PROJECT DIARY

フェンディ×アンリアレイジの舞台裏。デザイナー森永がMOLpと挑んだ新素材

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メゾンブランドFENDIが2020-21年秋冬ミラノコレクションで、日本ブランドANREALAGEとのコラボレーションを発表した。日本人デザイナーとの初プロジェクトで採用されたのは、太陽光が当たると色や柄が浮かぶ斬新なアイテム。この特殊な変化を実現させた新素材は、三井化学の「フォトクロミック」技術から生まれたものだ。

三井化学とANREALAGEが出会ったのは2018年。両社は素材と化学の観点から新たな風をファッション界に起こすべく活動を続けてきた。FENDIとのコラボは、そのひとつの集大成ともいえる。

「PROJECT DIARY」と題し、三井化学や同社のオープンラボ活動「MOLp®」に関するプロジェクトの歩みを掘り下げる本連載。今回は、ANREALAGEのデザイナー・森永邦彦さんのもとを、これまで彼と協業してきたMOLpメンバーが訪ねた。FENDIコラボの裏話をはじめ、ファッションにおける素材へのこだわりをあらためて訊いた。

※本取材は、マスク着用やソーシャルディスタンスの確保を徹底するなど、コロナウイルス感染拡大防止策を施したうえで実施しています。

取材・執筆:石塚振 写真:玉村敬太 編集:吉田真也(CINRA)

失意のなか、突然かかってきた電話。FENDI×ANREALAGE実現のきっかけ

MOLpメンバー(以下、MOLp):まずは、FENDIと協業することになった経緯をうかがいたいです。

森永邦彦(以下、森永):FENDIが属するLVMH(モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン)グループ主催の若手支援を目的とした国際的な賞『LVMHヤング ファッション デザイナー プライズ(以下、LVMHプライズ)』に応募したのが、最初のきっかけでした。

ANREALAGEのデザイナー・森永邦彦さん。着用している白いスウェットも、太陽光でロゴ部分の色が変化するFENDI×ANREALAGEのアイテム

森永:ぼくが参加したのは、2019年に開催された第6回目。優勝者には30万ユーロ(約3,500万円)が贈られるうえに、自分のブランドの支援をLVMHの専門グループから1年間受けられるという夢のような話です。

MOLp:それは気合いが入りますね。

森永:はい。その年のLVMHプライズのテーマだった「サスティナブルとエシカル」に則って、自然との共生を目指したファッションで勝負し、ファイナリストの最後の8人まで残りました。でも、残念ながらグランプリは取れなくて。すごく悔しかったし、次のコレクションの制作にも身が入らないくらいに落ち込みました。ですが帰国後すぐに、ローマにあるFENDI本社のデザインチームから電話がかかってきたんです。

MOLp:どんな内容だったのでしょうか。

森永::話を聞くと、FENDIクリエイティブディレクターのシルヴィア・フェンディさんが『LVMHプライズ』でのぼくらのプレゼン内容を知り、「何か取り組みができないか」と興味を持ってくれたとのこと。FENDIとしても、自然とテクノロジーを共生させた新たなファッションを模索していたタイミングだったそうで、「すぐにローマに来てくれないか」と言われました。

半信半疑のなか、とりあえずローマへ。たった3か月で、新素材を開発することに

MOLp:FENDIから電話が来たとき、率直にどう思いましたか?

森永:まさかFENDI本社から連絡が来るとは思っていなかったので、正直、「いたずら電話かな」と思いました(笑)。半信半疑でとりあえずローマに行ってみたところ、本当にシルヴィアさんとお会いできて「一緒にものづくりをしたい」と言ってくれたんです。また、「テクノロジーを用いて、自然と共生するファッションをつくりたい」という要望もいただきました。

そこで、まずは何をしようかと考えたときに、いままで三井化学さんとの協業で培ってきた、太陽光を当てると色が変わる「フォトクロミック」という技術を使った新素材で、斬新なアイテムをつくることに行き着きました。

MOLp:三井化学側も、森永さんから「FENDIからコラボの話がきたので、ぜひ一緒に進めましょう」と聞いたときは、非常に驚きました。同時に、あまりの納期の短さにもびっくりしましたが(笑)。

森永:そうですよね。ぼくも、FENDIとの協業が決まったときは「次の次くらいのシーズンで、一緒にコレクションをつくるのかな」と、のんきに考えていましたから(笑)。

ですが、実際には「3か月後に控えている次シーズンのコレクションで披露したいから、再来月にはサンプルを納品してほしい」と言われてびっくりしました。急遽、ローマのFENDIチームにも日本に来てもらって、一緒に三井化学さんの会社にうかがいました。

MOLp:糸の製造でご協力いただく富士紡グループの方々にも相談しながら、どんな製品をつくりたいのか、つくれそうなのかを話し合い、ゼロベースで開発を進めていきましたね。

森永:はい。いろいろ模索しながら素材開発とデザインを進めていき、最終的には、太陽光に当たるとFENDIが大事にしてきたロゴや、アイコンカラーである黄色などが際立つアイテムを製作しました。

実際に発売された「ジャケット(58万円)」。太陽光に当たるとFENDIのアイコンカラーである黄色に変化し、太陽光が当たらない室内に戻ると数分後に元の白に戻る(画像提供:ANREALAGE)

太陽光に当てると、柄が浮き出るアイコンバッグの「ピーカブー(68万円)」。バッグやジャケット以外にも、ジレ・ハット・スウェットなど計5型を製作した

無数にあるFENDIサイドのリクエスト。多種多様な素材を用意し、理解を得た

MOLp:過去にもANREALAGEとはフォトクロミックの実験をたくさん重ねてきましたが、今回もさまざまな試行錯誤を行いました。FENDIが指定する色彩と完全に一致させるため、色素と樹脂の組み合わせを入念にチェックしたり、何度も調整したり。

森永:無数にあるFENDIサイドのリクエストのなかから、納期に間に合うかたちで最適な素材を三井化学さんに模索していただき、大変助かりました。

今回はFENDIとのコラボということもあり、ぼくだけではジャッジできなかったことや、太陽光の強さが国や季節によってまったく異なることの難しさもあった。そんななかで、三井化学さんに多種多様なバリエーションの素材をつくってもらったおかげで、フォトクロミックの特性をFENDI側に理解してもらえたと思っています。

MOLp:三井化学としても世界的なハイブランドと携われたのは、とても貴重な機会でした。試行錯誤の末に行き着いたのは、これまでとひと味違うものでしたね。

森永:いままではプリントやボタンなどでフォトクロミックを試してきましたが、今回は非常に細いポリエステルの糸に落とし込んでジャガード(生地にデザイン自体を織り込む手法)で組み立てました。繊細なジャガードで表現できるようになったのは、大きな進歩だと感じています。

そして、もうひとつの発見は色ですね。色の変化が鮮やかになり、変わるスピードも格段に早くなったことで、より強く変化を感じていただけるものができたと思います。

フォトクロミック技術によって、白から黄色に変化するFENDI×ANREALAGEのアイテム。2020-21年秋冬ミラノコレクションにて(画像提供:ANREALAGE)

MOLp:今回は、「SunSensors™(サンセンサーズ)」という世界最速レベルで色が変わる調光(フォトクロミック)レンズブランドの技術を応用し、色をビビッドかつスピーディーに変えることができました。

森永:狙い通り「FENDIの黄色」を再現できましたね。完成品ができたときは、早くシルヴィアさんに見てほしくて仕方なかったです。

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