱に強いけれど割れやすい、とか。
さらには、情緒という側面も重要です。器をつくるとなったら、白いツヤっとした磁器にするのか、それとも土っぽいざらざらした陶器にするのか。狙った佇まいにするためにはどのような素材をつかえばいいか、といった考え方が必要になります。そういった「機能」と「情緒」の観点から、素材の個性を見極め、デザインを完成させていきます。
MOLp:鈴木さんが特に面白いと感じる素材はありますか?
鈴木:やはりプラスチックですね。特に面白いのが、成型するときに色や形、硬さ、機能も付加できる、素材の自由度が高いところ。以前、相模鉄道株式会社の新型車両のデザイン設計をしたときにつくった「つり革」を例にあげると、ほとんどのパーツを種類の異なるプラスチックでつくっています。
具体的には、ハンドルと鞘には加工性と強度の高さ、光沢に優れたポリカーボネート、ベルトには柔らかいけれど強い力で引っ張っても壊れない塩ビ(ポリ塩化ビニル)を使用しています。情緒の面でいうと、「ハイライトをどこに入れるか」に気を使い、ベルトにはエンボス加工を施し、ハンドル部にはRのバランスでハイライトをデザインしています。
MOLp:ここでも適材適所の考えを反映しているんですね。ちなみに、なぜエンボス加工を?
鈴木:つり革はたくさんの人が使う物ですから、清潔感が大切です。しかし塩ビをそのまま使うと、蛍光灯に照らされたときにハイライトがヌメっと光るんです。それが生っぽく見えて、清潔感を感じづらい。そこでエンボス加工をし、無数のハイライトを入れることで、サラッとした清潔な印象に変えたのです。
MOLp:そういうことなんですね。たしかにプラスチックなら、エンボスも簡単に入れられます。
鈴木:ええ。それに、強度や安全性もありますし、廉価で安定的に製造できる。歴史を振り返ると、19世紀後半から20世紀前半のつり革は、ほとんどが金属でつくられていました。しかし金属は温度に影響されやすく、熱くなりすぎたり、冷たくなりすぎたりして握りづらいことも多い。
ハンドル部分が木でつくられていた時代もありましたが、木というのは非常に脆いし、汗が染み込みやすい。毎日多くの人がつかうのですぐボロボロになるし、衛生的にも問題があります。そういうこともあり、現代ではプラスチックという素材でしか、つり革が成立しないんです。
MOLp:なぜここまでつり革にこだわったのでしょうか?
鈴木:一言で鉄道車両をデザインすると言っても、考えるべきことは山ほどあります。そこで、まず注力するポイントを決めて、そこから全体像をつくりあげていこうと考えました。それで、最初に注目したのが乗客の多くの人と接点があるつり革だったんです。
このプロジェクトは、機能的なプロダクトをつくるだけではなく、ブランディングとしての意味合いも強かった。いままでブランディングというと、視覚的な情報に頼ったものが多かったけれど、いまは「手触り」が企業の目指すクオリティーを伝えています。だから、乗客の多くが触れるつり革を、最初につくる必要があったんです。
MOLp:なぜそのような時代になっているのでしょうか。
鈴木:ぼくは、iPhoneがきっかけだと思っています。Apple社がアルミの金属の塊を削り出して、クオリティーの高いスマートフォンをつくった。それをいまは普通に使うようになった結果、消費者の触感がリッチになったんですよね。適当な素材を使ったものは、すぐに品質の悪さがバレてしまうんです。