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VUCA時代を生き抜く羅針盤「デザインマネジメント」とは?イベントレポート

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取材・執筆:榎並紀行(やじろべえ) 写真:有坂政晴 編集:吉田真也(CINRA)

「feature」ではなく、「benefit」を語ることが大事。MOLpが大事にする姿勢

続く第二部では、田子さんに加え、三井化学の橋本修社長、そして、みずほ証券の山田幹也さんを交えてのトークセッションが行われた。山田さんはみずほ証券の化学セクターを担当するシニアアナリストで、「日経(化学・繊維部門)アナリストランキング」では4年連続で1位を獲得。2018年、2021年共に『MOLp Café』展示会にもご来場され、アナリストレポートでもMOLpの取り組みを高く評価している。

みずほ証券株式会社 エクイティ調査部 シニアアナリストの山田幹也さん。写真の両手に持っているのはMOLpのRePLAYER™シリーズのプロダクト。右手にはレジ袋をアップサイクルした「Pass Case」、左手には産業用フレキシブルコンテナをアップサイクルした「Flecon Tote Bag」
三井化学株式会社 代表取締役の橋本修。両手に持っているのはMOLpから生まれた新素材「NAGORI」
写真の両手に持っているのは、MOLpのSHIRANUIシリーズのプロダクトで、太陽の光で色が変わる「Button」

トークセッションではまず、橋本社長から田子さんの講演に対する感謝と共感の言葉が述べられた。同時に、三井化学の課題についてもあらためて認識したという橋本社長。

橋本:三井化学は長らく、BtoB型かつマテリアルサプライ型のビジネスをやってきました。それゆえ「三井化学の素材を使って、お客さまやクライアントの要望に合致するものをつくる」という観点で研究が行われてきた。

しかし、田子さんの講演を聞いて、あらためてもっとフリーな発想で、明確な目的を達成するためのストーリーづくりが重要だと痛感しました。そして、この考え方をもっともっと社内に広げていかないといけないなと。

三井化学が昨年発表した新長期経営計画「VISION2030」では、「複雑化する社会の課題に一層フィットした高い付加価値を創出すること」が明記されている。

高い付加価値を生むためには、従来のように既存の顧客が求めるものを、いわれるままにつくっていたのでは限界がある。より広い視点で顧客や社会の向かうべき未来を見据え、先回りして素材やサービスをデザインしていくことが必要だ。

そういう意味ではMOLpのように、プラスチックのプロフェッショナルとして、主体的に人や社会のためになるプロダクトを生み出す活動は意義がある。山田さんも、MOLpのこれまでの歩みを高く評価する。

山田:MOLp主催の展示会『MOLpCafé』に初めてうかがったとき、メンバーのすごい熱量を感じました。特に印象深かったのは、みんなが自分で手がけた素材を説明する際、「feature(特性)」ではなく、「benefit(人・社会の幸福につながる便益・恩恵)」を語っていたこと。

つまり、「こんな特徴がある」ではなく、「こんなにすごいことが可能になるんです」という方向に意識が向いているわけです。化学について専門的な知識がない人たちからすれば、特徴を説明されてもわかりづらい。でも、「これが世界をこう変える」と言われれば、誰しもが理解できます。そういう表現も含めて新しい素材をデザインしているMOLpは、素晴らしいと思います。

2021年7月に開催された『MOLpCafé2021』

まず行動することによって意識を変える。デザイン思考を浸透させる秘訣

では、MOLpのような草の根活動をきっかけに、さらに広く社内にデザイン思考を浸透させていくためには、なにが必要なのか? 田子さんはトップ自らがチャレンジマインドを持ち、行動によってその姿勢を見せることが必要であると語る。

田子:SONYがウォークマンを開発したとき、当時の事業部トップだった、後の大曽根副社長は、自ら木の切れ端を加工してプロトタイプをつくり、ポケットに入れて持ち歩きながら重さや大きさを検証していたそうです。

その姿を見ていた社内の技術者やデザイナーは感動し、この人のために良いものをつくろうと考えた。ときにはそうした背中を見せるということも、経営者には必要なのではないでしょうか。

これには山田さんも賛同。さらに、経営者だけではなく社員一人ひとりがアクションを起こしやすくするための環境づくりの重要性を説く。

山田:よく経営者は「意識改革」という言葉を使いますが、まずは行動してみないと意識なんて変わりませんよね。ただ、日々の業務でいきなり大きく行動を変えてしまうと、上司から怒られてしまうかもしれない。

だから、MOLpのように課外活動としてチャレンジできる場がもっと必要なんだと思います。MOLpは主に素材やプロダクトを開発していますが、それだけでなく、「良いものをつくって世に届ける」という本来の目的を達成するためのチャレンジも、たくさんして良いはず。それは社員誰にでもできることです。

たとえば、「経理のシステムをより良くデザインしよう」「物流システムをもっとお客さまが喜ぶかたちに変えよう」とか。さらには「社員がもっと明るく働けるよう、新しい人事システムを考えよう」だって良いわけです。

デザインとはモノをつくることだけではない。会社のさまざまな部署・機能にデザインという横串を刺してマネジメントすることで、その効能はさらに高まる。デザインマネジメントによって突き抜ける会社になるためには、この考え方と手法が不可欠だ。

今回のトークセッションを受け、橋本社長は三井化学の変革に向けた決意を新たにした。

橋本:私がこの会社に入社した35年前から、何度も「企業文化を変革しよう」と言われ続けてきました。しかし、実際にはあまり変われていません。結局、ぼんやりしたスローガンを掲げ、上から目線で「変われよ」と言ってもなににもならないのだと思います。

ですから、長期計画などで大きな指針は立てつつも、まずは行動。行動していくなかで、自分たちがなりたい姿に近づき、結果的に企業文化が変化していく。それが、企業のあるべき姿なのではないかと思います。

そのために経営者である私が自ら先頭に立ってアクションする姿勢を見せること、そして、アクションを起こす者を許容していく組織になれるよう、さっそく今日から動いていきたいですね。

PROFILE

田子 學MANABU TAGO

東京造形大学II類デザインマネジメント卒。株式会社東芝デザインセンターにて多くの家電、情報機器デザイン開発にたずさわる。その後、株式会社リアル・フリート(現アマダナ)のデザインマネジメント責任者として従事。新たな領域の開拓を試みるべく、2008年に株式会社エムテドを設立。現在は幅広い産業分野において、コンセプトメイキングからプロダクトアウトまでをトータルでデザイン、ディレクション、マネジメントしている。

PROFILE

山田 幹也MIKIYA YAMADA

みずほ証券株式会社 エクイティ調査部 シニアアナリスト。東北大学大学院理学研究科化学専攻終了。ダウ・ケミカル日本に入社し、研究開発、財務企画担当部長、ダウ太平洋地区フィナンシャル・プランニング・マネージャーなどを歴任。ゴールドマンサックス、JPモルガン、リーマンブラザーズ、バークレイズ証券などを経て、現職。

PROFILE

橋本 修OSAMU HASHIMOTO

三井化学株式会社 代表取締役。北海道大学卒業後、1987年に三井石油化学工業(現:三井化学)へ入社。人事やヘルスケアを中心とした事業及び事業企画など幅広い経験。2014年に経営企画部長として2025年度を見据えた長期経営計画の策定を担当。2017年に常務執行役員に就任し、ヘルスケア事業本部長と新ヘルスケア事業開発室長を兼任。2020年4月に代表取締役社長執行役員に就任し、現在に至る。