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1995年にデビュー後、わずか3枚のアルバムで計1,000万枚以上の売上を記録した伝説的な音楽ユニット「globe」。そのメンバーとして知られるマーク・パンサーさんが2022年、鎌倉に「BN20F(以下、ベネバン)」というアパレルブランドのショップをオープンしました。
「ベネバン」では、オリジナル生地を用いたボーダーカットソーや防水加工を施したトートバックなど、大切に長く使える素材にこだわり抜いたアイテムを展開。さらには、アップサイクルの商品や古着のセレクトなどもあり、環境に配慮したラインナップが特徴的です。
「素材」と向き合う人たちの考え方に触れる連載「そざいんたびゅー」。今回はマーク・パンサーさんに、なぜ鎌倉の地でサステナブルかつ素材にこだわるショップを開いたのか、その背景をうかがいます。そこには、幼少期から現在に至るまでの「モノ」「素材」に対する価値観の変遷と、「globe(地球)」に対する真摯な想いがありました。
取材・執筆:和田拓也 写真:松木宏祐 編集:吉田真也(CINRA)
子どもの頃から「Smile is money」。モデル、globe結成、現在に至る価値観の変遷
MOLpチーム(以下、MOLp):マークさんといえば、globeのラップ担当や現在のDJとしての音楽活動のイメージが強いのですが、鎌倉で「ベネバン」というショップを営んでいるとうかがい、どんなお店なのかずっと気になっていました。素材にもこだわった商品が多いですが、そうしたアパレルのお店をやりたいと思った背景には、なにかあるのでしょうか?
マーク・パンサー(以下、マーク):幼少期から現在に至るまで、価値観が大きく変わっていったのが背景にあるのですが……さかのぼってお話ししますね(笑)。僕は幼少のころからファッションモデルの仕事をしてきて、20代以降はglobeのメンバーとしてエンターテインメントの世界をがむしゃらに駆け抜けてきました。
人を笑顔にするために頑張って、その対価としてお金をもらう。ある意味「Smile is money」の世界を生きてきた。たしか子どもの頃の作文にも、そう書いてたはず(笑)。
globeの代表曲のひとつ『DEPARTURES』のライブ映像。この楽曲のシングルは、累計で220万枚以上の売上を記録した(オリコン調べ)
MOLp:子どもの頃から「Smile is money」という価値観とは、驚きです(笑)。
マーク:2歳からモデルをやっていて、オーディションでニコッと笑って合格すればラジコンや自転車を買ってもらえましたからね。その経験がその後の人生にも影響していたんじゃないかな。中学生のときに実家を出たのも、18歳でインターナショナルスクールを辞める判断に至ったのも、早くからそういった世界で自らお金を稼いでいたことが大きかったんじゃないかと思います。
MOLp:そうしたなか、どのタイミングで価値観が転換していったのでしょうか。
マーク:globeとしてデビューしてから、ものすごいスピードで人生が過ぎていって、忙しすぎてほとんどの出来事が記憶にないことに気づいたんですよ。たとえば、どんな国にいったか、どんなものを買ったか、どんな雑誌やテレビに出たか……とか、ほぼ覚えてなくて。
とにかく CDを何百万枚もセールスして、人前にたくさん出なければならない。そんなプレッシャーに追われる毎日から次第に開放されていくなかで、残りの半世紀は人のためじゃなくて、心から自分を笑顔にすることに目を向けて生きていきたい。50歳になったときにそう考えて、2022年に「旅」をコンセプトにしたアパレルショップ「ベネバン」をオープンしたんです。
MOLp:自分に目を向けた結果、やりたかったことがアパレルだったんですね。
マーク:昔からモデルとしてファッションには携わっていたし大好きだったけど、自分でアパレルをやったことがなかったんですよ。だから新しいチャレンジを、もっとピュアなかたちでやってもいいんじゃないかって。
MOLp:新たなビジネスをしたいというよりも、自分の好きなものやルーツに純粋でありたいという気持ちからスタートしたと。
マーク:そうです。僕の遊びのルーツには親父がいて、彼はアーティストだったんですが、とんでもない遊び人でもあったんです。実家も故郷もないノマドのような人生を送っていて、フランスのニースからシトロエンの「2CV フルゴネット」に乗って、3年かけて世界一周の旅をしていた。その途中の日本で恋に落ちたのが僕のお袋だったんです。
「BN20F」というお店の名前も、親父の旅が始まったシトロエン「2CV フルゴネット」のナンバープレートからきているんです。途中で終わった旅をここからまた始められる。そんなブランドであり、ショップにしたいと思いスタートしました。
なぜか店に馴染まない、廃材利用のシャンデリア。鎌倉に店舗を構える意味
MOLp:鎌倉に店を構えているのはなぜなんでしょうか?
マーク:僕はフランスで生まれましたが、幼少期から同じ湘南エリアの茅ヶ崎で育ったし、ここ鎌倉は自宅がある街でもあります。そして、なんと鎌倉市はニースと1966年から姉妹都市なんですよ。ニースから旅と物語が始まり、行き着いたのが鎌倉。不思議なめぐり合わせですが、この地でショップを構えたことに意味があると思っています。
じつは、ベネバンに飾られているシャンデリアも、鎌倉の海岸で拾った海洋ゴミを素材につくったものなんですよ。眺めるたびに、あらためて鎌倉に店を構えることの意味について立ち返らせてくれる作品です。
マーク:海のゴミは、もちろん海の叫びを感じるものなんだけれども、同時にそこに至るまでに旅をしてきている。それらの物語を生分解性プラスチックでできた結束バンドで束ねています。
MOLp:すごくインパクトがあるシャンデリアですね。
マーク:ただ、個人的にはなぜかこのシャンデリアだけがお店の雰囲気と合っていないと感じるんですよね……。それは、ベネバンが世界各国のアーティストのアイテムや厳選したフレンチアンティークの家具などを揃えていているからなのかなと。それ自体はお店として素敵だと思う一方で、もう少し鎌倉にフォーカスしたお店づくりを意識すべきかもしれないと思ってきているんです。
このシャンデリアは、鎌倉の自宅で灯すと素敵なアート作品になるのに、この店で灯すとただのリサイクル作品に見えてしまうのはなぜなのかと、ずっと考えていて。鎌倉のゴミでつくったこのシャンデリアがもっと似合う店にしていかないと、鎌倉でアパレルをやる意味がない。そのためになにが必要か、どんな取り組みができるかを現在進行形で考えているところです。
鎌倉という「土地柄に適した素材」を使った商品も出していきたい
MOLp:たとえば、現時点ではどのような試みを考えているのでしょうか?
マーク:鎌倉はとても歴史がある街なのに、和服である浴衣を普段から着ている人はあまりいないですよね。個人的には、もっと鎌倉らしい文化を踏襲したファッションが根づいてもいいと思っているんです。
ただ、浴衣は案外暑かったりするので、海から近い鎌倉のライフスタイルとも合うアロハ生地の浴衣を考えたりしています。Tシャツひとつとっても、海に出ることも多い地域の人が潮風を受けながら気軽に着るためにはパイル生地にするのがいいのかもしれない。それこそバスローブライクな浴衣だってあり得るかもしれないですよね。そんなふうに、素材も含めて土地柄を考慮した商品を出していきたいと考えています。
MOLp:単にデザインや素材の質の良さにとどまらず、そこにある内実というか、地域の生活やある種の生態系と地続きになっていることが重要なのではないか、と。
マーク:そうですね。それこそ10月から娘がベネバンを手伝ってくれるので、親子で受け継ぎながら店をつくりあげることによって、もっと鎌倉に根づいたお店になれるかもしれないですし。そういったストーリーも踏まえて、鎌倉のゴミからつくったシャンデリアにも似合う店になっていけたらいいですね。
あとは、年1回のコレクションをお寺でやれたらいいなと考えています。そこに、いま試みている再生可能素材なども組み込んだ、素材によるサステナビリティというレイヤーも加えていきたいですね。