outline
陶器の器を手に取ったとき、表面の色やつや、質感に目を引かれることがあります。その表情を生み出しているのが「釉薬(ゆうやく)」です。釉薬は器の表面にかけて焼くことでガラス質となり、色や光沢を与えると同時に、水や汚れから器を守る役割も持っています。
こうした釉薬の性質を生かしながら制作を行っているのが、陶芸家・竹村良訓さんです。鮮やかな色づかいの器で知られる竹村さんは、既製のものは用いず、自ら調合した釉薬を用いて作品を制作しています。
焼き上がりの色や表情は、窯のなかで思いがけない変化を見せることもあります。意図と偶然のあいだで生まれる器の表情について、釉薬という素材の基本から話を聞きました。
取材・執筆:中島晴矢 写真:大西陽 編集:川谷恭平(CINRA)
陶芸家の竹村良訓さん。武蔵野美術大学卒業後、東京藝術大学大学院で文化財修復を学ぶ。古陶器の研究・修復に携わったのち、現在は陶芸作家として活動。2008年に開設した陶芸教室・陶房「橙」で指導も行う
釉薬とは? 役割や仕組みをわかりやすく解説
釉薬とは、陶器や磁器の表面に施して焼くことで、ガラス質の層をつくる液状の素材のことです。
陶器は、大きく分けて「成形」「素焼き」「釉がけ」「本焼き」という工程で進みます。土の種類や状態によって、釉薬の反応や発色が変わるため、事前の土の選定も重要な要素の1つです。
実際の工程ではまず、成形した土を低めの温度で焼き固める「素焼き」を行い、釉薬が付着しやすい状態をつくります。そこに、鉱物の粉末を水に溶かした釉薬を施すのが「釉がけ」です。
最終工程である「本焼き」では、1,200℃前後の高温によって釉薬の成分が溶け、ガラス質の層が形成されます。この一連の流れを経て、色や質感がはじめて現れるのです。
竹村さんが調合した釉薬
釉がけの様子。素焼きした器に、くすんだピンク色と緑色のような釉薬を施す
焼成前(右)と焼成後(左)の比較。釉薬は、熱を加える前と後で劇的に色が変化する。この器では、緑色の釉薬がピンクへ、ピンク色の釉薬が茶色へと発色している
釉薬の役割とは? 装飾・防水・耐久性を生む仕組み
釉薬には、大きく分けて「実用性」「防水・衛生」「装飾」という3つの役割があります。
実用性
表面に硬い層が形成されることで傷がつきにくくなり、器全体の強度も高まります。
防水・衛生
表面が無孔質のガラス層で覆われることで、水や油の浸透を防ぎます。これにより、カビや汚れの付着が抑えられ、衛生的な状態を保つことができます。
装飾
鉱物成分が熱によって化学反応を起こし、器に固有の色や光沢、独特の質感を生み出します。
釉薬の原料・成分と発色のメカニズム
釉薬の基本成分は、ガラス質をつくる主成分である「シリカ(二酸化ケイ素)」、高温で溶けて釉薬を安定させる「長石」、そして溶け方や質感を調整する「灰や粘土」から成ります。
これらを調合し、高温で焼くことでガラス質へと変化しますが、その色や質感はさまざまな要因によって左右されます。陶芸家のなかには、竹村さんのように原料を自ら調合し、独自の釉薬を作る人もいます。
竹村さんの工房にある釉薬
釉薬の色や質感は何で決まる?
釉薬の色や質感は、1つの要素で決まるものではなく、複数の条件が組み合わさることで生まれます。
原料となる鉱物の種類や配合によってベースとなる性質が変わり、鉄・銅・コバルトなどの金属成分の違いが発色に影響を与えます。さらに、焼成温度や窯の環境(酸化焼成・還元焼成など)といった焼き方の違いによっても、最終的な色や質感は変化します。
これらの条件が重なり合うことで、同じ配合でも異なる表情が現れることがあります。
釉薬の原料となる鉱物の数々
陶芸窯
代表的な釉薬の種類
古くから伝わる伝統的な釉薬には、いくつかの代表的な種類があります。
灰釉(かいゆう)は木灰を原料とし、自然な緑や黄味のある色合いが特徴です。長石釉(ちょうせきゆう)は、長石を主成分とする透明系の釉薬で、素材の質感を活かすことができます。
志野釉(しのゆう)は、白くやわらかな質感が特徴の日本の伝統的な釉薬で、織部釉(おりべゆう)は、銅を含み、鮮やかな緑色を生み出します。
かつて釉薬は、地域ごとの素材や技法によって多様に発展してきましたが、現在ではさまざまな材料や技法を組み合わせた表現も見られるようになっています。
釉薬の調合を「理科の実験」と語る竹村さん。こうした素材の組み合わせから生まれる色や質感は、どのようにつくられているのでしょうか。工房でのインタビューをもとに、そのプロセスをひもときます。
2026年3月、千葉県松戸市にある竹村さんの工房を訪ねた
陶芸は「理科の実験」に近い。独学から始まった竹村良訓のものづくり
MOLpチーム(以下、MOLp):お弟子さんや生徒さんが作業されていたり、窯ではいままさに陶器が焼かれていたりと、ものづくりの実用性と落ち着いた雰囲気が同居する工房ですね。まず、竹村さんが陶芸を始めたきっかけを教えてください。
竹村良訓さん(以下、竹村):じつは僕、大学で陶芸を専攻していたわけではないんです。学部時代は武蔵野美術大学の工芸工業デザイン学科で、木工や漆などさまざまな素材を扱うクラフトを学びました。
最初はデザインに興味があったんですが、実家が工務店だったこともあり、素材に直接触れる方が楽しくなって。同時に大学の陶芸サークルに入って、陶芸に出会いました。
竹村:その後、東京藝術大学の大学院で文化財の保存と修復を専攻します。もともと古いものが好きだったこともあり、陶芸専攻の研究室にも出入りするなかで、在学中にはろくろや窯をそろえ、この工房で制作を始めていました。
それが長じて、いまの仕事につながっていきます。僕にとって陶芸はアカデミックに学んだものでなく、独学で楽しみながら突きつめてきたものなんです。
MOLp:独学だったとは驚きです。10代のころは数学や理科がお好きだったそうですね。陶芸家というと「感覚派」のイメージがありますが、理系的なものづくりが根底にあるのでしょうか?
竹村:そうですね。僕は釉薬の調合が得意なんですが、陶芸というのはまさに「理科の実験」に近いと思っています。ほかの工芸と比べても、陶芸は窯のなかで化学変化が起こり、その結果として作品ができあがるという点で、すごく実験的なジャンルです。
たとえば木工や織物は、素材となる木や糸はすでに完成された状態にあり、積み上げていきますよね。一方で陶芸の場合、窯に入れるまでは釉薬をまとった「泥の塊」にすぎません。弱くてもろく、用途に耐えない状態です。しかも、焼き上がって窯から取り出すまで、それがどう仕上がるかはわからない。
条件を少しずつ変えて焼くことで、毎回違うものが生まれる。その不確実さも含めて魅力的です。そういう部分が自分の性に合っていたんだと思います。
MOLp:未完成だったものが、窯というブラックボックスを経て完成する。そのプロセスに魅力を感じていたんですね。
竹村:あとは仕上がりまでのスパンが短いというのもありますね。陶芸の手順としては、土を固める「素焼き」で一度焼いてから、釉薬で色を乗せてもう一度焼く「本焼き」を行います。
こういう二段階の工程があるので、着想から完成までおよそ1か月ほど。短い期間で多くの作品を作ることができ、さまざまなサンプルを得られるのも面白さの1つです。
竹村:じつは、僕の関心は作品が完成するまでのプロセスにあります。自分が納得いく作品ができた時点で、僕のなかではすでに成功しています。その先──買っていただいたり、使っていただいたりすることは、もちろんありがたいんですが、そこを目標に制作することはできないんですよ。
自由に使っていただいて、それが使いやすければうれしいという感じ。作家によって考え方はさまざまですが、そうした違いもまた奥深いところだと思います。