化粧品用スポンジにバイオマス原料を採用
少しの変化で社会は変わる
雪ヶ谷化学工業株式会社
代表取締役社長 坂本昇(さかもと・のぼる)

雪ヶ谷化学工業は、1951年の創業以来、一貫して各種発泡製品を製造している特殊発泡体専業メーカー。近年は化粧用スポンジの製造を主力事業とし、化粧用スポンジで世界トップシェアを誇る。また、「B to B(美)to The Future 今からできることを、これからのために、一歩ずつ。」というスローガンのもと、サステナブルな未来の実現に向け、さまざまな取り組みを行っている。

POINT
  • Econykol®は環境問題だけでなく人権問題など複数の社会課題の解決につながる
  • 化粧品用スポンジとして重要な肌触りも従来品と同品質
  • エシカルな消費者に選択肢を用意することは製造者としての責務

「ポリウレタン」という素材をご存知だろうか。
スポーツシューズのインソールやマットレス、車のシートクッションなど、私たちの生活の中に多く使用されている素材だ。従来のポリウレタン原料は、石油からつくられるイソシアネートとポリオールと呼ばれるものだが、最近では、植物由来原料であるバイオマスを用いたポリオールが使われ始めている。

そんな動きに先がけて、化学メーカーである三井化学が開発したのが、環境負荷の低いバイオマスから作られたポリウレタン原料「Econykol®︎(エコニコール)」だ。

今回は、雪ヶ谷化学工業株式会社(以下、雪ヶ谷化学工業)の坂本昇社長、「Econykol®︎」を採用したきっかけや同社が取り組む人・社会・環境に配慮した各種活動について伺った。

食糧問題と競合しない“ひまし油”から作る「Econykol®」

ポリウレタンはプラスチック素材の一つ。反発弾性や吸音性、断熱性に優れているという特徴を持ち、私たちの身近なアパレル製品から吸音材などの工業用材料、住宅や冷蔵庫などの断熱材、ソファや自動車のシートクッションまで、さまざまな用途に使用されている。

そんなポリウレタンの原料には、ポリオールという成分が必要であり、従来のポリウレタンには石油由来のポリオールが使用されてきた。しかし、石油は限りある資源であり、燃焼時のCO2排出量の削減も課題の一つになっている。

そこで、環境への負荷を減らすために三井化学が注目したのが、ポリオールのバイオマス化だった。「Econykol®︎」は、ヒマ(別名、トウゴマ)の実から得られるひまし油を原料としたポリウレタン用ポリオール。ひまし油は解毒作用があるとされ、日本では古くから下剤として用いられてきた。そのひまし油を使い、プラスチックの一種であるポリウレタンの原料をつくっている。

従来の石油由来ポリオールと「Econykol®︎」のライフサイクルアセスメント(製品やサービスにおける環境影響評価)を比べた際、バイオマス原料はCO2を光合成によって吸収するため、最終的な焼却時のCO2排出量を大幅に削減することがでる。また、大豆油やなたね油も候補に挙がったが、食用として使われていないことも「ひまし油」を選ぶポイントになった。

「Econykol®」でインドのヒマ農家への貢献を

こうして誕生したバイオマスポリウレタン原料「Econykol®︎」は、インドのVithal Castor Polyols社(VCP社、Jayant Agro-Organics 50%、三井化学 40%、伊藤製油 10%)で製造されている。インドは世界約7割の生産量を誇るヒマの一大産地。多くのヒマ農家が生活を営んでいる。その近隣エリアでこのポリウレタン原料は製造されている。

一方、インドのヒマ農家は小規模農家であることが多く、生活が安定していない農家も多い。
そのため、「Econykol®︎」のインドでの生産は、現地農家の収穫高の安定化と収入の向上、雇用機会の創出などにつながり、インドのヒマ農家への経済的支援にもなっている。

ヒマ農家を含め、世界には多くの農産物を生産しているにも関わらず、農家が貧困に陥るケースが多い。世界の貧困・飢餓人口の8割が農村部に集中し、貧困層の6割が農業に従事しているといわれている(※1)。ヒマ農業を持続可能なものにするためには、継続的な支援が必要だ。そのため、三井化学は環境や社会に配慮した持続可能なヒマ農業を推進するNGO(Sustainable Castor Association)に加入し、ヒマ農家の福祉、安全性向上や栽培技術向上の支援を行っている。

*1  JICA「みんなが豊かになる農業を実現し貧困と飢餓をなくす」より

人権問題解決から始まった雪ヶ谷化学工業のサステナブルな取り組み

Photo by Masato Sezawa / IDEAS FOR GOOD

このように三井化学が開発した「Econykol®︎」を自社の製品に使用しているのが、1951年の創業以来、特殊発泡体専業メーカーとして各種発泡製品を製造している「雪ヶ谷化学工業」だ。近年は化粧用スポンジの製造を主力事業とし、化粧用スポンジで世界トップシェアを誇り、「B to B(美)to The Future 今からできることを、これからのために、一歩ずつ。」というスローガンのもと、坂本社長が率先してサステナブルな未来の実現に向けてさまざまな取り組みを行っている。

2021年1月には「第3回 SDGsクリエイティブアワードGOLD AWARD」、経済産業省「東北経済産業局 東北地域カーボンオフセットグランプリ」を受賞するなど、その取り組みは高く評価されている。

そんな雪ヶ谷化学工業は、サステナブルスポンジの第一弾として、フェアトレードの天然ゴムを100%使用した化粧用スポンジ「NR-FT」を発売。強制労働や児童労働をしておらず、公正な取引が行われた原料で作られたスポンジだ。

坂本さん「コーポレートガバナンスコード(上場企業のガイドライン)を学ぶなかで、世界の人権問題について知り、しっかり向き合わなければならないと思ったんです。人権を侵害されながら働いている労働者、つまり強制労働者が世界に1億5,000万いることをその時、初めて知りました。いくら環境に良いものをと思い石油の使用量を減らしても、人権問題を増やしてしまったら意味がないとその時気づいたんです」

そして、第二弾として作られたのが、「Econykol®︎」を使った化粧用スポンジだった。「Econykol®︎」を使った化粧用スポンジは、従来のものとも同品質だという。化粧用スポンジは直接肌に触れるものなので感触なども重要だが、「Econykol®︎」製は肌触りもよい。

坂本さん「三井化学さんに弊社のサステナブルな取り組みについて話したんです。その時、『Econykol®︎』という素材があることを教えてもらったのがきっかけでした。使用することを決めてから半年後には量産化できました。早いスピードで進めることができたと思います」

企業の少しの変化が社会問題を解決するかもしれない

Photo by Masato Sezawa / IDEAS FOR GOOD

雪ヶ谷化学工業の坂本社長は、化粧用スポンジを通して多くのメーカーや消費者が動くきっかけになれば、という。

坂本さん「企業が作っている製品に少し手を加えるだけで、社会問題の解決につながると思います。当社の場合であれば、従来の原料から『Econykol®︎』やフェアトレードの原料に変えることで、環境問題や人権問題の解決に少なからず良い影響を与えます。少しの変化で社会が変わることを、多くの人に知ってもらいたいです。

また当社では、会社の立ち位置や目標の達成度などを積極的に情報公開しています。さらに社会課題の解決につながる製品も用意しており、製品が売れれば売れるほど、CO2排出削減目標の達成度が高まる仕組み作りを行いました。

製造者としてはユーザーに選択してもらえるメニューを用意することが責務だと考えています」

SDGsに取り組む企業のモデルとして、走り続けてきた雪ヶ谷化学工業。坂本社長は、どのような未来を描きたいのだろうか。

Photo by Masato Sezawa / IDEAS FOR GOOD

坂本さん「サステナビリティに上場企業が取り組む必要性は、コーポレートガバナンスコードにも明記されています。でも、企業によって温度差があるのが現状です。その温度差を、もっと底上げする必要があると思います。

そして、日本で働く人の9割が中小企業で働いています。中小企業がもっとサステナビリティや社会課題に取り組めば、世の中全体の意識が底上げされるんです。
なので、もっと積極的に企業の取り組みや活動を発信していきたいですね」

「コストがかかるから、サステナビリティには力を入れられない」
このように思っている人は少なくないかもしれない。

だが、原料を少し変えてみる、リサイクルしやすい形に変えるなど、いち企業でもできることは足元にも多くある。そんな一つひとつの少しの変化をつなげていくことで、私たちの未来はより良いものに変わっていくはずだ。

左から)
三井化学 ベーシック&グリーンマテリアルズ事業本部 ポリウレタン事業部 CASEグループ 主席部員 吉永さん
三井化学 ベーシック&グリーンマテリアルズ事業本部 ポリウレタン事業部 部長 橋上さん
雪ヶ谷化学工業 代表取締役社長 坂本さん
三井化学 ベーシック&グリーンマテリアルズ事業本部 ポリウレタン事業部 グリーンウレタングループ バイオウレタンチームリーダー 金山さん
Photo by Masato Sezawa / IDEAS FOR GOOD
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