PROJECT DIARY

炭鉱電車の「音」を素材に。Seihoとプロジェクトチームが語る制作秘話

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取材・執筆:榎並紀行(やじろべえ) 写真:玉村敬太 編集:吉田真也(CINRA)

音を資産にする工程は、素材メーカーでの仕事と共通している

―Seihoさんは普段から自然の音を録音し楽曲に生かしているそうですが、今回のような電車の音を使うのは初めてですか?

Seiho:そうですね。電車に限らず、これまで「人工の音」を楽曲に使うことはあまりなかったので、新鮮で面白かったです。先ほど安藤さんが言っていた、レバーの音のような「人が体全体を使って鳴らす音」や、車両が連結するときの「でかい鉄の塊同士がぶつかり合う音」など、生でその迫力を感じられたのは貴重な経験になりましたね。

安藤:そうした人工の音って無機質なように思われがちなんですよ。でも、実際に現場へ行くと作業する人が触っている音や、機械を動かすために無線でやりとりをする声なども混ざって、「人の音」に感じる。今回はSeihoさんがそうした音もしっかり拾ってくれたので、無機質な音だけではなく、そこで働く人、生きる人の温もりみたいなところも残すことができたんじゃないかと思いますね。

―電車に関わる人や地元の人に限らず、炭鉱電車のことを知らない人が聞いても心地いい音ですよね。

松永:今回は「資産」として残すことがテーマでしたので、単に記録するだけでなく音源としてのクオリティーにもこだわりたかった。Seihoさんにアウトプットしていただく最終的な楽曲だけでなく、SOUNDS GOOD®メンバーにノイズを除去していただいたASMR音源という「素材」そのものがクリアで美しく、臨場感を得られるような状態で残したかったんです。

それは、素材メーカーである私たち三井化学として大事にしなければならない部分でした。炭鉱電車にまつわるさまざまな音を分解し、純度を上げて高品質な音素材として残す。それをSeihoさんに再構築していただき、作品にしてもらう。その工程は、普段ぼくらがやっている素材メーカーの仕事と同じなんです。今回のプロジェクトは、そんな自分たちの仕事への誇りや歴史をトレースするということにもつながっています。

―このサンプリング音源は二次利用が可能で、ほかのミュージシャンが楽曲制作に用いることもできる。その点でも、高品質の素材として長く残っていきそうです。

安藤:自由に使っていただくことで、音の資産がいろんな方向に一人歩きしていけば面白いですね。実際、すでに多くのミュージシャンから音源を使いたいというご連絡をいただいています。Seihoさんの楽曲とはまた違う角度の解釈やアプローチでいろんな曲が生まれると思うので、これからが楽しみですね。

「音を聴いたとき、これまでの仕事が報われた気がした」。工場で働くスタッフの声

―現地で長年、炭鉱電車の音を聴いてきたプロジェクトの現地担当者・浦田さんにもおうかがいしたいのですが、電車のサンプリング音源やSeihoさんの楽曲を聴いて、感じたことはありますか?

浦田:最初に松永から話があったとき、炭鉱電車の音なんかが本当に楽曲になるのかなと、正直、疑問に思っていました。ぼくらにとっては聴き慣れた日常の音だったので。でも今回、記録された音源やSeihoさんの楽曲を聴いて、こんなに素晴らしい音だったんだと、あらためて気づくことができた。

特に、Seihoさんの楽曲には炭鉱電車の力強さ、繊細さ、懐かしさすべてが含まれています。耳で聞くというより、体に入ってくるような心地いい音楽なんですよ。

三井化学株式会社 総務課の浦田秀雄。取材当日はリモートで参加

―社員のみなさんの反応も良かったのでしょうか?

浦田:工場で働く社員や電車の運行を担ってくださった三池港物流のみなさんは、とても喜んでくれています。仕事として当たり前に運行していた電車の音をこんなかたちで残してもらえて、多くの人に聴いてもらえることが嬉しいと。それに、会社がこうしたプロジェクトを丁寧に行ってくれたことで、これまでの仕事がきちんと認められているというか、誇らしい気持ちになれた部分もありました。

―今回のプロジェクトは「資産」を残すとともに、会社が自らの歴史や社員の仕事を重んじる意思を表明することにもつながったんですね。あらためて、とても意義のある試みだと感じます。

松永:歴史に幕を下ろすって、ともすればネガティブに捉えられかねないことですよね。特に今回の炭鉱電車のように100年以上もの歴史を持ち、ファンが多い電車を廃線にするというのは、広報としても慎重に取り扱うべきナイーブな事案でもあります。

大事なのは、いかにポジティブに変換し、関わった多くの人が納得できるかたちで落とし前をつけるか。それは最後に電車を引き継いだ私たち三井化学の責任でもあると思いました。

―そういう意味では、この音源をもとにこれからいろんな楽曲が生まれるというのは、とても前向きな引き継ぎ方ですね。

松永:はい。個人的にもワクワクしていますね。炭鉱電車の音の資産をもとに、街に新しい文化が紡がれていく。電車が未来に向かって走っていくような気がして、とても嬉しいんですよ。あらためて、安藤さんはじめSOUNDS GOOD®メンバーとSeihoさんに感謝したいです。

魅力的な資産が、街の歴史に誇りと自信をもたらすきっかけに

―安藤さん、Seihoさんは今回のプロジェクトを通じ、何を得ましたか?

安藤:たくさんの気づきを得ましたね。特に、いまは新型コロナウイルスの影響で多くの企業や飲食店が打撃を受け、多様な文化が失われようとしています。なくなってしまう事実は変えられないとしても、せめて「音の記録」を通じてポジティブな資産として残していきたいという思いが強まりました。この炭鉱電車のプロジェクトを経験して、なくなってしまうもの、いましか記録できないものに、もっと敏感になろうと思いましたね。

Seiho:ぼくはもともと楽曲をつくるにあたり、一つひとつの事象と対話しながら最善を探していく方法をとってきました。今回は特にそうしたアプローチが重要なプロジェクトだったので、あらためて対話の重要性を再認識しましたね。

電車を愛する街の人や、仕事として電車に関わる人々との対話はもちろん、「資産を残す」という意味自体を理解するために深く掘り下げて、答えを探していく作業が必要でしたから。いい経験をさせていただいたと思っています。

―最後に浦田さんにおうかがいします。あらためて、今回の「ありがとう 炭鉱電車プロジェクト」にはどんな意義があったと思いますか?

浦田:一般的に「炭鉱」といえば、危険な場所で過酷な重労働が課されていたというひと昔前のイメージが根強いこともあり、地元でも「炭鉱の街」だったことをネガティブに捉える方もいると思います。しかし、こうした魅力的な資産を残すことで、大牟田・荒尾市のみなさんが街の歴史に誇りや自信を持つきっかけになるかもしれない。そうなれば、単に一企業のレガシーを超える、もっと大きな意義があることだと思います。

そのためにも、今回残した音源やSeihoさんの楽曲が街中で自然に流れるよう、ぼくも微力ながらアピールしていきたいですね。そして、炭鉱電車がいつまでもみんなの胸に残っていけば、こんなに嬉しいことはありません。

PROFILE

Seiho

大阪出身のアーティスト、プロデューサー、DJ。米 Pitchforkや米 FADERなど多くの海外メディアからのアテンションを受けながら、LOW END THEORY、SXSWといった海外主要イベントへも出演。国内外問わずアーティストのプロデュースやリミックスを手がける他、ファッションショーや展覧会などの空間音楽、映像作品の音楽プロデュースも行う。自らもインスタレーション作品を発表するなど、音楽家の垣根を超え、表現の可能性を追求している。

PROFILE

安藤 紘Koh Ando

SOUNDS GOOD®代表。1989年生まれ、世田谷育ち。慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科を修了後、2014年4月から総合広告代理店でプロモーションプロデューサーとして従事し、2016年8月からquantumに参画。Google、東京ガス、JR東日本、Panasonicなどの大手企業とのプロジェクトを中心に新規事業開発を手掛ける。そのなかで、2019年3月にquantum社内で、企業の個性や象徴とも呼べる事業を「音の資産」として残し、さまざまなクリエイターたちとのコラボレーションから未来に意味のあるかたちで継承していくBRANDED AUDIO STORAGE 「SOUNDS GOOD®」を設立。
HP https://soundsgoodlabel.com/