そざいんたびゅー

庵治石とAJI PROJECT。イサム・ノグチの地で磨く、石の美と未来

  • Social

取材・執筆:榎並紀行 写真:浅野杏子 編集:川谷恭平(CINRA)

庵治石を形にする、一流の職人技

砕石場をあとにし、AJI PROJECTに参加する加工業者の工場見学へ。庵治石がプロダクトへと姿を変える工程を、職人の手仕事とともに見せてもらいました。

岡田石材工業の3代目・岡田昌臣さんは、先端にダイヤモンドを埋め込んだ刃を回転させ、水で冷やしながら石を切ります。これは刃先の温度上昇を防ぎ、ダイヤモンドチップの劣化や剥離を避けるため。冷却がなければチップが飛んでしまうほど、庵治石は非常に硬いのです。

庵治石の表面に切れ込みを入れてもらいました。

こうした高度な切削・加工技術は、日用品からアート作品まで幅広く応用されます。なかでも、岡田さんが手がける「スケールモデルカー」は、精緻な造形が際立つ逸品。高松市のふるさと納税返礼品にも選ばれています。

島本石材工業の島本健一郎さんもAJI PROJECTに参加する職人の一人。庵治石の加工、とくに磨きの技術の高さで知られ、表面を滑らかに仕上げることで石の美しい結晶模様を際立たせます。

庵治石の魅力について「扱いが難しい石といわれるが、つくる側からするとすごく面白い素材。粘りがあって、ちょっと尖らせたり、丸くしたりするのにも適している。加工のしがいがありますね」と話します。

島本石材工業の事務所の外には持ち帰り自由の庵治石も

業界がこれまでやってこなかったこと「だけ」をやる

こうした職人たちの技術をどう生かしているのか、そして市場をどう切り拓いているのかを、あらためて二宮さんにうかがいました。

MOLp:AJI PROJECTのプロダクトは加工の美しさもさることながら、庵治石の質感を感じられるものが多い。この点にも、職人さんたちのこだわりを感じます。

二宮:せっかく庵治石という特徴的な素材を使うのだから、その手触りや見た目の美しさを感じられるプロダクトをつくることにこだわっています。石の魅力である重量感やクールな質感を大事にし、形状は四角や丸といったシンプルなものを基本に製品を企画していますね。

MOLp:庵治石は墓石や建築資材として使われることが多かったということですが、AJI PROJECTではまったく異なる市場を開拓していますよね。

二宮:この地域の墓石産業は1世紀におよぶ歴史がありますが、AJI PROJECTではこの100年間、業界が「やってこなかったことだけをやる」と決めています。墓石や建築資材以外をターゲットにしているのもそのためで、既存の市場とそれ以外の市場を比べたら、圧倒的に後者のほうがパイは大きいわけですから。

AJI PROJECTの強みは産地に確かな技術を持つ職人がいること。墓石や建築資材、狛犬やお地蔵さんをつくってきた技術を駆使して、いろんなものをつくることができます。そして何より、庵治石というすばらしい素材があること。これが最大の強みですよね。

アーティストの平山昌尚さんとコラボし、線で顔を描いたコースターやスマートフォンを模したオブジェを制作
香川在住の画家・山口一郎さんのイラストを刻印したプレート

イサム・ノグチが植えたデザインの種を、AJI PROJECTが芽吹かせる

MOLp:AJI PROJECTは、クリエイティブアドバイザーのダヴィッド・グレットリさん、クリエイティブディレクターのイトウケンジさん、監修の藤城成貴さんをはじめ、国内外のデザイナーが多数関わっているのも印象的でした。

二宮:いまは国内のデザイナー4人、海外のデザイナー6人に関わってもらっています。彼らはデザイナーとしての視点や感覚を共有してくれるだけでなく、発信力を持っている。それぞれのフォロワーたちに庵治石の魅力を伝えてくれることで、これまでなかなか届かなかった層にリーチできるようになったと感じています。

つくることも大事ですが、それを発信すること、届けることも非常に大事。庵治石の本当の魅力を知ってもらうためにも、つくり手であるわれわれが発信の中心に立ち、その価値を正しく届けていく必要があります。

MOLp:そのためには魅力的なプロダクトをつくることもそうですし、庵治石のストーリーをいかに伝えていくかが大事ですね。

二宮:そういう意味では、この地域には語るべきストーリーがあります。牟礼町は1969年に世界的な彫刻家であるイサム・ノグチさんや流政之(ながれまさゆき)さんがアトリエを構えた場所として知られていますし、家具デザイナーのジョージ・ナカシマさんとのご縁もある(※)。

もともとは1950年から20年以上にわたり香川県知事を務めた金子正則さんが、香川県の戦後復興を目的にこの地域を「芸術村」にしようとしたのが始まりです。イサム・ノグチさんをはじめとする世界的なアーティストを牟礼町に招いて、彼らが亡くなったあとも美術館や記念館としてその足跡を残してくれました。

つまり、この地域には昔から、デザインやものづくりのイズムが根づいていたわけです。いまの職人たちの高い技術も、こうした背景と無縁ではないと思っています。こうしたストーリーも、しっかり伝えていきたいですね。

※牟礼町には、彫刻家イサム・ノグチのアトリエを公開した「ノグチ庭園美術館」や、家具デザイナー・ジョージ・ナカシマの作品を日本で唯一製作した桜製作所がある。同社は「ジョージ・ナカシマ記念館」も併設

庵治石の新しい歴史を紡いでいきたい

MOLp:あらためて、地域や石産業に対する二宮さんの思いをお聞かせください。

二宮:僕が商工会からプロジェクトを引き継いだ大きな理由の一つに、地域への恩返しがあります。地元に庵治石というすばらしい素材があったからこの世界に入ったし、この場所で修行をして、地域の人々に育ててもらったことに対する感謝の気持ちは本当に大きくて。

だからこそ、庵治石という地場産業を盛り上げて、次世代にとっても夢のある産業にしていきたい。

MOLp:お世話になった地域を、AJI PROJECTによって復興したい思いもあると。

二宮:そうです。僕が独立したのは1993年ですが、当時は牟礼町と庵治町に500の石材関連業者がいて、そのほかの業種を合わせると1300の事業者がいました。当時はまだ石材業界が元気だったから、石材加工の機械を販売する業者、関係者が飲みにいく飲食店なども含めて、地域全体が潤っていたように思います。でも、石の業界が下火になると、街ごと活気を失っていきますよね。

僕はときどき、長崎県の軍艦島を思い浮かべてしまうんです。炭鉱の閉鎖とともにかつての栄華を失っていった軍艦島と、いまの牟礼町の姿がダブってしまう。そうならないために、できる限りのことはやりたいですよね。

このまま何もせずに衰退していくのではなく、業界がこれまでやってこなかったことにトライする。そこに新しい市場ができて、若い職人が集まり、技術が継承されていく。そうやって、庵治石の新しい歴史をAJI PROJECTでつくっていきたいです。

PROFILE

二宮 力Chikara Ninomiya

庵治石の「字彫り」専門の石工として長年活躍。2021年に株式会社蒼島を立ち上げ、庵治石を使ったプロダクトブランド「AJI PROJECT」を牽引している。アパレルやジュエリーブランド、海外アーティストとのコラボレーションを手がけ、産地の魅力を国内外へと発信し続けている。