取材・執筆:宇治田エリ 写真:沼田学 編集:川谷恭平(CINRA)
シリコーン、ウレタン、FRPを使った「顔」のつくり方
MOLp:たとえば特殊メイクで老人に変身させる場合、フォームラテックスとシリコーンでは、どちらの素材を使うことが多いのでしょう。また、どのようにつくるのか教えてください。
JIRO:表情を動かす必要がある場合は、シリコーン素材を使うことが多いですね。ただ、制作プロセスは非常に複雑です。
まずは装着する人の顔の型を取り、それに合わせて自然なしわを、おでこ、頬、口周りと、部分ごとに分けてつくり、その型を元にプラスチックの膜でコーテイングしたシリコーンパーツを作成し、装着する人の肌の色に合わせて塗装します。ここまでが下準備の段階。
JIRO:そこから撮影に向けて当日メイクをしていくわけですが、パーツの端の部分に薄く膜を残しておきます。その部分を溶かしてほかのパーツと接着させ、境界線を完全に馴染ませていきます。そして仕上げに、肌の質感を塗装して完成です。
MOLp:複数のシリコーンが層になって積み重なっているんですね。のっぺらぼうやおじさんのお面も持ってきていただきましたが、これらはどのような素材を使っているのでしょうか?
JIRO:のっぺらぼうのお面は、お化け屋敷用につくったもので、たくさんいるキャストのために量産する必要と、装着する際にいろんな人の顔の形に沿うように曲がる必要があったため、伸縮性に優れたウレタン素材を使っています。
JIRO:おじさんのお面のほうは、FRP(繊維強化プラスチック)という造形用に使われる強度の高い素材を使っています。最初、余ったFRPをシリコーン用につくった型に流し込んでみたところ、お面みたいになるとわかって。
それをリアルな質感になるよう塗装してみると、造形用のシリコーンでつくったお面と遜色ないほど、透明感のある人の顔に仕上げることができたんです。
MOLp:新しい発見ですね。たしかに触ってみると、のっぺらぼうのほうはぬれ煎餅のような質感で、おじさんのほうはかなり硬いですね。FRPのお面はどのようなシーンで使われることが多いのでしょうか?
JIRO:いろんな用途がありますが、表情を動かさないとき、似せたいとき、同じ顔がいくつもある演出のときに使われることが多いです。最近では、広瀬香美さんの楽曲『プレミアムワールド』のMVで、バックダンサーの方が全員広瀬さんの顔で踊るという演出に使われましたね。ご本人はだいぶ気に入ってくださったみたいで、一時期はそのお面を胸に下げていろんな番組出ていただきました(笑)。
日本の特殊メイクの制作現場は過酷?
MOLp:ここまで話を聞いて、特殊メイクの「顔」を1つとっても、樹脂の特質と特殊メイクや造形の技術を活かして、さまざまなものがつくれることがわかりました。
JIRO:いろんな造作に触れてきたからこそ、素材をミックスして制作すること多いですね。たとえば、大阪大学の石黒浩教授とアンドロイドをつくったときは、体は硬い素材だけど顔は柔らかい素材にして動くようにしました。
企画で求められていることをきちんと把握し、これまでのノウハウと紐づけることができれば、難しいお題であっても最適解を見つけられると思っています。
MOLp:素材を人に適用させ、なおかつリアルな表現に落とし込んでいくために、どのような心構えが大切だと感じていますか?
JIRO:どうしてもメイクを施される人に負担がかかりやすいので、いかにスピードアップさせるかは僕らの日常的な課題になっていますね。クオリティが高いものをつくろうとすると、どうしても3、4時間はかかってしまいますが、撮影の現場ではなるべく短時間で仕上げられるようにしています。
役者さんの顔にメイクする場合、貼りつける素材に厚みがあるほど表情が動かしづらくなり、役に入り込むうえで弊害になりますから、シリコーンのピースもなるべく薄く、高いクオリティのものをつくるようにしていますね。
あとは細かいところでいえば、シリコーンの着色をしっかりと役者さんの肌色に合わせること、光の加減がメイクに大きく影響するので、なるべく照明の良い環境で作業させてもらうようにお願いしています。でも実際は、ロケバスやホテルなど暗い場所で制作することもあります(笑)。
MOLp:日本の特殊メイクの環境はまだまだ厳しいのですね。
JIRO:やはりハリウッドの制作環境とは大きく異なりますね。ただ、日本の場合は映画だけでなく、テレビ番組やCMなどでも多く使われるため、特殊メイクの場数でいえば僕らのほうが多く踏んでいると思いますし、アーティストとしてのスキルはアジアトップ、そして世界基準で見ても高いと自負しています。
求めるのは、調整可能な新素材
MOLp:特殊メイクの現場にあったらいいなと思う素材を教えてほしいです。
JIRO:「理想の素材」ということですね。ここからは、僕らのチームのなかで一番素材に詳しい浮田も呼んで、一緒に考えてみたいと思います。
浮田 剛士(以下、浮田):よろしくお願いします。
JIRO:僕からはまずFRPに関しては、強度保持のため最初に敷くガラスマットの工程(※)が面倒くさいので、塗り込むだけで薄くて強度のある状態に固まるのであれば、うれしいですね。そうなれば造形にも多用できると思いますし。
浮田:マットを重ねれば重ねるほど強度は高くなりますが、そのぶん厚みが増してしまいますからね。
MOLp:そうですね。どうしても限界はあると思いますが、たとえば軽さを出すセルロースファイバーなどを基材にすると可能性はあるかもしれないなと思います。
浮田:いまはウレタンのように柔らかい素材に置き換えることもありますが、そうすると気泡の問題や塗装の定着のしづらさがあるんですよね。
JIRO:つまり、FRPみたいに着色しやすくて、ウレタンみたいに軟性があってそこまで重くない素材があったら良いってことだよね。
MOLp:なるほど、案外ニーズがあるものですね。
浮田:僕としては、いまある素材の特徴を活かしつつ、状況に合わせて使い方を変化できるようにしていけたらうれしいですね。たとえばもともと液体の素材を固める場合、粘度をサラサラにもドロドロにすることができると、型への流し込みなどをする際の制限も減って、つくれるものが増えていくような気がしています。
あとは特殊メイクで使うシリコーンの表面のプラスチックのコーティング膜。それがちょっと乾燥肌気味なんですよね。だからしっとり系の膜があったら変なしわが入ることもなく、良いのかなと思います。
JIRO:逆に、プラスチック膜がいらないシリコーンがあっても良いですよね。いまはプラスチックの細かい粒をアセトンで溶かして、それをエアブラシで型に吹きつけて膜をつくっていますが、その工程がなくてもシリコーン単体で塗装もできて接着剤も塗れることがベストです。
MOLp:そうなると、シリコーンではない新しい素材を生み出す必要がありそうです(笑)。
JIRO:そうですね(笑)。それに国内で特殊メイクや造形のための新しい素材を開発するというのは、需要も少ないため実現しづらいのが現状です。もしかしたら、自分たちで小さく素材開発ができるような機械やシステムをつくるほうが、良いのかもしれません。
MOLp:ちなみに、三井化学の新素材で気になっているものはありますか?
JIRO:冷やすと硬くなり、体温に触れると柔軟性を増す形状記憶素材HUMOFIT®(※1)は面白いですね。伸縮性があり人体にフィットするということなので、いろんな使い道がありそうです。あとはANREALAGEのファッションショーでも使われていた、UV光に反応して色が変わる素材(※2)も興味深いです。
※1 特殊ポリマーを発泡・シート化した新製品HUMOFIT®(詳細はこちら)
※2 ANREALAGEは三井化学のフォトクロミック技術を使った素材を服に採用(詳細はこちら)
MOLp:リアルな造形でいうと、三井化学でも臓器モデルといって、医療用にリアルな質感の人体パーツのモデルをつくっています。今後、なにかコラボレーションできたらうれしいですね。
JIRO:ぜひやりましょう。僕らは逆に、その素材でしかできないアイデアを生み出していくことも得意なので、新しい素材にもどんどん触れていけたら嬉しいですね。
多摩美術大学、東京藝術大学、代々木アニメーション学院と3つの美術専門学校を経て、2002年に有限会社自由廊を設立。現在は特殊メイク・造形製作にとどまらず、映画、ドラマ、CMなど映像業界をはじめ、広告、イベント、ファッションなど、ジャンルを超えて多方面で活躍中。Instagramではフェイス&ボディペイントを中心に自主制作を投稿している。テレビ東京系列で放送されていた『TV チャンピオン』では、特殊メイク王選手権5・6連続優勝、2連覇を達成。続く『TVチャンピオン2』では認定チャンピオンとして出場。