PROJECT DIARY

フェンディ×アンリアレイジの舞台裏。デザイナー森永がMOLpと挑んだ新素材

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取材・執筆:石塚振 写真:玉村敬太 編集:吉田真也(CINRA)

リスクを背負ってでも、新しいものを。FENDIの挑戦的な姿勢から学んだこと

MOLp:完成品を見たシルヴィアさんの反応は、いかがでしたか?

森永:とても喜んでくれました。白から鮮やかな色に変化する様子を見て、声をあげて驚いてくれて。「求めていたのはこれだ。すごくポエティックだと思う」と言ってくれました。

ぼくらのつくる服は、テクノロジー的な側面を評価していただくことが多いのですが、ポエティックと言われたのは初めてだったので嬉しかったですね。

FENDI PARTNERSWITH ANREALAGE FOR A ONE-OF-A-KIND COLLABORATION(ANREALAGEのオフィシャルYouTubeにて)

MOLp:実際に2020-21年秋冬ミラノメンズコレクションのFENDIのショーで披露されましたが、現地の反応はいかがでしたか?

森永:目の前で色が変わることに対して驚きの声があがり、会場はすごく湧いていました。ショーが終わると、「あの色の変化は、どうやって起こしたんだ!?」とバックステージにたくさんの人が押し寄せてきたのは、とても印象に残っています。

MOLp:FENDIとの協業を通じて、森永さんはどのような気づきを得ましたか?

森永:メゾンブランドと仕事をするのは初めてだったのですが、FENDIの挑戦的な姿勢に強く感銘を受けました。非常にタイトなスケジュールのなか、すぐに用意できる「既存の素材を使う」という選択肢もあるのに、オリジナリティーが溢れる新しいものづくりにすごくこだわっていた。

リスクを背負ってでも斬新なものをつくりたいという精神は、ぼくが想像していた「伝統を重んじるメゾン」とは真逆にあったんです。FENDIのような大きな母体を持つブランドでも、そういう姿勢を大切にしているならば、まだまだ小規模なぼくらはもっと挑戦しないとだめだな、とあらためて思いました。

ANREALAGEと三井化学の出会い。きっかけは2018年に開催した「MOLpCafe」

MOLp:さかのぼるとANREALAGEさんとの出会いは、われわれMOLpが2018年3月に開催した、新素材の展示会『MOLpCafe』です。MOLpメンバーの共通の知人をとおして、森永さんが展示の様子やフォトクロミックに興味を持ってくださいました。その後、実際にコラボレーションしたのが、2019年春夏パリコレクションでの「CLEAR」がテーマのショーでしたね。当時、森永さんは三井化学のフォトクロミック技術のどこに興味を持ったのでしょうか?

森永:従来のファッションにはない物質でしたし、ぼくらとしてもそういった化学技術や新しい物質を取り込むことで、いままでにない洋服がつくれると思ったのです。もともとANREALAGEはファッションとテクノロジーの融合にチャレンジし続けていましたが、三井化学のフォトクロミック技術によって、これまでの表現をさらに広げられるだろうなと。

また、最初に三井化学の方とお会いした際、フォトクロミックなどの説明をいただいたときに熱意を感じたのも大きいです。素材や化学に対する強いこだわりを持つこの人たちとなら、一緒に新しいものをつくれるのではないか、と感じました。

「色と光」の概念において対極にある、「黒と透明」の共存をテーマにした「CREAR」期の一着。フォトクロミック技術によって、透明なパーツが太陽光を浴びると黒くなる

MOLp:そう言っていただけて嬉しいです。初めて協業したパリコレのときも、スケジュールがタイトでしたよね。森永さんのスピード感に驚き、必死についていった記憶があります。素材の世界では通常3年はかかるものを、3か月くらいで納品しなくてはならなかったので(笑)。

森永:いろいろ無茶な注文に応えていただきました(笑)。思い返すと、2019年春夏コレクションでは超えなければいけないハードルが10個くらいあるなかで、1個でもつまずいたらパリコレには間に合わない、といった崖っぷちのスケジュールでしたね。三井化学さんと急ピッチで開発を進めた結果、本番は無事に良いショーができた。終わったときは、本当に安心したのを覚えています。

2019年春夏パリコレクションのANREALAGE「CLEAR」。画像はMOLpサイト内の実績紹介にて

このままでは、世界と戦えない。新素材にこだわり続ける理由

MOLp:ANREALAGEはテクノロジーと素材をかけ合わせるなど、特殊な素材へのこだわりが非常に強い印象です。そもそも、森永さんが素材に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

森永:コレクション発表の場をパリに移したことが大きいですね。東京で発表していた頃は、コンセプトやシルエット、色などで勝負をしてきましたが、パリコレではその範囲の工夫なんて大前提。いままでのやり方だけでは、戦えないと痛感したんです。

MOLp:それでテクノロジーや新素材に目をつけたと。

森永:はい。でも、自分の武器となる新しい素材を見つけるには、実験と開発も必要。さらにいえば、ファッションという狭い分野だけでなく、もっと広い視野で実験と開発をしないと斬新な素材などできないと思って。

そこで、いろいろな業界を見渡してみたら、ぼくがイメージしていた実験と開発はサイエンスやケミカルの領域で行われていると知って。その方法や研究結果をファッションに活かして新素材を生み出せれば、自分の武器になるのではないかと考えたのです。

MOLp:結果、三井化学に興味を持っていただけたのですね。われわれとしても、世界に挑戦するファッションブランドと協業するのは多くないことですし、手探りのところからの協業でしたね。

森永:でも、お互いに手探りの状態で始めたプロジェクトがかたちになり、ほかにはない新しいものを生み出すことができた。さらには、結果的にFENDIにまで届いたというのは、非常に夢があるストーリーだと、自分でも思っています。

「驚き」によって、心がときめく。服づくりにおける素材の面白さ

MOLp:本当ですね。私たちもこのプロジェクトをとおして、あらためて「素材」の奥深さを感じました。森永さんは、どんなところに素材の面白さを感じますか?

森永:やはり同じかたちのものでも、素材が変わるとまったく違うものに変容するのは大きな魅力ですよね。従来のファッションの世界では、変わった素材を使うとしても、予想の範疇を超えることはなかなか難しかった。

しかし、生地単位の素材だけでなく、今回のFENDIとのコラボのように、生地を形成する前段階の糸などに着目することで、これまでになかった新しいものを生み出せる。そういう視点を持つことで、新素材の可能性はさらに広がっていくと考えています。

MOLp:最後に今後、三井化学やMOLpと取り組んでいきたいことがあれば教えてください。

森永:いままでフォトクロミックで服づくりをしてきましたが、まだまだANREALAGEがファッションのかたちに落とし込めていない素材は、三井化学さんにたくさんあると思います。そういったものをもっと日常的なファッションに変えていきたいですね。

言語が通じなくても、年齢が違っても、ファッションに興味があってもなくても、どんな人も「驚き」には心をときめかせると思います。明らかに変化するものを見たとき、不思議な手触りを体感したときなど、誰にでも共通するような驚きは、万国共通で多くの人に強烈な印象を残しますから。

だから、ぼくは素材を通じて、自分が見て驚いた体験をファッションに落とし込もうとしているんです。フォトクロミックを初めて見たときの衝撃は忘れられない。時間はかかるかもしれませんが、そういうものをファッションにもっと取り込んでいけるよう、今後も三井化学さんにも協力いただきながらコツコツ取り組んでいきたいです。

最後にMOLpメンバー(左:松永、右下:山田、右上:オンラインで取材に参加した大牟田工場の塚田)と記念撮影。森永さん、貴重なお話をありがとうございました!

PROFILE

森永 邦彦KUNIHIKO MORINAGA

1980年、東京都国立市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。大学在学中にバンタンデザイン研究所に通い服づくりを始める。2003年「ANREALAGE(アンリアレイジ)」として活動を開始。2005年、ニューヨークの新人デザイナーコンテスト『GEN ART 2005』でアバンギャルド大賞を受賞。同年、東京タワー大展望台にて2006春夏コレクションをKeisuke Kandaと共に開催。以降、東京コレクションに参加。2011年、第29回毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞受賞。2015春夏よりパリコレクションデビュー。2015年のDEFI主催『ANDAM fashion award』、2019年のLVMHグループ主催『LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ』でファイナリストに選出。2020年秋冬、日本人デザイナーとして初めてFENDIとのコラボレーションを実現。
HP https://www.anrealage.com/