社外取締役 ✕ 投資家座談会
課題を受け止め、VISION 2030実現に向かうあるべき姿を模索する。
VISION 2030進捗振り返りと、見えてきた課題
VISION 2030をスタートされてから3年が経過したということで、まずは皆様にこれまでの戦略や課題に対しての評価を伺いたいと思います。まず、はじめに、社外取締役の皆様から見た三井化学グループの競争優位性と、それをどう活かしVISION 2030を実現していくのか、お考えをお聞かせいただけますでしょうか。
りそなアセットマネジメント(株)
チーフ・サステナビリティ・オフィサー
常務執行役員 責任投資部担当
松原 稔 氏
1991年りそな銀行入行、以降一貫して運用業務に従事。投資開発室および公的資金運用部、年金信託運用部、信託財産運用部、運用統括部、アセットマネジメント部で運用管理、企画、責任投資を担当。2020年4月りそなアセットマネジメント 執行役員 責任投資部長、2023年8月より現職。
インパクト志向金融宣言運営委員会副委員長。経産省SX研究会委員。インパクトコンソーシアム運営委員。
日本国際博覧会協会「持続可能性有識者委員会」委員等多数。主な書籍『エシカル白書』共著、他。
私は約40年にわたって自動車産業で技術開発や経営戦略に携わった後、ちょうどVISION 2030がスタートした2021年に当社の社外取締役に就任しました。3年間の総括としては、順調に事業ポートフォリオ変革の取り組みが進捗した反面、残っている課題も多いと感じています。成長領域の収益は伸長しているものの、ベーシック&グリーン・マテリアルズ事業は依然としてボラティリティが高く、再構築道半ばという状況です。また、未だ成長領域の各部門間に壁があるように感じていますが、研究者との横のつながりが希薄となっていることも原因ではないかと思います。例えば、研究サイドのアウトプットを出す力を高め、その成果を事業サイドに共有し、そのポテンシャル、実力をより明確に見える化できると良いのではないでしょうか。
また、事業部門別ではなく、グループ全体としてどの方向に力を集約し、発揮するべきかを会社としてしっかりと認識し、方向感を出していくことも必要と考えます。当社グループは、2030年のありたい姿として「未来が変わる。化学が変える。」というメッセージを発信していますが、化学に対する一般論にとどまっている印象もあるため、もう一段のブレイクダウンを行い、より具体的な当社グループの方向性を追求するべきではないかと思います。
社外取締役
(在任期間3年)
馬渕 晃
社外取締役
(在任期間2年)
三村 孝仁
私は医療産業から2022年に社外取締役に就任して2年が経ちました。VISION 2030策定時よりも海外競合の存在感も増し、成長領域も進捗に濃淡が出てきている印象があるので、さらなる成長の形を追求していく必要があるように思います。経営の視点からは、資本コストの意識をより徹底していくこと、特に今後の成長戦略に欠かせないM&Aに関して事後のモニタリングやPMIを強化することが重要であると思っています。
当社グループの競争優位性については、世界やアジア、国内で非常に高いシェアを誇る素材や技術がありますから、そうした分野について全社的に理解を深めていくことが、馬渕さんもおっしゃったような全社一丸の意識を醸成していくために必要なのではないでしょうか。
ベーシック&グリーン・マテリアルズ事業において短期的なボラティリティを低下させていくという課題に注力していくことは、VISION 2030で掲げている長期的な目標とはいささか時間軸が異なるように感じますが、この2つは分けて考えておられるのでしょうか、それとも最終的にはつながってくると考えておられるのでしょうか。
成長領域と同事業はある程度分けて考えています。成長領域については財務面だけでなく非財務面においてもリスクと機会を精緻に判断し、より安定的な成長を今後目指しています。一方で、ベーシック&グリーン・マテリアルズ事業は日本の基幹産業として社会基盤を支えていくという責任も果たしながら、同業他社との協業などをリードする立場になっていくことが、会社を強くするために必要な要素と考えており、そうなることを期待しています。
DXの推進、無形資産のさらなる活用に向けて
私は2024年6月に社外取締役に就任したばかりですので、新たな目線で意見を申し上げたいと思います。(株)リコーにて、グループ全体のデジタル人材戦略に携わり、製造業におけるデジタル変革を間近で見てきましたが、当社グループはデジタルスキル強化が課題だと感じます。VISION 2030では、現状、DXに関連するKPIがデータサイエンティスト数のみとなっていますが、それでは今後の変革のため十分とは言えず、目標値やKPIの見直しが必要ではないかと考えます。
また、馬渕さんからも部門間の連携に課題がある旨のお話がありましたが、グループ内の人材の持つスキルや社内で必要とされているスキルの可視化が足りておらず、事業戦略と連動した人材の配置が円滑に進んでいないこともその要因ではないかと考えています。
ただ、最近はWorkdayを導入し、インフラも整いつつあることを踏まえますと、今後は、当社グループが培ってきた材料技術に関するスキルの可視化に加え、ソリューションビジネスやサーキュラーエコノミーへの対応に必要不可欠なデジタル技術についても、リテラシーを含めてスキル向上を図るべく取り組むことが課題になると思います。
社外取締役
(新任)
木原 民
多くの企業が事業戦略のサイロ化という課題を抱えていますが、それに対して横串を入れる手段としてデジタル技術が有効であるということですね。ソリューション型ビジネスへの転換には、他部署の人材、取り組みへの理解、腹落ちが不可欠と考えますが、そのような人的資本のプラットフォーム化のハードルは高いように思われます。その実現に向けては、どのようなチャレンジが必要となるのでしょうか。
人材戦略は経営目標に対するTo Beを定め、As Isとのギャップを埋めていくものと考えますが、まずは、一人ひとりのスキルや、必要なスキルレベルをきちんと把握していく地道な作業によるAs Isの可視化から始めることになると思います。製造業は、技術の伝達が暗黙知化されており一子相伝のような部分があるため、スキルの可視化に慣れていないと思いますが、全社員のスキルを同じ物差しでオープンにすることで、自分たちに不足している部分に思いが至りTo Beの定義にもつながってくるので、As Isの可視化に早急に取り組むべきと思います。
私は組織図を見れば経営戦略と人材戦略の関係性について多くのことが読み取れると考えています。例えば人事部門が財務部門の傘下にある場合はコストカットの意識が強く、人材戦略が経営戦略と統合されづらく、部門ごとの戦略がサイロ化されていく傾向があると思います。木原さんのおっしゃるTo Beはあくまでも経営戦略全体のものとして定義されるべきものでしょう。
当社グループは、取締役がCHROを務めており、組織図上からも経営が人材戦略を重視していることは明確です。今後は具体的な戦術への落とし込みにスピード感を持って取り組むことが課題と考えています。
人的資本と並んで知的資本も重要なテーマとして資本市場の注目が集まっていると感じますが、三井化学グループにおいてこれからの知的資本、知的財産で強化すべきポイントはどこにあると考えますか。
当社グループが保有する知的財産の見える化が必要と思います。研究部門での見える化は進んでいるかもしれないが、全社での共有はまだ不十分と感じます。M&Aでは、相手企業、当社グループ双方の強みを把握した上で、どのようにシナジーを発揮していけるかという議論があるべきですが、その際に客観性を持って冷静な判断を行うために、自社の知財の保有状況を可視化することも有用ではないかと思います。
知的財産の担い手となる優秀な人材の獲得・育成に向けて、いわゆるフェローのような、高度専門職人材に関わる人事制度の有効活用も重要と思います。当社グループにおいても、研究や知財のスペシャリスト職という枠組みを置き、通常のライン職とは異なる評価基準を設けていますが、こうした取り組みは社外に対しても技術を大切にしている会社だという強力なアピールになると思います。
技術系の人材をいかに処遇し会社のアウトプットにつなげていくかということは製造業において重要な課題ですね。技術系人材の中でも狭い分野で高いスキルを発揮するタイプもいれば、幅広い分野の技術をまとめ、事業化していくことに強いジェネラリストのようなタイプもいて、本来そのバランスが重要なのですが、従来の人事評価制度では後者の方が評価されやすいという偏りが存在するように感じます。技術力に特化した人材を適切に評価するための基準が必要と思います。
おっしゃる通り評価設計は重要だと思います。しかし、どの会社においてもフェローのような高度専門職人材は、専門性のみをもって高く評価されているものではなく、巻き込む力やプロジェクトマネジメント力のようなものなども合わせて総合的に評価されていると考えますので、高度専門職人材の定義のつくり込みにおいて工夫が必要と思います。なお、こうした評価制度はしばしば時間の経過とともに形骸化していくものですから、環境の変化に合わせて定義の見直しなどのアップデートが必要と考えます。
技術の分野における課題も多様化が進み、1社で完結することが難しくなっているため、M&Aが増えてきていますが、全体のデザインがきちんとされているかという点に留意するべきです。M&Aを行うことが目的化するようなことが無いよう、技術部門と全体像を描く人材が方向性を共有した上で判断する必要がありますが、当社グループにおいては、その点がしっかりできていない部分があり、過去のM&A事例も残念ながら成功率が低く、モニタリングの強化が課題であると感じています。そのためにも人材戦略は重要で、ビジネスデザインができる人材の確保・育成が必要と思います。
化学メーカーとしての社会的責任を果たしつつ、経済的価値との両立を目指す
次に皆様に伺いたいのが、化学メーカーとしての社会課題についてのお考えです。昨今サステナビリティガバナンスが重視されているように、いかにしてネガティブなインパクトをモニタリングし、ポジティブインパクトに変えていくかということが問われています。一方で、こうした企業の責任を果たすことに注力していくと、短期的には収益と相反するような側面もあり、非財務への取り組みを通じて財務に結びつく道筋が、投資家からはしばしば見えづらいと思われます。こうした点に対する見解をお聞かせいただけますでしょうか。
こうした課題については2030年のGHG削減目標や2050年のカーボンニュートラル目標を設定した上で、詳細な非財務KPIに沿って取り組みを進めています。その中でもBlue Value®・Rose Value®製品は社会課題解決に貢献するのみならず、利益率が高いという特徴もあり、社会的価値と経済的価値を両立した取り組みだと言えます。一方でバイオナフサの導入などは、依然として安定的な収益につながるまでに課題をクリアする必要があると感じています。
先ほども人的資本や知的資本の領域においてデジタル技術による客観的なデータの可視化や活用が有効とお話ししましたが、サステナビリティへの取り組みでも同様のことが言えると思います。現在当社グループではERPをはじめとするIT基盤の強化を進めていますが、これによって今後サステナビリティに関連する施策について、短期的には収益に対しマイナスに働くとしても、長期的にはプラスに転じていくようなシミュレーションをスピーディに実行できるようになると期待しています。こうした仕組みを活用することで、より適切な施策の実行やリカバリーのスピードも上がり、当社グループの企業としての優位性も確保でき、ステークホルダーの納得感も高まるのではないでしょうか。
Blue Value®・Rose Value®製品やバイオナフサのような取り組みを着実に進めていくと同時に、そうした製品の持つ付加価値をきちんと社会に認識してもらうような活動も今後重要になるでしょう。その際に、現在欧州を中心としてEV自動車で起こっているような揺り戻しの議論も注視する必要がありますね。
三村さんの触れられた揺り戻しのような現象から考えると、世界におけるESGやサステナビリティへの議論の一端には、地球環境の改善という最終的な目的はありつつも、ルール形成の一つの大きなビジネス戦略という側面もあると言えるのかもしれません。だとすれば、三井化学グループがこうしたルール形成に参画していくということもありうるでしょうか。
非常に重要なことだと思います。VISION 2030の「未来が変わる。化学が変える。」には、今一度化学の力を再評価して、一部のネガティブイメージやルール、社会の仕組みを変えていくという野心的なメッセージも含まれるものとして捉え、そうした側面においても当社グループがリーダーシップを発揮していくことに私は期待しています。そのためには与えられたルールに振り回されるのではなく、積極的に化学産業の貢献価値をアピールし、それを損なうことなく、同時に持続可能性を実現するためのルール形成に寄与するような活動も必要ではないでしょうか。
三井化学グループらしいガバナンス体制のあり方を追求する
次にガバナンス面についてですが、現状の取締役会の実効性や、VISION 2030実現に向けて適切な機関設計のあり方等につきどのようにお考えか、お聞かせいただけますでしょうか。
まず申し上げておきたい当社グループの特長として、取締役会では私たち社外取締役の意見もすぐに採り入れられているという印象があります。委員会制度も活性化しており、特に役員報酬制度については、社外取締役の意見を受けて、株式報酬の割合を見直すなど、投資家と一緒に会社を運営しているという意識の醸成に資するような内容に大きく変化したという実感があります。
おっしゃる通り社外役員や外部からの意見を前向きに捉えていると感じます。ガバナンスの機関設計については、現状、監査役会設置会社に各種委員会を設置したハイブリッド体制をとっていますが、今後さらに執行と監督の分離を進め、それぞれの役割についての議論をしっかりと行った上で、必要に応じて委員会設置型の会社への移行も検討するべきでしょう。その際には、形骸化するリスクもあるため、体制が適切に運用されるよう注意を促すことも必要です。
私たち投資家の視点から申し上げると、基本的にガバナンスは百社百様ですから、企業それぞれに適した機関設計を大事にするべきと考えている一方で、長期的にはグローバルな視点を意識していただきたいと考えています。
先ほど馬渕さんが触れたように、形だけをつくって満足するということがないように気をつけるべきですね。実効性を高めるという本来の目的を踏まえつつ、例えば当社グループの場合は役員報酬委員長を馬渕さんが務め、自由闊達に議論することで制度改定の上で大きくプラスに働いたというように、制度を検討する体制も良い方向に変化してきているということをきちんとアピールしていくことも重要かと思います。
委員長として現状の課題を挙げるとすれば、新たな報酬制度の裏側にある考え方がきちんと社内外に伝わっているかどうかということです。最終的な報酬額ではなく、どういった業務執行が評価されるのか、それを踏まえてどう行動を変えていくべきなのかを評価される側の役員に考えていただくとともに、それを当社グループの方針としてステークホルダーにご理解いただくことが、報酬制度が果たす役割の一つと考えます。
おっしゃる通り、報酬制度は行動変容を促す上で重要なファクターだと感じます。経営戦略に沿った執行を動機づけ、それを通じて企業価値の向上につなげていくことですから、報酬額そのものよりもその制度設計と、そこに至った議論の過程に本質があり、そこに注目してほしいところですね。
先ほども申し上げた通り、ガバナンスのあるべき姿は個々の企業にとって異なりますから、私たちも表面上の体制で判断せず、それがどのように機能しているのかという点に着目しています。現在は各社ガバナンスにおける課題意識も高まっている印象があり、委員会のあり方について相談を受ける機会も増えていますし、先進的な国内企業の事例も目にします。そうした事例も参考にしつつ三井化学グループも今後、より最適な形を模索していっていただければと思います。本日はありがとうございました。