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宇宙で活躍するプラスチックとは?
JAXA「筑波宇宙センター」で素材を見学

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取材・執筆:宇治田エリ 写真:沼田学 編集:川谷恭平(CINRA)

「ハッブル宇宙望遠鏡」がボロボロに。浮き彫りになった素材の課題

MOLp:サーマルブランケットにはプラスチックが使われているということですが、宇宙環境にさらされても変化しないのでしょうか?

木本:変化します。宇宙環境に長期間さらされていると、サーマルブランケットにもさまざまな劣化が生じます。たとえば、1990年に打ち上げられた「ハッブル宇宙望遠鏡(※)」の場合、打ち上げから8年間で放射線によってサーマルブランケットの外層に大きなクラックができたため、宇宙飛行士により現地(宇宙)で補修作業が行われました。

その後もさらに劣化が進み、19年間でアルミニウムが蒸着されたテフロン®フィルムがボロボロになるほどの深刻な劣化が発生しました。一応、それでも人工衛星の機能は問題ないとはいわれていますが、ボロボロになると内部にも支障をきたし、ミッションを遂行できなくなる可能性もあります。そのため、プラスチック材料が劣化しないよう保護する技術が重要です。

※1990年に打ち上げられた口径2.4mの光学望遠鏡。近赤外線、可視光、近紫外線の観測を行なっている。宇宙膨張を観測的に発見した天文学者にちなんで「ハッブル」と名づけられた

MOLp:プラスチック材料がここまで激しく劣化する原因はなぜですか?

木本:NASAの解析では、放射線と熱サイクルが原因だといわれています。そのほか、材料がペロッとめくれてしまうのは、「原子状酸素(Atomic Oxygen:AO)」の影響もあります。

MOLp:原子状酸素という言葉を初めて聞きました。どのようなものなのでしょうか?

木本:通常、地表付近の酸素は「酸素分子(O2)」として存在しますが、宇宙空間くらいの高度になると、太陽からの紫外線の影響で酸素分子が分解され、「酸素原子(O)」の状態で存在するようになるんです。これを原子状酸素というのですが、その密度は高度が低くなるほど高くなります。

原子状酸素フルエンス計測(縦軸が高度で、横軸が密度。実験の詳細はこちら)/©JAXA

木本:低軌道で人工衛星は毎秒約8キロメートルで周回しており、そこに原子状酸素がとめどなく衝突することになります。それにより、プラスチックをはじめとするほとんどの有機材料が浸食されてしまうんですね。

ポリイミドフィルムを宇宙空間にさらしたサンプルを見るとわかるのですが、原子状酸素があたったことで、固定部分を除いてフィルムが曇っているのがわかると思います。

MOLp:本当ですね。かなり曇ってしまっています。

実際に宇宙環境で使用されたサーマルブランケット。表面の光沢に曇りがかかっている

木本:機体を宇宙に飛ばしたあとでは、部品を簡単に交換することができません。私たちは研究を通して、宇宙環境に考慮しながら、どのような性質が素材に求められるかを明確にしていきます。そのうえで使いたい素材の性質を調べ、課題をクリアするためにどのような加工が必要かも考える必要があるのです。

※ 「低軌道における宇宙用材料への原子状酸素の影響とその地上評価」より。詳細はこちら

新たな衛星利用の可能性を切り拓く「つばめ(SLATS)」

MOLp:2017年に打ち上げられた超低高度衛星技術試験機「つばめ(Super Low Altitude Test Satellite:SLATS)」では、高度300km以下という非常に低い軌道から地球を観測するという、チャレンジングな衛星運用が行なわれました。材料の劣化という課題を克服するために、どのような素材が活かされているのでしょうか?

木本:これまで、研究開発部門でも原子状酸素の課題を解決するために、コーティング技術を開発したり、母材自体に原子状酸素を持たせられないかと考えて新しいポリイミドを研究開発したりしてきました。そのうちの1つが、「シルセスキオキサン(SQ)」というシリコーンとシリカの中間的性質を持つ素材を使ったコーティングです。

従来のものはなかなか柔軟性がなく、パキパキとガラス状に割れたりしてしまい、取り扱いが不便でした。それが有機と無機のハイブリット材となったことで柔軟性を持ちながらも、原子状酸素に対して高い耐性を持つコーティングができるようになったんです。「つばめ」では、このコーティングを多層断熱材の外側に施したポリイミド素材を用いることで、浸食の対策をしました。

耐原子状酸素の耐性を評価する試験のサンプルを見ていただくと、「コーティングあり」の部分は「コーティングなし」のように曇っていない(浸食されていない)ことがわかります。

コートのない部分は浸食され、すりガラス状になったのに対し、コートした部分は変化が見られなかった

木本:さらに「つばめ」では、「原子状酸素モニタシステム」を搭載し、原子状酸素の濃度を測定したり、13種類の材料サンプルを定期的に撮影したりして、劣化状態を評価しました。これにより、将来の実用化に向けて、取得したデータを超低高度衛星の設計に反映していけるようにしていきました。

超低高度衛星技術試験機「つばめ(SLATS)」。JAXAによる機体の説明はこちら/©JAXA

MOLp:なぜ低い高度で地球を観測する必要があったのでしょうか?

木本:コストを低減しながら、より高い解像度で地球を観測できるというメリットを実現するためです。実際に、従来の人工衛星の多くは地上から600〜800キロメートルの高さで地球を観測してきました。

一方で「つばめ」は180〜300キロメートルの高さまで高度を下げています。実際の観測画像を見比べると一目瞭然です。四谷の交差点を381キロメートルの高度で撮影したものは、店や車がぼんやりと見えますが、181.1キロメートルの高度で撮影したものは、商店の屋根の模様や車、道を歩く人まではっきり見ることができ、新たな衛星利用の可能性を切り拓くことが期待されます。

軌道高度による分解能の比較。左が軌道高度381キロメートルで、右が181.1キロメートルから撮影したもの。詳細はこちら

素材メーカーは宇宙産業に貢献できるか

MOLp:超低高度衛星技術の実用化が待ち遠しいですね。研究をとおして見えてきた課題はありましたか?

木本:現在、国内の素材メーカーさんとともに、原子状酸素に対して自分でバリアをつくることができる、自己修復機能を持ったポリイミドフィルムの研究開発をしています。

ただ、研究の成果が出たとしても、それを事業化しようとするとコストの問題や輸出をはじめとするさまざまな規制への対応など、たくさんのハードルがあるんです。いろいろな議論を重ねながら、プロジェクトを進めていく必要があると感じていますね。

MOLp:素材の標準化をしていくうえで、見えてきた糸口はありましたか?

木本:先ほど説明したように、人工衛星、宇宙開発に使用する素材には、宇宙環境との関係だったり、人体への影響だったり、考慮すべき事柄がたくさんあります。しかし、全部の人工衛星に高い性能を求めるのはコスト面でも厳しすぎると思うんですね。

近年は宇宙開発のために、われわれJAXAの衛星だけじゃなく、ベンチャーや大学機関も人工衛星をつくっています。そういったところは、要求をもう少し緩和してチャレンジしやすいようにするということもありだと思っていて。

一方で政府機関による人工衛星や気象衛星「ひまわり」のように壊れると困るような重要度の高いものには、高機能で高信頼性の素材を使っていく必要があります。

つまり適材適所がキーワードになっていくかなと思っています。そういう意味では、さまざまな機関で宇宙開発をする人たちが失敗せず、すばやくPDCAを回せるようになるためにも、暗黙知を見える化し、標準化を推進していくことがますます必要になってきていると感じています。

MOLp:今回、宇宙まで視点を広げたことで、素材の考え方がさらに拡張されたような気がします。われわれ、MOLpとしては、地域特有の廃棄物を素材として活かしたり、役割を終えた素材のアップサイクルにも力を入れたりしているので、宇宙に行って再び地球に帰ってきた素材に価値を見出す試みがあっても面白そうだなとも思いました。

PROFILE

木本雄吾Yugo KImoto

1994年、宇宙開発事業団(現JAXA)入社。2008年鹿児島大学大学院理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。現在,JAXA研究開発部門にて過酷な宇宙環境を知り、それらに耐えうるタフな素材の研究開発に従事。また、これら技術の見える化(国際貢献、標準化など)にも躍進中。