三宅一生と「一枚の布」が教えてくれた、素材の本質
MOLpチーム(以下、MOLp):宮前さんはA-POC ABLE ISSEY MIYAKEの源流であるA-POCの活動に、入社当初から関わってこられたそうですね。服飾学校での学びと、三宅一生さんのもとで実際に向き合ったものづくりには、どんなギャップがありましたか?
宮前義之(以下、宮前): 一般的な服づくりは、型紙に合わせて布を裁断・縫製してつくられます。私も学生時代は、そう教わってきました。しかし、1998年に三宅一生が発表したA-POCの服づくりはミシンすら使わない、まったく新しい製法。
従来の服づくりの常識とは異なるその概念に、初めて知ったときは大きな衝撃を受けました。入社してすぐA-POCに配属され、新しい服づくりに関われたことが、とても刺激的だったのを覚えています。
A-POCとは「A Piece Of Cloth = 一枚の布」。もともとは、1998年に三宅一生がパリで発表した「ハサミで切り出すだけで服になる、チューブ状に編まれた無縫製のニットウェア」からスタート。「一枚の布」という根源的な問いを追究するために既存のものづくりのプロセスをとらえ直す製法
宮前: ただ、入社当初は本当に苦労しました。A-POCの場合、「1枚の布」から、どういったものをつくるかを想像し、織りの段階から、デザインしていく必要があります。新人だった私は、テキスタイルに関する知識や経験が圧倒的に不足していました。机上の発想では駄目だと思い、実際に日本全国の職人を訪ね歩き、素材づくりの現場から学ぶことを始めたんです。
特に印象的だったのは、さまざまな素材の特性や、それがどうつくられているのかを学べたこと。素材と、それが生まれる地域には密接な関係がありました。素材を知ると、必然的に服づくりのプロセスを見つめ直すことができました。
素材に向き合う、稀有なデザイナー
MOLp:素材を知ることが、デザインの選択にもつながるのでしょうか?
宮前: たとえば、従来なら型崩れを防ぐために「芯」を布に貼りますが、素材の設計がわかっていればほかの方法も見えてきます。強度が必要な部分の織り密度を変えて硬さや耐久性を持たせたり。
これは、一本の糸からリサーチし、必要な機能を最初から織り込むA-POCの仕組みがあってこそできること。こうした素材設計の自由度と、衣服に直結した機能性が共存している点が、A-POCならではの面白さだと思います。
MOLp:ファッションのデザイナーがそこまで素材と向き合うのもめずらしいのでは?
宮前: ほかのブランドのことはわかりませんが、少なくとも私自身はISSEY MIYAKEやA-POCに携わらなければ、ここまで素材や材料に向き合うことはなかったと思います。
というのも、ファッション業界は分業制です。川上の原料メーカーが糸や生地などを製造し、川中のアパレル企業がそれらの材料を使って製品をつくる。そして川下のショップが販売する。つまり、川中にいるデザイナーが系から素材づくりまで直接関わることは基本的になかなかありません。
MOLp:ただ、宮前さんはA-POCの服をデザインするにあたって、素材のことを理解する必要があったと。
宮前: そういう意味では、私はラッキーだったかもしれません。特に入社してからの数年間は修業のようなもので、多くのことを学ばせてもらいました。素材を通じて産地を知ることで、地域の課題も見えてきましたし、そうした課題の理解がデザインの解像度をより高めてくれました。
宮前: じつは、2021年にA-POC ABLE ISSEY MIYAKE(以下、A-POC ABLE)をスタートしたのも、素材と向き合い、しっかりと研究開発に取り組んでいくためでした。コロナ禍で世の中の価値観が急変するなか、三宅とあらためてA-POCのこれからについて話し合ったとき、「これからの時代こそ、原点に立ち返り、一枚の布、つまり、素材づくりから可能性を探究していくことが未来につながる」という結論に至ったんです。
とはいえ、一つの素材を開発しようとなると、最低でも2、3年の月日がかかる。腰を据えて取り組むために、それにふさわしいブランドを新しく立ち上げることにしたんです。