無数のトライアルから生まれる釉薬。数値化されたデータと偶然がつくる色
MOLp:理想の色を追求するなかで、釉薬の調合テストを繰り返されていると思いますが、こうした調合のデータは蓄積されているのでしょうか?
竹村:していますよ。この板を見てもらえばわかるように、釉薬の調合パターンを数値として記録しています。鉱物も何種類もあるので、たとえば「錫(すず):4.5%」「クロム:2.0%」といったように、複数の材料を異なる割合で組み合わせているんです。
竹村:釉薬の1つひとつの色は、幾度ものテストの結果として調合が決まっています。この作業に明確な正解はありません。僕自身の美的感覚や「この色がいま面白いか?」といったジャッジを経て、無数のデータを取っていくんですよ。
MOLp:まるでカラーのデータベースのようですね。「この色を出したい」というときは、これらを参照して調合の割合を決めていくのでしょうか?
竹村:はい。ただ原料はすべて天然由来なので、同じ原料でも仕入れるタイミングやロットによって鉱物の質が少しずつ変わります。前回「50%」でよかったものが今回は「48%」でちょうどよかったりと、微妙な違いがある。
また釉薬だけでなく、土との組み合わせや焼く温度、冷まし方といった条件でも結果は変わってきます。どれだけデータを集めても、それが絶対の数値ではない。その揺らぎも醍醐味ですね。
無数のトライアルから生まれた、釉薬のデータサンプルが保管されている
MOLp:そうすると、釉薬のパターンはほぼ無限にあると考えてよいのでしょうか?
竹村:そうですね。組み合わせとしては、ほぼ無限に近いと言えます。
もちろん、透明釉や織部釉、天目釉など、伝統的な釉薬の種類はいくつかあります。かつて焼き物は基本的に「地産地消」で、その土地の材料を使い、その土地の窯で焼いていました。
ただ、いまは鉱物も土も、世界中から取り寄せることができます。だから、特定の地域でしか出せない色というのは、以前ほど限定的ではなくなっているかもしれません。その意味で、使える条件はある程度共通化されていると思います。
MOLp:かつては地域の風土に規定されていた焼き物も、いまはグローバルな環境のなかで誰もがさまざまな表現にアクセスできる環境にあると。ちなみに先ほど「絶対の数値はない」とうかがいましたが、作品のなかで偶然性と必然性のバランスはどのように捉えていますか?
竹村:印象としては半々くらいですね(笑)。綿密に準備して予想通りのものが再現されるよりも、思いがけず良いもののができたときの方が魅力的だったりする。それを半ば期待している部分もあります。
竹村:たとえば釉薬の調合や釉がけの作業をすると道具が汚れます。その汚れをバケツで洗うと、釉薬の成分が沈殿した澱(おり)ができるんですね。
僕の生徒さんも同じバケツで洗うので、色がごちゃ混ぜになった釉薬の澱ができます。以前はそれを廃棄していたんですが、あるとき「もったいないな」と思って。それをタネに調整を加えることで、再び釉薬として使えると気づいたんです。僕はそれを「再生釉薬」と呼んでいます。
MOLp:まるで焼き鳥屋の秘伝のタレですね(笑)
竹村:その「再生釉薬」を混ぜ合わせることで、再現性のない一点ものの色が生まれます。それも使い切ったら「売り切れ」(笑)。僕にとって大事なのは同じ色を再現することじゃなくて、ワクワクするような作品を生み出すことだから、むしろそれでいいんです。
よくお弟子さんにオリジナルの釉薬を作るコツを聞かれるんですが、「いっぱい作ったらわかるよ」と伝えることがあって(笑)。
数をこなすことで数値では捉えきれない材料の特性が見えてくる。釉薬の調合では「これを入れればこうなるだろう」という経験的な感覚も大きく作用します。
そして、その感覚をつかむには無数の失敗が必要です。どうしても成功を求めがちですが、失敗も同じくらい意味があるんですよ。
陶芸を閉じた世界にしない。ジャンルを横断するものづくり
MOLp:大学院では文化財の保存・修復を専攻されてたとのことですが、竹村さんの作品の印象はカラフルで現代的ですよね。価値観が変化するきっかけはあったのでしょうか?
竹村:もともとは古いものが好きでした。とくに韓国の李朝時代の焼き物が好きで、当時の技法を追いながら、いわゆる伝統釉(東アジアや日本で長年受け継がれてきた歴史ある釉薬)を使った茶碗などを制作していた時期もあります。
でも10年ほど前から徐々にイギリスや北欧などの焼き物にも興味を持つようになりました。好きな作家としてルーシー・リー(※1)やベルント・フリーベリ(※2)などがいます。
なかでも「ミッドセンチュリー」(1940〜60年代)と呼ばれる時代の、シンプルな形にカラフルな彩色が施されたデザインに惹かれ、「これを自分でも再現できるのかな」 と試みるうちに、カラフルな釉薬がそろっていきました。
当時の日本では、こういうカラフルでモダンな陶芸をやってる人が少なかったんです。いわゆる「丁寧な暮らし」とは異なる方向の作品が作れるんじゃないかと感じていました。
※ ルーシー・リー(1902-1995)は、オーストリア・ウィーン出身で、20世紀後期にイギリスを拠点に活動した陶芸家
※ ベルント・フリーベリ(1899-1981)は、スウェーデン出身で、北欧ミッドセンチュリー期を代表する作家の1人
MOLp:渋く伝統的な作風とは少し異なる方向に関心が向いたんですね。
竹村:僕は自分の作品にサインを入れないんですよ。いつどこで作られたのか特定できないようなものを作りたいという裏テーマがあって。
評価軸が定まっている古い焼き物の世界に対して、1つのアンチテーゼとして取り組んでいます。決まり文句で褒め合うような閉じたカルチャーではなく、これまで陶芸に触れてこなかった人や海外の人に見てもらいたいんです。
そして、あくまで生活のなかで使われるものとして届けたいと思っています。
MOLp:オブジェや純粋なアートの方向に進まなかったのはどうしてだったんですか?
竹村:文化財を修復していたときに、一生ガラスケースのなかに置かれる茶碗なんかをたくさん見てきました。たしかに価値はあるけれど、道具としては使われないままになっている。
その経験から、自分が作るものは日常のなかで使われ、身体に触れながら生きる存在でありたいと思うようになりました。アートと道具のあいだにある表現を目指す感覚も、そこから生まれたんだと思います。
MOLp:その考え方は、作品の広がり方にもつながっているんでしょうか?
竹村:ギャラリーやセレクトショップ、飲食店・カフェなどで取り扱っていただいています。アパレルショップやホテルや公共施設などにディスプレイされたり、陶器の柄が服になったりしたこともあります。最近はネイルのデザインも手がけました。
こうした他業種とのコラボも自然に受け入れています。陶芸にあまり関心がない人にもリーチしたいですから。
7nanaとコラボレーションしたジェルネイルシール(写真提供:7nana)
MOLp:ジャンルを横断して新しい人に開こうという姿勢は、陶芸界のなかでも革新的ですね。
竹村:特定の領域に絞らずに取り組んでいるだけだとも言えます。作品が面白くなればそれでいいと思っているんです。定められた評価軸に自分を合わせるより、いろんなところとつながりながら、気づきやアイデアを持ち帰った方が、作品も変化するし、飽きない。
新しいものを生み出すのがクリエイティブだと思いますし、僕はその過程が好きなんです。だからなるべく新しいものを作りたい。ただ、自分の引き出しだけだと限界があるからこそ、作品に反応してくれる人に開いていきたいんです。陶芸業界というより自分のためでもありますね。
もちろん陶芸の世界には多様な人がいます。定番を作るクラフトマンシップを持った作家は、それを求める人としっかり結びついている。いろんな考え方、いろんなやり方があっていいと思います。
そもそも日本は陶芸のレベルが高いんです。多くの作家がいて、それを支えるだけの陶器の需要がある国は、世界的にもあまりないですから。
MOLp:ありがとうございます。最後に、竹村さんがこれから挑戦したいことはなんでしょう?
竹村:数年前から取り組んでいるのが「練り込み」という技法です。土自体に金属などを混ぜ込んで成形するのですが、焼き上がると、釉薬には出せない、のっぺりとした色ムラのない質感が生まれます。
一見すると、プラスチックのように見える表現や、大理石の表面のようなマーブル状の模様も自在に作れる。まだまだ深く掘り下げられる可能性のある技法だと思っています。
また、犬を飼い始めたころをきっかけに、ペットのためのフードボウルを作るようになりました。もちろん買うのは飼い主ですが、「犬や猫にとって使いやすい器って何だろう?」と考えだすと発想が広がって楽しいんですよ。
ほかにも、時計、照明、アクセサリーなど、面白そうだと思えば何でも作ります。だからネタが尽きることはないですね。これからも陶芸の枠組みのなかで発想できるアイテムを増やしていきたいと思っています。