プレイベントレポート
デザインは企業にどんな効果をもたらすか。田子學氏、杉本雅明氏による講演会をレポート

三井化学のオープン・ラボラトリー活動である「そざいの魅力ラボ“MOLp®”」。2015年の設立以来、「感性からカガクを考える」というコンセプトのもと、三井化学が培ってきた様々な「素材」の機能や魅力、発展の可能性について考える取り組みを行っています。

7/26にはクリエイティブパートナーである田子學氏(株式会社エムテド 代表取締役)を迎え、「デザインマネジメント」をテーマとしたセミナーを開催予定。今回はそのセミナーに先駆けて開催されたプレイベント「デザインとの融合による価値づくりのトレンド」の模様をお届けします。

講演者① 株式会社エムテド 代表取締役 田子學氏

テーマ「デザインとの融合による価値づくりのトレンドと 外から見た三井化学」

東芝にて多くの家電、情報機器デザイン開発にたずさわる。現在のAmadanaの立上げに携わり、デザインマネジメント責任者として従事。その後新たな領域の開拓を試みるべく、2008年(株)エムテドを立ち上げ、現在にいたる。幅広い産業分野において、コンセプトメイキングからプロダクトアウトまでをトータルでデザイン、ディレクション、マネジメントしている。大学での教鞭、まちづくりから経産省でのメンターなど幅広く活躍している。

講演者② エレファンテック株式会社 取締役副社長 杉本雅明氏

テーマ「新規事業・ベンチャービジネスとデザインとの親和性」

株式会社エレファンテック取締役副社長。東京大学大学院理 学系研究科修了、修士(理学)。慶應義塾大学大学院SDM研究科博士課程単位取退学。2008年にLab+Cafeを創業。2012年、ARビリヤード制作プロジェクトOpenpoolを創業。2014年、エレファンテック株式会社(元AgIC)共同創業。フィルム状の電子基板(FPC)の製造プロセスを、インクジェット印刷と銅めっきを用いて革新する技術を世界に先駆けて実用化。東大発スタートアップのハブともなっている。

田子氏による講演「デザインとの融合による価値づくりのトレンドと 外から見た三井化学」

1、デザインとは何か

企業活動の場で「デザイン」という言葉が多く聞かれるようになったと田子氏は語りますが、その背景には「知的財産」が関係していて、物質的な資産ではなく、無形の資産がもつ価値を運用・ストックしておくことが、先進国にとってはとても重要だといいます。
田子氏「そもそも、デザインとはどういう意味なのか、皆さんはどのようにとらえていらっしゃるでしょうか。アートや芸術、メッセージ性……。もちろんどれも重要なことではあります。しかし、最近の辞書にはこうあります。『人間の行為をより良い形で叶えるための計画』。国内のあちこちでデザインという言葉が使われるようになりましたが、その意味は『計画』です。例えば会社をどのように経営するのか、資金をどのように動かすか、収支を計算する……など、様々な『計画』があります。全て、『企業活動のなかで、自分たちの未来をどのようにつくっていくのかを『デザイン』しているわけです」

2、デザインを「構成するもの」とは

それではその「計画」に該当する「デザイン」とはどのようなものなのかを、さらに細かく紐解いていきます。

「デザインの要素は大きく3つあります。まずは『ビジョン』。これは『夢』に言い換えてもよいでしょう。実現不可能に思えるものでも、そこにいたる道筋を考え、情熱をもって取り組むことはとても重要です。次に『ストーリー』。同じものを売るときに『これはいいですよ』と言うのと『これはユーザーの目線を思って、ここを使いやすく改良しました』と言うのとでは、受け取られ方が違いますね。こうしたストーリーを語れることも、デザインの大切な要素です。そして、『ナラティブ』。ストーリーと似た意味を持ちますが、一方通行のストーリーと違って、そのモノがもついろんな要素から語られ、それが一貫したトーンで見えたときに“グラウンド”が見えます。ああ、この会社ってこうだよね、と分かること。この3つはいずれも物質ではありません。これが『無形の知的財産』であるデザインです」

3、 企業活動のなかで求められる「コンピテンシー」とは

さらに、企業や組織を構成する指標として「リテラシー」「コンピテンシー」に言及。

「『リテラシー』は、知識を活用して問題を解決に導く力。これは従来の日本の教育で重んじられてきた部分でもあります。一方『コンピテンシー』とは、ひとことで表すと『経験から得た知見で関係を築く力』。古くから日本の学問は『深掘り』で、企業の多くは『縦割り』になっています。エンジニア出身の人がいきなり営業はできないし、その逆も同じです。ですが海外では比較的容易に、自分にない知見をもつ異分野の人と協働することができる。この力こそが『コンピテンシー』であり、この力の底上げを行うことが、日本の急務だと感じています。」

4、 デザイナーを取り入れることで、企業はどう変わるか

企業活動に「デザイン」が不可欠であると田子氏は語りましたが、それではどのように「デザイン」を取り入れるのがよいのでしょうか?

「前述したように、日本の企業は縦割りで構成されていて、企画や開発、販売……と部署が存在し、デザイン(デザイナー)はこの階層の下に存在します。全ての部署とやりとりをするものの、経営に直接影響する上層部とのコンセンサスがとりにくいのです。ではどうすればよいか。それは、経営のサイクルの中に『デザイン』を入れてしまうこと。例えば僕が三井化学でいろんな活動をしていることもその一例といえます」

仕事というのはどんどん仕組み化することが可能で、簡単になっていきます。それこそが「善」とされてきましたが、田子氏はそこに一石を投じます。

「仕事はオペレーティブになるほど、実は複雑化しています。ですが僕のような組織の外の人が俯瞰してみると、『ここすごく複雑じゃない? もっとショートカットできるな』と気づいたりもできるんです」

MOLp®は、「縦割り」になりがちだった部門間の組織図を横断的に設計しています。

「企業活動というのは本来、シナジー(相乗効果)を生むもの。そのためには縦割りではなく、横のつながりが不可欠なんです」

ある素材を見て誰かが「こういう使い方ができないか」と思いつく。また誰かが「それならこういう作り方ができるかも」「こうしたら便利になる」と連鎖的にアイディアが生まれていく。これは通常のメーカーの縦割り社会では生まれ得ない、と田子氏は断言しました。

▲眼鏡レンズに用いられる素材「SunSensors™」で作った「不知火(しらぬい)」。
特定の波長の光をカットしたり、光に反応して色が変化するなどの特徴がある。

「言葉で言うのは普通のことですが、これを素材メーカーである三井化学でできたことがとても意義のあることです。これまでの“没入型”の研究から、自分がやってきた分野や研究内容をもとにデザインの原理を知り、作り出したものでお客さんを感動させられる。それは大きな力になっていくはずです」と、デザインの未来を語りました。

5、 ブランディングとは?

企業活動に必要なものとして、社会との関係を築く「ブランディング」があります。このブランディングに対する考え方も、90年代から大きく変容しています。

「1990年から2000年頃までのブランディングというのは、いわゆる『有名なデザイナーを起用してロゴを作る』といったいわゆるCIレベルのものでした。2000年代になるとそこにイノベーションが起こり始め、『人間中心』『UX(ユーザーエクスペリエンス)』がキーワードになりました。このとき考えられていたUXというのは『おもてなし』に近い考え方で、2010年代に入ると『クリエイティブカルチャー』がデザインの目標になる。自社流のクリエイティブプロセスがあり、ファシリテーター的人材を活用した、組織変革型デザインファームの構築……どうでしょうか。『MOLp®』の取り組みと合致していると思いませんか?」

6、 小さなワイナリーが実現した「デザインマネジメント」実例

世界の企業活動はビジネスの領域を超えて、デザイン領域を活用し始めている……。その実例として、日本ワインをつくる小さなワイナリー「MGVs(マグヴィス)」について触れました。

「今から3年ほど前に、山梨県の勝沼という街で、松坂浩志さんという経営者と出会いました。勝沼はワイナリーの聖地ともいうべき土地で、松坂さんはぶどう農家の4代目として生まれ育ちました。そのような背景もあり『長期的な視点で、この土地に根差した事業としてワインをつくりたい』というんです。ここで知っておきたいのが、松坂さんの本業、なんと創業1953年に遡る塩山製作所という半導体加工メーカーの代表取締役なのです」

▲「MGVs WINERY」のロゴ

1990年代、日本の半導体の世界シェアは51%を超えていました。ところがバブル崩壊後は大きく下落し、現在は8%を切っているといいます。

「普通なら、もう半導体はダメだ、リストラしかない、工場をつぶすしかない……と思いますよね。ですが松坂さんは、この施設をリノベーションしてデザインできないかと考え、厳しい基準をクリアしないと名乗れない『日本ワイン』の製造に乗り出しました」

半導体の製造には非常に細かな基準があり、そのノウハウは衛生管理にも活かされました。また、食品衛生法の基準をはるかに超越できるレベルの「クリーンルーム」があったのも功を奏し、日本ワインの製造に成功。こうした仕組みをブランドとして定義しました。

7、 ミラノサローネで見られた「デザイン」

2018年4月にイタリア・ミラノで開催された家具見本市「ミラノサローネ」。日本企業も出展し、数々のデザインやアイディアが展示されていました。

「例えばSONYの展示は短焦点プロジェクタを使用した『錯覚』を利用したもの。プロジェクタは映像を写すものだというバイアスを利用して、木漏れ日がそこにあるように魅せたり、それを環境光として活用したり、いろいろな使い方が考えられます。また、SONYにはもちろん非常に高度なテクノロジーが蓄積されていて、それを活用しているのですが、テクノロジーの説明ではなく、見る人の感性に訴えかけるものとして展示されています。スペックを説明するのは簡単なことかもしれません。ですがそうしないことに意味があると感じています」

また、素材の展示については「旭硝子」の展示に言及。

「今年の旭硝子さんの展示は、ガラス共鳴スピーカーでした。これまでガラス共鳴スピーカーといえば、スピーカーをつくる人たちが機構や音づくりをするもので、ガラスメーカーが直接関わることはありませんでした。ところが、旭硝子はそれをやった。そうすると、ガラスメーカーである旭硝子はやはり技術があり、“強い”んですね。また、この展示は社外のデザイナーを起用してコンセプトを作っていくのではなく、湧出した社内の技術をコンセプトに、デザインしたというところに大きな意義があったと思っています」

また、海洋汚染の原因となっている海洋ゴミのプラスチックをリサイクルして作られた椅子などメッセージ性の強い展示なども見受けられ、一般消費者向けでないBtoB企業の参入増加も印象的だったといいます。
「これらの取り組みは、先ほど僕の述べた『無形資産』をどのように社会へ伝えていくかということにもつながります。ですから、MOLp®のこれからの取り組みにも、おおいに期待できると感じています」

▲「MOLpCafé」での集合写真

こうして、田子氏の講演は終了。続いて、杉本氏の講演へとバトンタッチ。

杉本氏による講演「新規事業・ベンチャービジネスとデザインとの親和性」

1、 ベンチャービジネスにおける「コラボレーション」の必要性

杉本氏が取締役副社長を勤める「エレファンテック」は、インクジェット印刷と銅メッキによって製造されるフレキシブル基板「P-Flex™」を製造・販売している東京大学発のスタートアップ。

「基本的に私が大切にしているのは、得意なこととかやっていて楽しいことで人助けをするという基本的な姿勢があり、さらに困ったことがあったら助けてくれと言って、教えてもらったりする。これが基本的なコラボレーションとしての姿勢であると思っています。もちろんそうして協働できる人にどのように出会うかも重要であって、そうしたコミュニケーションをデザインするということが大事になってきていると感じています」

杉本氏はこうした「出会い」を助ける場としても、MOLp®の存在は大きいと言います。

「MOLp®やMOLpCaféで、できることを示したり、困っている・悩んでいることを相談できる場所を提供するということは、『こういうことも相談できるのでは』と、みんなの「聞いてみよう」というハードルを下げていく。それはきっと組織の『デザイン』の一端であり、モノのデザインだけでなく、こうした全体のコラボレーションの流れをもデザインしていると考えることもできます」

2、コラボレーションには「サードプレイス」が必要である

杉本氏のさまざまなプロジェクトに取り組んできた経験から、それらの経験から学んだことと実例についても語っていただきました。

「私はプログラミングが苦手で、それに電子工作も苦手。だから何もできないといってもいいんです。でも『これが絶対面白いんだ』と、人を集めることをしていました。ビリヤード台にプロジェクションマッピングをするというプロジェクトをやっていたときもそのように仲間を集めていましたが、どうしてもできない、という場面に出くわすこともあります。ですがそのとき私たちを助けてくれたのは、『カフェ』という存在でした。芸術家たちもかつてはカフェに集まっていましたが、同じように人が集まって新しいことをできる『場』が必要だと考えていたので、『LabCafe』というカフェをつくっていたんです。職場や学校、家でもない、第三の居場所。そこにいた仲間が偶然持っていたノウハウを使って、プロジェクトを成功させることができたんですね。他にも連鎖的に『ここにこの技術を使えば解決できるよ』と助言が集まり、『Openpool』というビリヤード台を開発できました」

こうした第三の居場所=サードプレイスこそが新たなコラボレーションの生まれる場であり、「MOLp®」にも期待を寄せていると語ります。

3、誰かにとって何でもないものが、他の誰かの求めているものだったりする

エレファンテック設立のきっかけとなった「銀ナノインク印刷」についても、その開発の経緯を聞きました。

「東大の川原研究室というところで、『市販のインクジェットプリンタで銀のインクを印刷し、無線センサノードとして活用する』という論文が書かれていたんです。非常に評価の高い論文でもあったのですが、川原准教授の専門は『無線通信』の研究。紙に印刷したごく薄い銀インクでは既存技術に比べ性能の良いアンテナを作ることは難しかったこともあり、実用化を推進しきれていなかったそうです。それだけ高い評価を得ているのに、誰も商品化=起業を進めていないことに私は目をつけました。『プリンタから回路が作れる時代がもう来ている!』って。そこでこの話をおしえてくれた友人を頼って、実際に先生にお会いして、材料の調達から教えてもらって、その友人と共に起業につなげました」

4、「コラボレーション」は、接点のないところに生まれる

「コラボレーションには、大きく分けて2つの方法があると考えています。1つは、双方の得意が『重なった』部分で何かを作り出すこと。ですがこれは、あまり新しい価値を生んでいないと私自身は考えています。それよりも単独ではありえない価値のところに生まれるからこそ、コラボレーションの意味があると思いたい。誰かが『大したことない』と思っている技術が他の誰かにとってはとても貴重だったり、高度だったりすることって多いのではないでしょうか。もちろん、逆の立場もあることだと思います。お互いが気づいていない価値を重ね合わせることに、新しい価値が生まれる可能性が高いのです。そしてそれは、専門性や物理的な距離でもいいので所属コミュニティが離れているとインパクトが大きいです。国外の人や違う分野のカルチャーに出会うことで、よりたくさんの価値が生まれるはずです」

▲海水のミネラル成分から生まれた素材「NAGORI™」のビアタンブラー。
陶器の質感と熱伝導性を備えながらも、プラスチックのように加工しやすいのが特徴

こうして、約2時間半の講演は終了。
会場内には、MOLp®が作り出した作品の展示もあり、また田子氏、杉本氏をはじめ参加者と自由に語り合う懇親会も催され、おおいに盛り上がるとともに、今後の活動にもいっそうの期待の声が聞かれました。