帝人は、マテリアル、ヘルスケア、繊維・製品、IT事業の4つの事業領域を中心に多岐にわたる事業を展開している大手化学メーカー。環境負荷低減に向けた取り組みでは、自社によるCO2排出量(Scope1とScope2)を2050年度までに実質ゼロ、2030年度までに2018年度対比「30%削減」を目標に掲げており、ビジネス面でも環境価値ソリューションの展開を強化している。
- マスバランス方式により、従来品の品質を損なうことなくバイオマス化を実現
- 「QCD(品質・コスト・納期)+E(環境)」がこれからの社会の基準になる
- サプライチェーンの川上、川中企業が協働して社会全体のバイオマス度向上を推進
三井化学と帝人、プラスチックのバイオマス化を実現する製品の市場展開を開始
三井化学と帝人はこのほど、日本初となるバイオマスビスフェノールA(以下、バイオマスBPA)とバイオマスポリカーボネート樹脂(以下、バイオマスPC樹脂)の市場展開に向けた取り組みを開始した。この取り組みは、三井化学がISCC PLUS認証(国際持続可能性カーボン認証)に基づいたマスバランス方式(*1)を用いてバイオマスBPAの市場供給を開始することに伴い、帝人が同BPAを用いて同方式によるバイオマスPC樹脂の開発・生産を開始するもの。
*1 ISCC PLUS認証に基づいたマスバランス方式:原料から製品への加工・流通工程において、ある特性を持った原料(例:バイオマス由来原料)とそうでない原料(例:石油由来原料)を混合させる場合に、特性を持った原料の投入量に応じて、製品の一部に対し、その特性の割り当てを行う手法。
三井化学は、2021年12月から石油化学工場における根幹の設備であるナフサクラッカー(ナフサ分解装置)に、石油由来ナフサに代わり、廃植物油および残渣油などを由来とするバイオマスナフサの投入を進めており、ISCC PLUS認証に基づいたマスバランス方式によるバイオマス誘導品の生産を開始。その一環として、三井化学のフェノール事業部ではフェノール系全製品のバイオマス化を進めようとしている。
なお、フェノールは、ナフサ(粗製ガソリン)を化学コンビナートの心臓部とも言われるナフサクラッカーに投入し、ナフサ分解から得られるプロピレンとベンゼンを原料にして製造される基礎化学品。自動車部品や塗料、接着剤、界面活性剤、医薬品など、さまざまな化学製品の原料として幅広く使用されており、ナイロン樹脂やフェノール樹脂、エポキシ樹脂、ポリカーボネート樹脂(以下、PC樹脂)など、多種多様なプラスチックの原料にもなっている。
また、帝人は人・地球・ビジネスに優しい製品やサービスをデザインすべく、環境製品ポートフォリオの拡充を図っており、電気・電子部品や自動車部品などさまざまな用途で使用されるPC樹脂についても環境負荷の低い新たな製品を積極的に投入しようとしている。
こうした中で、帝人は三井化学のバイオマスBPAを採用し、マスバランス方式によるバイオマスPC樹脂の開発・生産を開始。今後も製品のライフサイクル全体におけるGHG排出量削減などの環境負荷低減につながるソリューションの提供を進め、同社の長期ビジョンである「未来の社会を支える会社」を目指すとともに、持続可能な社会の実現に貢献していく考えだ。
今回はこうした環境製品の拡充を図っている帝人の鈴木慎一樹脂ソリューション営業部門長に、三井化学と一緒に作りあげていきたい未来についてお話いただいた。
20年間で変わった、環境負荷を考えた素材の価値
1918年(大正7年)に創立し、マテリアル、ヘルスケア、繊維・製品、IT事業の4つの事業領域を中心に多岐にわたる事業を展開している帝人株式会社。同社は、CDやDVD、自動車ヘッドランプ、スマホレンズなどに使用されているPC樹脂を日本で初めて商業生産した。
高い強度と透明性を持つPC樹脂。その原料となるのが、フェノールから作られるBPAである。そして、このBPAを帝人に提供しているのが、三井化学だ。帝人は三井化学のバイオマスBPAを使用してバイオマスPC樹脂を製造し、市場に展開する取り組みを開始した。三井化学と共に製品のバイオマス化を進めている。
だが、そうした環境負荷の低い素材を帝人が扱い始めたのは最近のことではない。およそ20年前から、リサイクル素材などをメーカーに提供してきた。
鈴木さん「当時は、今ほど環境に配慮した素材を扱う企業は多くありませんでした。そのため、環境負荷の低い材料を提供することは、社会貢献としてプラスの評価と捉えられていましたが、景気に左右されていたのも事実です。しかし、今は違います。昨今は、景気に関係なく環境に配慮した材料が求められています。この20年間で、環境に配慮した素材の価値が大きく変わってきたと実感しています」
お客様からの環境に配慮した素材への需要が高まってきた頃、帝人は三井化学からフェノールのバイオマス化検討の話を聞いたという。
鈴木さん「いいタイミングでした。三井化学さんからお話をいただいたのは、2021年の5月頃でした。バイオマス化しても素材の物理的品質(物性)が従来の石油由来のものと変わらないことや、既存の設備をそのまま使用できるマスバランス方式のことなどを教えてもらいました。このようなメリットを踏まえ、弊社で導入することに決めたんです」
QCD(品質・コスト・納期)+E(環境)が社会の基準に
帝人は三井化学との協働にどのような可能性を感じているのだろうか。
鈴木さん「社会のニーズに応える時、我々だけでできることには限界があります。ただ、他の企業などと一緒に取り組むことで、その限界を突破できると思っています。その一つの例として、三井化学さんから提供していただくバイオマス素材の使用があります。
帝人がPC樹脂をバイオマス化することで、消費者が身の回りの製品をバイオマス化できるんだということを体感してもらうこと、さらにはバイオマス化は当たり前だと認識していただくきっかけを作っていきたいです」
環境に配慮した仕組みは、もはや必要不可欠だ。IPCCの第6次報告書(※2)によると、全部門における温室効果ガスの排出量を大幅に削減しない限り、パリ協定が掲げている気温上昇を1.5℃に抑えるという目標の達成は不可能だと指摘されている。
鈴木さん「気候変動は、人間がなんとかしなければならないことだと感じています。今、地球規模で気候変動への対策が始まっていますが、三井化学さんの持つソリューション能力と帝人の努力で、製品のライフサイクル全体における環境負荷低減に我々も貢献できたらと思います」
ちなみに、製造業では「QCD」という言葉がある。品質(Quality)・コスト(Cost)・納期(Delivery)の頭文字を取った言葉で、材料を選択する際の指標の一つとなっている。QCDの三つの要素はそれぞれが常に関係しており、三つの要素を網羅的に考える必要がある。
帝人の樹脂事業本部では、このQCDに、環境(Environment)のEを付け加えた「QCDE」を広めていきたいという。
鈴木さん「現段階では、完全普及段階にないため、従来のものと比較してバイオマス素材のコストは高いです。しかし、環境価値を広く訴求することで、そのものの持つ価値を受け入れていただけるのではないかと感じています。
最終的に、商品を選ぶのは消費者です。今後ますます環境への意識が高まる中、社会をより良いものにしたいと想う最終消費者に選んでいただける素材を提供していきたいです」
社会を担う次の世代のために、いま自分達ができることを
素材の源流に位置する三井化学、三井化学から提供された素材を加工し、さらに先のお客様に提供する帝人。両社は、バイオマス化を通して持続可能な社会の実現を目指している。
バイオマス化を世の中に広めていくには、三井化学のようなサプライチェーンの川上の企業だけでなく、帝人のような川中の企業が積極的に採用することが欠かせない。両社の協働は、これからの未来に大きなインパクトを与え続けるだろう。
素材が変わり、それを購入するメーカーの意識が変わり、消費者が選ぶようになる。この仕組みが当たり前になることで、より早く持続可能な社会を実現できる。
今まで使ってきたものを変えることは、企業にとっても消費者にとっても勇気が必要だ。だが、恐れずに一歩踏み出すことができれば、その一歩がより良い社会につながる大きな、そしてポジティブなインパクトをもたらすかもしれない。
バイオマス素材が当たり前となる世界─そこには明るい未来が待っているはずだ。