CEOメッセージ

2024年度の業績振り返りと課題
顕在化した課題に即応し、成長軌道への回帰を図る
2024年度業績は、成長領域の堅調な拡大により前年度比で増収増益を達成した一方、プラントトラブルの影響により当初見込んでいた収益拡大を達成できませんでした。また、成長領域も着実に成長してはいるものの、当初期待していたスピードには達していないことも課題と考えています。加えてコア営業利益の水準に対し、親会社の所有者に帰属する当期利益の水準が低く、資本効率性の改善が急務となっています。
2024年度の取り組みを振り返ると、まずベーシック&グリーン・マテリアルズ事業(以下、B&GM)ではクラッカー最適化検討をはじめとした再構築施策を予定通りに進めてきました。西日本における旭化成(株)、三菱ケミカル(株)との3社連携を通じた生産体制最適化およびグリーン化については、グリーンイノベーション基金への申請なども踏まえた検討を行ってきており、2025年度中には具体的なグランドデザインが策定できると考えています。また、誘導品の再構築についても一部前倒しで設備停止を行うなど、海外を含め順調に進捗しているという認識です。一方で会社全体としては、労務費や設備のメンテナンス費用などのコストが増大しており、資本効率の向上のためにもキャッシュ・フローマネジメント強化を通じたコスト構造の改善が急務です。今後は、資本効率性をこれまで以上に意識しつつ集中的な資源投下を通じてポートフォリオ変革を加速させることで、グローバルスペシャリティカンパニーの実現に向けて、成長軌道への回帰を図っていく必要があります。
足元の事業環境と今後の経営の方向性
厳しさを増す事業環境の中、全社で危機感を共有し、
事業ポートフォリオ変革を加速する
グローバルの事業環境においては、中国をはじめとした競合の台頭が大きなインパクトをもたらしています。特に石油化学においてはグローバル全体で同国の能力増強による供給過剰の影響を受けていますが、それに加えてハイエンドの領域における技術レベルの面でも急速にキャッチアップしてきており、半導体をはじめ自動車、メディカルといった広い分野で大きな脅威となりつつあります。
こうした事業環境の中、2025年5月の経営概況説明会で、B&GMの分社化についての方針を発表しました。ここ2、3年、分社化に関する議論を社内で何度も重ねてきましたが、このタイミングでの発表になった理由としては、グローバルの環境変化を受けて業界全体が再編の必要性を強く認識し始めたという点が挙げられます。また、当社グループとしては自助努力でできる再構築に目途がついてきたことで、次のステップとして水際競争力と厚いリソースを有する強靭な事業体を目指すべきだという認識が固まったことも、今回の発表に至った理由の一つです。この目指す姿を実現するためには、他社連携および再編の加速が必要不可欠ですし、また熾烈なグローバル競争を勝ち抜くことを目指す成長領域と、経済安全保障の観点を含め国内の広範なお客様を支えつつエッセンシャル産業としてグリーン化を実現していくことで日本を代表するベーシック&グリーンマテリアルカンパニーを目指すB&GMでは戦略目標や意思決定スピードが違うため、異なるガバナンス体制が求められることもあり、2027年近傍に分社化の実現を目指していくこととしました。こうした危機感は業界内外で共有されており、今後ますます再編のスピードは加速していくものと考えています。
一方成長領域についても、今後ますますグローバルに競争が激化していくと考えています。例えば、これまで日本の製造業はいわゆる上流と下流が一体となったビジネスモデルで成功してきましたが、近年はその中で日系企業が強みを持っていた下流領域においても中国をはじめとするアジアの新興企業が台頭しつつあります。自動車や半導体、製鉄業界などではすでに顕著ですが、化学業界でもこうした地殻変動が起こりつつあるということです。こうした環境の中で競争力を維持し、グローバルスペシャリティカンパニーを目指すためには、常に先を見据えた開発をスピーディに行っていく必要がありますし、アライアンスやM&Aを通じて技術、人財、資本などのリソースといったファンダメンタルな部分を強化していくことが、成長領域における一丁目一番地の戦略になると考えています。
成長領域における課題と戦略
資本効率を意識しつつ積極投資は維持し、
グローバルでビジネスを拡大する

成長領域全体の2019年度以降の成長率は当初期待していた水準には届いていないものの、ライフ&ヘルスケア・ソリューション(L&HC)においては足元で18%、モビリティは9%程度で着実に成長を続けており、確実に目標達成に向けた軌道上にあると認識しています。一方で、ICTソリューションについては、2030年度までに現状の倍の成長率を目標としており、これを達成するためには資本効率の改善と重点事業への選別的な集中投資が不可欠です。2025年には新光電気工業(株)への出資を行い、今後ますます需要増が見込まれる半導体パッケージ材料における事業拡大の布石を打ちました。同社は半導体製造プロセスの評価技術に強みを持っており、今後特に半導体製造の後工程において、当社グループの材料技術とのシナジーを期待しています。加えて、半導体製造の前工程についても事業を拡大していくため、今後必要に応じてさらなるM&Aなども検討しています。
前述した事業環境の変化によりグローバル市場の構図が大きく変わりつつある中で、新興国市場を含め今後は成長領域のグローバル展開加速への注力が不可欠です。これまでのようにローカルのマーケット情報を一度日本に持ち帰り、日本で投資判断や研究開発を行うという中央集権的な体制を脱し、各地域で製・販・研を一体化するローカライゼーションを通じて、ローカルニーズに迅速かつ的確に対応する地域戦略を加速していく必要があります。こうした方針のもと、今後は地域統括会社により大きな権限を委譲して、関係会社間の連携促進や研究開発を含めた戦略機能を持たせていきます。ヘルスケア分野で大きな市場の一つにアメリカがありますが、今後の拡大も踏まえ、L&HCの副本部長にMitsui Chemicals America, Inc.社長のAntonios Grigoriou氏を迎えたのも、そうした取り組みの一環です。加えて重要なのは、事業本部ごとに横串を通すことで、これまで個別最適に展開していた事業運営を見直し、共有できるアセットは共有し、オペレーション面でも効率化を図っていくことです。そのために2025年に新設した地域戦略推進部が中心となって今後のロードマップとマイルストーンを検討し、具体策を迅速に実行していきます。また、2024年に立ち上げたCxOワーキンググループにおいても、事業本部を横断した形で各CxO下の機能戦略を推進するための集中討議を行っています。
こうした施策を迅速に実行していくとともに、資本効率の改善にも手を打っていきます。そのためには、収益拡大により稼ぐ力を高めるとともに、これまで以上にキャッシュ・フローマネジメントを徹底していくことが重要です。これまでの投資の成果をきちんと振り返り、投下資本に見合った回収ができていない事業・関係会社については早期に改善を図ります。従来よりも厳しい目線で、かつシステマチックに関係会社を含め事業の位置づけの見直しを行い、収益性や資本効率に課題のある領域は再構築のマイルストーンを定め、毎年成果を確認した上で、場合によってはベストオーナーの探索も検討します。こうした施策を徹底していくことで、ROICやROEといった数値目標の達成に近づいていきます。また、キャッシュ・アロケーションの面では、フリー・キャッシュ・フローの創出・拡大を通じて配当水準の向上も図っていくことで、例えば、配当方針について、当社グループが重視しているDOEの目標を現状の3%から4%水準へとさらに引き上げることも視野に入ってきます。
新事業・新製品開発の推進
全社全事業でデザイン思考への転換を進め、
ソリューション型ビジネスモデル構築を実現する
VISION 2030を発表して以降、ソリューション型ビジネスモデルの構築および新製品・新事業開発の投資が拡大しつつある中、これまでの成果は決して十分なものではなかったと認識しています。その原因としては、事業創出における考え方が従来型のB to Bのアプローチの域を出ていなかったことが挙げられます。B to C、あるいはオーラルケアなどのL&HCで中心となるB to P(プロフェッショナル)のビジネスをつくっていく上では、消費者や実際に製品・サービスを利用する側に立った川下の目線が必要であり、今般、CTOにこうした知見が豊富な表が就任したのも、そうした転換を加速するための一環です。また、先ほども述べた地域戦略ともシンクロしつつ、よりマーケットや消費者に近い場所へと人材を含めた研究開発資源のアロケーションを進めています。加えて重要なのは、従来型の、あくまで目の前の顧客ニーズへの対応すり合わせに特化した素材提供ビジネスから脱して、事業デザインを先行して考えることです。例えば2024年に出資したGlydways社との協業では、まず同社が構想する新交通システムの全体像や、その最終形のイメージを共有することからはじめ、そのシステムの中で当社グループが貢献しうる開発からメンテナンス、リサイクルといった領域に対し、素材や技術といったあらゆるリソースを複合的に提供していくというアプローチをとっています。このように他社が容易に参入できない強力な競争優位性を築くためには、まず事業の全体を知り、どの部分であれば当社グループの強みが発揮できるかを考えるというアプローチが重要になるということです。こうした考え方は当社グループ内でも着実に浸透しつつあり、すでに新事業開発センターを中心に着々と事業化の芽が育ってきていますが、今後はCTOの表の指揮のもと、これを全事業本部にも広げていくことを目指します。
非財務KPIの状況とサステナビリティへの考え方
サステナビリティこそが事業のコアと考え、
愚直に取り組む

VISION 2030にて設定した非財務KPIは、おおむね毎年求められる水準をクリアしていますが、一方で現在の指標が真に財務指標とリンクしているかどうかという点は常に検証を続けていく必要があると考えています。
当社グループにおいて重要な、役員報酬にも係数として織り込まれているBlue Value®・Rose Value®の製品売上収益比率については、足元でやや拡大のスピードが鈍化しています。これは新事業および新製品開発のパフォーマンスがベースとなりますので、今後全社へのデザイン思考の浸透などにより新事業・新製品開発が加速すれば、自ずと同指標も向上すると考えています。
もう一つ重要なマテリアリティである安全および安定生産については、2024年のプラントトラブルの財務インパクトが大きく、生産技術の強化に向けて早急に体制を構築し、技術面だけでなく、働き方や組織のあり方も含めて見直していく方針です。つまり、安全や安定生産のような非財務指標は、それを支える組織面がきちんとできているかを測る指標でもあるということです。
人的資本に関わる女性管理職比率や、執行役員多様化といったダイバーシティの実現については、まだ十分とは言えないものの、着実に進捗しています。一方で従業員エンゲージメントスコアについては、2024年度は前年度と同じ水準にとどまり、目標未達の原因分析を進めていますが、要因別に見ると従業員の生産性と相関の強い「Strive(努力する)」は改善が見られています。また、デジタルトランスフォーメーションの実現に関わるデジタル人材の育成については、専門性の高い人材にしかるべき処遇を提供するとともにその能力を発揮してもらうため、2025年にデータサイエンティスト・スペシャリスト制度を運用開始しました。それ以外にも、CxOワーキンググループのもと、専門職向けの採用・育成制度に加え、従業員のライフステージなどに応じたより柔軟な人事制度の策定に向け、議論を進めています。
現在米国などで一部ESGに対する逆風の動きも見られますが、当社グループのマテリアリティおよびサステナビリティについての考え方は一過性のものではなく、また単に事業や経営の手段にとどまらない、企業としてのポリシーであり経営のコアですから、基本的に変える必要はないと考えています。
CEOとしての使命
あらゆるステークホルダーの期待に応え、
企業グループとしての責任を果たす
私は企業と社員がともに成長する会社づくりが重要だと考えています。さらにそこに株主の皆様をはじめとしたあらゆるステークホルダーを含め、より広い視点で企業価値を向上させていくとともに、皆様に対してきちんと当社グループの目指す方向性を提示し、納得感を持ってついてきていただけるよう行く先をガイドしていくことに、CEOとしての私の責務があります。またこうしたステークホルダーとの関係性は対等であるべきだと考えており、その一環として、従業員への株式インセンティブ制度の導入などによって、株主の皆様と同じ視点を持ち、同じ目線で考えられる環境をつくってきました。こうした基本的な考え方は経営計画システムの原理原則となるものであり、今後も不変です。2025年はB&GMの分社化という、当社グループにとって大きな変化となる方針を発表しました。本発表については各国の化学企業のトップからも大きな反響があり、改めてそのインパクトを実感するとともに、これは当社グループに寄せられた期待と、責任の大きさでもあると感じました。当社グループに関わる従業員、株主の皆様を含めすべてのステークホルダーがきちんと納得感を持てる会社づくりをしていかなければならないと改めて思い、それをやりぬく決意を強くしました。ポートフォリオ変革はまだまだ道半ばであり、厳しさを増す外部環境の中においても、世界で存在感のあるグローバルスペシャリティカンパニーの実現に向けて、必要な手を迅速に打っていくことで具体的な成果を打ち出し、皆様のご期待に応えていきたいと思います。