PROJECT DIARY

書き心地は、触感から始まる。
素材「NAGORI®」と筆記具「FUMI」

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触れた感覚は、使い終えたあとも、静かに手の記憶に残る。

さらさらとした陶器のような触感。手の熱をためにくい、ひんやりとした心地良さ。そして、適度な重さが生み出すなめらかな書き味。トンボ鉛筆が2026年3月に発売した新ブランド「FUMI(文海/フミ)」のシャープペンシルは、触れたときの感触が、使う人の記憶に静かに残る筆記具です。

その独特の質感や書き心地を支えているのが、三井化学により開発された、海水由来の新規複合材料「NAGORI®」。工業製品でありながら、1つひとつ異なる表情を持つこの素材は「書く」という行為に、これまでとは少し違う余韻をもたらします。

トンボ鉛筆と三井化学はどのようにしてこの素材と出会い、FUMIをかたちにしていったのでしょうか?両社の開発メンバーに、素材との向き合い方や文具に広がる新たな可能性について話を聞きました。

※ 掲載内容は2026年5月取材時点の情報です。

取材・執筆:東谷好依 写真:ただ 編集:宇野宙(CINRA)

NAGORI®との出会いが生んだ新ブランド

2026年3月に発売されたFUMIは、NAGORI®を採用した筆記具の新ブランドです。まずは、トンボ鉛筆さんが初めてこの素材と出会ったときの印象を教えてください。

佐藤和明(トンボ鉛筆、以下佐藤):2019年に、三井化学さんからNAGORI®のサンプルを初めてお借りしたのですが、グレーや白を基調とした落ち着いた色合いで、とてもモダンな印象でした。重量感があって、表面もマットな質感。上品で高級感があり、「これは面白い素材だ」と感じました。

トンボ鉛筆の佐藤和明さん。商品企画のメイン担当

そのあと、どのようにしてFUMIの開発に至ったのでしょうか。

佐藤:デザイナーからは、以前からNAGORI®を使った文具を作りたいと提案がありました。そんななか、社内でSDGsプロジェクトが立ち上がったんです。とくに海外では、企業のSDGsへの取り組みを取引の際に重視する動きが強まっていました。

海水由来という素材の特徴が、SDGsの取り組みにもつながるのではないかということで、NAGORI®を使った筆記具の開発がスタートしたんです。コロナ禍でプロジェクトは一時保留になりましたが、2022年末から個別プロジェクトのかたちで再び動き始めました。

※海水のミネラル成分から生まれた新規複合材料NAGORI®の詳細はこちら

既存ブランドの製品として展開する選択肢もあったと思います。なぜ新しいブランドとして発表されたのでしょうか。

今井拓治(トンボ鉛筆、以下今井):開発当初は、三井化学さんからいただいた試作材料を使って、既存製品の金型でいろいろ試していました。ただ、検証を重ねるなかで、この素材の魅力を活かすには、既存設計の延長ではなく、素材に合わせて一から設計したほうが良いという結論になったんです。

トンボ鉛筆の今井拓治さん(写真中央)。FUMIの設計を担当

一方、三井化学がNAGORI®を文具業界に展開したいと考えた理由はなんでしょうか。

加茂公彦(三井化学、以下加茂):NAGORI®は三井化学の製品のなかでも特殊な素材です。重さや質感といった魅力は、実際に触ってみなければ伝わりません。その点、文具は日常的に手に触れるものですし、ユーザーに寄り添ったかたちで素材の魅力を届けられるのではないかと考えました。

営業活動のなかで、さまざまな企業と接点があると思います。そのなかで、トンボ鉛筆さんと一緒に商品を開発したいと思った理由を教えてください。

加茂:トンボ鉛筆さんは、ブランドを大切に育てていく企業という印象がありました。例えば「MONO」や「PiT」も、製品を出して終わりではなく、長い時間をかけてブランドを育て続けていますよね。

私たちとしても、NAGORI®をもっと多くの人に知っていただき、広げていきたいという思いがあります。ブランドを大切に育てるトンボ鉛筆さんとなら、さまざまなラインナップや展開を通じて、その可能性を広げていけるのではないかと考えたんです。

三井化学の加茂公彦。新製品開発のリーダーを務めている

「一点モノ」の魅力を支える設計と素材開発

そうした両社の思いが共鳴し、誕生したのがFUMIなんですね。FUMIのシャープペンシルの特徴やこだわりについて教えてください。

佐藤:NAGORI®の冷感や重さをしっかり感じてもらうために、当初から軸全体にこの素材を使うことを考えていました。デザインの方向性は、シンプルでモダン。手に持ったときに自然と馴染むよう、少し丸みのある、ぽってりとしたフォルムにしています。

一方で、テーパーやクリップは輪郭が際立つシャープな造形にして、全体を引き締める役割を持たせました。とくにクリップは、光が当たったときにしっかりと面が感じられるようなデザインにしています。

カラーリングはどのように決まったのでしょうか。

佐藤:FUMIは、若い男性をメインターゲットにしていたので、モダンで落ち着いた色調と、マットな質感が合うだろうと考えました。また、4色それぞれで表面の模様を変えているのも特徴です。NAGORI®は自然由来の素材なので、工業製品のような均一さではなく、1本1本異なる表情を魅力として伝えたいと思いました。そこで採用したのが、波のような不規則な模様を生み出す「マーブル調」です。海由来の素材という背景もあり、相性が良いと考えました。

写真左から「シェルホワイト」「サンドグレー」「ストーンブラック」「シーブルー」の4色展開

今井:一般的な工業製品の量産品には、品質を一定に保つためにさまざまな基準を設けます。ただ、FUMIでは模様についてはあえて基準を設けていません。どんな模様が現れても良いという考え方で、それぞれの個体差も、この商品ならではの魅力ととらえています。

「一点モノ」の個性を活かす設計なんですね。NAGORI®をシャープペンシルのボディに採用するうえで、どのような苦労がありましたか?

今井:ノックキャップ(消しゴムをカバーするパーツ)のような厚みが薄い部分や、ペン先の鋭いエッジ形状については工夫が必要でした。当初の素材には、一定以上の荷重がかかると欠けたり割れたりしやすい特性があったので、従来の設計をそのまま適用することができなかったんです。

佐藤:じつはノックキャップは当初、別素材で作っていたんです。ただ、どうしても見た目の完成度に納得がいかなかった。そこで、三井化学さんに素材の改良をお願いしました。今回採用したのは、もともとのNAGORI®から強度を向上させた新しいバージョンです。この改良によって、最終的にはノックキャップを含めて、全体をNAGORI®で統一できるようになりました。

左が当初検討されていた別素材のノックキャップ、右が実際の製品。全体の素材を統一したことで、美しい一体感が生まれた

木村晋也(トンボ鉛筆、以下木村):デザイン面では、上下で分かれている軸をシームレスに見せることにも苦労しました。筆記具は製造上、軸の上下を別部品で作ることが多いため、その境目を隠すためにリングを入れるのが一般的です。でもFUMIは、全体を1つの塊として見せることがコンセプトでした。そのためリングを使わず、上下の軸が自然につながって見えるよう、細部まで徹底的に作り込みました。

トンボ鉛筆の木村晋也さん。商品企画のサブ担当

今井:軸の色味が上下で少しでもずれると、まったく別の製品のように見えてしまいます。どういう配合にすれば同じ色になるのか、何度も試作を重ねながら検証しました。苦労も多かったですが、そのぶん工夫のしがいがありましたね。

中高級筆記具で使われる材料は、じつはかなり限られています。樹脂も金属も定番の素材が中心です。そのなかで、まったく新しい材料に挑戦できたことは、非常に面白かったです。三井化学さんにも試作材料を積極的に提供していただいたので、「こういう形状にしたらどうなるだろうか」と、細かな検証を重ねることができました。

ボディの完成までに、何パターンもの試作を重ねた

三井化学は、トンボ鉛筆さんの徹底したデザインや使い心地の追求に対し、素材メーカーとしてどのように応えてきたのでしょうか。

堀江優衣(三井化学、以下堀江):私は主に、トンボ鉛筆さんの評価試験で発生した課題や不具合の分析を担当していました。NAGORI®は特殊な複合材料なので、一般的なプラスチックでは起こらないような現象が発生することがあります。「なぜこうなったのだろう」と原因を突き止めるのは難しく、苦労した部分でもありました。

三井化学の堀江優衣。NAGORI®の開発および技術サポートを担当

加茂:先ほど佐藤さんがおっしゃった通り、FUMIにはNAGORI®の新しいバージョンが使われています。私たち自身、その改良には以前から取り組んでいましたが、お客さまに採用していただいたのは今回が初めてでした。

文具として求められる強度を実現するためには、これまで経験したことのない評価や確認作業も必要でした。生産ラインの立ち上げやデータ収集も含めて、私たちにとっても新しい挑戦になりました。そうした素材改良の積み重ねがあったからこそ、今回の設計やデザインが実現できるレベルにまで到達できたのだと思います。

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