新旧CSO ✕ アナリスト鼎談
変革を実現し、強みを利益につなげることで企業価値を向上する
VISION 2030スタートから3年が経過。
様々な内外環境変化のもと5つの基本戦略に沿った取り組みを進める中で見えてきた成果や課題について、
みずほ証券(株)アナリストの山田幹也氏を迎え、新旧のCSOが率直に語り合いました。
VISION 2030の実現を確実なものとするために
はじめに、長期経営計画VISION 2030の進捗について、目指すべき企業グループ像にもあるような、化学の力による多様な価値の創造や社会課題の解決をどのように進めてきたのでしょうか。3年間の振り返りをお願いします。
みずほ証券(株)
エクイティ調査部
シニアアナリスト
山田 幹也 氏
ダウ・ケミカル日本で、研究開発、財務企画担当部長、ダウ太平洋地区フィナンシャル・プランニング・マネージャーなどを歴任。ゴールドマン・サックス証券、JPモルガン証券、リーマン・ブラザーズ証券、バークレイズ証券などを経て、2016年にみずほ証券入社。現在、化学・繊維部門を広範囲にカバー。「日経(化学・繊維部門)アナリストランキング」5年連続(2019ー2023)第1位。
専務執行役員
ベーシック&グリーン・マテリアルズ事業本部長
伊澤 一雅
利益目標の面では、現状目標ペースに対し劣後しているものの、事業ポートフォリオ変革やソリューション型ビジネスモデルの構築など、基本戦略についてはこの3年間で大きく進められたと考えています。成長領域はいずれも伸長を続けており、加えて各部のソリューション部隊や新事業開発センターの主導する新事業の開発も活発で、特に従来の素材提供からソリューション型ビジネスへの転換という意識は社内全体へ着実に浸透してきていると感じます。
三井化学グループは、ソリューション型ビジネスモデルを掲げる前から、お客様の抱える課題を解決し続けてきました。私たちの持つ素材が、製品をつくるための要になっていたというケースがしばしばあるのです。しかし、従来はお客様の課題や、自社の製品の課題解決能力を十分に自覚していなかったために、お客様の求める物性の素材を提供するにとどまっており、ソリューション型ビジネスにつなげられていませんでした。現在は、製品とお客様についての理解を今まで以上に深め、自らソリューションを提案する売り方へ、すなわちマテリアルプロバイダーからソリューションプロバイダーへと変わっていく途上です。そのためにも現在加速しているベンチャー企業との連携などの取り組みは、より川下に近い部分の知見を深める上で必要なことだと考えています。
常務執行役員
CSO
市村 聡
そうしたソリューションの提案を実現するには、顕在化した課題だけでなく、お客様の潜在的な課題を引き出すことが必要だと思います。例えば三井化学グループにはアドマー®やタフマー®などのいわば標準化された素材がありますが、これらを原料として樹脂コンパウンドの形で提供することを通じ、多様なソリューションを提供できます。そうした幅の広さが高い付加価値を生むと思います。このような多様なソリューション提供の実現には、自社の製品やお客様のニーズ、そして社会的な課題を深く知ることが不可欠であり、基本戦略の一つであるDXもそのための大きなツールになるように思いますが、課題発見のための取り組みは、今後どのように加速していくのでしょうか。
私たちは化学素材メーカーなので、お客様の課題は素材を起点にして引き出すしかありません。実際に素材を見せながら、お客様との会話の中で課題解決ができるポイントを探していくべきでしょう。そのために重要なのは、社内間でしっかりと情報の横軸を通すことです。課題を解決できる製品があっても、提案する人間が担当する製品しか理解していなければお客様への提案力が限定的になってしまいます。グループの持つあらゆる製品や技術を適材適所に活かした提案をするため、部門間の壁を壊していくことが、私たちの次のステップです。
そうした流れを加速させるための取り組みの一つが、2024年10月にオープンする共創空間「Creation Palette YAE™」です。当社グループの歴史の説明をはじめとして、ありとあらゆる製品のライブラリーを設け、社員や研究者がここでお客様と直接コミュニケーションを取りながら製品の説明をすることで、製品への理解はもちろんのこと、お客様の課題のヒアリングや提案力といった面を強化できるのではないかと考えています。
また、2023年度からはグループ関係会社の参加するビジネスコンテストを開催していますが、これは関係会社の持つ各地域特有の知見やお客様のフィードバックを活かしながら、グローバル規模でニーズや課題を探るきっかけとなっています。多くのビジネスアイデアを生み出しつつ、グループとしての一体感を高める機会にもなっていますね。
ROIC経営の浸透を通じて、利益の創出を徹底する
ソリューション型ビジネスモデル構築に向け様々な取り組みがされているということで、大いに期待しています。次の課題は、これらの取り組みから適正な利益を安定的に獲得することであると思います。多くのアイデアがあったとしても、適切な利益が得られなければ社会からの信任を得ているとは言えません。ROICが適切な水準にない事業は、過大な経営資源を投下していることになると思います。裏を返せば、社会的な信任を得たビジネスであれば必然的に適切なROICを獲得できるはずであると私は考えているのですが、三井化学グループは今後どのようにして「儲かる仕組みづくり」をしていくのでしょうか。
いただいた指摘は、私もベーシック&グリーン・マテリアルズ事業の本部長として、非常に悩むことの多いトピックですが、今後重要な取り組みになっていくのがグリーンケミカルです。バイオマスナフサ導入をはじめ、件数・製品数ともに順調に伸長しているものの、利益につながるようになるには今少し時間を必要とするでしょう。現在は一つの変革期にあると言えます。長期的な視点に立ったときにより重要なのは、様々な方向へまずチャレンジし、実績をお客様に評価していただくことだと考えていますから、引き続き必要な投資は行っていく方針です。
私も山田さんと同じように、社会貢献の価値とは、そこから生まれる利益を通じて測ることのできるものであり、お客様に価値を認めてもらえる製品であれば自然と利益が上がるものと考えています。既存事業においては、お客様の考える価値に見合った、適切な価格設定が不可欠ですが、まだ十分に突き詰められているとは言えません。また、新規事業においては現在、新事業開発センターで生まれたアイデアに対して、市場規模と利益率のマッピングとその事業化可能性を評価するシステムを導入しています。今後はこのシステムを各事業本部における開発に拡充していけると考えています。
経営システム面では、ROIC経営の徹底を進めており、毎年事業本部ごとに各事業のバリュエーションを行っています。
経営指標としてROICを採用しているのは素晴らしいと思います。対売上高営業利益率は総資産回転率が含まれていない点で、指標としては不十分ですから。ROICの向上には、製品の付加価値を高め、資本コストも含めた総コストを上回る水準まで価格を引き上げるか、大量生産方式で総コストを下げるかという両極端のドライバーをどう使うかが重要だと思います。
また、社会課題解決への貢献については、真にサステナブルなソリューションであれば、ROICは自然にWACCを上回るはずと私は考えています。そうでなければそのソリューションは事業化に適さないということです。あるいは、現時点では社会がその価値を認めていないがゆえに事業にならないという可能性もありますね。こうした観点からどのように事業を仕分け、より確度の高い事業に経営資源を配分していくのでしょうか。
ROICを基準にした事業分類において重要なのは、こうした考え方を経営陣だけではなく、従業員一人ひとりに浸透させていくことだと考えています。ROICツリーを分解していき、日々の業務がどう最終的な企業価値につながっているのかを理解することで、より正確な評価と判断が可能になります。今後はこのような、経営陣目線でのROIC分析とより草の根的な目線の、2つのアプローチで進めていくことになります。
またそうした草の根的なアプローチを人事部門と協力しつつ進めることで、例えばエンゲージメントの高い従業員が周囲を巻き込み、理想的な教育の拡大再生産が行われるのではないかと期待しています。
「触媒の三井」らしく、人材戦略でも触媒反応を起こすということですね。
自社のポジションと強みを理解することで、適切に経営資源を配分する
グローバルに高成長を続ける化学市場において競争優位性を獲得するために、三井化学グループでは経営資源の投下や調達、あるいは場合によって事業売却などの判断はどのように意思決定していくのでしょうか。
まず全体の長期経営計画を3年ごとのローリングで進めつつ、事業本部がそれぞれ3年間の予算計画を練り、その中で個別に議論を進めていく経営計画システムを基本としています。また、それとは別に社長をはじめとする役員が幅広いテーマについて議論を交わす戦略会議があります。M&A案件などについて、必ずしも所与の予算計画にとらわれない自由な議論ができる場で、より柔軟で迅速な意思決定を進められるシステムを整えています。
例えば現在で言えば、リチウム電池や液晶パネルといった市場規模の大きな素材については、まさに中国をはじめとするアジアの企業が大幅に競争力を高めている分野であり、必要とされる経営資源も幾何級数的に増加していくことが想定されますが、そうした分野についてはどのようにお考えですか。
まず、こうした規模の大きい分野は、自社のみで進むより同業他社と連携するやり方があると思いますが、そうなると意思決定のスピードに差が出てしまいます。私たちが得意とするのは、もっと市場が狭く、それでいて高い技術力が必要な、レンズモノマーのようなニッチな分野であり、こうした分野での競争力を高めていく必要があると思います。もう一つは、グリーンケミカルの分野です。DXやブロックチェーン技術を用いてトレーサビリティを高めることで、環境への貢献を可視化し新たな付加価値を提供する戦略です。
欧州ではすでに先行した動きがみられますが、今後は製造業における環境影響のトレーサビリティがますます求められていくと思います。輸送時、製造時のコストを含めた情報開示を徹底し、付加価値を認めてもらうことで、やがてブランディングなどに利用できるようになれば、環境貢献だけでなく利益につながりうる分野だと思います。
経営資源の配分についての議論を進める中で最終的に行き着くのは、私たちの強みは何かということです。当然経営資源には限りがありますから、世の潮流を読みつつも、自分たちの持っている技術力や、企業としての力を冷静に分析し、その投資先を考えていかなければなりませんね。
ベーシック&グリーン・マテリアルズ事業の評価と今後の取り組み
伊澤さんのおっしゃる通り、自社の強みや得意分野を基準にして戦略を立てることは非常に重要です。それを踏まえた単刀直入な質問ですが、ベーシック&グリーン・マテリアルズ事業は果たして三井化学グループの得意な事業、やるべき事業なのでしょうか。
ベーシック&グリーン・マテリアルズ事業にはクラッカーを用いた基礎原料と、誘導品という2つの側面があります。前者はまさに業界内でも再編が取り沙汰されている分野ですが、当社グループでも、誘導品から逆算して必要な基礎原料に絞るという形で他社との協業も進めつつコストを削減していく動きを進めています。
誘導品については、経済安全保障上の問題などもクリアしつつ、エクイティスプレッドを指標として確実に上回っているものに注力する形で再構築を進めているところです。
汎用品である基礎原料がメインであるクラッカーですが、実は誘導品についてはお客様にとっては、特定の銘柄が代替の効かないエッセンシャルな製品となっているケースもあるのです。今後はそのような製品をしっかり把握しつつ、業界内で一種の共同体となりクラッカーは運営しつつ、誘導品については各社の強みを活かして供給していくことになるだろうと考えています。また、当社グループの場合歴史的な経緯もあり、クラッカーは高度な技術の塊ですから、人材を含めた技術の鎖を断ち切らないように配慮する必要があります。
アセットライトを進めていく中で、お客様との対話で製品の新たな価値に気づかされることも少なくありません。そのような場合は、お客様に認めていただいた価値をしっかり価格に反映することが必要です。ROICを指標とした仕分けと適切な価格政策による全体最適化のために、今後はより思い切った意思決定が重要になるでしょう。
そうした意思決定のためには、リスクマネジメントシステムを洗練させていく必要があると思いますが、いかがでしょうか。
山田さんのおっしゃる通りです。そのために2023年にはリスクマネジメントシステムの強化を行いました。これは全社的かつ網羅的にリスクを脅威と機会の両面を捉えるための施策で、具体的にはリスクマネジメント委員会を設置し、各担当役員をリスクマネジメントオーナーとすることで、ボトムアップでリスクを拾い上げる体制ができました。一方で、リスクというとこれまで経営層やESG関連部署の管轄という捉え方をされてきており、事業本部においては、これまで暗黙知として管理されてきたこともあったので、今後は、現場も含め全社的にリスクを自分ごととして捉えてリスト化し、形式知として運用する活動が必要であり、私が新CSOとして全社を巻き込んでやっていくべきことだと考えています。
財務と非財務を統合し、強みを活かして競争力を高める
ここまで主に事業および財務面についてお聞きしてきましたが、非財務面についての考え方もお聞かせください。
当社グループでは財務と非財務の統合を重視しています。それは、ESG推進室がIR部門の一角ではなく、経営企画部と並立した組織体系になっていることにも表れています。
具体的な取り組みとしては、財務KPIと非財務KPIを結びつけたKPIツリーの作成が挙げられます。各部門と連携しながら作成することで、非財務活動がいわゆる会社のサポートにとどまるものではなく、しっかりと財務につながっていることを意識してもらった上で、現場目線でのKPIの見直しや再設定も行われています。
形骸化したKPIにならないよう、常に最終目標を意識しながら精緻に作成したという自負がありますから、今後きちんとそれらを開示し、ステークホルダーとの情報ギャップを埋めていきたいと考えています。
マテリアリティと連動しながら、各KPIに担当役員がついて管理しているという点も好印象です。こうした点をステークホルダーに向けてきちんとアピールすることで、結果として借入金の調達コストやWACCの低下など、財務指標への好影響につながっていくことが期待できますね。最後になりますが、お二人がステークホルダーに向けてもっとアピールしたいと考える、三井化学グループの強みとは何でしょうか。
技術力を含め、様々な強みを持っていますが、あえて一つ挙げるとすれば私は人の力だと思います。従業員の個の力はもちろん、全体で連携して動こうとする組織の力としても、強いものを持っていると感じます。それは三井化学グループに受け継がれるDNAであり、培ってきた財産でしょう。
私も伊澤さんと同じく人に強みがあると考えており、特に当社グループはボトムアップの姿勢に特長があると感じます。事業環境の変化が激しい時代を乗り切るために、ボトムアップの柔軟な文化は大きな基盤です。一方でグローバルに成長を続けていくためには、トップダウン体制による迅速な意思決定も求められますから、今後両者を融合させていくことでさらに強い企業グループになれると考えています。
社外にいる私からは、やはり技術力についても触れておきたいと思います。特にポリマーサイエンスや精密合成などは、世界でも有数の高度な技術であり、他社との強力な差別化要素と評価しています。また、こうした高度で幅広い知見と経験に裏打ちされたソリューションを結集させて、いわば化学をas a Service化するのは、三井化学グループのような総合化学企業にしかできませんから、ぜひ既存の強みと、新しいアイデアをしっかりと活かしてください。
最後になりますが、私はVISION 2030の目指す姿の中でも、「化学の力で」という部分が素晴らしいと思っています。現代は化学工業製品よりも天然素材の方が評価されがちですが、実際には天然品はコストが高いものが多く標準化も困難です。素材を工業化し、標準化して世界中の80億人に価値として提供していくのは、化学産業の使命だと思います。
本日は非常に多くの示唆に富むご指摘をいただきました。今後CSOとして、VISION 2030の実現を通じて、社内外に「化学の力」を伝えていきたいと思います。