そざいんたびゅー

宇宙で活躍するプラスチックとは?
JAXA「筑波宇宙センター」で素材を見学

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日々の生活や仕事のなかで「素材」と向き合う人たちの考え方に触れる、連載「そざいんたびゅー」。今回は日常から離れた宇宙に舞台を移し、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の「筑波宇宙センター」へ。JAXA 研究開発部門第一研究ユニットの研究領域主幹の木本雄吾さんによるガイドのもと、筑波宇宙センター展示館「スペースドーム」に展示されている人工衛星を見学しました。

宇宙産業においても、続々と開発されている新素材。そのなかで、有機素材である樹脂はどのような役割を果たしているのでしょう。JAXAが開発してきた素材や開発過程でのエピソードをはじめ、トリビアから宇宙産業で求められる素材まで、「宇宙×素材」に関するいろいろなお話をうかがいました。 そこから見えてきた、環境の違いによる素材開発の難しさとは?

取材・執筆:宇治田エリ 写真:沼田学 編集:川谷恭平(CINRA)

筑波宇宙センターにある展示館「スペースドーム」。実物大の人工衛星や本物のロケットエンジンなどが見学できる(詳細はこちら

「スペースドーム」を見学。人工衛星を覆うアルミホイルのような素材の正体は?

MOLpチーム(以下、MOLp):ここ「スペースドーム」では、国際宇宙ステーションを構成する部位の1つである「きぼう」日本実験棟や、新旧さまざまな人工衛星が展示されていて、実物大で宇宙開発の姿を見ることができそうですね。

今回は人工衛星に使われている素材に焦点を当てていきますが、そもそもここには何基の人工衛星が展示されているのでしょうか?

木本雄吾(以下、木本):ここには、ロケット発射時に発生する振動や宇宙環境に耐えられるかを試験するために本物の材料を使ってつくられた試験モデルや人工衛星の模型などが展示されています。

研究開発部門 第一研究ユニット 研究領域主幹 木本雄吾さん
左は宇宙ステーション補給機「こうのとり」、右は陸域観測技術衛星「だいち」の展示

MOLp:これらの人工衛星にはどのような素材がどれくらい使用されているのでしょう?

木本:強度を必要とする部分には、軽量で丈夫な金属素材、例えばアルミニウムやチタン合金を使い、特殊な加工を必要とする部分には、アルミニウムやプラスチックなどの素材を使用しています。実際に、大型の人工衛星には10万から100万個の部品が使われており、たとえば20年以上前につくられた技術試験衛星「きく7号」の場合は約70万個の部品が使われていました。

車1台あたりに使われる部品は約3万個といわれていますが、その20倍以上の部品が使われているんですね。ただ、宇宙環境に耐えられる素材は限られているので、素材の種類はあまり多くないです。

ところで、これらの人工衛星の形や色、質感を見ていて、なにか気になることはありませんか?

MOLp:形や大きさに差はあるものの、どの人工衛星も全体的にキラキラしていて、アルミホイルを巻いたような質感が目立ちますね。色も、金、銀、黒とさまざまです。

木本:そうですよね。このキラキラした素材は「サーマルブランケット」と呼ばれる断熱材です。アルミニウムを蒸着させた高分子樹脂フィルムを多数重ね合せており、消防士の耐熱服のように、軽量かつ丈夫で、厳しい宇宙環境でも耐えられるようにつくられています。

太陽からの熱が衛星の内部に侵入することを防ぐサーマルブランケット。布のように自在性があり、薄いフィルムとネット上のスペーサを多層に重ねた構造によって、層と層の間に空間をつくって熱を伝わりにくくし、断熱効果を高めている

MOLp:色が違うのはどうしてでしょうか?

木本:人工衛星によって熱設計が異なるので、フィルムを何層に重ねるか、どのような素材のフィルムを使うかも異なり、それで色も変わってくるんですね。つまり1つの衛星で複数の色のサーマルブランケットを使っている場合は、目的やその効果がそれぞれのパーツで異なるということになります。

MOLp:そのなかでも、金色のサーマルブランケットが多く使われているような気がします。

木本:金色のサーマルブランケットには、優れた耐熱性・耐寒性を兼ね備えるポリイミド樹脂のフィルムが使われています。ポリイミドフィルム自体は黄色っぽい材料ですが、その裏面にアルミニウムを蒸着させることで金色に輝いて見えるんです。

人工衛星によって金色の色味が違って見えるのは、メーカーがつくるポリイミドフィルムの色が違うからだそう
黒いサーマルブランケットで覆われた月周回衛星「かぐや」

とてつもない寒暖差の宇宙環境を耐え凌ぐ宇宙服やロケットの素材

MOLp:先ほど宇宙環境は厳しいとおっしゃいましたが、そもそもどのような環境なのでしょうか?

木本:宇宙環境にはいくつかの特徴があります。まず、地球周辺の宇宙空間には非常にエネルギーの高い陽子や電子などの粒子が満ちている「放射線帯」という領域があり、地球はそれに覆われています。ここの放射線のエネルギーは桁違いに高く、電子機器にエラーや劣化を起こしてしまうほどなのです。

また宇宙空間は、直接太陽光にさらされると200度以上になることもあれば、日陰ではマイナス100度まで下がることもあり、熱の問題もあります。なおかつ、宇宙環境では太陽からの紫外線をエネルギーが大きいまま浴びてしまうことになります。地球環境のように大気や雲によって緩和することができない、波長が短い強力な紫外線です。

あと、宇宙には「スペースデブリ(※)」と呼ばれる宇宙ごみが高速で漂っており、衝突する危険性もあります。

MOLp:かなり過酷な環境ですね……。

木本:そうなんです。真空、圧力が極めて低い環境のため、人工衛星に使われているプラスチックからガスが発生し、このガスが人工衛星の機器や材料に悪影響を及ぼすことがあります。

そして、宇宙空間は真空、何もないというイメージがありますが、じつは少しだけ気体もあります。これが原因でプラスチックが削れることがあります。これについてはあとで説明します。このように地球環境とはまったく異なる独特の問題が宇宙環境にはあるため、これらの条件に耐えられる素材が要求されているんですね。

※地球の衛星軌道上にある不要な人工物体のこと。運用を終えた人工衛星や、故障した人工衛星、打ち上げロケットの上段、ミッション遂行中に放出した部品、爆発や衝突により発生した破片などがあり、将来の宇宙活動の妨げになる恐れがあるといわれている

一般に「宇宙服」と呼ばれる船外活動ユニット。気密、断熱対策などのためにナイロン、ダクロン®(ポリエステル繊維)、アルミ蒸着マイラー®(ポリエステルフィルム)、ゴアテックス®(延伸ポリテトラフルオロエチレン+ポリウレタン)、ノーメックス®(アラミド繊維)などからなる14層もの布地、合成樹脂でできている
ロケットのフェアリング、ボディやタンクはアルミニウム合金が使われているが、固体燃料ロケットのフェアリングやモーターケース、ノズルには炭素繊維強化プラスチックを使用。じつはロケットにもたくさんのプラスチックが使われている

MOLp:限られた素材を複雑に使っているなかで、具体的にはどのような部分にプラスチックが使われているのでしょうか?

木本:プラスチックは、特性に応じてさまざまなところに使用されていますが、そのなかの1つにサーマルブランケットがあります。ここにプラスチック素材を使うことで、軽量化を叶えながら、省電力で太陽の熱から人工衛星の内部機器を守ることができます。

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