PROJECT DIARY

サステナビリティの「次」を探して。『ミラノサローネ』で見つけた素材の新しい価値

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取材・執筆:宇治田エリ 編集:川谷恭平(CINRA)

エルメスの「語りすぎない表現」から読み取った価値観

―皆さんミラノサローネで得た発見を寄稿され、さらに報告会ではそれぞれの切り口で発表されていました。ほかのメンバーの視点に触れ、「その見方はなかった」「自分も似たことを感じていた」と思ったことはありましたか?

奈木:同じ展示を見ていても、それぞれが異なる視点や感想を持っていることに驚かされました。複数メンバーで行ってきたからこそ、意見交換をしてさらに考えを深めることができたと思います。

瀬田:たしかに、たとえば建築素材メーカーのディアセンが伝えていた「バイオフィリア」という概念も、僕自身は印象に残らなかったけれど、後藤さんは感動していて。自分には響かなかったもののなかにも、重要な何かが隠れているのかもと思いましたね。他者の視点に触れる面白さをあらためて実感しました。

後藤:そう感じられたのは、ちょっとした違和感をそのままにせず、展示スタッフに「これってどういうこと?」って聞いたのがきっかけかもしれない。ミラノサローネでは「出展」というよりも、「自分たちの世界観への招待」を重視されていて、説明も少ないんです。

バイオフィリアとは生命愛や自然愛という意味で、素材そのものの自然志向が表現されていた(ディアセンのYouTubeより)

後藤:エルメスは、かつてアイスリンクだった空間を活かし、白く塗った床と最低限の照明だけで、静謐な世界観をつくり出していました。説明をしすぎず、あくまで来場者を「招き入れる」ような佇まいに、ブランドとしての自信を感じました。

自分たちの価値観へと、静かに自然に導いていく。その姿勢は、どこか茶道にも通じているように思います。空間を整え、静かに人を迎え、尋ねられたら真摯に応える──。インスタレーションの本質も、そんなあり方にあるのではないかと感じました。

奈木:瀬田さんは、1社や1作品を深掘りされていましたね。レポート発表では家具ブランドのカルテル、寄稿文では、照明ブランドのフロスとデザイナーのマイケル・アナスタシアデスによる10数年にわたる取り組みを調べ、素材の役割やその変化を丁寧にリサーチしていたのが印象的でした。

たくさんのブランドやデザイナーの展示を幅広く見てトレンドを把握することも大切だけれど、それだけでは見えてこないものがある。一つの対象を掘り下げて理解することの大切さに、あらためて気づかされました。

瀬田:実際に調べてみると、フロスとマイケル・アナスタシアデスの取り組みは2011年からで、この10数年で驚くほど進化していて驚きました。気づけば、MOLpも今年で活動10周年。近しい時間を重ねてきた取り組みが、大きな成果を上げていることに良い意味で刺激を受けました。

「見る」を超えて「感じる」へ。素材展示に求められる体験のデザイン

―展示を見ていて、「これはMOLpでも取り入れられそう」と思ったアプローチや見せ方はありましたか?

泉谷:たとえばHabitareの展示は参考にしたいと思いました。様々な企業やデザイナ―による素材をランダムに配置した、マテリアルライブラリーのような魅せ方です。多種多彩な素材は全て手に取ることもできました。遊び心を持って自由に素材と触れ合うことで、感性が刺激され、思いがけない発想が生まれるのではと思いました。

瀬田:MATERIUM®はあえて同じかたちにすることで、素材の違いを比較できるようにしていますが、多様なフォルムを提示することで、自由度が広がり素材そのものの楽しさや面白さを伝えられるということは良い学びでした。

泉谷:それから、単純に素材の「量」も重要だと感じました。多様な選択肢があることで、人は思わず手に取って比べたくなります。実際、Habitareの展示にかなり長時間滞在している人もいました。素材をラックにかけて洋服のように展示したり、色や形を変えてランダムに並べて見せたりと、「触って選びたくなる」工夫が参考になりました。

奈木:日本では、たくさんの素材を一度に眺められる場があまりないですよね。だからこそ、一つの空間に多様な素材が集まっているだけで、人は自然と比べたくなるし、結果的に素材の違いや特徴も、より伝わりやすくなると感じました。

HUMOFIT® OLIOK」を紹介する奈木さん

―今回の体験を通じて、MOLpの素材の「見せ方・伝え方」について、どんな可能性を感じましたか?

奈木:完成品だけではなく、プロセスやプロトタイプを見せることで、展示の可能性はさらに広がると感じました。同じ素材でも形や仕上げが変われば印象が大きく異なる。その変遷や試行錯誤のプロセスを共有することで、プロダクトが持つ「ストーリー」ももっと伝わるのではと思いました。

たとえば、宅配水企業のアクアクララとデザインラボのHONOKAが発表していたウォーターサーバー用リターナブルボトルのアップサイクルプロジェクトでは、粉砕サイズや成形方法の違いによる試作品をずらりと展示していました。

MOLpのブースでも、来場者の方にプレーンな状態のサンプルに触れていただきましたが、もともとはこんな質感で、一般的にはこうした用途に使われている素材が、別の素材と組み合わせたり、加工を一工夫したりすることでこうしたプロダクトになるのだと、素材の持つ可能性をより感じていただけたように思います。

アクアクララとHONOKAの展示ブース

瀬田:ラグジュアリーな見せ方も可能性の一つです。イタリアの水栓メーカー・ジェッシーのショールームはまさにその好例で、空間全体がラグジュアリーに設計されています。洗練されたキャビネットには水栓が整然と並び、引き出しには宝飾品のように水栓金具が収められていました。

これまで水栓をラグジュアリーなものと捉えたことはありませんでしたが、このショールームを訪れるだけで価値観が大きく変わりました。ラグジュアリーな製品にふさわしい素材の在り方、そしてこのような体験を素材分野でどう実現できるかを考えるきっかけになりました。

ジェッシーの展示ブース

後藤:いま、控えめながらも上質さを追求する「クワイエットラグジュアリー」がトレンドになっています。一方で、その反動として、ロエベやグッチなどのハイブランドによる、アート性や個性を前面に出した「一点ものアイテム」復権の挑戦も見えてきている。そうした流れを意識しながら、素材の見せ方や語り方も考えていく必要があると思います。

僕自身は、特殊な切り口を普段の暮らしに紐づける試みに可能性を感じました。実際に見に行くことはできなかったのですが、マリメッコの展示では、「北欧の寝室で朝食を囲む」という文化に着目し、それに合う寝具、ウェアを提案していたそうです

一見ユニークに見えても、抽象化すれば、どの国の文化にも置き換えられる。その視点からストーリーを紡いでいくことで、「睡眠」という普遍的な営みにアプローチでき、新たな市場の可能性が拓けると思いました。

マリメッコのInstagramより

MOLpの次なる挑戦は、「歴史をのせる」こと

―さまざまな気づきがあり、咀嚼し、議論や思考を重ねていったなかで、今後MOLpとしてどんなことに挑戦していきたいですか?

瀬田:これからは「歴史」を切り口にしたアプローチに挑戦してみたいです。MOLp内でも以前から、歴史はお金では買えない大切な価値という話をよくしていて。実際ミラノでは、歴史や地域性を持つ素材が注目されていました。

寄稿でも紹介したTime & Styleの照明「Arita」は、有田焼の400年の歴史を新しい技術で現代に生かした好例です。一方で、プラスチックにはそうした語られ方があまりない。

しかし、プラスチックにも確かな歴史があります。19世紀半ばのセルロイドに始まり、20世紀にはベークライトやナイロン、ポリエチレンなどが登場しました。こうした素材は産業や暮らしを大きく変え、現代社会の基盤を築いてきました。言い換えれば、プラスチックもまた人類の歩みとともに紡がれてきた歴史を持つ素材と捉えることができます。

「語れない素材」とされがちなプラスチックにも、視点を変えれば物語がある。様々な観点で歴史を見つめ直すことで、MOLpならではのアプローチができるのではないかと感じました。

Time & Styleの「Arita 2025 Collection」

奈木:たしかに。歴史は真似できない要素ですよね。たとえ、同じような製品でも、そこに至るまでに技術や伝統の継承、挑戦の積み重ねがあるからこそ価値になる。MOLpとしても、三井化学やそこに関わってきた人たちが築いてきた歴史を糧にしていきたいですね。

泉谷:展示を観る側としても、背景にストーリーがあるともっと知りたくなります。MOLpは今回作品のみの展示でしたが、前回の『MOLpCafé2024』で展開した日本の祭りをテーマとした展示「MATSURIAL」を丸ごと持っていけたら、地域性を重んじる海外の来場者にもより響いたのではと感じます。

後藤:いつかは4畳半の展示からスケールアップして、大規模な空間で発信してみたいですよね。次回のミラノサローネに向けて、さらに挑戦を続け、飛躍していきたいです。

PROFILE

瀬田 蒼Seta Aoi

2021年に名古屋大学にて修士(工学)取得後、三井化学に入社。株式会社プライムポリマー 自動車材研究所にて、射出発泡成形技術の開発およびリサイクル素材の開発、顧客技術サービスに従事。2021年よりMOLpメンバーとしても活動。

PROFILE

泉谷 留美Izumiya Rumi

2023年に横浜国立大学にて修士(工学)を取得後、三井化学に入社。現在は研究開発本部 合成化学品研究所に所属し、ポリウレタン樹脂の研究開発を担当。弾性材料用途の材料設計および国内外の顧客サポートに従事している。入社と同時にMOLp活動にも参加し、現在に至る。

PROFILE

奈木 沙織Nagi Saori

京都工芸繊維大学にて修士(工学)取得後、重工メーカーに入社。航空機やロケット部材向けの複合材料開発や生産技術に携わる。2021年に三井化学に入社し、高分子・複合材料研究所にてバイオコンポジット「QUON®」の開発に従事。MOLpの3期メンバーとして活動。

PROFILE

後藤 孝明Goto Takaaki

大学院医学研究科博士課程修了後、特許事務所、大学病院、電気機器メーカーにてライフサイエンスイノベーション支援、新規事業立ち上げなどを行う。2022年に三井化学に入社し、研究支援に携わっている。MOLp第3期よりメンバーとして活動。博士(医学)、弁理士(付記)