「三井化学 第4回 触媒科学国際シンポジウム(MICS2009)」開催について
別紙-2
【講演内容の要旨】
〔基調講演〕
<基調講演1> 〔3/11(水)10:10~11:00〕
Chemistry's Essential Tensions: Different Ways of Looking at a Science
(化学者の葛藤,そして化学の楽しみ方)
Roald Hoffmann 教授(コーネル大学、米)
Hoffmann教授は理論化学のパイオニアであり、分子構造や反応性に対する電子の影響を理論付ける研究で特筆すべき業績を挙げてきた。中でも分子内の電子構造の近似計算手法や、その電子構造から有機反応の反応性や立体選択性を理論的に予測する究極の手法、いわゆるウッドワード・ホフマン則、を開発した。この化学反応に関する理論的研究により1981年に福井謙一博士とともにノーベル化学賞を受賞した。
さらに、Hoffmann教授は、化学を追究するだけではなく著作活動にも励んでおり、自然科学に関する詩や演劇およびノンフィクション小説を人々に向けて広く発表している。本講演では、化学の持つさまざまな姿を、精神的側面および文化や芸術との関わりに重点をおいて紹介した。
<基調講演2> 〔3/12(木)10:00~10:50〕
Asymmetric Catalysis, a Promising Route to Biologically Active Compounds or Their Synthetic Intermediates
(不斉触媒*1):生理活性物質とその合成中間体への有望な合成経路)
Henri B. Kagan名誉教授 (パリ南大学、仏)
Kagan名誉教授はキラリティー(不斉)分野の発展にその概念から合成手法まで幅広く貢献している。触媒的不斉水素化反応の先駆的研究者であり、不斉合成にC2対称*2)な配位子の概念を導入し、二座ホスフィン配位子(DIOP)を有するロジウム錯体触媒を開発した。これは、その後の不斉触媒開発の爆発的な発展をもたらした研究成果である。また光学純度*3)が低い基質・触媒を使い、光学純度が高い生成物が得られる現象(不斉増幅現象)を発見、生体物質のキラリティーの起源に繋がる現象としても高い関心を集めた。不斉合成以外にも、ヨウ化サマリウムの有機合成への応用では先駆的な研究を行い、現在のランタノイド反応剤(触媒)の研究発展の基礎を築いた。
本講演では不斉水素化反応及び酸化反応の応用について紹介し、さらに不斉触媒の将来を展望した。
- *1)
- 不斉触媒: 生成する複数の立体構造のうち、目的の構造のみを作り分ける触媒
- *2)
- C2対称: 180°回転させたものが元のものと重なる構造
- *3)
- 光学純度: 2種類の立体異性体混合物中の片方の純度。光学特性に影響を与える。
〔招待講演〕
<招待講演1> 〔3/11(水)11:00~11:50〕
Chemical Design and Dynamic Structures on Catalyst Surfaces for Innovative Processes
(革新的プロセス創出のための触媒表面の化学設計とダイナミック構造)
岩澤 康裕 教授(東京大学)
岩澤教授は固体表面科学研究の第一人者であり、従来の手法では解析が困難であった固体表面上での化学反応を、独自に開発した技術を駆使し、原子レベルで解明することに成功した。
本講演では、燃料電池、酵素反応等、多くの化学反応に重要な役割を果たすプロトン(H+)移動に関する解析例、ナノテクノロジーの観点から注目されている金属酸化物表面の原子レベルにおける構造解析例について紹介した。加えて、岩澤教授らが新規に開発したベンゼンからフェノールを直接合成可能な触媒について、その反応メカニズムをIn-situ時間分解XAFS*)によって解明した例を紹介した。
- *)
- In-situ時間分解XAFS: X線を用いて固体触媒表面の反応点をリアルタイムに観察する手法。
<招待講演2> 〔3/11(水)13:50~14:40〕
Industrial Chemistry with Whole Cell Biocatalysts
(化学産業における微生物触媒反応)
Bernard Witholt 名誉教授(スイス連邦工科大学チューリッヒ校)
Witholt名誉教授は微生物を用いた有機化合物の酸化反応研究の第一人者であり、酸化酵素オキシゲナーゼの開発、及び非極性溶媒での反応プロセス構築に向け幅広い研究を推進されている。オキシゲナーゼは立体選択的な酸化反応を触媒するユニークな酵素であるが、反応に高価な電子供与体(NADH又はNADPH)を必要とし、且つ複雑な酵素複合体として機能する、また本反応基質の多くが疎水性である等、応用面での様々な制約により産業化は未だなされていない。
Witholt名誉教授は遺伝子組換え技術・細胞培養技術を駆使し、高効率のオキシゲナーゼ反応を可能とする宿主微生物を構築、その産業応用へと大きな一歩を進めた。本講演ではこれら微生物を用いた反応プロセスの開発と、その応用による環境に優しい化学産業の実現について述べた。
<招待講演3> 〔3/11(水)14:40~15:30〕
Development of Novel Biocatalysts for the Production of Useful Chemicals from Biomass
(バイオマスからの有用物質生産へ -新規生体触媒の開発-)
田脇 新一郎 博士(三井化学(株) 触媒科学研究所)
田脇博士は効率的な触媒設計技術により三井化学における酵素法アミノ酸・乳酸製造技術開発を主導してきた。その技術を発展させ、バイオマスからの有用化学品製造触媒の創出に挑んでいる。
田脇博士らは高効率な有用遺伝子導入・不要遺伝子破壊技術を開発し、発酵微生物の主代謝経路の増強と副生経路の遮断を迅速に行うことで、合目的な生体触媒設計を可能とした。この技術をバイオマス(グルコース、スクロース)からのD-乳酸、ハイドロキノン前駆体、プロピレン原料であるイソプロパノールの新規触媒開発へと発展させている。本講演では合目的触媒設計によるこれら有用化学品製造触媒開発、更には非可食バイオマス資源であるセルロースを活用する触媒の開発について述べた。
<招待講演4> 〔3/12(木)10:50~11:40〕
Recent Progress in Asymmetric Two-Center Catalysis
(多点制御型不斉触媒の最近の進展)
柴崎 正勝 教授(東京大学)
柴崎教授は、不斉触媒分野における世界的権威である。柴崎教授の開発した不斉触媒系の中心的概念である『多点認識概念』とは、従来型の単一金属中心による錯体触媒とは根本的に異なり、単一触媒中に複数の相互作用点を組み込み,それぞれが協動的に作用して基質の活性化や空間的配置を定めることにより不斉触媒機能を発現させる概念である。本手法により、これまで困難とされてきた種々の不斉反応を進行させることに成功した。また、医薬品関連物質の不斉合成にも成功している。本講演では、シッフベース型錯体、ビナフトール型錯体及びアミノ酸誘導体を配位子として用いた新規な触媒不斉合成について触れるとともに、それらの方法論を用いた、医薬品であるラニレスタット及びタミフルの革新的合成プロセスの開発について紹介した。
<招待講演5> 〔3/12(木)13:10~14:00〕
Automotive Emission Control: Past, Present and Future
(自動車排ガス浄化 -過去、現在そして未来-)
Robert J. Farrauto 博士(BASF Catalysts LLC、米)
BASF社のリサーチフェローであるFarrauto博士は、自動車排ガス浄化触媒の実用化に多大な貢献を果たすとともに、ディーゼルエンジン用非金属系触媒の世界初の商業化を実現している。さらに近年では、次世代の自動車社会を担う技術である燃料電池触媒の開発に取り組んでいる。
本講演では自動車排ガス浄化触媒に関し、1970年代から現在に至るまでの技術発展の歴史を、排ガス規制の変化と合わせて紹介した。加えて、今後の自動車社会を担うであろう燃料電池技術の現状を紹介し、来るべき水素社会の可能性を考察した。
<招待講演6> 〔3/12(木)14:00~14:50〕
Catalysis in Total Synthesis
(全合成に向けた触媒反応)
Kyriacos C. Nicolaou教授 (スクリプス研究所/カリフォルニア大学、米)
Nicolaou教授は天然物の全合成における世界的権威であり、非常に複雑かつ巨大な天然物の全合成に数多く成功している。これらの偉業とも言える全合成の成果の数々は、有機合成化学分野のみならず、ケミカルバイオロジーや医薬品開発などの分野においても多大なインパクトを与え続けている。
本講演では、最近の天然物全合成に見られる触媒反応の適用例を紹介しながら、クロスカップリング、メタセシス、不斉触媒反応などに代表される優れた触媒反応が複雑な目的化合物の合成における骨格形成、不斉点構築の鍵反応として極めて重要な方法論であること、天然物合成への触媒反応の応用が、その適用範囲・反応性・選択性に関する新たな知見に結びつき、触媒反応自体の更なる発展に繋がることを明らかにした。
<招待講演7> 〔3/12(木)15:10~16:00〕
On Inventing Reactions for Atom Economy
(「アトムエコノミー」を指向した新技術の開発)
Barry M.Trost教授 (スタンフォード大学、米)
Trost教授は有機合成の方法論研究における世界的権威であり、研究対象は有機合成全般に及び、特に遷移金属触媒(パラジウム、ルテニウム等)を用いた新たな有機合成手法を創出し、重要な生理活性物質の合成に大きなインパクトを与えている。
また、Trost教授はアトムエコノミー*)の概念を提唱し、環境調和性に優れた反応開発への指標を示すとともに、遷移金属触媒を用いたアトムエコノミカルな触媒反応、方法論を多数開発し、自らこの概念を実践している。本講演では、ルテニウム触媒を用いた酸化還元が同時に起こる異性化反応、アルケン-アルキンのカップリング反応等を中心とした、新規かつアトムエコノミカルな数々の方法論と、それらの方法論を駆使したブリオスタチンの全合成に関して紹介した。
- *)
- アトムエコノミー: 化学プロセスにおける、全ての原子変換効率の割合。これの高い反応は、無駄な廃棄物が極少量で済み、環境に優れたプロセスとなる。
<招待講演8> 〔3/12(木)16:00~16:50〕
Transition Metal-Catalyzed Organometallic C-C Bond Formation Reactions That Have Revolutionized Organic Synthesis
(遷移金属触媒を用いた有機金属反応による革新的な有機合成)
根岸 英一 教授 (パデュー大学、米)
根岸教授は、有機金属を用いる反応開発研究のパイオニアであり、パラジウム、ジルコニウムなどの遷移金属、アルミニウム,亜鉛などの典型金属を効率的に利用した新規かつ革新的な有機合成反応を数多く開発している。特に、炭素-炭素結合生成の重要な方法論として知られる「根岸カップリング」や、不飽和炭素結合へのカルボメタル化反応*1)などの開発において、重要かつ多大な成果を挙げてきた。また、カルボメタル化を不斉反応に発展させたZACA反応*2)の開発に成功し、その展開と応用に関して精力的な研究をすすめている。
本講演では、パラジウム触媒によるアルケン、ジエン等の炭素骨格構築法の進歩、ジルコニウム触媒によるアルキンのカルボアルミ化反応とZACA反応の進展、およびこれらの方法論を用いた複雑な天然物への応用などについて述べた。
- *1)
- カルボメタル化: 不飽和結合の両端に炭素-炭素結合と炭素-金属結合が同時に生成する反応。
- *2)
- ZACA反応: ジルコニウム触媒を用いるアルケンの不斉カルボアルミニウム化反応。(Zr-Catalyzed Asymmetric Carboalumination)
〔受賞記念講演〕
<『三井化学 触媒科学賞』 受賞記念講演1>
Discovery and Development of New Coupling and C-H Bond Functionalization Reactions
(新規カップリング反応と炭素-水素結合の官能基化反応の発見と発展)
John F. Hartwig 教授(イリノイ大学、米)
Hartwig教授は、触媒科学の未解決課題の一つである触媒的炭素-水素結合活性化への先駆的寄与、および高効率的カップリング反応など斬新かつ実用的な触媒反応の開発を行った。また、その研究を支える反応機構研究の深さについても特筆すべきものである。
炭素-水素結合の触媒的活性化に関しては、金属-ホウ素結合を有する化合物を介してアルカンの末端炭素-水素結合の官能基化を行っており、特異な機構で炭素-水素結合が解離することを明らかにした。アルカン末端の炭素-水素結合のみを選択的に官能基化できる触媒は他に類を見ない。また、高効率カップリング反応に関しては、炭素-炭素結合や、炭素-窒素結合等を生成できるパラジウム触媒を開発し、芳香族アミンなど種々の芳香族化合物の合成に成功した。温和な条件でも高効率に幅広い反応が進行できるこの触媒は極めて実用性が高い。本講演ではこれらの反応を含むHartwig教授の一連の研究と、その基礎となる有機金属化学的な機構について紹介した。
<『三井化学 触媒科学賞』 受賞記念講演2>
Development of Novel Catalytic Reactions for Coordination Copolymerization of Polar Monomers
(極性モノマー共重合のための新規触媒反応の開発)
野崎 京子 教授(東京大学)
野崎教授はこれまでに触媒反応の基礎研究を通じて医農薬から有機材料、高分子材料に至る広範な分野を対象にした効率的な合成法を開発しており、特に触媒科学の重要課題の一つであるオレフィンと極性モノマーの配位共重合を可能とする革新的触媒反応を開発した。
オレフィンと極性モノマーの配位共重合は、従来の重合法では得ることが困難な高分子を自在に合成できる可能性を秘めている革新的な反応であるが、極性官能基が金属中心に配位することが障害となり効率的な重合法はいまだ確立されていなかった。野崎教授は触媒構造を系統的に研究することによってパラジウムを用いたホスフィン-スルホナート配位子を有する錯体を設計し、今まで困難とされてきたアクリロニトリルとエチレンの配位共重合体、酢酸ビニルと一酸化炭素の交互共重合体を得ることに世界で初めて成功した。
本講演では、上記触媒系による極性モノマーの各種の共重合について紹介した。
<『三井化学 触媒科学奨励賞』 受賞記念講演3>
Development of Multimetallic Asymmetric Catalysis through Chiral Ligand Design
(不斉配位子設計に基づく多中心触媒反応の開発)
松永 茂樹 博士(東京大学)
松永博士は、複数の中心金属が協働的に作用する触媒的不斉反応(多中心触媒不斉反応)の開発により、不斉触媒の分野に著しい進歩をもたらし、それを有用有機化合物の合成に展開した。松永博士が開発した不斉触媒は、二つ(またはそれ以上)の中心金属と不斉配位子の組み合わせからなる多中心の金属錯体であり、触媒反応においては、それぞれの中心金属が異なる作用を示す。すなわち、一方の中心金属はルイス酸として求電子剤を活性化し、もう一方の金属は求核剤との相互作用により求核剤の配向性を制御する。単一の不斉空間内で複数の中心金属が協働することにより、従来型の単一中心金属による不斉触媒では実現困難とされてきた不斉反応の開発に数多く成功した。本講演では、多金属中心触媒の概念およびそれを用いる触媒的不斉反応の開発と、不斉発現機構に関して概説するとともに、生物活性化合物の合成などへの応用例を紹介した。
<『三井化学 触媒科学奨励賞』 受賞記念講演4>
Carbon-Carbon Bond Forming Addition Reactions Catalyzed Cooperatively by Nickel and Lewis Acid
(ニッケル/ルイス酸協働触媒による炭素-炭素結合生成付加反応)
中尾 佳亮 博士(京都大学)
中尾博士はニッケル触媒とルイス酸の協働的触媒作用を用いることにより、炭素-水素結合、炭素-炭素結合を活性化し、新しい炭素-炭素結合形成付加反応を開発した。このニッケル/ルイス酸触媒では、ルイス酸が配位することにより、炭素-水素結合、あるいは炭素-炭素結合が活性化され、ニッケル触媒を介して切断され、不飽和結合への付加反応が起こる。中尾博士はまず、それまで炭素-水素結合の活性化にほとんど用いられることのなかったニッケル触媒によるアルキンへの付加反応を実現した。さらに、その活性化にルイス酸が効果的であることを見出し、より温和な条件での反応を可能にした。またこのニッケル/ルイス酸触媒が炭素-ニトリル基結合を活性化して不飽和結合への二トリル付加反応を大幅に促進することに成功した。これらの一連の着想は極めて独創的であり、産学両方に対する貢献度は絶大である。本講演では、ピリジン誘導体とアルキンの付加反応、アルケンの分子内カルボシアノ化や、反応の鍵となる中間体の解明などについて紹介した。
以 上